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第二三章 時は緩やかに流れて…
第806話 にっぽん爺の心残りを減らすために…
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にっぽん爺を診察したマリアさんは、余命半年と宣告したんだ。その上で心残りは無いかと尋ねたのだけど。
ミントさんとの間に授かった二人の成長を見届けることが出来ないことが心残りだとするにっぽん爺に、マリアさんは小さな瓶を一つ差し出したんだ。
「これ、ダーリンを助けて下さったお礼です。
お爺ちゃんの助力があったから、ダーリンに出会えました。
そのご恩に比べれば些細な品ですが。
お爺ちゃんの心残りを軽減する助けになるかと。」
「これは薬かね?」
「はい。」
にっぽん爺の問い掛けに、マリアさんはいたずらを仕掛けるような笑みを湛えて頷いてたよ。
「延命薬のようなものか…。少しは衰えた体を持ち直せるのかのう。」
「さて、それはどうしょう。効能は飲んでみてのお楽しみです。
毒じゃありませんので、心配ご無用ですよ。
私も服用したことがありますし。」
マリアさんは、益々、いたずらっ子のような表情を強めて、「さあ、飲め。」と促したんだ。
「まあ、どの道、老い先短い体なのだ。
一年でも、二年でも生き長らえて、この子達の成長する姿を見られるのなら。」
そう呟くと、にっぽん爺は意を決したように小瓶をあおったの。
小瓶の中の薬を一気に飲み干したにっぽん爺は、効果を探るように皺くちゃになった自分の手のひらを眺めているけど。
「なあ、マリア姐さん。
あの薬、本当に効果があるのか?
俺には爺さんが良くなったようには見えないんだが…。」
にっぽん爺に何の変化も見られないもんだから、焦れたタロウが尋ねたの。
それから小いさな声で…。
「アニメやマンガだったら、こう、ピカッと光るエフェクトか何かがあって。
たちどころに元気になるんだけど。」
ボソッと、また訳の分からないことを呟いてたよ。
「嫌ぁね、ダーリンったら。お伽話じゃないんだから…。
それ薬よ。そんな即効性の薬が在ったらそっちの方が怖いわよ。」
マリアさんの耳には届いたようで、すかさずツッコミを入れてた。
体内に吸収されて徐々に効果が出るそうで、一晩経てば目に見えて具合が良くなるだろうって。
すぐに効果が出るものではないと聞くと、にっぽん爺は眠ってしまったよ。久々に沢山の人と面会して疲れたみたい。
**********
にっぽん爺が眠ってしまったので、おいら達はミントさんのお招きでお茶をすることにしたの。
庭のガゼボでお茶をご馳走になっていると。
「そうだわ、マロンちゃん。
今日の夕食にお招きしたいのですが如何でしょうか?
今、着いたばかりでは屋敷の掃除も済んでないでしょう。
食事の準備も大変でしょう。」
実のところ、父ちゃんの屋敷もタロウの屋敷も、気合いを入れて掃除する必要は無いんだ。
留守中、アルトの森に住む耳長族のお姉さん達の宿泊施設として客間を開放していて、その見返りとして掃除や庭の手入れをお願いしているの。
アルトの森にある里で作った木工製品の販売や広場での楽器演奏で、耳長族のお姉さんがこの街を訪れる機会が増えて。
この街では耳長族のお姉さんが普通に出歩いてるけど、依然として他の土地で耳長族を見掛ける機会は少ないんだ。
