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第8章 夏休み明け
第192話 サロンでのひととき
しおりを挟む「最近、お父様の仕事が少し楽になったようで、ちゃんと休暇が取れるようになったのですって。
それで、休みの日には顔を見せに来いと煩くてたまりませんわ。
今まではこちらから行ってもろくに相手もしてくださらなかったのに…。」
放課後のサロンでティーカップを手にエルフリーデちゃんが愚痴をこぼしている。
エルフリーデちゃんのお父さんは、先日、引退したフェアメーゲンさんを継いでこの国の宰相になった。それまでも、宰相輔と財務卿を兼ねていて非常に忙しい立場だったらしい。
細かいことはわからないけど、この国では偉くなるほど働かされるようになっており、実務面のトップである宰相は休みが取れないほど忙しいのが普通らしい。
なんか、最近突然仕事が減ったらしい。人並みに休みが取れるようになったそうだ。
「それが、お父様が言うには不平貴族に資金を流して調子付かせていた性質の悪い商人が根こそぎ潰れたそうなの。
そのおかげで、不平貴族が資金繰りに奔走していてくだらない議案や陳情が減ったのですって。
私もお父様に相手していただけるのは嬉しいですが、あまり頻繁ですとちょっと…。」
あ、そう…。そういうオチですか…。
わたし達が瘴気の森でプッペ達を拘束してから約三週間、プッペ達は未だに王都へ向かって護送されているところだ。ミルトさんによると王都に着くにはまだ二週間はかかるだろうって。
その間も捜査は進められ、プッペが隠れ蓑として魔晶石の販売に使っていた商会が幾つか摘発された。
それらは隠れ蓑と言っても単なる書類上だけの商会ではなく、表面上はごくありふれた小規模な商会として実体を持っていた。
ミルトさんが言うには、単なる書類上の商会だと摘発されたときに容易にプッペまで辿り着かれてしまうとのこと。実体を持たせておいた方がその商会の捜査で時間が稼げるし、尻尾を切るときも何かと便利だそうだ。
ノイエシュタットから王都まで約四十五シュタット、普通の人が馬車で一ヶ月かかる道程をわたし達は四日で移動した。この機動力の差によるアドバンテージは予想以上に大きかったみたい。
プッペが隠れ蓑にしていた商会に踏み込んだときは、商会の方はプッペが逮捕されていることを知らず全く無防備だったそうだ。
おかげで、魔晶石の取引の詳細な資料が隠滅されることなく入手できたとのこと。
でも、ミルトさんが小躍りするほど喜んだのは別のことだった。
摘発した商会から押収した書類に、この国の貴族、主にアロガンツ伯爵の派閥に属する貴族に対して資金供与をしていることを示すものがあったらしい。
プッペの商会から押収した資料ではアロガンツ伯爵に対する資金供与の証拠しか出てこず、金貨一万枚が全てだと結論付けられるところだったみたい。
ミルトさんは、アロガンツ伯爵の周辺の羽振りの良さから金貨一万枚で済む訳がないと睨んでいたそうだ。
プッペは貴族に対する工作資金の出所の隠れ蓑にもそれらの商会を使っていたみたい。
おかげで、アロガンツ伯爵の派閥に属する貴族へ流れたお金を把握することもできたし、なにより直接の資金供給源を潰す事ができたとミルトさんはホクホク顔だった。
「お父様は仕事の話は滅多になさらないのだけど、先日の休みに王都の屋敷に行った時は凄い上機嫌で話してくださったの。
なんでも、宰相という仕事は忙しいのは仕方がないのだけど、それに輪をかけているのが現状に不満を持つ貴族の陳情に対応することなんですって。
やれ爵位に見合う地位をよこせだとか、自分の仕事上の権限を増やせだとか、しょうもないことが多いそうなの。
それを言って来るのが伯爵とか、高位の貴族なので部下に対応させられないのですって。
最近、資金的な後ろ盾を得たようで不平貴族の派閥が勢いを増していて、対応に時間がとられてそれこそ休みも取れない状態だったようですの。
ところが、その後ろ盾になっていた商人というのが犯罪で手に入れたお金を不平貴族に流していたそうで、犯罪が露見して一網打尽になったのですって。
不平貴族の方々、随分と羽振り良くお金を使っていたので、金蔓が無くなって大慌てだそうですよ。
おかげで、不平貴族の方々もくだらない陳情をしてる暇が無くなったみたいですの。
その犯罪摘発の陣頭指揮を執っているのが皇太子妃様なのですって、お父様が皇太子妃様に凄く感謝をしてらしたわ。」
ちなみに、ミルトさんはアロガンツ伯爵の派閥を『伝統的貴族派』とよんでいるが、エルフリーデちゃんのお父さんは『不平貴族』と呼んでいる。
アデル侯爵に言わせれば、アデル侯爵家こそ伝統ある貴族の筆頭であり、ミルトさんの言い方だと自分もそこに含まれるようで甚だ不本意だと言っているみたい。
エルフリーデちゃんは、一旦話を終えるとティーカップに口をつけた。
そして、ふと、何か気になることがあったようで、一瞬表情が変わった。
「そういえば、ターニャちゃん、夏休みはずっと帝国に行っている予定だったのが、なにかトラブルで早く帰ってくることになったと言ってらしたわね。
もしかして、今お話した件と何か関わっているのではなくて。」
エルフリーデちゃんって鋭いね。思わずフローラちゃんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「ええ、まあ、成り行きで。帝国で気になったことがあって、慌てて帰ってきて確認に動いたら芋蔓式に色々な事に巻き込まれちゃって…。」
それからわたしは帝国の辺境で見たことやヴェストエンデ近くの瘴気の森であったことを色々と話す事になってしまった。
瘴気の森の施設に突入したときの話なんか、みんな身を乗り出して聞いていた。
みんな、こういう話が好きだね…。
全て話し終えたとき、エルフリーデちゃんが呆れた声で言った。
「ターニャちゃん、あなた、危ないことばっかりして…。そのうち、酷い目にあいますわよ…。」
わたしも自分から危ないことに首を突っ込む気はないんだけどね…。
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