精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第3章 夏休み、帝国への旅

第51話 瘴気の森を抜けて

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 帝国最後の村を出た魔導車は、はや瘴気の森に差し掛かった。

「何か黒いモヤモヤがあって気持ち悪い…。」

 ハンナちゃんは瘴気の森にただならぬ気持ち悪さを感じているようだ。

「話には聞いていましたけど本当に黒いもやがかかっているのですね。
昼間でもこんなに薄暗いのですか、気味が悪いですわ。」

 ヴィクトーリアさんも、腰が引けている感じがする。


 ここは森の外れにあたる場所で、まだ人が行き来できる瘴気の濃さなんだけどね。
瘴気の濃さだけで言ったら、ヴィクトーリアさんの寝室の方が酷かったよ。

 もっとも、これより深く森に分け入ると、普通の人はすぐに瘴気中りを起こして倒れちゃうみたい。
この街道が通っている位置が人が耐えられるぎりぎりの瘴気の濃さらしいよ。

 でも、この瘴気の中を一月以上かけて旅をするキャラバンって凄い人たちだよね。
この前のように途中で強い魔獣に遭遇することもあるし、本当に命がけだもんね。


「ターニャお姉ちゃん、この黒いモヤモヤっとしたのはなあに?」

「これはね、瘴気って呼んでいるんだけど、空気の悪い汚れなんだ。
瘴気は人の体に害があって、いっぱい吸い込むと病気になったりするんだよ。」

「黒いモヤモヤって怖いんだね。
ハンナたちは大丈夫なの?」

「この車の中は空気を綺麗にしているから心配しなくてもいいよ。
でも、森を抜けるまでは外に出たらダメだからね。」

「うん、わかった。
ハンナ、いい子だからお外に出ないよ。」


 ハンナちゃんの周りにいるおチビちゃん達を見ると、光の精霊にも好かれているようなので、『浄化』を使いこなすために瘴気のこととかを詳しく教えたいんだ。でも、まだちょっと早いかな。


     ************


 往路のように凶暴な魔獣に出くわすこともなく、瘴気の森を走ること三日、わたし達は無事に森を抜けることができた。

「あら、靄が晴れてきましたわね。もう森を抜けたのかしら?」

「はい、ちょうど森を抜けたところみたいですね。
ただ、帝国と違って瘴気の森の近くには村はありませんので、人里まではこの車でもあと1日くらいかかると思います。」

「まあ、そんなに瘴気の森と距離を置いているんですの?」

 ヴィクトーリアさんが驚いている。帝国では瘴気の森の目と鼻の先に村があるからね。

「わたしもあまり詳しくないのですが、瘴気の濃さが体に害がある範囲と魔獣が出てくる範囲には村は作らないそうです。
瘴気の森と一番近い村の間には七、八シュタットの距離があるそうですよ。」

「そうすると魔晶石の確保はどうしているのですか?
王国でも魔導具は使っていますよね?」

 あ、わたしは普通の魔導具を使ったことがないので気にしていなかった。
そういえば、どうやって手に入れてるのだろう?

 わたしが、答えに困っているとミーナちゃんか教えてくれた。

「ノイエシュタットの街では、領主様の騎士団が年に何回か訓練を兼ねて瘴気の森へ魔獣討伐に遠征しているのだそうです。
 そこで得た魔晶石が、領主様の大事な収入になっていると前にお父さんから聞きました。
たぶん、瘴気の森の近くに領地を持つお貴族様も同じようにしているのだと思います。」

 そうなんだ、帝国のように魔獣狩りというお仕事があるわけじゃないんだ。
でも、瘴気の濃いところに村を作って村人に魔獣狩りをさせるよりも、訓練している騎士を定期的に遠征させた方が、人の健康面でも、魔獣との戦いによる損害の面でも良いような気がする。
 だって、帝国の魔獣狩りの人の装備って凄く安っぽかった。
 防具なんかないからすぐに怪我をするし、剣もほとんど刃が立たないで殴るだけだったもんね。

 騎士だったらちゃんとした防具をつけているんだろうし、剣も安物じゃないよね。


「そうなんですか。王国では騎士を魔獣狩りに当てることができるのですか。
 帝国ではつい最近まで他国と戦争していましたし、戦争終結後は占領地域の治安維持と反抗勢力の鎮圧に軍を使っているので魔獣狩りに使うなど考えてもいないのです。」


 永いこと戦争に明け暮れてきた帝国と何百年も他国と戦争をしたことのない王国とでは、軍の使い方とかも違うよね。
 というか、王国に騎士団なんてあったんだ。
そうえば、精霊神殿の前の広場で奉仕活動をしたとき、近衛騎士の人たちがミルトさんとフローラちゃんの護衛に来ていたっけ。


    **********


 しばらく魔導車を走らせていると、街道の両脇に大きな森が見えてきた。

「凄い、こんな大きな森が残っているなんて。わたくし、生まれて初めて見ましたわ。
それに、空気が輝いて見える。」

「はい、お母様、わたくしも王国へ留学して最初に驚いたのが緑が豊かなことだったのです。」


 そして、森を抜けると街道沿いに小さな辺境の村がぽつりぽつりと姿を現す。
小さな村なので農地も少ないが、どこも水が豊富で農作物が青々としている。

「わたくしが、まだあなた方くらいの歳のころは、帝国でもこんな風景が見られたのですよ。
三十年もしない間に、あんな荒れ果てた土地になってしまうなんて何処で間違えたのでしょうね。」

 ヴィクトーリアさんがため息混じりに呟いた。

「お母様、まだ間に合いますわ。
幸い戦争はもう終りました。
これからは、戦争に当てていた人材を生産力の増強に当てることができます。
お兄様はその辺りのことをわかっていますし、わたくしも後四年王国で学んでお兄様のお役に立てるようにしますわ。」

 ハイジさんが励ますが、ヴィクトーリアさんの憂いは晴れないようだ。

「あの頭の固い皇帝がケントニスの言うことを聞いてくれるかどうか不安です。
最悪、ケントニスが害されることも十分考えられるのです。」


 そうだね、ケントニス皇太子って凄く賢そうだったけど、皇帝と性格が違いすぎる。
あの皇帝はザイヒト王子がそのまま大きくなったような大人げのない人だった。
 理屈が通じない人を説得するのは難しいよね、理不尽なキレ方をするしね。 
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