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第5章 冬休み、南部地方への旅

第86話 愚か者の胸算用

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「ちくしょう!王都がそんなに雪深いだなんて聞かされていなかったぜ!
 こんなところで一ヶ月以上足止めを食らうなんて計算外もいいところだ。」

 俺はポルトの安宿の狭い四人部屋で苛立ちを隠せずにいた。

「うるせいぞ!こんな狭い部屋でわめき散らすな。
 ただでさえ、むさくるしい男四人で暑苦しいというのに余計に暑くなる。」

 仲間の一人にそう言われて黙ることにしたが、俺の鬱憤は晴れなかった。
 俺達四人は、帝国の国教『黒の使徒』の救済神官だ。
 救済神官の役割は『黒の使徒』にはむかう異端者どもの魂を救済すること、要するに教団の汚れ仕事をする訳さ。


 今回教団から下された指示は、夏に帝国の辺境で派手に活動した『色なし』の少女二人を消せということ。
 その少女達は、飢えた村人に食料を配り、奇跡のような魔法で荒地を農地に変え、怪我人や病人を癒して回ったそうだ。
 辺境の村々では『白い聖女』と呼ばれて人気者になっているらしい。


 村人には大歓迎だろうが、俺達『黒の使徒』にとっては不都合極まりない。
 『黒の使徒』は、高い魔法力を持つ黒髪・黒い瞳・褐色の肌の人間を神に選ばれた人間だとして、尊敬を集めるように人々を教導している。
 魔法が使えない『色なし』を神の恩寵のない忌むべき存在として蔑むことで、色の黒い人間の優位性を強調してきたのだ。
 それが、色の黒い人間を重用する帝国の政策にも合致して国教として保護されてきた訳だ。


 いきなり現れた『色なし』が奇跡のような魔法を使うとあっては教団の威信にひびが入りかねない。
だから、その『色なし』の子供二人には無かった者になって貰おうという訳だ。
 それと、『色なし』の子供二人と行動を共にしていた第一皇女も、こともあろうに王国に宣教に派遣した宣教師を犯罪者として帝国へ送り返すという愚行を犯したということで、二人と共に魂を救済しろと指示された。

 さすがに、帝室の一員を手にかけるのはうまくないのではと思ったが、追加で皇后の魂も救済せよとの指示があった。
 これは、皇帝からの指示のようだ。
 皇帝の政策に批判的な有力貴族が結託して押し付けてきた皇后は、軍事予算を民の生活救済に回せやら、『黒の使徒』への助成を減らせやら、何かにつけ皇帝へ注文をつけるので皇帝は辟易しているそうだ。

 であれば、第一皇女に手をかけても問題ないだろうということで、今回四人を纏めて救済すべくはるばる王国までやってきたのだ。
 しかし、ポルトに着いてみれば、積雪のため一の月の終わりまで乗合馬車はないというではないか。馬車を借り上げようとしてもやはり雪解けまでは無理だと断られた。


 帝国は乾燥していて雨が降ることが少ない、ましては雪など降ることはまずない。
 だから、誰もが積雪で王都に辿り着けないとは考えなかった。
そのため、女子供を消すのにそんなに時間はかからないだろうと持たされた金が少ないのだ。
 仮にも、救済神官である俺達に支給される金は少なくないが、見積もりに比べて日数が倍以上かかるとなると話は別だ。


 仕方がないので、安宿に泊まった俺達は港で荷役の日雇い仕事をしながら日銭を稼いで生活している。何でこんな事をしなきゃならないんだ。


 そんなある日、仲間の一人が荷役作業中に言った。

「おいあれ、皇后じゃないか?第一皇女もいるぜ。」

 何を馬鹿なことを言っているのかと思って仲間の指差した方を見ると確かにいた。
しかも、標的と思われる『色なし』の子供も一緒じゃないか。
問題なのは、『色なし』の子供が四人もいて、誰が標的かわからない事だ。


 その日から俺達は情報収集に努めた。
情報はすぐに掴めた、この町の領主が広めてくれていたから。

 なんでも、王族自ら『癒し』の術を使って、金のない病人や怪我人に『癒し』を施しているらしい。
王族の人気取りのようだ。
 子供のうちの一人もこの国の王族のようだ。


 情報を照らし合わせた結果、標的は絞れた。
 問題は、標的はただの子供ではなく王族と行動を一緒にしている重要人物であったことだ。
 もともと、第一皇女が連れてきた治癒術師だとは聞いていたが、そこまでとは思っていなかった。
 それと、常に近衛兵が護衛に付いている。


 俺の直感がこの仕事は拙いと告げている。
ここは、見送って王都まで行った方が良いかと思っていると仲間の一人が言った。

「チャンスだぜ!ここで仕留めれば王都まで行く必要もねえし、こんな粗末な生活ともおさらばだ。
 標的は結構長い期間、この町に留まるようだから絶対に隙は出来る。
 そのときを狙って襲撃するぞ。」

 他の二人もその意見に乗ってしまった。俺も仕方なく同意するしかなかった。


     **********


「おい、聞いたか?この町で、無償で病気や怪我を治してくれる者がいるって。
 そいつら、船乗りの死病や下の病気まで治せるらしいぞ。
 しかも、そいつらはまだ年端も行かない子供だそうだ。」

 俺は目の前に転がり込んできた儲け話に、やや興奮気味にまくし立てた。

 ここは、俺達が乗る船の一室、俺達の乗る船は隣に停泊している船ほど立派な船じゃない。
なんでも、隣の船は大陸の間の交易で大儲けをして手に入れたものらしい。

 俺達はなんとかこの大陸まで辿り着いたが、途中の荒波と強風で船はぼろぼろ、積荷は結構高く売れたが船の修理代金で赤字である。


 何とかいい金蔓はないかと港町を目を皿のようにして歩いていると、街の告知板に無償で怪我人や病人の治療をしてくれるとあった。
 何でもこの大陸には治癒術という魔法があって、たちどころに怪我や病気が治るらしい。
 そんなの眉唾物に違いないと思っていたが、俺達の仲間の一人が船乗りの死病を治してもらったと大喜びで帰って来た。
 ちっ、あいつが病気で死ねば分け前が増えると思っていたのに。

 続いて、途中に寄った島でお遊びをして病気を貰っちまった仲間が治してもらったと言って帰って来た。
 あの病気は、早々治るもんじゃないぜ。

 そのとき俺は閃いた。
 俺達の住む南大陸には治癒術なんてものはない。
聞けば、治癒術師はまだ年端も行かない子供だというじゃないか。
拉致って、奴隷として売れば大儲けじゃないか。
 いや、奴隷として売るよりも、俺が診療所を開いて金持ちから金を巻き上げた方が儲かるか。

 俺は、一攫千金を目指して子供を拉致する計画を練ることにした。



 *臨時で1話投稿します。
  いつも通り20時にも投稿しますのでよろしくお願いします。
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