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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第684話 まさか、こんなことになっていたなんて…

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 公衆浴場の開業二十日目。
 この日はペンネ姉ちゃん達『花小隊』と『STD四十八』による開業記念公演の最終日だったの。
 二十日間連続で観覧した人には、出演者との一日デートがプレセントされることになってたんだ。
 十五日間連続で観覧した人は十人、その中から果たして何人残るのか。
 おいらは興味津々で様子を見に行ったの。

 十五日目の特典を手にした人を見た時、メイドのウレシノが微妙な顔をしてたんだけど。
 この日、ウレシノが気に掛けていたことが明らかになったんだ。

 ウレシノの疑念を裏付けたのは、何とウレシノの父ちゃんだった。
 ウレシノ父ちゃんったら若い娘さんを連れて、公衆浴場の宿泊施設に泊まりに来たんだ。
 父娘おやこの振りをしてたけど、その日街で知り合った娘さんなんだって。

 ウレシノ父ちゃん、中央広場の時計塔の横でその娘さんと知り合ったらしいけど。
 セットになっている公演のチケット目当てに、娘さんは公衆浴場の『宿泊プラン』を強請ねだったらしい。
 
「全く、これが私の父親かと思うと情けなくなりますね。
 この件はお母様にしっかり報告させた頂きますので。
 覚悟しておいてくださいね。」

 ウレシノは凍てつくような冷ややかな目で父親に告げていたよ。
 ウレシノ父ちゃん、まるで死刑判決を受けたような絶望した表情になってた。

「ねえ、ウレシノ。
 ウレシノの父ちゃん、何か悪いことをしたの?
 確かにコソコソしてたし、後ろ暗いところがあるのは想像つくけど。
 帰る家のない娘さん達に一夜の宿を提供して上げてたんでしょう。
 とても慕われてるみたいだし。」

 聞く限りでは、中央広場の時計塔横の路地は家出娘をはじめ行き場のない若者が集まっている場所らしい。
 若者達の間では、『トー横(塔横)』と言われているそうなんだけど。
 ウレシノの父ちゃんは、そこに集まっている娘さん達の間では『トー横のパパ』と呼ばれる人気なんだって。
 慈善事業家みたいなものかと思ってたんだけど、ウレシノの対応を見ているとどうも違うらしい。

「そうですね。
 その『トー横』なる場所がどのような所か存じませんが。
 何ら見返りも無く、男女問わず雨風を凌ぐための寝床を提供しているのなら。
 それはとても感心できるものなのですが。
 先程、お父様はその娘との関係を言いあぐねていたでしょう。
 お父様にはやましい下心があるのです。」

 ウレシノは言ってたよ。
 もし、本当に慈善事業をする気があるのなら、メイド養成所で受け入れれば良いと言って。
 そうすれば行き場のない少女たちに手に職を付けることが出来るし、その間の衣食住の心配もないって。
 お説ごもっとも、若い娘さん達の仕事斡旋のためにメイド養成所を創ったんだものね。

     **********

 ウレシノは父親の横に座る娘さんに視線を移すと。

「あなた、若いうちからそんなことをして…。
 たかが芸人と一日デートをするために、身を売るなんて恥を知りなさい。
 牢獄への禁固刑になるか、強制労働刑になるかは知りませんが。
 法を犯したのですから、覚悟しておくことですね。」
 
 冷淡に言い放ったの。

「えー、なんでー!
 そんなの納得いかない。
 私、何も悪いことして無いもん。
 優しいパパにご飯をご馳走になって、宿を提供してもらっているだけだもん。
 みんなやっていることじゃない。
 なんで私だけがそんなひどい目に遭わないといけないの!」

 娘さんは悪びれた様子が見られないばかりか、ウレシノに不満たらたらだったよ。

「黙らっしゃい。
 銀貨二百枚もする『宿泊プラン』強請っておいて、よくもぬけぬけと。
 お金を貰って無くても、体を差し出した対価を受け取れば同罪です。
 しかも、『みんな』やっているですって?
 自分の周りにいる少数のお仲間だけを見て『みんな』とは嘆かわしい。
 それが普通なのは、その『トー横』とやらに群れている者だけです。」

 ウレシノは娘さんを叱り付けると。

「そうですか、みんなやっているのですか。」

 そう呟いて、タロウへ宿帳を出すように指示したの。
 タロウには宿帳をもって来るようにあらかじめ言っておいたので、直ぐに机の上に置かれたよ。

「見事に、男女二人の宿泊客ばかりですね…。」

 宿帳には宿泊者の住所、宿泊人数、そして全員の名前が記入されてたけど。
 宿泊ゾーンの開業から十日、その間の宿泊客は全て男女二人のペアだったの。
 ウレシノは宿帳を見てため息を吐くと。 

