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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第681話 ホント、ほどほどにしておいてよ…

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 『オタク』と呼ばれる人種向けのマニアックな人形を作って生業としているセーオン兄ちゃん。
 ペンネ姉ちゃん達『花小隊』の公演にあわせる形で、タロウが辺境の街から呼んだらしい。

 カウンターの上には、ズラリとセーオン兄ちゃんお手製の人形が並べてあるけど…。
 何よりもロビーにいる人達の目を引いてるのはセーオン兄ちゃんの背後だった。
 ペンネ姉ちゃん達そっくりの実物大の人形が、花小隊全員分五体並んでるんだもの。
 露出の多い舞台衣装を着た人形を目にして、不快感を露わにしているご婦人も少なくなかったよ。

「今回の公演に併せて商品を持って来たんだ…。
 珍しいね、セーオン兄ちゃんが男の人の人形を作るなんて。
 それ売れているの?」

「拙者も、野郎の人形を作るのは気が乗らなかったでござるよ。
 でも、アルト殿からどうしても作って欲しいと言われて渋々作ったでござる。
 それも四十八人分を型から十日以内で作れなんて無茶を言うでござるよ。
 まあ、でも気の乗らない仕事をした甲斐はあったでござるよ。
 各五十体ずつ用意してきたでござるが、間も無く完売するでござる。」

 凄いね、どれも一体銀貨十五枚するのにそんなに売れたんだ。
 ちなみに、辺境の街で買えばどれも銀貨十枚だよ。
 コッソリと教えてくれたんだけど、銀貨五枚はひまわり会の取り分らしい。
 公衆浴場の維持費に充てるんだって。
 なにそれ、凄い暴利だね…。
 そんな高い人形を一体誰が買うんだろうと不思議に思っていたんけど。
 そうこうしている間にも、次々とお客さんがやって来て。

「『花小隊』のフィギュア、全部一体ずつくれ。」

 騎士服バージョンと舞台衣装バージョン併せて十体買って行く猛者まで現れたんだ。

「はい、有り難うでござるよ。
 十体セットで銀貨百五十枚でござる。」
   
 どうやら、十体セットで買って行く人が多いみたい。
 予めセットにして用意してあるとは驚きだよ。
 一体一体を紙箱に個別包装した上、十体分を布袋に入れてあるの。

 布袋を受け取ると共に、銀貨百五十枚を惜しげも無く支払うお客さん。
 そのお客さんを良く見ると、何処かで見たような既視感を覚えたよ。
 それもそのはず、にっぽん爺がデザインした親衛隊法被はっぴを身に着けてたの。
 ご丁寧に、『L・O・V・E!ペンネ!』と書かれたハチマキまでしてるんだもん。
 そのお客さん、今度は隣のカウンターでペンネ姉ちゃんが描いた『花小隊』の肖像画ポスターを買ってた。
 見事にタロウの手のひらの上で転がされているね、このお客さん。

「すみませ~ん!『STD四十八』のフィギュアセットください!」

 さっきのお客さんが去ると間髪おかず、若いお姉さんがセーオン兄ちゃんに声を掛けたんだ。

「はい、お買い上げ感謝でござる。
 『STD四十八』セット、銀貨七百二十枚でござるよ。」

 思わず、「おいっ!」ってツッコミたくなったね。たかが人形に銀貨七百二十枚も払うなんて。
 若い人の標準的な稼ぎの三月みつき分以上だよね、それ。

「はいこれ、銀貨七百二十枚。
 良かった! 売り切れてなくて…。
 絶対に欲しくて、有り金かき集めてきたんだ!」

 セーオン兄ちゃんから差し出された布袋を手にして、お姉さんは満面の笑顔を浮かべていたよ。
 まあ、本人が幸せなら、何も言わないけど…。

 すると、今度はマリアさんくらいの年齢のお姉さんがやって来て。
 モジモジと恥ずかしそうな仕草を見せながら、蚊の鳴くような声で尋ねてきたの。

「あの…、友人が購入したと聞いたのですが…。
 後ろに並んでいる等身大人形…
 STD四十八の方の物もあるとか…。
 ええと、そのディ…も付いていると聞いて…。」

 言い難そうに途切れ途切れ話していたけど、最後は言葉を濁しちゃった。

「まだ在庫はあるでござるよ。
 今回、この公演にあわせて特別に作ったでござる。
 付属の実物大ディルドが装着可能でござるよ。
 角度調節機能の付きの優れものでござる。
 もちろん、ディルドは本人から型取りしたでござる。
 今ならまだ、全員の人形が残っているので。
 ご要望にお応えできると思うでござる。」

