上 下
124 / 508
第6章 王家の森

第123話 ミルトさんと商人

しおりを挟む
「そう、あの大司教がドゥム伯爵のところへ来たの。
 それで、ドゥム伯爵に世論操作を依頼したのね。」

 伯爵邸を探らせていたおチビちゃんから貰った情報をミルトさんに伝えたところ、ミルトさんは考え込んでしまった。

「でも、そんな事ができるのですか?
 この間の噂は目撃した人が多かったから面白いほど早く王都全体に広がったけど、でっち上げの話なんかそう簡単に広めらるのですか?」

 あの伯爵、人望なさそうだし、あの人の言うことをそうそう信じる人はいない気がするんだけど。

「ターニャちゃん、なにも伯爵自ら噂を流すわけではないのよ。
 彼の周りにはそういうことが得意な人達がいるの。
 ターニャちゃんだって帝国で利用したでしょう、商人の口コミ。
 ターニャちゃんが魔獣から助けた商人が触れ回ったので、帝国の辺境では『白い聖女』の噂が広まっているらしいわ。それこそ『黒の使徒』が刺客を送るぐらいに。」

 その話はやめて欲しい…、恥ずかしいな、もう…。

 ミルトさんの話では、ドゥム伯爵と連名で王家の森を開発したいと請願書を出してくる商人が数人おりいずれも王都では指折りの商人らしい。

 商人はいかに早く有用な情報を掴むかが儲けにつながるため、商人を介すると面白いほど早く情報が広まるらしいよ。
 それに、商人は日頃多くの客に接しているため、その気になればいくらでも民衆に噂を流せるとミルトさんは言っている。
 
 王家の森の開発利権を狙っている商人も、王族が精霊の再臨をしきりに持ち出すものだからやきもきしているらしい。
 民衆の王家への支持の高まりや精霊に対する認識の変化には当然のことながら良い気持ちはしていないだろうって。

 現在、王家の森はその所有者である王家の意向のみによって保護されている。 
 これ以上精霊に対する信仰心が強まって王家の森の保護が民衆の支持まで集めてしまっては、王家の森の開発は今後半永久的にできなくなるかもしれない。
 もし、開発を推進したいものがそのように危機感を募らせれば、世論誘導ぐらい平気でやるだろうとミルトさんは言っている。


「じゃあ、大司教の思惑通りに民衆に対する情報操作が出来てしまう恐れがあるのですか?」

「そうね、ターニャちゃんが教えてくれなければそうなったでしょうね。
 でもね、今私は大司教とドゥム伯爵のたくらみを知ってしまったわ。
 大司教がドゥム伯爵のもとを訪れたのは今日で間違いないわね、ターニャちゃん?」

「ええ、おチビちゃんがすぐに知らせてくれたので、数時間前のことですね。」

「わかりました。早速手を打ちましょう。」

 そういったミルトさんの行動は素早かった。
 その日の夕方、ミルトさんの前には五人の商人の姿があった。

 普段はぽわーんとしているミルトさんの本気になったときの行動の早さには本当に驚かされるよ…。


     **********


「みなさん、お忙しいところを突然呼びつけて申し訳なかったですね。」

 ミルトさんは五人の商人を前に労いの言葉をかけた。

「して、皇太子妃殿下におかれましては、私め等にいかがなご用件がございますのでしょうか?」

 商人の一人が代表してミルトさんに用件を尋ねた。

「あら、お互いの顔ぶれを見て予想できないかしら。
 今日は、あなた方に選択の機会を差し上げようかと思いましてお呼びしたのですよ。
 ここ数日中にあなた方に良からぬたくらみを持ち掛けてくる方がいると思います。
 もし、あなた方がそのたくらみに乗るのであれば、残念ですが今後王家の御用商人の座は剥奪させていただきますので相応の覚悟を持ってくださいね。」

「ちょっとお待ちください!それでは何のことかわかりかねます。
 何を示すのか明らかにせず、御用商人の地位を剥奪するなんて脅しではないですか。」

「そお?
 では、あなた方は今、王都で流れているわたしの噂はご存知ですよね?」

「皇太子妃殿下が、創世教の大司教に創世教の金儲けの邪魔をするなと脅されたという件ですか?」

「まあ、そんな風にいわれているのですか?」

 うーん、あの会話を簡略化するとそこまで極端な言い方になるのか…。

「その噂がどうかしましたか?」

 商人の問いにミルトさんはこう答えた。

「あなた方商人は正確な情報が命のはずですから、噂の真偽は確かめているはずです。
 一両日中に、この噂の真相を捻じ曲げ、『あの噂は私が仕組んで相手を陥れたものだ』という噂を流してくれという依頼があなた方に行くと思います。もう聞いている方もいるかも知れませんね。
 聡明なあなた方であれば、今流れている噂とあなた方が依頼される内容のどちらが真実に近いかわかるはずです。
 この国では言いたいことを言う自由がありますので、何を言うのも自由です。
 でも、悪意を持って事実と違う風聞を流されるのはやはり気分が良いものではありませんわね。
 意趣返しに私的取引である王家の御用達ぐらい取り消したところで問題ないと思いませんか。」

 ミルトさんが何が言いたいのかを理解した商人達が青い顔をしている。

「あと、これもご存知のこととは思いますが、私は創世教の妨害はしたことはございませんし、王家が私的に祀っている精霊を信仰しろと他者に強要したこともございません。
 政治に宗教を一切持ち込まないことは、わが王家が代々守り続けてきた政治信条です。
 王家の一員たる私もこれを侵す気は全くありません。
 にもかかわらず、私が創世教を迫害しているとか精霊に対する信仰を強要しているとかの世論が高まることがあると非常に悲しいですわ。
 思わず王宮における調達一切を公開入札制に変えたいくらいに悲しいですわ。」

 ミルトさんの言葉を聞いた商人の一人が言う。

「それは、我々に対する脅しですか?」

「イヤですわ、脅しだなんて。
 私がいつ商人のみなさんを脅したことがありまして。
 私はあなた方が真実を捻じ曲げるような風聞を流さなければどうこうするつもりは一切ありませんよ。
 だって、他の商人の方はお呼びしていないでしょう、その心配がないからです。
 あなた方に対してここ数日中に良くないたくらみを持ちかけられることが事前にわかったから忠告してあげたのです。
 むしろ、感謝して欲しいですわ。」

 ここまで言われて、商人たちは自分達の情報が筒抜けであることを理解したようだ。
 何人かは既に話が持ちかけられているようでうな垂れてしまった。
 そして、現在の王室御用商人の地位と可能性が読めない将来の利権のどちらかを今選択しろと迫られていることも理解したみたいだ。

 

しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

処理中です...