上 下
175 / 508
第7章 二度目の夏休み、再び帝国へ

第174話 湖畔の別荘

しおりを挟む
 アデル侯爵領の領都シューネエルデから北東へ進むと緩やかな上り坂となっており、モミの木や初めて見る樹皮の白い木が増え始め、一時間も走るとすっかり山間の風景に変わっていた。
 樹皮の白い木はシラカバと言いこの辺りではよく見られる木だとエルフリーデちゃんが教えてくれた。

 ここまで山の中に入るともう民家などないのかなと思っていると、谷沿いにやや広い平坦な土地があり人通りの多い結構な街に出くわした。

「こんな山の中に賑やかな街があるなんてなんか不思議な光景ですね。」

 ミーナちゃんが本当に不思議そうに呟いた。
 本当にそうだよね、さっきまで民家もなかったのに、まさかこんな賑やかな街があるなんて予想も出来なかったよ。

「ふふ、驚いたでしょう。」

 エルフリーデちゃんが、いたずらが成功した子供のようなしてやったりという笑顔で言った。

「この街は避暑に来た貴族達のための街なのよ。
 賑やかなのは四の月の後半から六の月の前半までの二ヶ月だけよ。」

 よく見ると街行く人はみな身なりの良い人ばかりだった。
 この街より更に山間へ進んだ場所が貴族達の別荘が点在する区域らしい。

 エルフリーデちゃんの話では、ここにある店は王都やシューネエルデなどの有名店の支店ばかりだと言う。中には遠くポルトの店もあるらしい。
 ここに来ると全国の王侯貴族御用達の名品が買えるというのが魅力で、避暑に来た貴族達を引き付けているそうだ。

「この街のお店は六の月の終わりにはみな店仕舞いしてそれぞれ本店のある場所に帰っていくの。
 そしてまた来年、四の月の初めに戻って来てお店を開ける準備を始めるのよ。」

 この辺りは冬になるとわたし達の身長より高くまで雪が積もるので、この街で冬を越す人はいないそうだ。
 そのため、冬の間に雪の重さで建物が潰れたり、酷く傷んだりしないように堅固な造りの建物が多いらしい。


     **********


 街を抜けて更に山間に入っていくと道の両側に大小の湖沼が見えるようになった。
 どの湖も陽の光が湖面に反射してキラキラ光っている。

「おねえちゃん、あそこなんかキラキラ光っているよ。すごいきれい、なにがあるんだろう?」

 ハンナちゃんにはキラキラと輝くのが湖面の反射光だとはわからないらしく、何か光るものがあると思っているらしい。
 
 さっきの街から一時間ほど走った場所に一際きれいに整備された道との分岐があった。
 そこをきれいな道の方へ進むと、ほどなくでっかい宮殿があった…。

 うん、わかってた、ポルトのときもそうだったもんね…。

 わたし達を出迎えてくれたのは別荘というより離宮と呼んだほうがしっくり来る荘厳な白亜の建物だった。
 ポルトのときも思ったけど別荘って、こんな大きな建物じゃないと思うの…。

 アデル公爵領で最も美しいと言われている湖は別荘の裏側にあるようで別荘の建物が視界を塞いでしまい正面からは全く見えなかった。


 わたし達が出発する一時間ほど前に先触れとして近衛騎士を乗せたフローラちゃんの魔導車を先行させておいたの。
 その甲斐があって、正面エントランスの車寄せに着いたときには別荘に詰めている人達が総出でフローラちゃんを迎えてくれた。

 この別荘で働いている人達も四の月の初めに別荘に来て、いつ王族が訪れても良いように準備を整えているらしい。やっぱり、夏の終わりには王都に戻るんだって。


 わたし達はそれぞれの部屋に通された、わたしとミーナちゃんとハンナちゃんの三人で客室を一つ、エルフリーデちゃんのグループで客室を一つに分かれたの。
 客室一つといっても部屋に入ると大きなリビングがあってベッドルームが三つもあるの、本当に別荘というより宮殿だよね。

 そして、それぞれの荷物を置いてフローラちゃんの私室に集合する。
 フローラちゃん専用に用意されている部屋の窓からは湖が見渡せ、湖の対岸の山が金色に輝いていた。

「山が金色に輝いている…?」
 
 ミーナちゃんが呟きを漏らした。

「ええ、神秘的な光景でしょう、このくらいの時間から夕方まであの辺りが金色に輝くの。」

 フローラちゃんはそう言うと続いて種明かしをしてくれた。
 あの斜面には氷河という大きな氷の川があるらしい。
 氷河は対岸の山のかなり高い場所にある氷原から流れ出て女神の湖へ注いでいるらしい。

 今目の前で金色に輝いている部分が氷河で、西日が反射して、ちょうど今くらいの時間から夕方まで光の加減で金色に見えるらしい。

「でもこの湖が神秘的な美しさといわれる理由は他にもあるのよ、行ってみましょう。」

 そういって、フローラちゃんはわたし達を湖畔に誘った。
 フローラちゃんの部屋からテラスへ出るとそのまま湖畔まで歩いて行けるようになっている。
 湖畔の別荘と言っている通り、建物から湖畔までの裏庭はさほど広くなくすぐに湖の縁まで辿り着いた。

