198 / 508
第8章 夏休み明け
第197話 不機嫌な伯爵 ③
しおりを挟む
三男が魔法を苦手とするようになった頃から王宮にも変化が見え始めた。
王族の落ちこぼれと言われあまり人前に姿を現さなかった皇太子妃のミルトが表の宮に姿を現すようになったのだ。
ミルトは『色なし』に生まれて魔法が使えなかったため王族で唯一人王立学園に入学できなかったとして悪い意味で有名な王族である。
従兄弟で幼馴染の皇太子の正妃に納まったが、皇太子がミルトを妃に選んだとき年の近い娘を持つ有力貴族はこぞって反発したものだ。
そのミルトが何の冗談か三十路を手前に魔法が使えるようになったと言う。
ミルトは精霊の加護を賜ったと吹聴して回っているようで、加護をくれた精霊への恩返しだといって精霊神殿前の広場で市井の民に無償で治癒術を施す活動を始めた。
本人は精霊に対する恩返しとして民衆の精霊への信仰心を高めるために行っているという。
そんなのは方便で、大方民衆を味方につけて最近勢力を増している我々の派閥に対する牽制をするのが目的であろう。
民衆など味方に付けたところで、貴族の権威に対抗できるものではないのに愚かなことだ。
そう軽く見ていたのだが思わぬ方向に事態が転がりおった。
貴族の中には現在の地位に満足はしていないものの、生活が安定しているため然したる不満でもないという者が結構おる。というよりも大半の貴族はそうなのであろう。
そうしたどっち付かずの貴族を儂らは金の力で抱き込んで王政府に対する不満を焚き付けていたのだ。
そうした貴族を集めて多数派工作をしていたのに、いともあっさりと王政府側に寝返る貴族が少なからず出て来おった。
きっかけは、ミルトの小娘が中高年男性の悩みの種であるハゲを治す魔法を生み出したことだ。
ミルトはほんの僅かな金を精霊神殿に寄付するだけでハゲの治療を施すようになったのだ。
元々たいした不満は持っておらず金の力で味方に付けた奴らの中で、ハゲを気にしていた奴らは早々にミルトに尻尾を振りおった。全くけしからんことだ、奴らに貴族としてのプライドはないのか。
その後もミルトは、西部や南部に出かけては市井の者に癒しを施すと共に、領主の館に逗留したお礼と称して無償で領主一族のハゲの治療をして回った。
これによってミルトは多くの領主貴族の支持を集めおった。
儂が必死に金をばら撒いて多数派工作をしているのに、ミルトの小娘はそれを嘲るかのようにいともあっさりと多くの貴族を味方に付けたのだ。
**********
そして、ミルトが表舞台へ出てきた弊害が少しずつ出始めたのだ。
それはミルトが王宮の表の宮に顔を出すようになってしばらくした頃のこと、いきなり休憩室の扉が閉ざされたのだ。
扉には小さな看板がかけられており、『開放時間、十一時から十三時、十五時から十六時』と書かれていた。
儂は休憩室の扉をたたいて開けさせようとしたが、内側から施錠されており、うんともすんとも言わない。
怒った儂は王宮の庶務の者を呼びつけて文句を言ったが、担当者は
「王命で規則で定められた休憩時間以外は休憩室を閉鎖することとしました。
皇太子妃様が王宮内を検分して回ったところ、休憩時間外に休憩室で仕事をサボっている者が余りにも多かったことから王に進言なされたのです。」
と言って儂の苦情に取り合おうとしない。
ミルトの小娘め、最近王宮内をチョロチョロしていると思っていたらそんなところをチェックしていたのか。
休憩室と言っても王宮の施設、そんなちゃちな物ではない。
広い休憩室の中は幾つものコンパートメントに仕切られており、立派な応接セットが設えてある。
儂の派閥は昼間の憩いの場所としてここを利用していたのだ。本当は夜と同じように儂や他の幹部の屋敷でゆっくりと集まりたいが、昼間は王宮に出仕しなければならないからな。
だいたい、朝ゆっくり出仕したら休憩室に集まって、『次は王政府のどの施策に改善要求を叩き付けるか』について派閥の皆でじっくり検討するのが日課なのだ。
仕事?そんなのは下の者にやらせておけばいいのだ。儂ら貴族の仕事は下が作った書類に承認のサインをするだけだ、なんで小役人みたいにあくせく働かねばならないのだ。
忌々しいことに儂に部下はおらんがな。廃棄文書なんて各部署から添付されてきたリストに機械的に承認のサインをするだけで十分だ。いちいちチェックなどするか、面倒くさい。
それなのにミルトの奴は、儂らの崇高な目的を達するために必要な場を奪いおった。
休憩時間以外はそれぞれの執務室で執務に取り組むようにだと、儂ら貴族を下級役人と同等に扱うと言うのか馬鹿にしている。
