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第9章 王都の冬

第220話 王都の孤児院

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 年が明けてから早三日、ルーナちゃんをホテルに送った時から止むことなく雪は降り続いている。雪景色がきれいなどと言ってられない状況だ、だって積雪は既にわたしの背丈を越えているし…。

 外に出ることは諦めて大人しく部屋に篭っていようと思っていたら魔導通信機の呼び出し音が鳴った。
 けたましい音に何事かと思ったよ、着信は初めてなんだけどこんなやかましい音がするんだ…。

「おはよう、ターニャちゃん、今大丈夫かな?」

 通信機の向こうからミルトさんの声がする。わたしがおはようの挨拶を返し、問題ないことを告げるとミルトさんは用件を話しだした。

「マリアさんから助けを求められているの。
 王都の孤児院で性質の悪い風邪が流行りだしたみたいなのよ。
 年明け数日で保護している子供の過半数が感染しちゃって手に負えないらしいの。
 申し訳ないけど、手伝ってもらえないかな。
 私もフローラを連れて行くつもりなんだけど、宮中行事があって午前中は抜けられないのよ。」

 もちろん、ハイと答えたよ。部屋に篭っていてもやることもないし、何よりミーナちゃんが凄く乗り気だから。
 両親をなくしてから酷い叔父さんのせいでつらい思いをしたミーナちゃんは、親のない子がどんなに大変かを知っているのでこういうことには積極的なんだ。

 ミルトさんからの通信からほどなくして、マリアさんが王宮から送られてきた。
 わたし達はマリアさんの案内で王都の孤児院に向かうことになった。


     **********


 大雪の中をわたし達を乗せた魔導車は歩くよりはましという速度でノロノロと走っていく。
 その間、わたしはマリアさんから王都の孤児院について聞いていた。

 この国は、王祖ヴァイスハイトが孤児であったと伝えられており、ヴァイスハイトが孤児の保護に力を注いだこともあって、身寄りのない子供に対する対応が行き届いていると言われている。

 この国では、身寄りのない子を受け入れる施設は全て国営で一般の人が行う事を認めていないそうだ。それは、身寄りのない子供を食い物にするような施設が出来るのを防止するためらしい。

 施設は孤児院と養育院の二系列に分かれており、捨て子や両親がさしたる財産を残さずに亡くなった子を受け入れているのが孤児院、両親が十分な財産を持っていた子が身寄りをなくした場合に受け入れているのが養育院だそうだ。

 養育院は、ミーナちゃんが経験したような心無い親族によって相続財産が不当に奪われる事態を防ぐのが目的らしい。
 親の残した財産を親族その他に不当に奪われることを防ぐため、相続財産を国が管理してその財産を使って身寄りをなくした子が成人するまで保護する施設だそうだ。
 もちろん、その子が成人して施設を出るときに余剰資産があれば返還されるのだって。
 つまり、養育院は親が残した自分の財産で成人するまで生活する場所だね。

 一方で孤児院は国の予算、つまりは国民の税金で営まれている。
 実際は、国の予算だけではなく、王立学園の学園祭の売上金みたいな寄付金も孤児院の大きな財源らしい。王家や貴族からの寄付も大きいらしいよ。

 養育院と孤児院の大きな違いは、生活面では養育院はある程度の資産を持つ子供が保護されているためそれなりの贅沢も許されるのに対して、孤児院は子供の待遇が一律で贅沢は許されないこと。
 贅沢は許されないと言ってもそれで子供達が世間から蔑まれることが無いように、常に平均的な暮らしが出来るようにと予算措置はされているそうだ。
 もっと大きな違いは教育面で、養育院は中等国民学校まで通える資産があることを前提に受け入れているようで、基本的には中等国民学校までは卒業することになっている。
 一方で、孤児院の子供は義務教育である初等国民学校までだそうだ。もっとも、成績が優秀な子には奨学金で中等、高等国民学校に通う道も開かれているそうだがそういう子供は少ないらしい。

 そんな事を教えてもらっている間にわたし達は王都に外れにある孤児院に到着した。

 孤児院は王都の南側の住宅街の外れにあり、広い敷地に平屋建の木造の建物が数棟建っている。木造の建物は結構しっかりとした造りで、農村の村長のお屋敷よりもずっと立派に見える。
 別棟は、冬場の運動施設と初等国民学校を卒業した後職業訓練を行う施設らしい。


     **********


 正面玄関から孤児院の中に入るときちんと清掃が行き届いており、清潔な環境で孤児達が暮らしているのがわかった。

 マリアさんが職員室へわたし達の到着を伝えに行くと人の良さそうな初老の婦人が出てきて言った。

「まあまあ、可愛らしい治癒術師さんたちね。
 おはようございます。私はヘラ、この孤児院の院長です。
 今日は大雪の中わざわざ来てもらって有り難う、とても助かるわ。」

 ヘラさんは挨拶のあと、風邪の状況について教えてくれた。
 年明け初日に発熱で動けなくなる子が出てから、今日までの三日間で三十人の子供が高熱を出し、頭痛やのどの痛みを訴えているらしい。
 去年、ポルトへ行く途中の町で診た風邪ひきさんと同じ症状だね。

 この孤児院に住む孤児は全部で六十四人、全員が二人部屋で生活しているそうだ。
 いま、風邪をひいている子供は全員自室で寝ているらしい。
 
 冬場、この施設の子供たちは暖炉の薪を節約するため、昼間は談話室に集まっているそうだ。
 六十人以上の子供が入れる広さがある部屋らしいが、暖炉の火によって部屋は乾燥しており、多くの子供が一ヶ所に集まっている。
 うん、一人が風邪を持ち込んだら、みんなうつっちゃうね…。

 昨年、フェイさんから教えてもらったんだ、このタイプの風邪は目に見えない小さな生き物が体の中に入り込んで悪さをしているんだって。
 その小さな生き物は咳に混じって人から人へ感染するという。とっても軽いので乾燥していると回りに飛び散りやすい一方で、湿気が多いと飛び散り難くなりうつりにくくなるそうだ。

 マリアさんはヘラさんに談話室を乾燥させすぎないようにと注意をし、壁際に濡れた布を掛けておくとか、洗濯物を談話室に干すのも良いと助言していた。


 わたしとミーナちゃんは風邪をひいて寝込んでいるこの寝室を回って治療を施していく。
 わたしは光のおチビちゃん達に風邪をひいた子の体の中から風邪の症状を引き起こしてい小さな生物を消し去るように『浄化』の術を使うようにお願いする。
 そして、それが終ったら風邪で弱った体力を回復させるための『癒し』を水のおチビちゃん達に施してもらう。
 この二つを組み合わせて施すことにより、風邪の治療を行っていく。


 何とかお昼前には、風邪をひいた子全員の治療を終えて職員室に戻ることが出来たよ。

 職員室に向かって歩いていると途中にあった掲示板に、

『外から帰ってら手を洗ってうがいをしましょう』

と書いた紙がデカデカと掲げられていた。マリアさん、精霊神殿から持ってきたんだね…。


 全員の治療が終わったことを伝えるために職員室に入ると、その応接では院長が身なりの良いおばあちゃんと話をしているところだった。

 そのおばあちゃんはわたし達が風邪の治療をしていたところを見ていたようで、わたし達に向かって言った。

「あんたら、小さいのに凄いね、感心したよ。
 どっちでも良いから、良かったら私のひ孫のところに嫁に来ないかい。」

 はあぁ…?







  
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