耳長族はおしなべて見目麗しくて、老いることが無いから、手に入れたいって輩が現れてもおかしくないの。
なので早朝や夕方の人気が少ない時間帯に街道を歩かせたくないし、安宿に泊まるのも不安があるってことで、父ちゃんとタロウの屋敷の一部を耳長族のお姉さんの宿泊施設として開放することにしたの。
建物って人が住んで手入れしないと劣化するから、使って貰った方が保存にも良いって理由もあったしね。
とは言え、せっかくミントさんが招いてくれたのだから。
「お招き有り難う、ミントさん。みんなでご馳走になるよ。」
「私の方こそ久々に賑やかな食卓になりそうで嬉しいわ。
今晩は私の手料理をご馳走しちゃうわね。
カズト様に食べて戴きたくて、一生懸命料理の練習したのよ。」
公爵家に生まれて王家へ嫁いだミントさん。離縁して王家を出るまで料理をする機会なんて無かったそうなの。
この屋敷の食事はカズミ姉ちゃんが用意しているんだけど、カズミ姉ちゃんの手料理を美味しそうに食べるにっぽん爺をみて羨ましくなったんだって。
その時、自分が作った料理をにっぽん爺に食べて欲しい、喜んで欲しいと心底望んだらしい。
で、それからカズミ姉ちゃんの指導を受けながら調理を学んだんだって。
「ミント様、素敵ですね。まるで新婚家庭の若奥様みたいです。」
ミントさんの話を聞いて素直な称賛を送ったマリアさん。
「あら、若奥様だなんて恥かしい。もう、四十も半ばを過ぎたのに…。」
でも、ミントさんの恥じらう姿はとても四十代後半には見えなかったよ。若々しいと思っていたけど、まだ三十路でも通用すると思う。
そんな訳で夕刻、ミントさんが丹精込めて作ってくれた御馳走に舌鼓を打っていると…。
「公爵様、カズミ様、大変です!
すぐにお越しになって戴けますか。」
メイド服を着た女性が慌ててダイニングルームへ駈け込んできたんだ。
その狼狽した雰囲気に、ミントさんもノックも無しに入ってきた無礼を咎めることは出来なかったよ。
おいらだって、余程の緊急事態が起こったのだろうと感じたもの。
「カズト様の身に何か御座いましたか?」
ミントさんはすぐさまにっぽん爺の容態を問い掛けたんだ。
どうやら、メイドさんはにっぽん爺の看病役のようだね。
「はい、カズト様が…。」
「はっきり仰いなさい。
お父様がどうされたのです?」
メイドさんの歯切れの悪い返答に、語気を強めるカズミ姉ちゃん。
「私も、何と説明して良いか分からないのです。
とにかく、お館様のお部屋にいらしてご自分の目で確かめてくださいませ。」
メイドさんも混乱している様子で、とにかくにっぽん爺の様子を見てくれと要請したんだ。
「あら、予想よりも大分早かったわね。
皆様、お爺ちゃんのお部屋に行ってみましょう。
そんなに心配しないでも大丈夫ですよ。」
狼狽しているメイドさんとは対照的に、極落ち着いた様子でマリアさんは席を立ったよ。
**********
そして、にっぽん爺の寝室。
「ミント、カズミ、いったいどうしたと言うのだ。そんなに慌てて。」
足早に寝室に駆け込むと、にっぽん爺から呑気な声が掛けられたよ。
「カズト様…ですよね?」
ミントさんの口から発せられた第一声はそんな間の抜けた言葉だったの。
ミントさんがそう尋ねるのも無理はないよ。
ベッドで上体を起こしていた人物は、カズヤ陛下を少し老けさせた感じの中年男性だったから。
見た目は四十代前半かな?
