上 下
697 / 816
第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第697話 お客さんにだってちゃんとするんだって

しおりを挟む
 『新開地レジャーランド』で働くお姉さん方の採用の様子を視察したおいら達。
 シフォン姉ちゃんは、次にギルド本部内にある別の部屋に案内してくれたよ。

 その部屋の入り口には『新開地レジャーランド』ご会員様申し込み受付所と記された表札が掲げられてたの。
 入り口横の壁には貼り紙があって。

『このほど開業する新開地レジャーランドは完全会員制となっております。
 会員証の無い方は敷地内に立ち入ることが出来ませんので予めご了承願います。
 なお、十五歳以上であればどなたでも会員になることが出来ます。
 入会金、年会費等は一切ございませんのでお気軽にお申し付けください。
 お申し込みはひまわり会本部で受け付けています。
 注意事項
 会員証発行のためにお名前と生年月日、現住所をお伺いします。
 虚偽の申告が無いか、当ギルドで確認致しますのでご了承願います。
 なお、申告事項に虚偽が判明した場合、会員資格剥奪及び再入会不可となります。
 正しい申告をお願い致します。』

 そんな文言が注意を惹くように大きな文字で記されていたよ。
 特に、会員資格剥奪及び再入会不可の部分は赤文字で注意喚起されていたんだ。

「お客さんの方も会員証で出入りのチェックをするの?」

「そうよ、十五歳未満のお客さんが立ち入ることが無いようにね。
 それに身元が把握されているってだけで自制心が働くでしょう。
 どうせバレないと思って店のに悪さをするお客さんがいるんだって。
 お店が禁止事項にしていることをしようとするお客さん。」

 おいらには良く分からないけど、お店の経営形態によって提供しているサービスが異なるらしいね。
 ライトなサービスを提供しているお店に行って、『風呂屋』と同じことをさせろと強要するとか。
 風呂屋よりお手頃価格なお店なのに、そんな困ったお客さんがいるそうなんだ。
 シフォン姉ちゃんは愚痴ってたよ。そんな要求するなら、最初から相応のお金を払って風呂屋に行けって。

 今後はそんな質の悪いお客さんは出入り禁止にすると共に、その旨をギルド前の告知板に貼り出すそうだよ。
 色街のお店に通った挙げ句、悪さをして、それが実名で晒されるとなると恥ずかしい事この上ないね。

 この会員受付はもう一月以上前から始めていたそうだよ。
 壁の貼り紙と同じ物をギルドの正面にある告知板に貼り出したそうだけど。
 港や王都の門で武器預りをしている事務所やひまわり会が経営するお店にも貼り出してあり。
 更には、今回レジャーランドの中に移転するお店にも貼り出してもらったそうだよ。
 シフォン姉ちゃん曰く、告知はバッチリだって。

           **********

 部屋に入ると、そこは会員申し込みに来たお客さんでいっぱいだった。
 色街の会員になるために沢山のお客さんが集まっているのを見て、おいらは驚きを隠せなかったよ。
 だってまだ真っ昼間だよ。この人達、仕事はどうなっているんだろう?

 部屋の奥には受付カウンターがあり、横並びで一度に十人の会員申し込みを処理してた。
 例によって部屋の入り口には、番号を記した木札が積まれていて上から順に取って行く形になっていて。
 お客さんは、木札を取ったら自分の番号が呼ばれるまで、室内に置かれた長椅子に座って待つらしい。

 すると、受付中のカウンターの一つから。

「なあ、姉ちゃん、本当に大丈夫なんだろうな。
 その身元調査ってのから、ここの会員に申し込んだことがバレたら。
 俺はかかあに殺されちまうぞ。」

 どうやら、申し込みに来た中年のお客さんは身元確認のことを気にしているみたい。

「ご安心ください。
 当ギルドでは身元調査のスペシャリストを抱えていますので。
 ご家族や近所の方に気取られること無く、記載事項の真偽を確認いたします。
 お客様が虚偽の申告をせず、お店のルールに従って楽しく遊ぶ限りにおいて。
 当ギルドの方から、お客様のことが漏れることはございません。」

「本当だろうな。
 色街に通っているのを、かかあにバレるとシャレにならないんだが。」

「そこは当方を信用して頂くしかございませんね。
 そのような失態は犯さないように十分な配慮はしてますが。
 どうしても信用できないと仰せならば、今回はご縁が無かったと言うことで。」

