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第二三章 時は緩やかに流れて…

第824話 ここでも、『但し、イケメンに限る』なのか…

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 辺境の街から一時帰国する途中、ミントさんからのお願いでトアール国の王都に立ち寄ったの。
 てっきり、おいらはミントさんの子供達を祖父である前公爵に紹介するのが目的だと思っていたら、然にあらず。
 主目的はおいらの補佐官プティー姉とミントさんの遠縁にあたるバジルさんの見合いだったらしい。

 てか、せめて当事者には事前知らせておいて欲しかったよ。現にプティー姉も、バジルさんも呆気に取られてフリーズしてたもん。
 片方の当事者バジルさんは過労で倒れたそうで、その日、公爵邸で療養中だったんだ。
 おいら達の前に姿を見せたバジルさんは、痩せこけた体に濃い隈が浮かんだ青白い顔と今にも死にそうな雰囲気だった。
 流石にそれでは印象が悪かろうと、おいらは『妖精の泉』の水を提供したんだ。
 目の下の隈が取れ、顔に赤みが差すと、バジルさんはミントさん似のイケメンに早変わりしたよ。プティー姉はそんなバジルさんを目にしてポッと顔を赤らめてたんだ。

「どうも伯母上が暴走したようで申し訳ございません。
 改めまして、バジルと申します。
 主計の下っ端役人をしております。」

 自嘲気味に自らを下っ端役人と自己紹介したバジルさん。

「いえ、こちらこそご静養中に押し掛けて失礼しました。
 ウエニアール国子爵、プティーニ・ド・グラッセで御座います。
 今はマロン様のお側で補佐官を務めさせて戴いてます。」

 プティー姉はバジルさんの健康状態を気遣いつつ、自己紹介を返したの。

「ご心配戴き恐縮です。
 ですが、今頂戴したお薬のおかげでとても気分が良いです。」

 と、プティー姉に返答したバジルさんはおいらに向き直ると。

「何方か存じませんが、とても貴重なお薬だったので御座いましょう。
 言葉では言い尽くせませんが、心より感謝致します。」

 と言って、深々と頭を下げていたよ。 

「あら、紹介していなかったわね。
 今、あなたに『水』を下さったのがマロン陛下。
 ウエニアール国の女王様よ。」

 とオバチャンが噂話する時のように、バジルさんに向けた手のひらを上下させながらおいらの身分を明かすミントさん。

「へっ?」

 マロンさんの言葉に目を丸くするバジルさん。そりゃそうだ、目の前の軽装をした小娘が女王だなんて普通は思わないよね。
 もっとも、お見合い相手のプティー姉も軽装なんだけど。それを言ったら、バジルさんなんて寝間着か…。

「だから、この方が隣国のマロン陛下よ。」

「伯母上、流石にお戯れが過ぎます。
 隣国の女王陛下をこんな私事に巻き込むなんて。」

 バジルさんは常識人のようで、一族の当主に苦言を呈していたよ。

「気にしないで良いよ。今は休暇中だし、どうせ暇だったから。
 ただ、お見合いだとは聞いてなかったけどね。
 せめて事前に教えてくれたら、プティーニにそれなりの服装をさせたのに。」

 アルトの『積載庫』を王都までの移動手段に使うだけかと思ったら、見合いだなんて言うんだもの。
 当事者のプティー姉だって心構えが出来ないで困るでしょうが。

「あら嫌だ、それじゃ身構えちゃうじゃない。
 お互いの素の部分が見えた方が良いでしょう。
 後で『話が違う』ってことにならないし。」

 ミントさんは、悪びれる様子もなくカラカラと笑ってた。

      **********
 
 そして、寝間着の青年と普段着の貴族女性による奇妙なお見合いが始まったんだ。

「倒れるまでお仕事をしないといけないなんて。
 国政上、さぞかし重要なお仕事をされていたのでしょうね。」

 過労で倒れる人など見たこともないプティー姉が感心した様子で問い掛けると。

「いいえ、私は下っ端役人ですので大して重要なポストにあった訳じゃ…。
 先ほど伯母上の紹介にも会った通り、あまり自己主張が得意ではないもので。
 出世欲の強い者の踏み台にされているって面もありまして。」

 バジルさんは自虐的な返答をしたんだ。すると…。

「あなた、何を情けないことを言っているの。
 もう少し自信を持ちなさいよ。
 あなたは皇后補佐官として申し分のない仕事をしたわ。
 本来なら、局長クラスになってもおかしくはないのよ。」

 ミントさんはバジルさんをかなり評価しているみたいで、ハッパを掛けてたの。

「そもそもこうなったのは伯母上の責任でしょうが。
 伯母上が皇太后にならずに、無責任にも王室から逃げ出したのですから。」

 カズヤ兄ちゃんが王位に就くと同時にミントさんは前王と離縁して公爵家に帰ったため、当然の如く、ミントさんのお側で働いていた人達はお役御免になったんだって。
 その際、ミントさんが側で仕えていた人達の新しいポストを斡旋すれば良かったし、実際、ミントさんにはその人事権があったそうなの。
 ところが、ミントさん、自分が王族から離脱するとさっさとにっぽん爺の許へ走ってしまって、側近達の新ポストに関与しなかったらしい。