「この中に、あなたと一緒に『トー横』でパパを見つけていた娘がいるのでは?
 知っていたら、正直に言いなさい。」

 正面に座る娘さんに宿帳を示しながら迫ったんだ。

「仲間を売るような事が出来る訳ないじゃない。
 わたしがチクったとバレたら、どんな仕返しに遭うことか。
 それに顔は知ってても、名前を知らない人の方が多いし。」

 『トー横』では、パパについての情報交換をすることがあるくらいらしく。
 相互に交流することは少ないんだって。名前を名乗らない娘さんも多いみたい。

「あら、そう。残念だわ。
 もし協力してくれるなら。
 官憲に減刑するように交渉してあげても良いのよ。
 何なら、無罪放免にするように掛け合うこともできるし…。
 告げ口したことで報復を受けることがないよう、保護してあげても良いのに。」

 ウレシノはそう言うと、宿帳を娘さんの前から引っ込めようとしたんだ。

「ちょっと、ちょっと。誰も協力しないとは言ってないでしょう。」

 手のひらを返したようなセリフを吐きながら、娘さんは宿帳をひったくったよ。
 どうやら、『無罪放免』という言葉で仲間を売る気になったみたい。
 そして娘さんは宿帳を机の上に広げると…。

「このは初日に太いパパを掴んだって自慢してた。
 本当にお金持ちだったのね、あのパパ。十連泊もしている。
 こっちの娘は『トー横』暮らしが長いらしくて、馴染みのパパが沢山いるの。
 私と違って、初日にパパの担当日を割り振っていたわ。
 この娘は常連のパパが三人で、パパごとに名前を変えているの。
 アイとマイとルイだっけ、あっ、これ、これ。」

 そう言って指差す先には、確かに『アイ』、『マイ』、『ルイ』と言う三つの名前が交互に記入され。
 同宿している男性の名前毎に三つの名前が使い分けられてたよ。
 まさか、あの姉ちゃん、三つも名前を持ってたなんて…。

「マロン陛下、違いますよ。
 名前を三つ持っている訳じゃなくて、おそらく三つとも偽名です。
 本名を隠して、スケベオヤジ三人を手玉にとっていたんです。
 しかし、この十日間、全ての宿泊客がそうでしたか。
 まさか、ここまで若者のモラルが乱れているとは…。」

 結局、この娘さん、洗いざらい白状して宿泊者全員が『トー横』の住民だってことが判明したよ。
 ウレシノがまたため息を吐いてると…。

「こりゃ、酷いな。
 開業から十日間、『パパ活』娘に占領されてたなんて気付かなかったぞ。
 しかし、この世界にも『推し』に入れ込んで体を売る奴がいたんだな。
 ビックリだぜ。」
 
 宿帳を覗き込みながらタロウがそんな言葉をしてたよ。
 ウレシノはそんなタロウをキッと睨みつけて。

「何を呑気なことを言ってるんですか。
 タロウの故郷でも、こんなことが横行してたのなら。
 こんな事態が起こることも予測できたのではなくて?
 これにはタロウも責任の一端があるんですよ。
 出演者とのキスやハグ、挙げ句一日デートだなんてものまでオマケにつけて。
 銀貨二十枚もするチケットの販売を煽ったのですから。」

「あっ、いや、…。」

 ウレシノに詰め寄られてタロウはタジタジだったよ。

「マロン陛下は、王都の民の健康増進のためにとここを創られたのですよ。
 もしここが娼館を併営しているなどと、悪い噂が立ったらどうするつもりですか。
 ただでさえ、市井では『風呂』がいかがわしいものだとの誤解があるのです。
 健全な施設だと認知してもらわないとならないのに台無しですよ。」

「悪かった、そこまで考えが及ばなかったぜ。
 そうだな、こりゃ、拙いことになったな。」

 ウレシノに指摘に、タロウは真剣な顔をして考え込んじゃったよ。

 うーん? おいら、今一つ何が問題なのか理解できないよ。
 良かれと思って創ったこの公衆浴場に悪い評判が広がるのは困るけど。
 ウレシノ父ちゃんや隣に座る娘さんの何が悪いんだろう?

 確かに、十室しかない客室を同じお客さんが独占して他の人が宿泊できないのは困るけど…。
    
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