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第7章 二度目の夏休み、再び帝国へ

第154話 噛み合わない話

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「あの病人、怪我人の扱いはどういうことかしら?
 支配人、あなたは病人はオストエンデの町に送ったといってなかったかしら?」

 事務所の応接に戻ったハイジさんはギリッグさんにそう問いただした。

「あれは働けなくなった者を一カ所に集めただけです。
 彼らはうちの従業員ではなく日雇いなんですよ、働かない者を宿舎に置いておく訳にはいかんのです。
 後から入ってくる者の場所は空けないといけないし、働かない者が宿舎で寝ていると他の者の志気に関わりますから。
 うちの宿舎は継続的に働くという条件で無償で提供しているのです。本来であれば日雇いの者は自分で宿を取るものでしょうが。これでもうちは日雇いの者に対する待遇が良いのですよ。
 最初にオストエンデに送ったと申し上げたのは、そう言った方が余計な詮索をされないと思ったからです。
 まさか、皇女殿下がスラムの人間にまで気を配る慈悲深いお方で、事前にここまで調べていらっしゃるとは思いもよらなかったものですから。」

 
 ギリッグさんは悪びれることもなくそう答えた。

「あくまでも正当なことだというならば、別の方向から聞きましょうか。
 あの者達が病気で倒れたとき何故国に報告しなかったのですか。
 あれだけ多くの者が同じ症状で倒れれば流行病を想定するのが自然でしょうに。
 流行病の蔓延を防ぐため疑わしいことがあれば国に報告することになっているのですよ。
 怠った者には死罪までありうる犯罪行為ですよ。」

 ハイジさんは尚も厳しくギリッグさんに問いただした。

「皇女殿下、無礼を承知で申し上げます。
 たしかに国で定める法の上では皇女殿下のおっしゃる通りでございます。
 しかし、何事も法律に従っておれば良いと言うものではないのでございます。
 この製材所で作られた木材は、家具などの調度品に加工されて販売されます。
 その調度品を購入されるのは帝都の高貴な方々です。おかげさまで高貴な方の間では当商会の調度品は品切れを起こすほど好評なのでございます。現在納品を約束している商品の納期に間に合わないと文字通りこちらの首が飛んでしまいます。
 言い方が悪いですけど、私達も我が身が可愛い訳でして、スラムから拾ってきた者が病気に倒れたからと言って製材所を止めるわけには行かないのです。」

 ギリッグさんの返答にハイジさんは心底呆れたような表情になった。

「あなたは、そんな事のために何万の命を危険に晒しますか。
 あの病気が流行病であれば、ことはこの村に留まらず定期的に行き来のあるオストエンデの住人数万を危険に晒すことになったのですよ。」

「皇女殿下、あなたがそんな事と申しますか。
 今当商会が抱えている注文の中にはあなたのお父上、皇帝陛下からのものもあるのですぞ。
 ほんの些細なことがお気に召さなかったため、皇帝陛下に首を斬られた罪無き者がどれだけいるかは皇女殿下も良くご存知なはずです。
 皇女殿下は私に首を斬られろとおっしゃいますか。」

 ギリッグさんが言ったことに心当たりがあったのか、ハイジさんが黙り込んでしまった。


 ハイジさんが考え込んでいる間にわたしは気になることを幾つか聴くことにした。

「病気の人も怪我の人も思っていたより少なかったのですが、他の人はどうしました。
 医者なり、治癒術師なりに診てもらったんでしょうね。」

 突然話しかけられたギリッグさんは不機嫌な顔をして言う。

「先ほどの治癒術師か、全く余計なことをしてくれた。
 おまえ達のせいでこちらは皇女殿下の不興を買ってしまったではないか。
 他の者達だと?
 あそこにいないのならどうなったかは治癒術師のおまえ達が一番よくわかっているだろう。
 医者など見せるわけがないだろう、何度も言うようにあの者達は日雇いなんだ。
 医者に行きたければ自分で行けばいいんだ。
 屋根のある所に寝かしていたんだ、外に放り出さなかっただけ有り難いと感謝して欲しいね。」

 ギリッグさんはハイジさんに対する話し方とは違い、荒い口調でわたしに答えた。
 そっかあ、みんな助からなかったんだ、何人くらい亡くなったんだろう…。

 ギリッグさんはわたし達がハイジさんに情報を伝えてここに連れてきたと思っているみたいだ。
 わたし達が恨みを買ったみたい。
 普通は皇女殿下がこんな辺境のことに詳しいとは思わないだろうから仕方ないか。