綱紀粛正という名目でミルトが発案した改革は更に儂をイラつかせるものだった。
ある日、いつもの時間に王宮へ出仕したら王宮の正面入り口前に近衛騎士が立っている。
言うまでもないが近衛騎士は王族の身辺警護がその役割でこんなところで門番の様な事をするのが仕事ではない。
儂が王宮へ入ろうとすると近衛騎士が寄ってきて言った。
「遅刻ですのであちらのテーブルにある用紙に所属とお名前を記入してください。」
儂は近衛騎士が何を言っているのか分らなかった。
よく聞いてみると今日から出勤、退勤の管理を厳格にすることとなったと言う。
わざわざ近衛騎士をこの役に充てているのは下っ端だと無視する貴族がいるからだそうだ。
そして、遅刻一回について給金の百分の一を罰則金として翌月の給金から天引きするという。
また、半日以上の遅刻は欠勤扱いとして一日分の給金を天引きすると言うではないか。
そんな事は聞いていないと近衛騎士に文句をつけると、十日前から王宮各所の掲示板にその旨を告知したあると言う。王宮内の掲示板は重要事項の告知に使われるので毎日チェックしていないのが悪いと言われてしまった。
高位貴族である儂らを時間で縛ろうと言うのか、それではまるで平民の下級役人の様ではないか。
さすがに腹を立てた儂は、派閥の仲間を引き連れて王に直談判をすることにした
儂の派閥の仲間もこれには本当に腹が立ったようだからな、定時といったら儂ら高位貴族はまだ寝ている時間ではないか。
儂らの訴えに王は呆れたように言った。
「おまえらは何を言っているのだ。
その規則は大昔からあったものだ、余はそれが守られているものだと信じていたから今まで何も言わなかったのだ。
余は普段、閣僚以外の者と顔を合わすことは少ない。
宰相のフェアメーゲンや大蔵卿のアデルが定時前には席について仕事を始められるようにしているのだ。当然他の者もそれに倣っているものだと思うのも無理からぬことだろう。
しかし、娘のミルトが調べたところ役人の約二割が毎朝遅刻してくると言うではないか。
その報告を受けて一度綱紀粛正をせねばならぬと余も反省したのだ。
だいたい、余や皇太子だって定時前には執務室で仕事を始められるように準備しておるぞ。
貴族だから遅刻しても良いなどとはどこにも書いてないであろう、貴族だからこそ下々の者の手本となるように行動すべきであろう。違うか、アロガンツよ。」
この王と話しているとイラついてくる、王とは、貴族とはそういうものではないだろう。
それでは平民と変わらないではないか。
だから、平民を宰相なんかに据えたらダメなんだ、王が平民の考え方に毒されているではないか。
しかも、本来それをたしなめる役割のアデル侯爵もフェアメーゲンに同調しおって。
この国のトップにいる者がこうだから平民が増長するのだ、話にならん。
***********
儂がこの国のあり方に苛立ち、ミルトがしたことに腹を立てていると、三男付きの侍女のリタがやってきて三男が病気で倒れたと言う。
やつに今死なれたら困るので、金に糸目はつけないから治癒術師に診てもらえと命じた。
数日後再びやってきたリタは創世教の治癒術師に診せたが三男の病気は原因不明でお手上げの状態だと言う。その間も三男は高熱で意識を失っており、このままでは衰弱して命に関わるとリタは訴えてきた。
儂は誰でもいいから治せる者を連れて来いと言ったら、あろうことかリタは『色なし』の小さな子供を連れて来おった。
何の冗談かと思ったが、聞くと一年半ほど前に三男とリタを野盗から救ってくれた魔法使いだと言う。しかも、神殿前の広場でミルトと共に民に治癒を施していると言うのだ。
それを聞いて儂は思った、こいつが治癒術を使うところを見てこいつらのトリックを暴いてやろうと。
だいたい、『色なし』が魔法を使えるなどという馬鹿なことがあってたまるか。誰か『色なし』以外の者が一緒にいて隠れて治癒術を使っているに違いない。
今は『色なし』以外の者はリタしかいないし、絶対に失敗するに違いない。
ミルトのイカサマを暴くチャンスだ、これでミルトの嘘を騒ぎ立てて王宮の奥から出てこれなくしてやろう。
そう思って儂は『色なし』の娘と一緒に三男の寝室に向かった。
リタが三男の寝室の扉を開けると何故か『色なし』の娘は顔を歪めて、なにやら呟くと娘から眩い光が発せられて三男の寝室の中を光でいっぱいにした。
すると何故か部屋の空気が澄み渡ったような気がした、同時に体の中の魔法力が抜けるような嫌な感じもしたのだ。
『色なし』の娘は、三男の様子を覗き込むとすぐに病気の原因が分ったようで、あっという間に治療を終えてしまった。