 湖の水は水底がずうっと見える凄く透明度の高い水だった、本当にきれいな湖なんだね。
 そう感心していたらあることに気付いた、ミーナちゃんも気付いたみたい。

「森が沈んでいる…?」

 そう、よく目を凝らすと湖の底に倒れた木がたくさん沈んでいるの。

「そうなの、湖の底に森があるの。
 何が原因かとか、いつ頃のことかとか、詳しいことはわからないのだけど昔湖が急に大きくなったらしいの。
 そのとき、かつての湖の畔にあった森を飲み込んだらしいわ。
 だいぶ昔のことらしいのだけど、水温が低いせいで朽ちずに水底に残っているそうなの。」

 これも、女神の湖が持つ神秘的な光景の一つだそうだ。

「そして、最後にあの氷河、山から流れ出てこの湖に着くでしょう。
 そうすると湖に突き出した氷の塊が自重で崩落するの、みられるのは稀なのですがその様子がとても神秘的なのです。」

 氷の川という時点で神秘的だよね、氷みたいに固まっているモノがどうやって流れてくるんだろう?

 すると湖畔から突き出した木製の桟橋の上で湖の底を覗き込んでいたハンナちゃんが叫んだ。

「あ、お魚だ!大きいのがいっぱいいるよ!すごい、すごい!」

 それを横から覗き込んだフローラちゃんが言う。

「これがマスよ、色々な食べ方があるって言ったでしょう。
 今晩はマスづくしにしてもらったから、楽しみにしてね。美味しいわよ。」

 それを聞いたハンナちゃんがはしゃいでいた。
 うん、ハンナちゃんには神秘的なものより美味しい物の方が興味あるよね。

「そろそろ陽も傾いてきましたので、別荘に戻りましょうか。
 湖畔の散策は明日からゆっくりとしましょう、まだ七日もあるのですから。」

 フローラちゃんがみんなを別荘の方へ誘導し歩き始めた。
 フローラちゃんの後についてみんなが歩き始めるが、ハンナちゃんは何故か湖のほうを向いたまま歩き出そうとしない。湖を見たまま何か首をかしげている。

 あれ、この気配は…。
 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【物真似(モノマネ)】の力を嫉妬され仲間を外された俺が一人旅を始めたら……頼られるし、可愛い女の子たちとも仲良くなれて前より幸せなんですが?

シトラス=ライス
ファンタジー
銀髪の冒険者アルビスの持つ「物真似士(ものまねし)」という能力はとても優秀な能力だ。直前に他人が発動させた行動や技をそっくりそのまま真似て放つことができる……しかし先行して行動することが出来ず、誰かの後追いばかりになってしまうのが唯一の欠点だった。それでも優秀な能力であることは変わりがない。そんな能力を持つアルビスへリーダーで同郷出身のノワルは、パーティーからの離脱を宣告してくる。ノワル達は後追い行動ばかりで、更に自然とではあるが、トドメなどの美味しいところを全て持っていってしまうアルビスに不満を抱いていたからだった。 半ば強引にパーティーから外されてしまったアルビス。一人にされこの先どうしようとか途方に暮れる。 しかし自分の授かった能力を、世のため人のために使いたいという意志が変わることは無かったのだ。 こうして彼は広大なる大陸へ新たな一歩を踏み出してゆく――アルビス、16歳の決断だった。 それから2年後……東の山の都で、“なんでもできる凄い奴”と皆に引っ張りだこな、冒険者アルビスの姿があった。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

私の愛した召喚獣

Azanasi
ファンタジー
アルメニア王国の貴族は召喚獣を従者として使うのがしきたりだった。 15歳になると召喚に必要な召喚球をもらい、召喚獣を召喚するアメリアの召喚した召喚獣はフェンリルだった。 実はそのフェンリルは現代社会で勤務中に死亡した久志と言う人間だった、久志は女神の指令を受けてアメリアの召喚獣へとさせられたのだった。 腐敗した世界を正しき方向に導けるのかはたまた破滅目と導くのか世界のカウントダウンは静かに始まるのだった。 ※途中で方針転換してしまいタイトルと内容がちょっと合わなく成りつつありますがここまで来てタイトルを変えるのも何ですので、?と思われるかも知れませんがご了承下さい。 注)4章以前の文書に誤字&脱字が多数散見している模様です、現在、修正中ですので今暫くご容赦下さい。

没落令嬢カノンの冒険者生活〜ジョブ『道具師』のスキルで道具を修復・レベルアップ・進化できるようになりました〜

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 事業に失敗した父親の借金の返済期限がやって来た。数十人の金貸し達が屋敷に入って来る。  屋敷に一人残された男爵令嬢の三女カノン・ネロエスト(17歳)は、ペットの大型犬パトラッシュと一緒に追い出された。  長い金髪を切られ、着ていた高価な服もボロ服に変えられた。  そんな行く当てのない彼女に金貸しの男が、たったの2500ギルド渡して、冒険者ギルドを紹介した。  不幸の始まりかと思ったが、教会でジョブ『道具師』を習得した事で、幸福な生活がすぐに始まってしまう。  そんな幸福な日常生活の物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...