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第二三章 時は緩やかに流れて…

第838話 魔物の領域での狩りに連れて行ったよ

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 その日、おいらはマイナイ伯爵領に魔物狩りの手伝いに来ていたんだ。
 マイナイ伯爵領の領都にはおいらが創った天然温泉付きの離宮があるので、おいらの休養と近衛騎士の訓練を兼ねてしばしば訪れているんだ。マイナイ伯爵領は川一本隔てて魔物の領域と接する極めて稀な立地なんだ。魔物が増え過ぎるとスタンピードによる大規模な被害が発生する恐れがあり、年二回定期的に魔物を間引いているの。騎士の実戦訓練に丁度良いので、おいらと近衛騎士も参加させてもらっているんだ。

 ただ、今回の魔物狩り参加は特別なんだ。それは…。

「母さん、私、ちょっと怖い。
 魔物の領域って強い魔物が多いんでしょう。」

 先日、八歳の誕生日を迎えたばかりのキャロットが不安そうな表情で訴えている。そう、今回、キャロットは本格的な魔物狩りに初めて参加するんだ。マリアさんから知らされていた通り、キャロットはおいらのレベルを受け継いでいた。それは八歳の誕生日に確認してもらったので間違いない。
 とは言え、レベルなんてモノは体に馴染んでいないと宝の持ち腐れだからね。実際、四十、五十ってレベルの貴族でも、ブヨブヨに肥え太って運動不足じゃ、レベル十の魔物だって狩ることは出来ないし。
 そんな訳で、おいらから遺伝したレベル七十二の身体能力を使いこなせるよう、今回からキャロットも参加させることにしたんだ。

「キャロットちゃん、私が付いているからそんな心配しなくて大丈夫だよ。
 私も最初の時は怖かったけど、落ち着いて対処すれば危なくないから。
 日々の鍛錬を思い出して、その通りにすれば魔物は倒せるよ。」

 自分の経験を基にキャロットに助言をしたのは、乳姉妹のソノギ。一つ年上のソノギは昨年からこの地での魔物狩りに参加させているんだ。

 ソノギは、おいらの旦那様オランとヌル王国からスカウトしたメイドのウレシノとの間に生まれた娘。惑星テルルの末裔たるこの大陸の人間とこの星で発生した生命であるネイティブな人間双方の血を引いているんだ。そのため、きちんとレベルが発現するか未知数だったのだけど。
 実験を兼ねて三歳の誕生日を迎える前にレベル四十相当の『生命の欠片』を摂取させてみたところ、この大陸の人間同様三歳の誕生日にレベル十になり、八歳の誕生日にはレベル四十になったんだ。それにより、片親だけでもこの大陸の血を引いていれば、この大陸の人間の形質が遺伝することが確認できたの。

「ソノギ姉さんも最初は怖かったんだ。」

「うん、でも、マロン様が側に居てくださったから。
 怖かったけど、心配はしてなかったの。
 危なくなったら、マロン様が助けてくださるはずだしね。
 今回は私もキャロットちゃんを護るから安心して。」

 ソノギは震えるキャロットの手を取って励ましていたよ。実際、ソノギは最初に魔物の領域に足を踏み入れた時こそ及び腰だったけど。魔物を目の前にした時は、驚くほど冷静に対処して見せたんだ。少しづずつトレント狩りをさせてたこともあり、胆が据わっていたみたいなの。
 ウレシノから格闘術も仕込まれているようだし、レベル四十になった身体能力を上手く使いこなせているよ。

             **********

 マイナイ領主レクチェ姉ちゃんの屋敷の裏を流れる川を渡るとそこはもう魔物の領域。
 こんなに魔物の領域に近接して存在する街はこの大陸でもここだけらしい。元々、裏の川で砂金が採取できることから発展した街なので仕方が無い面はあるのだけど…。こまめに魔物狩りをしないと魔物が溢れ出して来るので、この街に住むのは命懸けだよ。

 レクチェ姉ちゃんが領主を継いでから年二回定期的に魔物を間引いていることから、最近は川沿いにまで魔物が出て来ることもないそうで。
その日も、魔物に遭遇することなく川を渡り終えることが出来たんだ。