にっぽん爺の白髪は艶々とした黒髪に、皺だらけの顔や手は張りのある滑々お肌に変わってたの。
「どうしたんだ、みんな? そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をして。」
「お父様、お体の具合は如何でしょうか?」
「それが、一眠りして起きたらすこぶる調子が良いんだ。
こんな清々しい目覚めはホント久し振りだよ。
何か、若返ったように体も軽いし。」
「……。」
にっぽん爺の言葉に、その場に居た全員が絶句して室内を沈黙が支配したよ。
おいら、『積載庫』の中から手鏡を出して。
「にっぽん爺、これ見て。」
「誰じゃい、これ?」
手鏡に映っているのは、他ならぬにっぽん爺だよ。にっぽん爺ったら自分の顔を見て首を傾げているの。
「カズト様、そのお姿は紛れもなく初めて愛し合ったあの時の…。」
目に涙を浮かべて絞り出すように言葉を紡いだミントさん。
「これが私…。若返ったとでも言うのか…。」
事態が呑み込めないようで、にっぽん爺は呆然としてたよ。
そこへ。
「さっきのアレ、私が調合した若返りの薬よ。
もう在庫が無いので、他の人に強請られても困るけど。
お爺ちゃんだけは特別ね。
みんなもこの薬のことは他言無用よ。」
マリアさんが種明かしをしたんだ。
齢二十数億歳のマリアさんだけど、実際、その殆どはアカシアさんの『積載庫』で時間を停めて眠っていて。
実際に活動したのは六十年強、その体は一度六十歳を超えるまで老化した訳だけど。
最後に眠りに就く前に今の姿に若返ったと言う。
その時、少し使い残した薬あって、また若返ることもあるかと保存してたらしいけど。
タロウと共に年老いることを選んだマリアさんにはもう不要だったらしい。
「有り難う、有り難う。
これなら幼い子供二人が成人するまで見届けられそうだ。
誰か、すまないがカズサを連れて来てもらえぬか。
まだ、一度もこの腕に抱いたことが無いのでな。」
若返ったのが夢ではないと知り、マリアさんに感謝するにっぽん爺。
そして、若返って最初にしたかったのは生後間もない末っ子を我が手で抱くことだったよ。
カズサ君が生まれた時には寝たきりになってしまい、危なくて抱けなかったみたい。
さて、若々しいにっぽん爺の姿を見て、涙を浮かべて喜んでいたミントさんだけど…。
「マリア様。カズト様が頂戴したあの薬なのですが…。
私にも、少し…。」
マリアさんの袖を引きながら、皆まで言わずに上目遣いで懇願していたよ。
「あの薬、欲しいのですか?」
「だって、あれじゃ、カズト様の方がお若いではないですか。
私の方がお婆ちゃんじゃ、カズト様に捨てられちゃいます。
せめて、カズト様と同じくらいの外見にして欲しいです。」
ミントさんは実年齢五十歳少し手前だけど、さっきも言った通りまだ三十代でも通る外見なんだ。
今のままでも十分綺麗で、本人が言うほど悲観する必要は無いと思うんだけど。
にっぽん爺より歳下に見せたいってのが、女心なんだって。
「もう薬はありません。
あったとしても差し上げることは出来ません。」
「何で、そんな意地悪言うんですか?」
マリアさんに冷たくあしらわれて、子供のように拗ねるミントさん。
「だって、ミント様は公爵様でしょう。
急に若返ったらニセモノだと思われちゃいますよ。
容姿そのものに変化を加えるのはNGに決まっているでしょう。」
うん、おいらもそう思う。今でも三十代で通りそうなのに、これ以上若返っちゃったら公爵家に帰れなくなるよ。
「ええ、でも~。若返ったカズト様ともっともっと愛し合いたいしぃ~。
少しだけ、少しだけで良いから、若くなりたいなぁ~。」
ミントさんったら、まるで聞き分けの無い子供のようにお強請りをしてたよ。
「若返りの薬は差し上げられませんが。
これなら在庫も沢山あるし、二十年分くらい差し上げられますよ。」
マリアさんはミントさんの前に小瓶を幾つか並べたの。
「何ですか、これ?」
「アンチエイジング効果がある基礎化粧品です。
化粧水、乳液、美肌美容液等々ですね。
お肌を若返らせて、見た目を若くします。
体を若返らせることは出来ませんが。」
シミ・ソバカスを消したり、お肌に張りを持たせることで皺を目立たなくする効果があるらしい。
顔だけじゃなくて手足に塗るモノや全身美容液なんてモノも並べてあったよ。
「これ、全部戴けますの?」
「はい、お爺ちゃんと幸せな夫婦生活を送ってくださいね。」
若く見せるためのアイテムを山ほど貰って、ミントさんはホクホク顔だったよ。
これで、もう一人、二人子供を増やせそうだって。
ミントさんとの間に授かった二人の成長を見届けることが出来ないことが心残りだとするにっぽん爺に、マリアさんは小さな瓶を一つ差し出したんだ。
「これ、ダーリンを助けて下さったお礼です。
お爺ちゃんの助力があったから、ダーリンに出会えました。
そのご恩に比べれば些細な品ですが。
お爺ちゃんの心残りを軽減する助けになるかと。」
「これは薬かね?」
「はい。」
にっぽん爺の問い掛けに、マリアさんはいたずらを仕掛けるような笑みを湛えて頷いてたよ。
「延命薬のようなものか…。少しは衰えた体を持ち直せるのかのう。」
「さて、それはどうしょう。効能は飲んでみてのお楽しみです。
毒じゃありませんので、心配ご無用ですよ。
私も服用したことがありますし。」
マリアさんは、益々、いたずらっ子のような表情を強めて、「さあ、飲め。」と促したんだ。
「まあ、どの道、老い先短い体なのだ。
一年でも、二年でも生き長らえて、この子達の成長する姿を見られるのなら。」
そう呟くと、にっぽん爺は意を決したように小瓶をあおったの。
小瓶の中の薬を一気に飲み干したにっぽん爺は、効果を探るように皺くちゃになった自分の手のひらを眺めているけど。
「なあ、マリア姐さん。
あの薬、本当に効果があるのか?
俺には爺さんが良くなったようには見えないんだが…。」
にっぽん爺に何の変化も見られないもんだから、焦れたタロウが尋ねたの。
それから小いさな声で…。
「アニメやマンガだったら、こう、ピカッと光るエフェクトか何かがあって。
たちどころに元気になるんだけど。」
ボソッと、また訳の分からないことを呟いてたよ。
「嫌ぁね、ダーリンったら。お伽話じゃないんだから…。
それ薬よ。そんな即効性の薬が在ったらそっちの方が怖いわよ。」
マリアさんの耳には届いたようで、すかさずツッコミを入れてた。
体内に吸収されて徐々に効果が出るそうで、一晩経てば目に見えて具合が良くなるだろうって。
すぐに効果が出るものではないと聞くと、にっぽん爺は眠ってしまったよ。久々に沢山の人と面会して疲れたみたい。
**********
にっぽん爺が眠ってしまったので、おいら達はミントさんのお招きでお茶をすることにしたの。
庭のガゼボでお茶をご馳走になっていると。
「そうだわ、マロンちゃん。
今日の夕食にお招きしたいのですが如何でしょうか?
今、着いたばかりでは屋敷の掃除も済んでないでしょう。
食事の準備も大変でしょう。」
実のところ、父ちゃんの屋敷もタロウの屋敷も、気合いを入れて掃除する必要は無いんだ。
留守中、アルトの森に住む耳長族のお姉さん達の宿泊施設として客間を開放していて、その見返りとして掃除や庭の手入れをお願いしているの。
アルトの森にある里で作った木工製品の販売や広場での楽器演奏で、耳長族のお姉さんがこの街を訪れる機会が増えて。