三男の体を二種類の違った光が包み込み、それが消えた後にはスヤスヤと眠る三男の姿があった。悔しいことに明らかに良くなった顔色や安らかに眠る姿から、この娘の治癒術で三男が癒されたことが理解できた。
イカサマはなかった、この『色なし』の娘には紛れもなく治癒術の使い手である。
その事実がますます儂を苛立たせた、これではミルトが魔法を使うというのも否定できないではないか。
それが儂には納得できず、思わず
「きさま、どんなイカサマを使ったんだ、『色なし』がそんな高度な治癒術を使うなんて儂は信じんぞ。」
と言ってしまった。しかし、この娘は儂の言葉など聞いていないようで、
「ねえ、おじさん、この黒光りする調度品、どこから手に入れたの。
この子の病気の原因は、この調度品だよ。これをここに置いておくとまた病気がぶり返すよ。」
儂に向かってそう言ったのだ。
儂はこの部屋の調度品は帝国で魔力を回復すると折り紙付きの物だと反論した。
すると、この娘はこの調度品が原因で病気になったものを他にも知っていると言い、この調度品は魔法力が並みの人間には毒だと言い切った。
それを聞いて儂はプッペの言葉を思い出した。確かにプッペもこの調度品は使い手を選ぶと言っていた。
このとき、儂は失われた三男の魔法力は二度と元には戻らないのだと悟ったのだ。
********
投稿する時間が不規則になって申し訳ございません。
本日はこの時間に投稿させて頂きました。
週明けまでは不規則になりそうです。
王族の落ちこぼれと言われあまり人前に姿を現さなかった皇太子妃のミルトが表の宮に姿を現すようになったのだ。
ミルトは『色なし』に生まれて魔法が使えなかったため王族で唯一人王立学園に入学できなかったとして悪い意味で有名な王族である。
従兄弟で幼馴染の皇太子の正妃に納まったが、皇太子がミルトを妃に選んだとき年の近い娘を持つ有力貴族はこぞって反発したものだ。
そのミルトが何の冗談か三十路を手前に魔法が使えるようになったと言う。
ミルトは精霊の加護を賜ったと吹聴して回っているようで、加護をくれた精霊への恩返しだといって精霊神殿前の広場で市井の民に無償で治癒術を施す活動を始めた。
本人は精霊に対する恩返しとして民衆の精霊への信仰心を高めるために行っているという。
そんなのは方便で、大方民衆を味方につけて最近勢力を増している我々の派閥に対する牽制をするのが目的であろう。
民衆など味方に付けたところで、貴族の権威に対抗できるものではないのに愚かなことだ。
そう軽く見ていたのだが思わぬ方向に事態が転がりおった。
貴族の中には現在の地位に満足はしていないものの、生活が安定しているため然したる不満でもないという者が結構おる。というよりも大半の貴族はそうなのであろう。
そうしたどっち付かずの貴族を儂らは金の力で抱き込んで王政府に対する不満を焚き付けていたのだ。
そうした貴族を集めて多数派工作をしていたのに、いともあっさりと王政府側に寝返る貴族が少なからず出て来おった。
きっかけは、ミルトの小娘が中高年男性の悩みの種であるハゲを治す魔法を生み出したことだ。
ミルトはほんの僅かな金を精霊神殿に寄付するだけでハゲの治療を施すようになったのだ。
元々たいした不満は持っておらず金の力で味方に付けた奴らの中で、ハゲを気にしていた奴らは早々にミルトに尻尾を振りおった。全くけしからんことだ、奴らに貴族としてのプライドはないのか。
その後もミルトは、西部や南部に出かけては市井の者に癒しを施すと共に、領主の館に逗留したお礼と称して無償で領主一族のハゲの治療をして回った。
これによってミルトは多くの領主貴族の支持を集めおった。
儂が必死に金をばら撒いて多数派工作をしているのに、ミルトの小娘はそれを嘲るかのようにいともあっさりと多くの貴族を味方に付けたのだ。
**********
そして、ミルトが表舞台へ出てきた弊害が少しずつ出始めたのだ。
それはミルトが王宮の表の宮に顔を出すようになってしばらくした頃のこと、いきなり休憩室の扉が閉ざされたのだ。
扉には小さな看板がかけられており、『開放時間、十一時から十三時、十五時から十六時』と書かれていた。
儂は休憩室の扉をたたいて開けさせようとしたが、内側から施錠されており、うんともすんとも言わない。
怒った儂は王宮の庶務の者を呼びつけて文句を言ったが、担当者は
「王命で規則で定められた休憩時間以外は休憩室を閉鎖することとしました。
皇太子妃様が王宮内を検分して回ったところ、休憩時間外に休憩室で仕事をサボっている者が余りにも多かったことから王に進言なされたのです。」