 身元確認を渋るお客さんに、ならば話はこれまでとギルド職員は会員登録を打ち切ろうとしたんだ。

「ちょっと待ってくれ、信用しないとは言ってないじゃないか。
 分かったよ、身元確認でも何でも好きにやってくれ。
 俺はここの風呂屋がお気に入りなんだ。
 通えなくなったら禁断症状がでちまうぜ。」

 どうやら風呂屋に足繫く通っているお客さんのようだね。
 ギルド職員が入会手続きを打ち切ろうとしたら慌ててとりなしていたよ。

「ご理解頂けて幸いです。
 では、この入会申込書に記載されている事項にご承諾のチェックを入れて頂き。
 記載欄にお名前とご住所、それに生年月日を正確にご記入ください。
 こちらに虚偽に申告がございますと、お申し込みが却下されますのでご注意願います。」

「厳しいな、色街でちょいと女遊びするのにこんなものが必要とは…。」

 申込書を読みながらお客さんがボヤくと。

「はい、当レジャーランドで働く女の子が安心して働くため。
 そして、全てのお客様が気持ちよく遊んで頂くために必要なことでございます。
 想像してみてください。
 このチェックを疎かにして、身分を偽って入場できるようになった場合のことを。
 お客様のお嬢さんがコッソリと色街へ働きに出るかも知れませんよ。
 まだ年若い息子さんがお客様の目を盗んで遊びに行くかもしれません。
 厳格な身元確認は、そう言ったことに一定程度の歯止めをかける心理的効果を狙っているのです。」

 ギルド職員は、お客さんだけではなく働くお姉さんにも身元確認をきちんとしていることを教えてたよ。

「あっ、そうか。言われてみれば、その通りだわ。
 風呂屋の個室で、ばったり自分の娘と鉢合わせした日にはどんな顔をして良いか分かんねえや。
 そうか、そうか、身元を確認されるとなると軽い気持ちで泡姫をやろうなんて普通じゃ考えないだろうな。
 よしわかった。俺にはやましいことは無いから、身元確認でも何でも好きにしてくれ。」

 お客さんは納得したようで、必要事項を書き込んだ申込書を差し出してたよ。
 いや、やましいことは無いって、…。
 やましいと思っているから、奥さんにバレると困るんでしょうが…。

「はい、確かにお申し込みを承りました。
 では、この四角い板のこの丸い部分を見て、少しジッとして頂けますか。」

 申込書を受け取ると、ギルド職員はお客さんの写真を取っていた。
 ピカっと光ったものだから、お客さんは驚いた様子でそれは何かと尋ねてたけど。
 ギルド職員は簡単に似顔絵が書ける機械だと説明してたよ。
 そして、二時間ほどしたら番号で呼び出すことを伝えて受付を終えてたの。

 他のカウンターの様子を見ると…。

「おい、こりゃあ、おっ魂消たぜ。
 この板、俺の顔が描かれているじゃないか。
 いつの間にこんな絵を描いたんだよ。
 これじゃ、会員証をダチに貸せねえじゃねえか…。」

 会員証に写し出された自分の顔写真を見て驚いているお客さんが居たよ。
 このお客さん、会員証を仲間内で回して使おうなんて悪巧みをしていたみたい。
 確かに初っ端からこんなお客さんが現れるなら、身元確認も顔写真も必要だね。

        **********

「ねえ、お客さんって沢山居るんでしょう。
 全員の身元確認なんてできるの?」

 あれだけ大規模な施設を造ったのだから、千や二千のお客さんじゃ採算が取れる訳ないものね。
 少なく見積もって数万のお客さんがあの半島に出入りするはず。
 ノノウ一族が幾ら優秀だって、十人やそこらじゃ、そんな大人数は捌けないと思うよ。

「もちろん、ちゃんとするわよ。
 王都に住んでいる人はね。」

「王都に住んでいる人?
 それじゃ、全員じゃないじゃない。」

「王都の外から来たお客さんの身元確認なんて簡単よ。
 王都の入り口の武器預り所はひまわり会が請け負っているんだし。」

 町から離れると魔物や盗賊に襲われることがあるので、旅をするのに武器は必需品だから。
 旅人の大部分はひまわり会に武器を預けているんだ。
 高価で貴重品の武器を預けるのに偽名なんてほぼ有り得ないので、担当者に照会すれば簡単に済むって。
 そのため王都外に居住する人には、王都に入った日時とどの門から入ったかを記入してもらっているそうだよ。