「一応聞いておきますが、亡くなった方の遺体はどうしましたか。」

 ハイジさんの質問にギリッグさんは顔をしかめて言った。

「皇女殿下にお聞かせするようなことではありませんのでお答えしかねます。」

「それを判断するのはあなたではなく私です。正直に全て話しなさい。」

「そうですか、ではご気分を悪くなったら言ってください。途中で話をやめますから。」

 そう言ってギリッグさんは話し始めた。

「魔獣と言うのは肉食なのです。ですから辺境の村が襲われることがあるのですね。
 魔獣は人の肉を好んで食べるのです。
 亡くなった者の遺体は瘴気の森の中、伐採現場とは離れた場所に置きました。
 そうすると魔獣は遺体の方に寄って行き伐採現場に近付く魔獣が減ります。
 彼らは死してなお、肉の盾となり伐採現場を守ってくれたのですよ。」


 ハイジさんは顔色を真っ青にし、口にハンカチを当てている。

「なんて酷いことを……。」

 なんとかそういうのが精一杯のようだ。

「酷いですか? なにも法に反することは無いですが。
 日雇いの者がたまたま病気か怪我でここで亡くなった、仕方がないので適切に処分したそれだけのことです。
 人の遺体を放置したらそれこそ疫病のもとになるではありませんか。
 皇女殿下、鳥葬というのをご存知ですか?
 この帝国のごく一部で行われている葬儀の仕方なんです。亡くなった者の遺体を鳥に食わせるのですよ。これはその地方ではちゃんとした礼に沿ったことなのです。
 魔獣の食べさせるのも同じではありませんか。
 それで生きている者の安全を守れるのであれば死者も本望でしょう。」

 なんか凄い言い分だよ。
 よくわからないけど本当に法に反していないの?それは法の方に問題があるのでは……。
 えーっと、なんて言ったっけ、そう、人道的に問題があるんじゃないの?

 でも、ハンナちゃんを魔導車に置いて来て良かったよ、とてもこんな話聞かせられない…。
 村長の話を聞いたとき悲惨な状況を予想して、ハンナちゃんにはミツハさん、ホアカリさんを付けて魔導車に留まってもらったんだ。


     **********


 ハイジさんの顔色が少し良くなったのを見計らってギリッグさんが言った。

「もうよろしいでしょうか?よければこれで終わりにしたいのですが。」

「最後にもう一つ教えてください。この製材所を経営している商会はなんという商号ですか。
 経営者はどなたですか?」

 ハイジさんの質問にギリッグさんはとぼけた言い方で、

「あれ、申し上げていませんでしたか、これは失礼。
 当商会はシュバーツアポステル商会と申します。
 経営者といわれると困りますね。
 当商会は他と違って持ち主がいないのです。
 多数の有力者が出資しておられて、その中でも有力な出資者の方による役員会で経営方針を決めているのです。 
 そして、役員会で指名された支配人がそれぞれの担当部門を実際に経営するのです。
 そういう意味では、この製材所の経営者は私めになります。」

と言った。

「私はシュバーツアポステル商会と言う名前は初めて耳にしました。
 たしか、皇帝陛下からの注文があると言っていましたし、わたしの母の寝室にも確かにここの木材を使ったと思われる調度品がありました。
 シュバーツアポステル商会は皇室御用達に指定されているのですか。」

「ええ、当商会は随分昔から皇室御用達の商会でございます。
 皇女殿下がご存知でないと言うことは、その情報に触れる権限をお持ちでないと言うことだと思います。
 それ以上のことは私の口からは申し上げられません。皇帝陛下か皇太子殿下にお聞きください。」

 ギリッグさんはそういって、ハイジさんが詳しく聞き出そうとするのを塞いでしまった。

 わたしが最後に一つと言って質問をする。

「瘴気の森で切り出されて木材は体に悪影響があることをご存知ですか?
 この木材で作った調度品を使っていた皇后陛下は体を壊されて現在静養中です。
 もう快癒されましたが皇后陛下の症状が、先ほどの病人と同じものでした。」

 わたしの問い掛けにギリッグさんは激高し声を荒立てた。

「何の言いがかりですか、失礼な!
 私共の木材を使った調度品が体に悪いなど言いがかりもいいところです。
 むしろ、うちの調度品を購入してから魔法を使った後の疲れが取れ易くなったとか、魔法が多く使えるようになったとか、魔法が上達したとかとか非常に良い評判を高貴な方から頂戴しているのです。
 そんな言いがかりを公言するようであれば、子供といえども許しませんよ。」

 わたしは怯まずに追加で一つ尋ねる。

「その高貴な人と言うのは、黒い髪、黒い瞳、褐色の肌の人ではありませんか?」

「何を当たり前のことを言っているのですか、あなたは。
 そうに決まっているではありませんか。」

 ギリッグさんの返答に、わたしはハイジさんと顔を見合わせてしまった。


  
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