と言って儂の苦情に取り合おうとしない。
ミルトの小娘め、最近王宮内をチョロチョロしていると思っていたらそんなところをチェックしていたのか。
休憩室と言っても王宮の施設、そんなちゃちな物ではない。
広い休憩室の中は幾つものコンパートメントに仕切られており、立派な応接セットが設えてある。
儂の派閥は昼間の憩いの場所としてここを利用していたのだ。本当は夜と同じように儂や他の幹部の屋敷でゆっくりと集まりたいが、昼間は王宮に出仕しなければならないからな。
だいたい、朝ゆっくり出仕したら休憩室に集まって、『次は王政府のどの施策に改善要求を叩き付けるか』について派閥の皆でじっくり検討するのが日課なのだ。
仕事?そんなのは下の者にやらせておけばいいのだ。儂ら貴族の仕事は下が作った書類に承認のサインをするだけだ、なんで小役人みたいにあくせく働かねばならないのだ。
忌々しいことに儂に部下はおらんがな。廃棄文書なんて各部署から添付されてきたリストに機械的に承認のサインをするだけで十分だ。いちいちチェックなどするか、面倒くさい。
それなのにミルトの奴は、儂らの崇高な目的を達するために必要な場を奪いおった。
休憩時間以外はそれぞれの執務室で執務に取り組むようにだと、儂ら貴族を下級役人と同等に扱うと言うのか馬鹿にしている。
綱紀粛正という名目でミルトが発案した改革は更に儂をイラつかせるものだった。
ある日、いつもの時間に王宮へ出仕したら王宮の正面入り口前に近衛騎士が立っている。
言うまでもないが近衛騎士は王族の身辺警護がその役割でこんなところで門番の様な事をするのが仕事ではない。
儂が王宮へ入ろうとすると近衛騎士が寄ってきて言った。
「遅刻ですのであちらのテーブルにある用紙に所属とお名前を記入してください。」
儂は近衛騎士が何を言っているのか分らなかった。
よく聞いてみると今日から出勤、退勤の管理を厳格にすることとなったと言う。
わざわざ近衛騎士をこの役に充てているのは下っ端だと無視する貴族がいるからだそうだ。
そして、遅刻一回について給金の百分の一を罰則金として翌月の給金から天引きするという。
また、半日以上の遅刻は欠勤扱いとして一日分の給金を天引きすると言うではないか。
そんな事は聞いていないと近衛騎士に文句をつけると、十日前から王宮各所の掲示板にその旨を告知したあると言う。王宮内の掲示板は重要事項の告知に使われるので毎日チェックしていないのが悪いと言われてしまった。
高位貴族である儂らを時間で縛ろうと言うのか、それではまるで平民の下級役人の様ではないか。
さすがに腹を立てた儂は、派閥の仲間を引き連れて王に直談判をすることにした
儂の派閥の仲間もこれには本当に腹が立ったようだからな、定時といったら儂ら高位貴族はまだ寝ている時間ではないか。
儂らの訴えに王は呆れたように言った。
「おまえらは何を言っているのだ。
その規則は大昔からあったものだ、余はそれが守られているものだと信じていたから今まで何も言わなかったのだ。
余は普段、閣僚以外の者と顔を合わすことは少ない。
宰相のフェアメーゲンや大蔵卿のアデルが定時前には席について仕事を始められるようにしているのだ。当然他の者もそれに倣っているものだと思うのも無理からぬことだろう。
しかし、娘のミルトが調べたところ役人の約二割が毎朝遅刻してくると言うではないか。
その報告を受けて一度綱紀粛正をせねばならぬと余も反省したのだ。
だいたい、余や皇太子だって定時前には執務室で仕事を始められるように準備しておるぞ。
貴族だから遅刻しても良いなどとはどこにも書いてないであろう、貴族だからこそ下々の者の手本となるように行動すべきであろう。違うか、アロガンツよ。」
この王と話しているとイラついてくる、王とは、貴族とはそういうものではないだろう。
それでは平民と変わらないではないか。
だから、平民を宰相なんかに据えたらダメなんだ、王が平民の考え方に毒されているではないか。
しかも、本来それをたしなめる役割のアデル侯爵もフェアメーゲンに同調しおって。
この国のトップにいる者がこうだから平民が増長するのだ、話にならん。
***********
儂がこの国のあり方に苛立ち、ミルトがしたことに腹を立てていると、三男付きの侍女のリタがやってきて三男が病気で倒れたと言う。
やつに今死なれたら困るので、金に糸目はつけないから治癒術師に診てもらえと命じた。
数日後再びやってきたリタは創世教の治癒術師に診せたが三男の病気は原因不明でお手上げの状態だと言う。その間も三男は高熱で意識を失っており、このままでは衰弱して命に関わるとリタは訴えてきた。