この街では耳長族のお姉さんが普通に出歩いてるけど、依然として他の土地で耳長族を見掛ける機会は少ないんだ。
耳長族はおしなべて見目麗しくて、老いることが無いから、手に入れたいって輩が現れてもおかしくないの。
なので早朝や夕方の人気が少ない時間帯に街道を歩かせたくないし、安宿に泊まるのも不安があるってことで、父ちゃんとタロウの屋敷の一部を耳長族のお姉さんの宿泊施設として開放することにしたの。
建物って人が住んで手入れしないと劣化するから、使って貰った方が保存にも良いって理由もあったしね。
とは言え、せっかくミントさんが招いてくれたのだから。
「お招き有り難う、ミントさん。みんなでご馳走になるよ。」
「私の方こそ久々に賑やかな食卓になりそうで嬉しいわ。
今晩は私の手料理をご馳走しちゃうわね。
カズト様に食べて戴きたくて、一生懸命料理の練習したのよ。」
公爵家に生まれて王家へ嫁いだミントさん。離縁して王家を出るまで料理をする機会なんて無かったそうなの。
この屋敷の食事はカズミ姉ちゃんが用意しているんだけど、カズミ姉ちゃんの手料理を美味しそうに食べるにっぽん爺をみて羨ましくなったんだって。
その時、自分が作った料理をにっぽん爺に食べて欲しい、喜んで欲しいと心底望んだらしい。
で、それからカズミ姉ちゃんの指導を受けながら調理を学んだんだって。
「ミント様、素敵ですね。まるで新婚家庭の若奥様みたいです。」
ミントさんの話を聞いて素直な称賛を送ったマリアさん。
「あら、若奥様だなんて恥かしい。もう、四十も半ばを過ぎたのに…。」
でも、ミントさんの恥じらう姿はとても四十代後半には見えなかったよ。若々しいと思っていたけど、まだ三十路でも通用すると思う。
そんな訳で夕刻、ミントさんが丹精込めて作ってくれた御馳走に舌鼓を打っていると…。
「公爵様、カズミ様、大変です!
すぐにお越しになって戴けますか。」
メイド服を着た女性が慌ててダイニングルームへ駈け込んできたんだ。
その狼狽した雰囲気に、ミントさんもノックも無しに入ってきた無礼を咎めることは出来なかったよ。
おいらだって、余程の緊急事態が起こったのだろうと感じたもの。
「カズト様の身に何か御座いましたか?」
ミントさんはすぐさまにっぽん爺の容態を問い掛けたんだ。
どうやら、メイドさんはにっぽん爺の看病役のようだね。
「はい、カズト様が…。」
「はっきり仰いなさい。
お父様がどうされたのです?」
メイドさんの歯切れの悪い返答に、語気を強めるカズミ姉ちゃん。
「私も、何と説明して良いか分からないのです。
とにかく、お館様のお部屋にいらしてご自分の目で確かめてくださいませ。」
メイドさんも混乱している様子で、とにかくにっぽん爺の様子を見てくれと要請したんだ。
「あら、予想よりも大分早かったわね。
皆様、お爺ちゃんのお部屋に行ってみましょう。
そんなに心配しないでも大丈夫ですよ。」
狼狽しているメイドさんとは対照的に、極落ち着いた様子でマリアさんは席を立ったよ。
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そして、にっぽん爺の寝室。
「ミント、カズミ、いったいどうしたと言うのだ。そんなに慌てて。」
足早に寝室に駆け込むと、にっぽん爺から呑気な声が掛けられたよ。
「カズト様…ですよね?」
ミントさんの口から発せられた第一声はそんな間の抜けた言葉だったの。
ミントさんがそう尋ねるのも無理はないよ。
ベッドで上体を起こしていた人物は、カズヤ陛下を少し老けさせた感じの中年男性だったから。
見た目は四十代前半かな?
