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第7章 二度目の夏休み、再び帝国へ

第185話【閑話】困惑する侍女 ①

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 今年の春、奥様が私に言いました。

「エラ、あなたは良く働いてくれました。カリーナの子守役は今日でおしまいです。
 カリーナも六歳になりました。明日からはカリーナの専属侍女としてカリーナに仕えてください。
 今までの仕事に加え、明日からは少しずつカリーナに読み書きを教えてください。
 来年になったら家庭教師をつけますので基本的なことだけで結構です。
 家庭教師をつけたときに恥をかかないように最低限の読み書きができるようにお願いします。
 あなたならできると信じておりますよ。
 それと、今月分からあなたの給金は月金貨三枚です。
 働き次第で昇給もありますので良い働きを期待しておりますよ。」


 子守役と侍女の仕事がどう違うのか良く分からなかったけど、どうやら昇進のようでした。
 家宰の方に尋ねたところ、子守役は下女扱いで、侍女は家の中では幹部になるらしい。
 私の仕事はカリーナお嬢様のお世話に加えて、初等教育を行うことらしい。
 基本の文字を全部覚えさせて、子供用の絵本を読めるようになれば合格と言われました。

 それで、なんと金貨三枚の給金です、先月までの倍ですって。ビックリした、だって金貨三枚といえば贅沢しなければ親子三人が暮らせる金額ですもの。十八歳の平民の給金としては破格のものです。
 私は改めて子爵様に感謝すると共に、ここに就職できてよかったと感じたのでした。


 私は王都で小さな仕立て屋を営む服飾職人の娘として生まれました。幸いにして赤貧という訳でもなかったことから中等国民学校まで行かせてもらうことができました。
 勉強は好きだったため結構自慢できる成績を修めることができ、就職に際し偶々求人がでていた子爵家への推薦状を学校からもらうことができたのです。

 私に与えられた仕事は当時三歳のカリーナお嬢様の子守でした。
 平民の私を姉のように慕ってくれるカリーナ様はとても愛らしく、我ながら誠心誠意尽くしてきたと思います。
 奥様からお言葉を頂戴し、働き振りが評価されたのだと思うととても嬉しかった。


     **********


 私が侍女になって一月ほど経ったとき、子爵様からお呼びがかかりました。
 普通仕事の指示は奥様か家宰から出るので、一介の侍女が子爵様からお呼びがかかるのは珍しいのです。

 呼ばれて執務室に行くと、

「アデル侯爵領にある別荘にカリーナを連れて行って欲しい。できる限り早くこの家を出発して欲しいのだ。」

とおっしゃる。

 要領を得なかったため説明を求めると、子爵様は詳しくは言えないがと前置きし、たちの悪い貴族からカリーナ様へ縁談を持ちかけられたとおっしゃった。
 どうやら、カリーナ様をたちの悪い貴族から隠したいようだったのです。

 子爵様が保有する別荘は先代が勲功として王家から拝領したものらしくとても立派なものでした。
 カリーナ様の縁談を気に病む子爵様には申し訳ないけど、カリーナ様と二人で別荘生活を満喫してしまいました。
 
 そして、朝晩が冷え込むようになってきた五の月の終わり、私達は一月ほどかけてゆっくり王都へ帰還すべく旅路に付いたのです。
 別荘を出発して間もなくのこと、突然馬車が前のめりになり強い衝撃が体を襲いました。
 馬車が急停車した弾みに座席から投げ出され前方の壁に体をぶつけたようです。
 慌ててカリーナ様の様子を確認するとそこにはピクリとも動かないカリーナ様のお姿が…。

 なんとか、カリーナ様を抱きかかえて馬車から降ろし、必死に呼びかけますが目を覚ます様子がありません。
 カリーナ様にもしものことがあったら死んでお詫びをしても償いきれるものではありません。

 するといつの間にいたのか、カリーナ様と同じ年頃の少女がカリーナ様を覗き込んで言ったのです。

「おねえちゃん、そんなふうにゆすっちゃだめだよ。その子死んじゃうよ。
 頭を強くぶつけたでしょう?頭の中で血が出ているって。
 そういう時はゆすったらダメなんだって、静かに横にしておかないと。」

 突然声をかけられて、私は「えっ、なにを…?」としか言えませんでした。

 そのとき、野次馬をかき分けてまた女の子が三人近付いてきます。

「大丈夫です、その子に指示に従ってください。」 

 一人の少女が私に言いました。周囲の野次馬の声がその少女が王女様だと教えてくれました。
 
 そして、わたしの目の前で奇跡が起こったのです。
 なんと、幼い少女がたちどころにカリーナ様を治療してしまったのです。

 それは、二重の意味で奇跡でした。なぜなら、その少女は魔法が使えないと言われている『色なし』だったからです。

 呆然とする私にフローラ王女様は、

「あら、あなたも額に怪我をしているではないですか。
 女性ですから痕が残ったら大変です、気をつけませんと。」

と言って、私の額の傷を治してくれました。

 気が動転していて自分の怪我に気付かなかったようです。
 私のような使用人に気を配ってくださるなんて、なんと慈悲深い王女様なのでしょうか。
 しかも、王女様みずから治癒術を施していただけるなんて夢のようです。帰ったら家族に自慢しましょう。
 

 それから、なしくずしに私達はフローラ王女様の別荘に招かれたのです。


     **********


 そして、それからが戸惑いの連続でした、いえ、今でも戸惑う現象は続いています。

 まず最初に戸惑ったのは、使用人の私までお客様扱いされてしまったことです。
 大理石で作られた白亜の宮殿、その中の豪華な客室がカリーナ様と私のために割り当てられました。たぶん、部屋の花瓶一つ壊そうものなら一生かかっても弁償できないでしょう。
 この夏、この地方で過ごす中で耳にしましたよ、この別荘、滅多に人を招かないので貴族の皆さんがこの別荘に招かれたことを自慢の種にしていることを。

 そんなところに平民の私がお客様扱いで常にカリーナ様の隣に座らされている。
 たぶん二度と口にできないような豪華な食事も緊張で全く味が分らなかったです。もちろん、全部頂きましたけど、残すなんてもったいない。

 いえ、私がお客様扱いされたことも戸惑いましたが、一番戸惑ったのは食卓の席順です。
 別荘の持ち主で王族のフローラ様がホスト席に座るのは当然です。
 問題は次の上位者の席です。私だって知っていますよ、貴族様が席順にこだわることを。
 そこには、平民の私ですら知っている大貴族であるアデル侯爵家のご令嬢を差し置いて平民と思われる少女が当然のように座っています。

 平民である私にはわかるのです、あの子達の立ち振る舞いは平民のものだと。
 私たち平民と貴族様では細かい所作が違うのです。それが全体の身のこなしとして貴賓を感じさせる立ち振る舞いになるのだと。

 一番上座にいる子は話し方に気品が感じられませんし、その隣の方は私と同じくどこかオドオドしていて話し方も平民が貴族様に話をする時のものです。
 カリーナ様を治療してくださった少女に至っては少し礼儀作法の教育が不足しているように思えます。

 ただ、違和感を感じさせるのは身に着けている服なんです。私も服飾職人の娘だからわかります。
 あの三人が着ているものは華美な装飾こそ施されていませんが、フローラ様のお召し物に負けていない上等な物です。おそらくは、王都一と言われるあの仕立て屋の物なのでしょう。
 私がお世話になっている主を貶めるわけではございませんが、あそこは子爵家では注文を受けてもらえないほど客を選ぶ店だったはずです。

 いったいこの三人は何者なんだろうか? 疑問は募るばかりです。
 いえ、使用人の私は立場を弁えているので、いらぬ詮索はしませんよ。
 もし、この三人が王の御落胤だなんて聞かされてしまったら消されてしまうかもしれませんから。

 ただ、私が心配なのはいくら命の恩人とはいえハンナさんを必要以上にカリーナ様と仲良くさせていいのかなのです。
 平民を友達にして帰ってきたなどといったら、子爵様や奥様から叱責されてしまうかもしれません。
 もちろん、お二方とも寛容な方で貴族であることを鼻にかけることはしませんし、私たち平民の使用人にも親しく接してくださいます。
 でも、お嬢様のご友人となると話は別になると思うのです。


 別荘に滞在する間、私の心配をよそに、カリーナ様はハンナさんとどんどん仲良くなっていきます。
 フローラ様が微笑ましいものを見るように二人を眺めているので問題ないものだと思いたいのですが…。


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