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第二三章 時は緩やかに流れて…

第803話 その名前に願いを込めて…

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 マリアさんは、とても嬉しいお見舞い品を山ほど持って来てくれた訳けど…。
 一緒に来たシフォン姉ちゃんはと言うと。

「私からはコレ。
 何もすることが無いと寝ていて暇でしょう。
 これでも読んで勉強してちょうだい。」

 キレイな紙で包まれた板状の物を手渡してくれたの。

「何これ?」

「これからのマロンちゃんに必要なものよ。
 女の子の日が終わったら直ぐに使うことになるから。
 それまでに目を通しておいた方が良いわよ。」

 シフォン姉ちゃんに促されて包みを開くと、それは一冊の本だった。
 表紙に記された本の名前は『男女和合の極意』。
 にっぽん爺の監修で、シフォン姉ちゃんが執筆して、ペンネ姉ちゃんがイラストを描いた本だね。
 シフォン姉ちゃんとタロウが実演したのを、ペンネ姉ちゃんが写生したという曰く付きの。
 元々はギルドが経営する風呂屋の泡姫さん向けの教本に作ったものらしい。

 ミントさんやシタニアール国のお義母さんにも贈呈してたけど、ムチャクチャ喜ばれてたね。

「えっ、*%#&!」

 パラパラっと本を捲って、おいら、絶句しちゃったよ。
 だって…。

「あら、これ凄い…。
 ねえ、シフォンちゃん、これ上級者向けよね。
 初心者にもなってないマロンちゃんには刺激が強すぎるんじゃない?」

 おいらが開いた本を手にしてして固まってたものだから。
 怪訝な顔をしたマリアさんが、後ろから覗き込んでボヤいたの。

 開いたページには、あられもない姿でくんずほぐれつする男女が原色で描かれてたんだ。
 マリアさんの言葉通り、おいらには少々、いや、かなり腰が引けちゃう行為をしているイラストで…。
 おいら、「えっ、そんなことまでするの?」って思ったけど、やっぱり初心者向けじゃないんだね。

「あっ、やっぱり?
 おいらにはハードルが高いなって思ってたんだぁ。」

 マリアさんの言葉に、おいらは納得したんだけど…。

「そうかな?
 マロンちゃん、これから王族を増やさないといけない訳だし。
 このくらい積極的にしないと、すぐマンネリになっちゃうよ。
 オラン君に飽きられたら困るでしょう?」

 シフォン姉ちゃんはマリアさんにされた注意を全く意に介して無い様子だったよ。
 開いているページの行為なら、この本を見なくてもシフォン姉ちゃんはしてたって。おいらくらいの歳の頃に。

「これ、してあげると。パパ、喜んじゃって。
 たくさん、お小遣いくれたんだ。」

 シフォン姉ちゃんは悪びれずにそんなことを言ってたよ。この場合のパパっって、間違っても実の父親じゃないよね…。

         **********

 そんな訳で、シフォン姉ちゃんからお見舞いに『男女和合の極意』を貰ったんだ。
 結局、隅から隅まで全部読んだよ。だって、宰相の配慮で七日も安静にさせられて暇を持て余してたから。

 そして、『ルナからのお客さん』がお帰りになった翌日、おいらはオランとの床入りを迎えたの。
 結果として、シフォン姉ちゃんからお見舞いで貰った本を読んでおいて良かったよ。
 あの本を読んでなければ、初日にオランを蹴とばしてたと思う。「このド変態!」って。

 まあ、その、なんだ…。ウレシノが一月かけて仕込んでくれただけのことはあったよ。
 オランはがっつくこと無く優しくしてくれたからね。
 シフォン姉ちゃんから貰った本でどんなことをするか覚悟が出来てたこともあって、無事に致すことが出来たし。

 それから、幾月かの時が流れて…。

「おギャー!おギャー!」

「ウレシノさん、おめでとうございます。
 元気な女の子ですよ。」

 分娩室に入ると、赤ちゃんを抱えた女医さんが、新米ママのウレシノにお祝いの言葉をかけてたよ。
 そう、この日、オランとの間に儲けたウレシノの赤ちゃんが無事に産まれてきたんだ。
 ウレシノは狙い通り本当に女の子を出産したよ。これでノノウ一族も安泰だね。
 オランに父親と名乗らせるつもりはないとウレシノは言うけど、オランの方は自分の血を分けた赤ちゃんが元気に産まれて来たことをとても喜んでいたんだ。