「きゃっ!」

 突進してくる酔牛の姿を目前に、悲鳴を上げて目を瞑ってしまうキャロット。

「キャロットちゃん、絶対に目を瞑っちゃダメよ。
 魔物の攻撃から逃げることも出来ないじゃない。」

「ゴメンなさい。助けてくれて、ありが…。」

 ソノギは腕を引っ張ってキャロットを酔牛の突進から逸らすと、すれ違いざま、キャロットの感謝の言葉も聞き終わらないうちに手にした剣で酔牛に斬り付けたよ。

「こうして頭の付け根に剣を入れれば、確実に倒せるから。
 落ち着いてやってみて。」

 ソノギがアドバイスした通り、剣の一閃は頸動脈を断ち切ったようで、酔牛は血飛沫を上げて突進して来た勢いのまま地面に倒れ込んだよ。
 地面に横倒しになったまま、ピクピクと痙攣していた酔牛はやがて静かに動きを止めたんだ。
 ソノギが手にしているのは八歳の誕生日においらがプレゼントした剣。おいらお抱えの『山の民』チンに、ソノギの体形にあわせて作らせたんだ。予算のことは気にせず、とにかく良い剣を作れと指示したんだけど。酔牛を一閃で倒せるのだから合格だね。

「ソノギ姉さん、すっごーい!
 私にもできるかな。」

 一閃のもとに酔牛を切り伏したソノギに、キャロットは瞳を輝かせていたけど。

「ええ、必ずできますよ。
 キャロットちゃんの方がレベルが高いし。
 毎日トレントを狩って鍛錬しているのですから。」

「分かった。さっきは足がすくんで何も出来なかったけど。
 今度は頑張る!」

 ソノギに励まされて、キャロットは気を引き締めた様子だった。俄然、やる気が出たみたい。

 その言葉通り、次に酔牛と遭遇した時…。

「えいっ!」

 余り気合いが入っているとは言い難い掛け声と共に、真新しい剣を振り下ろすキャロット。勿論、ソノギとお揃いのチンが鍛えた剣だよ。キャロットの体にあわせた特注品だけど意匠はソノギとお揃いになっている。八歳の誕生日にプレゼントしたんだ。

 『山の民』の名匠チンが鍛えた剣の切れ味とレベル七十二に上がったキャロットの身体能力が相俟って、レベル三十台の酔牛が一閃のもとに斬り捨てられたんだ。

「やったー!」

「キャロットちゃん、凄いわ! えらい、えらい。」

 諸手を上げて喜びを露わにするキャロット、そして、キャロットを抱きしめて健闘を讃えるソノギ。そんな微笑ましい二人の姿に、思わずおいらも笑顔になったよ。

 一度討伐すると自信がついたのか、その日、キャロットは陽が沈むまで魔物を狩り続けたよ。終いには、どっちが多く魔物を狩れるか、ソノギと競争してた。

 その日は、魔物狩りの際は毎回お世話になっている妖精ロード・デンドロさんの森で野営したのだけど。初めて屋外でする焼肉に、キャロットは大はしゃぎだった。その日狩った酔牛を捌いて、おいらが『積載庫』に保管していた特大のバーベキューコンロで炭火焼にしたの。
 広場に出ている屋台は別として、キャロットには屋外で食事をする機会なんて無かったし、ましてや、お肉を自分で焼いて食べるなんて思いもしなかったみたい。それだけで野営が気に入った様子だったよ。

 従来からロード・デンドロさんの森に泊まる時、レクチェ姉ちゃん達マイナイ領の人達は訓練の一環として文字通り野営していたんだけど。おいらは女王って立場もあってアルトの『積載庫』に泊まっていたんだ。
 だけど、今回はキャロットが「お外で寝る」と言って聞かないものだから、マイナイ領の一行と共に本当の野営をすることになったよ。
 と言っても、おいら達は端からアルトの『積載庫』に泊まるつもりだったので天幕の用意が無くて…。
 結局、各自自分のウサギの懐で眠ることになったよ。レクチェ姉ちゃんは気を遣って、レクチェ姉ちゃんの天幕で眠るように言ってくれたけど。それでは申し訳ない上に、そもそも野営することになったのは、ふかふかのウサギに包まって眠りたいって言い出したキャロットの我が儘が発端だったからね。
 レクチェ姉ちゃんは王女に野営をさせてもしものことがあったら心配していたけど、当のキャロットはそんな心配されているなど気にする素振りも見せず「ロップ、ふかふかであったかい。」とか言ってご満悦だったよ。初めての本格的な狩りで疲れたのか、ロップの懐に潜ったらすぐに眠りに落ちて朝まで熟睡してた。

 その晩は、光を纏って飛びまわる妖精さん達と満天の星空って幻想的な光景を堪能しながら、おいらも眠りに落ちたんだ。
 
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