 それともう一つ、申込時に滞在している宿屋も記入させてあり、その宿屋に照会しているらしい。
 宿帳に偽名を記す人は少ないし、度々王都を訪れる商人なら特定の宿を定宿としていることも多いそうで宿に照会すれば大抵のことは分かるって。
 タロウが会長になってからひまわり会の評判はすこぶる良くて、宿屋の主も快く照会に応じてくれるそうだよ。

「それと『新開地レジャーランド』のメインターゲットは、港に停泊中の商船の乗組員なのだけど。
 外国に住む船乗りさん一人一人の身元確認なんて不可能だからね。
 停泊中の船に乗船者名簿を提出してもらって、名簿に記載されていることを条件に会員証を発行することにしたわ。」

 一月ほど前から、入港した全ての船をひまわり会の職員が回わっているそうだよ。
 船長に事情を説明して、その船の乗船者名簿を提出してもらうよう依頼しているらしい。
 見返りとして会員証の発行簡略化の他、各種便宜を図ると伝えたところ、どの船の船長も快く提出を約束してくれたって。

 乗船者名簿の提出時に停泊期間も申告してもらい、会員証の有効期間は停泊期間にあわせるんだって。
 入会手続きを簡略化する代わりに、期間限定の会員証にしたんだね。
 写真も撮らないらしいし。

 一方で、罰則も設けたそうだよ。
 会員証の転売が発覚したら即座にその船の乗組員全員の会員資格はく奪、そして、その船に対しては永久に会員証を発行しないという厳しい罰則を。
 それにより、発行手続きが簡略化された会員証を転売して小銭を稼ごうと考える不心得者が現れるのを予防するんだって。
 会員証を転売したのがバレようものなら、その不心得者は同じ船の乗組員に袋叩きに遭うだろうから。
 長い航海の末やっと辿り着いた港町、船乗りさんは誰しもが色々溜まったものを発散したいはず。
 そんな状況下、不心得者のせいで船の乗組員全員が出禁を食らうおうものなら、怒りの矛先が誰に向かうかは馬鹿でも分かるだろうって。

「ふーん、それで、便宜を図るって何をしたの?」

「まあ、船員名簿にあれば無条件に会員証を発行するってのが一番の便宜だけど。
 あと、三つ便宜を図ったわ。
 会員証を港の武器預り所で発行すること。
 『新開地レジャーランド』まで直通の無料乗り合い馬車を開設すること。
 最後が、武器預り所で『新開地レジャーランド』にある全てのお店の予約が入れられることね。」

 直通無料乗り合い馬車はお昼から深夜まで、一時間に二往復、定時運行するらしい。
 『新開地レジャーランド』にあった場末の娼館は、薄給の若い船乗りさん御用達だったらしいけど。
 歓楽街から離れていて、港から歩いて行くのが大変だと不評だったんだって。
 無料で乗り合い馬車を開設すると伝えたら、船乗りさんから歓喜の声が上がったそうだよ。

「全店の予約が可能って、それ無理でしょう。
 だって、その時点の予約状況が分からないと、予約重複事故が起こるよ。」

 おいらの問い掛けに、シフォン姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべ。

「ふふん、そこで秘密兵器第二弾の登場よ。
 次の部屋に行きましょう。
 どうやって予約の管理をしているのか見せてあげるわ。」

 得意気にそう言うと、おいらを隣の部屋に案内してくれることになったの。
 いったい、どんな秘密兵器があるんだろう。 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

猫耳幼女の異世界騎士団暮らし

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,060pt お気に入り:411

史上最強魔導士の弟子になった私は、魔導の道を極めます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:249pt お気に入り:145

神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:71

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,948pt お気に入り:7,617

転生したらビーバーだった!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

異世界転生少女奮闘記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:100

黄色い肉屋さん

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

間違いなくVtuber四天王は俺の高校にいる!

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

コスモス・リバイブ・オンライン

SF / 連載中 24h.ポイント:873pt お気に入り:2,346

処理中です...