にっぽん爺の白髪は艶々とした黒髪に、皺だらけの顔や手は張りのある滑々お肌に変わってたの。
「どうしたんだ、みんな? そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をして。」
「お父様、お体の具合は如何でしょうか?」
「それが、一眠りして起きたらすこぶる調子が良いんだ。
こんな清々しい目覚めはホント久し振りだよ。
何か、若返ったように体も軽いし。」
「……。」
にっぽん爺の言葉に、その場に居た全員が絶句して室内を沈黙が支配したよ。
おいら、『積載庫』の中から手鏡を出して。
「にっぽん爺、これ見て。」
「誰じゃい、これ?」
手鏡に映っているのは、他ならぬにっぽん爺だよ。にっぽん爺ったら自分の顔を見て首を傾げているの。
「カズト様、そのお姿は紛れもなく初めて愛し合ったあの時の…。」
目に涙を浮かべて絞り出すように言葉を紡いだミントさん。
「これが私…。若返ったとでも言うのか…。」
事態が呑み込めないようで、にっぽん爺は呆然としてたよ。
そこへ。
「さっきのアレ、私が調合した若返りの薬よ。
もう在庫が無いので、他の人に強請られても困るけど。
お爺ちゃんだけは特別ね。
みんなもこの薬のことは他言無用よ。」
マリアさんが種明かしをしたんだ。
齢二十数億歳のマリアさんだけど、実際、その殆どはアカシアさんの『積載庫』で時間を停めて眠っていて。
実際に活動したのは六十年強、その体は一度六十歳を超えるまで老化した訳だけど。
最後に眠りに就く前に今の姿に若返ったと言う。
その時、少し使い残した薬あって、また若返ることもあるかと保存してたらしいけど。
タロウと共に年老いることを選んだマリアさんにはもう不要だったらしい。
「有り難う、有り難う。
これなら幼い子供二人が成人するまで見届けられそうだ。
誰か、すまないがカズサを連れて来てもらえぬか。
まだ、一度もこの腕に抱いたことが無いのでな。」
若返ったのが夢ではないと知り、マリアさんに感謝するにっぽん爺。
そして、若返って最初にしたかったのは生後間もない末っ子を我が手で抱くことだったよ。
カズサ君が生まれた時には寝たきりになってしまい、危なくて抱けなかったみたい。
さて、若々しいにっぽん爺の姿を見て、涙を浮かべて喜んでいたミントさんだけど…。
「マリア様。カズト様が頂戴したあの薬なのですが…。
私にも、少し…。」
マリアさんの袖を引きながら、皆まで言わずに上目遣いで懇願していたよ。
「あの薬、欲しいのですか?」
「だって、あれじゃ、カズト様の方がお若いではないですか。
私の方がお婆ちゃんじゃ、カズト様に捨てられちゃいます。
せめて、カズト様と同じくらいの外見にして欲しいです。」
ミントさんは実年齢五十歳少し手前だけど、さっきも言った通りまだ三十代でも通る外見なんだ。
今のままでも十分綺麗で、本人が言うほど悲観する必要は無いと思うんだけど。
にっぽん爺より歳下に見せたいってのが、女心なんだって。
「もう薬はありません。
あったとしても差し上げることは出来ません。」
「何で、そんな意地悪言うんですか?」
マリアさんに冷たくあしらわれて、子供のように拗ねるミントさん。
「だって、ミント様は公爵様でしょう。
急に若返ったらニセモノだと思われちゃいますよ。
容姿そのものに変化を加えるのはNGに決まっているでしょう。」
うん、おいらもそう思う。今でも三十代で通りそうなのに、これ以上若返っちゃったら公爵家に帰れなくなるよ。
「ええ、でも~。若返ったカズト様ともっともっと愛し合いたいしぃ~。
少しだけ、少しだけで良いから、若くなりたいなぁ~。」
ミントさんったら、まるで聞き分けの無い子供のようにお強請りをしてたよ。
「若返りの薬は差し上げられませんが。
これなら在庫も沢山あるし、二十年分くらい差し上げられますよ。」
マリアさんはミントさんの前に小瓶を幾つか並べたの。
「何ですか、これ?」
「アンチエイジング効果がある基礎化粧品です。
化粧水、乳液、美肌美容液等々ですね。
お肌を若返らせて、見た目を若くします。
体を若返らせることは出来ませんが。」
シミ・ソバカスを消したり、お肌に張りを持たせることで皺を目立たなくする効果があるらしい。
顔だけじゃなくて手足に塗るモノや全身美容液なんてモノも並べてあったよ。
「これ、全部戴けますの?」
「はい、お爺ちゃんと幸せな夫婦生活を送ってくださいね。」
若く見せるためのアイテムを山ほど貰って、ミントさんはホクホク顔だったよ。
これで、もう一人、二人子供を増やせそうだって。
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