儂は誰でもいいから治せる者を連れて来いと言ったら、あろうことかリタは『色なし』の小さな子供を連れて来おった。
何の冗談かと思ったが、聞くと一年半ほど前に三男とリタを野盗から救ってくれた魔法使いだと言う。しかも、神殿前の広場でミルトと共に民に治癒を施していると言うのだ。
それを聞いて儂は思った、こいつが治癒術を使うところを見てこいつらのトリックを暴いてやろうと。
だいたい、『色なし』が魔法を使えるなどという馬鹿なことがあってたまるか。誰か『色なし』以外の者が一緒にいて隠れて治癒術を使っているに違いない。
今は『色なし』以外の者はリタしかいないし、絶対に失敗するに違いない。
ミルトのイカサマを暴くチャンスだ、これでミルトの嘘を騒ぎ立てて王宮の奥から出てこれなくしてやろう。
そう思って儂は『色なし』の娘と一緒に三男の寝室に向かった。
リタが三男の寝室の扉を開けると何故か『色なし』の娘は顔を歪めて、なにやら呟くと娘から眩い光が発せられて三男の寝室の中を光でいっぱいにした。
すると何故か部屋の空気が澄み渡ったような気がした、同時に体の中の魔法力が抜けるような嫌な感じもしたのだ。
『色なし』の娘は、三男の様子を覗き込むとすぐに病気の原因が分ったようで、あっという間に治療を終えてしまった。
三男の体を二種類の違った光が包み込み、それが消えた後にはスヤスヤと眠る三男の姿があった。悔しいことに明らかに良くなった顔色や安らかに眠る姿から、この娘の治癒術で三男が癒されたことが理解できた。
イカサマはなかった、この『色なし』の娘には紛れもなく治癒術の使い手である。
その事実がますます儂を苛立たせた、これではミルトが魔法を使うというのも否定できないではないか。
それが儂には納得できず、思わず
「きさま、どんなイカサマを使ったんだ、『色なし』がそんな高度な治癒術を使うなんて儂は信じんぞ。」
と言ってしまった。しかし、この娘は儂の言葉など聞いていないようで、
「ねえ、おじさん、この黒光りする調度品、どこから手に入れたの。
この子の病気の原因は、この調度品だよ。これをここに置いておくとまた病気がぶり返すよ。」
儂に向かってそう言ったのだ。
儂はこの部屋の調度品は帝国で魔力を回復すると折り紙付きの物だと反論した。
すると、この娘はこの調度品が原因で病気になったものを他にも知っていると言い、この調度品は魔法力が並みの人間には毒だと言い切った。
それを聞いて儂はプッペの言葉を思い出した。確かにプッペもこの調度品は使い手を選ぶと言っていた。
このとき、儂は失われた三男の魔法力は二度と元には戻らないのだと悟ったのだ。
********
投稿する時間が不規則になって申し訳ございません。
本日はこの時間に投稿させて頂きました。
週明けまでは不規則になりそうです。
5
お気に入りに追加
2,295
あなたにおすすめの小説
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
あの味噌汁の温かさ、焼き魚の香り、醤油を使った味付け——異世界で故郷の味をもとめてつきすすむ!
ねむたん
ファンタジー
私は砂漠の町で家族と一緒に暮らしていた。そのうち前世のある記憶が蘇る。あの日本の味。温かい味噌汁、焼き魚、醤油で整えた料理——すべてが懐かしくて、恋しくてたまらなかった。
私はその気持ちを家族に打ち明けた。前世の記憶を持っていること、そして何より、あの日本の食文化が恋しいことを。家族は私の決意を理解し、旅立ちを応援してくれた。私は幼馴染のカリムと共に、異国の地で新しい食材や文化を探しに行くことに。
俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~
シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。
目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。
『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。
カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。
ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。
ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる