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第3章 夏休み、帝国への旅
第36話 帝国へ向けて
しおりを挟むあっという間に時間は過ぎ、今日は五の月の一日、今日から学園は夏休みだ。
わたしは今、初等部の寮のエントランスで、ハイジさん-アーデルハイト殿下-が来るの待っている。
ここ数日、ソールさんとシュケーさんに走り回ってもらって、欲しいものを揃えてもらった。
今回の帝国への旅は、魔導車三台で行く。
一台目が、応接セットが設置されている昼間の移動時に使う魔導車。
二台目が、わたしとミーナちゃんが使うベッドが設置されている魔導車。
三台目が、ハイジさんに使ってもらうベッドが設置されている魔導車。
うち二台目には、堅焼パン、干し肉、ジャガイモの種芋、アマ芋の種芋、大豆の種、ハリエンジュの苗を可能な限り詰め込んでいる。
ベッド以外に足の踏み場がない感じで、積み上げた木箱が崩れてきそうで怖いよ。
帝国へ行くには方法は二つあるそうだ。
一つはヴィーナヴァルトから南下して海に出て海路帝国領へ入り帝国の港町から北上して帝都へ入るルート。
もう一つは、陸路で帝国へ入るルート。大陸中央に広がる広大な瘴気の森の北の端と南の端に、帝国と王国を結ぶ交易路が作られており、北の街道を通るか南の街道を通るかを選ぶことになる。
普通の馬車を前提にすれば、海路なら二ヵ月半くらい、陸路だと三か月くらい掛かり、更に瘴気の森のすぐ脇を通る街道は魔獣と対峙する危険性もあることから、時間と安全性の両面から海路を選ぶ人が多いと教えてもらった。
でも今回は、わたし達の魔導車の速度を活かすため陸路を行くこととした。
暑い時期なので、涼しい北の街道を行きたいところだが、北の街道は冬場に雪に閉ざされることから、春から秋の間しか通行できないこともあって、道路の整備があまり良くないらしい。
一方の南の街道は、一年中通行出来ることから道路の手入れが行き届いているそうだ。
荒れた道を高速で走るのは体に負担が大きそうなので、暑いのを我慢して南の街道を行くことに決めた。
今回の旅はできる限り早くハイジさんのお母さんの治療がしたいので、王国内は街の宿に宿泊するけど、ノイエシュタットを出た後は帝国内の相当規模の街に着くまでは野営をすることにした。
***********
「おはようございます、ターニャちゃん、ミーナちゃん。今日からよろしくお願いします。」
エントランス前に停車した馬車から、護衛の女性騎士を伴ったハイジさんが降りてきた。
今日のハイジさんは、栗毛色の長い髪をハーフアップにして、涼しげなミントグリーンのワンピースを着ている。
半袖のワンピースは涼しげで、まるでこれから避暑に向かうようだ。
騎士さんの名前はトワイエさんと言う。
最初は、ベッドの用意ができないから、ハイジさん以外は連れて行けないと言ったのだが、ハイジさんと一緒に寝るというので同行してもらうことになった。
早速、二人にわたし達の魔導車に乗ってもらい、出発することにした。
わたし達を乗せた魔導車は、ゆっくりとヴィーナヴァルトの西門へ向かって進みだす。
まだ、早朝なので人通りは少なく、さしたる障害もなく魔導車は西門を通過し王都を囲む城壁の外へ出た。
そして、徐々に速度を上げ、魔導車は軽快な速度で街道を進んでいく。
「この魔導車の中は涼しくていいですわね。夏であることを忘れてしまいそうですわ。
陸路を強行軍で行くというので、苦行のような旅を想像していたのですが、全然違いますのね。」
「はい、この魔導車は空調機能が付いていて一年中快適な温度に設定できるのです。
これから先の旅路も、快適な旅をお約束できると思います。」
聞くところでは夏は海路の方が涼しいという面でも良いらしいが、これほど快適ではないと思う。
「ところで、この魔導車はえらく速いような気がするのだが、今日は何処まで進むつもりなのだ?」
護衛のトワイエさんが尋ねてきた。そういえば詳しい日程は伝えてなかったね。
「到着があまり遅くなると、ハイジさんにお泊りいだだけるグレードの宿の確保が難しくなるので、明るいうちに着ける街で宿泊します。
今考えているのは十シュタットほど先の町を予定しているのですが。」
「十シュタットですって?この魔導車は普通の馬車の十倍の速度で進んでいるのですか?
全然揺れないし、騒音もしないので、そんなに速いとは思いませんでした。」
ハイジさんも驚いたようだ。
「これ以上速度を上げると、揺れるし、騒音も出てくるので、快適に旅ができるのはこの速度が限界ですね。」
実際には、この倍以上の速度が出るらしいが、この国の石畳の路面ではこれ以上の速度で走ると振動の吸収が難しいとソールさんが言っていたんだ。
昔、魔導王国では、もっと平らで表面の凹凸が少ない道路が一般的だったので速度を上げられたらしい。
ちなみに、シュタットというのは、『町』という意味。
ヴァイスハイト女王が街道の整備をしたときに、馬車で無理なく一日に進める距離を決め、その距離ごとに等間隔に『町』を配置したから、シュタットが長さの単位になったんだって。
で、その十分の一がドルフっていう単位なの、これは『村』という意味なんだ。
これは、一時間に馬車が馬の休憩込みで進める距離で、『村』を配置して馬の水飲み場を作ったそうだ。
夏休みは、五の月一ヶ月間で四十五日だ。
この間に、ハイジさんのお母さんの治療をしてヴィーナヴァルトへ戻るためには、遅くとも十五日ぐらいで帝都まで着かないといけない。
だいたい、一日に十シュタットは進まないといけないんだ。
あ、お昼は途中の街で食べるよ。食べる街があるのに堅いパンや干し肉を食べる必要ないもん。
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