「ウレシノ、おめでとうなのじゃ。
 無事に赤子を産んでくれて有り難うなのじゃ。」

 ベッド脇でオランが労いの言葉を掛けると。

「こちらこそ、お情けを頂戴し有り難うございました。
 おかげで一族の跡取り娘を儲けることが出来ました。」
 
 ウレシノも無事に出産を終えてホッとしたみたいで、オランからの労いの言葉に笑顔で返していたよ。

「赤ちゃん、可愛いね。おいらも欲しくなっちゃった。」

 皺くちゃで、眼も開いて無いし、髪の毛も無いしで、見た目には然程可愛いとは言えないのだけど。
 何だか無性に保護欲が刺激される可愛いさで、思わず護ってあげたくなるんだ。

「オラン様の血を戴いているのですもの。
 きっと見目麗しい娘に育つことでしょう。
 大きくなるのが楽しみです。
 マロン様。次はマロン様の番ですよ。
 不肖、このウレシノが乳母を務めさせていただきますので。
 早く赤ちゃんをこしらえてくださいませ。」

 おいらが赤ちゃんを欲しいと言うと、ウレシノは早く作れと催促してたんだ。
 それでフラグが立ったのか、それとも毎晩欠かさずオランと共同作業に励んだことが功を奏したのか…。

       **********

 その翌月、『ルナからのお客さん』が来なくて、少し遅れているのかと思っていると…。

「うっ、キモッ!」

 突然、吐き気を催してトイレに駆け込むことになったんだ。
 それから脂っこい食べ物を見ただけで気分が悪くなり、脂の乗った酔牛の肉なんて見るのも嫌になったの。
 無性に甘酸っぱいものが欲しくなり…。
 飢えに苦しんだ五つの頃じゃないけど、しばらく『積載庫』をはじめスキルの実ばかり食べてたよ。

 おいらの様子を目にすると、カラツはすぐさまおいら専属の女医さんを連れてきたんだ。
 そして、色々とおいらの体を診察すると…。

「おめでとうございます。
 マロン様のお腹にオラン様の御子が宿っておられます。」

 女医さんの説明では、何事も無ければ八ヶ月後にはおいらはお母さんになるらしい。
 
 それを告げられた時、おいらもオランも、『やることやってればデキるよね。』程度にしか思ってなかったのだけど。
 おいらの懐妊を知った宰相は大慌てだった。何せ、待ちに待った次代を担う王族を身籠ったのだからね。
 やれ、王宮に段差を無くせとか、おいらに謁見する人は直前に健康診断して病気の兆候があれば謁見を中止するとか。
 宰相は、おいらのお腹にいる子供に過剰なくらい気を遣っていたんだ。

 それまで山のように押し付けられていた仕事もおいらの側近プティーニやムース姉ちゃんに割り振られて、毎日の執務時間が半分くらいに短縮されたのは嬉しかったけど。
 おいらが日課にしている毎朝のトレント狩りまで禁止されちゃった。自由にできるお金が減っちゃうし、運動不足なると抵抗したんだけど、お腹の子にもしものことがあると困るからって宰相から断固反対されたんだ。宰相は梃子でも動かないって感じでトレント狩りを禁止するものだから、おいらは渋々引き下がることにしたの。

 そして、八ヶ月後。

「マロン陛下、おめでとうございます。
 元気な姫様で御座いますよ。」

 女医さんの言葉で朦朧としていた頭がクリアになったよ。出産の時の痛みで一瞬意識が遠のいていたみたい。
 女医さんに目を向けると、その腕の中で皺くちゃの赤ちゃんが元気な鳴き声を上げてた。
 女医さんの言葉からすると女の子みたいだね。

「マロン、よく頑張ったのじゃ。
 可愛い娘なのじゃ。」

 気付くとベッド脇にオランが立っていて、おいらの頭を撫でながら褒めてくれたよ。

「マロン様、どうぞ姫様をご自分の腕で抱いてあげてください。」

 女医さんに勧められて、おいらは恐る恐る赤ちゃんを腕の中に収めたの。
 赤ちゃんってとても小さいし、見るからに弱々しくて、強く抱きしめると壊れそうなんだもの。

「産まれてきてくれて有り難う。
 あなたの名前はキャロットよ。
 元気で、長生きして頂戴ね。」

 そう、オランと相談して名前は決めてあったんだ。
 女の子だったらキャロット、顔も知らない母ちゃんの名前。おいらが生まれてすぐに逆賊に弑された母ちゃんの。
 宰相は不吉だと渋ったけど、…。
 僅か十八歳で逝ってしまった母ちゃんの分も長生きして欲しいって願いを込めて決めたんだ。
 もちろん、男の子だったら実の父ちゃんの名前にするつもりだったの。

 きっと、母ちゃんの分も含めて百歳くらいまで長生きしてくれるんじゃないかな。
 
 ウエニアール国女王マロン、十六歳、この日一児の母となりました。
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