 それでも大部分の人は王宮内に人脈があったため相応のポストに就いたそうだけど、年若いバジルさんはそうもいかなかったみたい。ミントさんによる監視の目が無いのを良いことに、主計局が下っ端として引っこ抜いたんだって。バジルさんの優秀さと気弱さを知ったうえで、馬車馬の如く働かせるためにね。

「ゴメン、ゴメン。あの時は馬鹿の世話から解放されて浮かれてたから。
 あなたのことをすっかり忘れてたわ。
 だって、皇后の側近を木っ端役人に落とすなんて思わないじゃない。」

 その『馬鹿』って、前王のことだよね。もう、歯に衣を着せるつもりはこれっぽっちもないんだ…。
 あの時は、一刻も早くにっぽん爺の処へ行きたいってことしか考えてなかったとミントさんは回顧してたよ。

「実のところ、私、一昨年、子爵家を再興したばかりでして。
 私にはマロン様にお仕えするお役目が御座いますので。
 婿となる方には、家を切り盛りを期待しているのです。」

 グラッセ子爵家がどうなっているかと言うと。
 ヒーナル王にとって旧王家に連なるグラッセ一族は目の上のたん瘤な訳で、シタニアール国へ派遣したグラッセの爺ちゃんが行方不明になったことで一旦取り潰されていたんだ。ただ、その資産は王宮の管理下にあって手付かずだったので、おいらが女王になった際に復活させたの。但し、プティー姉が成人して子爵位を継ぐまでは王宮預りって形で。プティー姉が十五歳になった一昨年、お家再興となったんだ。
 とは言え、現時点では貴族家を支えるだけの人材が揃っていないため、相変わらず王宮が管理しているのが実情なの。

 そんなグラッセ家の内情をプティー姉が説明すると。

「なるほど、それで私が伯母上から呼ばれたのですか。」

 バジルさんは自分が呼ばれたことに合点がいった様子だった。

「あなた、人の上に立つより地味な書類仕事をする方が性に合っているでしょう。
 生真面目な性格だし、家のお金に手を付ける勇気も無いでしょうし。
 プティーニさんの立場を笠に着てのし上がろうって気概も無いでしょう。
 グラッセ家の方の希望にピッタリだと思って。」

 勇気も無いとか、気概も無いとか…、褒めているようには全然聞こえないよ。
 でも、ミントさんは言ってたよ。バジルさんの能力なら、子爵の切り盛りくらい過労死するほど働かなくても十分こなせるだろうって。

「また、伯母上は勝手なことを言って…。
 こういうことは、一家の当主のプティーニさんのご意向を第一にしないとダメでは無いですか。」

 ミントさんにお小言を言ったバジルさんは、プティー姉に水を向けたの。
 すると、プティー姉は頬を赤く染めて、

「いえ、私としてはバジルさんのような方に婿入りして戴くととても助かるのですが。
 正直、貴族家を切り盛りするだけの知識も経験も無いものでして…。
 お母様、お祖父様、どう思われます?」

 唐突に設定されたこのお見合いに乗り気の様子だったんだ。

「儂は国を捨てた身だし、グラッセ家のことに口出しするつもりはないでの。
 プティーニが幸せになるのが、一番の願いだから。
 そなたの思うとおりに進めれば良いと思うぞ。」

「私もお父様と同じよ。
 十二年も行方不明になっていて、とやかく口出しできる身ではないわ。
 プティーニの好きになさい。
 ただ、私の印象ではバジル様はお買い得なのではないかしら。」

 グラッセ家の爺ちゃんも、パターツさんも、プティー姉の好きにすれば良いと言ってたけど。
 パターツさんは、どちらかと言えばバジルさんを推している感じだった。
 男性優位の貴族社会で女性当主を尊重して内向けの仕事に徹してくれる貴族男性は少ないだろうと言い。
 今後条件に適う人を見つけるのは、難しいかも知れないからって。

「まあ、騙し討ちみたいなお見合いでいきなり決めるのは難しいわよね。
 慌てて決める必要は無いから、二人共少し考えてみて。
 プティーニさんはもうしばらくマロン陛下のお供でこの国に滞在するそうだから。」

 ミントさんは、多少反省の色を見せて当事者二人によく考えて欲しいと告げたんだ。
 すると。

「いいえ、ミント様。
 私は縁談をお受けしようと思います。
 もちろん、バジル様にその気があるのでしたらですが。」

 プティー姉はその場でミントさんの話に乗ってしまったよ。
 やっぱり、バジルさんがイケメンだったの決め手なのかな…。  
 
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