 セーオン兄ちゃん、野郎の人形を作るのは気が乗らないと言いつつ、STD四十八の実物大人形まで作ったんだ・・・。
 しかし、ディルドって何だろう? オプションパーツみたいだけど、角度調節機能とか言ってるし。

 在庫があると聞いたお姉さんはパァっと破顔すると。

「サブさんの実物大人形が欲しいのですけど、お幾らですか?」

 耳打ちするような小さな声でそう尋ねたの。

「実物大人形は銀貨二百枚均一でござる。
 一点一点手作りゆえ、どうしてもお高くなるでござるよ。
 それでもよろしいでござるか?」

 銀貨二百枚って、若い人のほとんど一月ひとつき分の稼ぎじゃない…。

「はい、価格はそれでかまいませんが。
 購入前に現物を確認することは出来ないでしょうか?」

 えっ、いいの?

「では、別室に現物を用意したでござる。
 ご婦人しか入れない部屋で、女性係員がご案内してるでござるから。
 安心して商品を確認して欲しいでござるよ。」

 セーナン兄ちゃんはそう返答すると、小さな紙片を手渡してた。
 ちらっと覗くと、どうやらSTD四十八の実物大人形を展示してある部屋の案内図みたい。

 お姉さんは案内図を受け取ると嬉々として歩いて行ったよ。
 銀貨二百枚もする人形を買う物好きな人も居るんだね。

「別室に展示って、流石に四十八体もここに置くのは無理だったの?」

「違うでござるよ。
 ご婦人が公衆の面前でアレを買うのは躊躇いがあると思ったゆえ。
 恥ずかしい思いをせずに買えるように、ご婦人限定の展示室を設けたでござるよ。」

「ああ、やっぱり。
 いい歳して、人前であんな人形を買うのは恥ずかしいか。」

 おいらの言葉を聞いたセーナン兄ちゃん、こいつ分かって無いなって顔をして。

「マロン嬢には少し早いでござったか…。
 他人に知れて恥ずかしいのは、その用途でござるよ。
 拙者の扱う実物大人形は実用性が高い故、買うのが恥ずかしいでござる。
 特にご婦人は…。」

 おいらに向かってそんなことを言ったの。

「人形の用途? 何か特別な…。」

 おいら、もう少し詳しく教えてもらおうとすると…。

「ゴホン! ええっと、マロン陛下。
 お話はそのくらいにしませんと、もうすぐコンサートが始まりますよ。
 コンサートの様子も視察するのでございましょう。」

 近衛隊長のジェレ姉ちゃんがわざとらしい咳払いをして、会話を切り上げるようにとせっついて来たんだ。
 あからさまに気拙そうな顔をしているので、どうやらおいらは聞いてはいけないことを聞こうとしていたらしい。

 おいら、空気が読めるからそれ以上ツッコんで聞くことはしなかったよ。
 
       **********

 ジェレ姉ちゃんに促されて、二階の大広間へやって来たよ。
 ここへ来る間には、辺境の街ではお馴染みのグッズを売るカウンターが並んでた。
 親衛隊のハッピとか、応援うちわに応援ハチマキとか、ペンネ姉ちゃん達の似顔絵とか。
 どれも辺境の街よりかなり高くて、ひまわり会が大分マージンをもらっているみたい。

 大広間に入って、舞台袖から観客の方を見ると、二百五十席用意した座席が満席だったよ。

「凄いね、もう公演五日目になるのにまだ満席じゃない。」

「おう、五日連続でチケットは完売だぜ。
 グッズの方の売れ行きも上々だし、ギャラを払ってもかなりの黒字になりそうだよ。」

 満席の会場を目にして、タロウはすこぶる上機嫌だったの。
 それから、大盛況のうちにこの日の公演が終わり…。

 おいらが視察に来た一番の目的のイベントが始まったよ。
 そうこの日は公演五日目、連続で観覧していれば公演後にお気に入りの出演者と握手を出来るの。
 おいら、どのくらいの人が連続で観に来ているか気になっていたんだ。

 公演が終わり、花小隊とSTD四十八の面々が舞台に一列に並ぶと…。

「はーい! 皆さん、お待ちかねのご褒美タイム第一弾でーす!
 ここまで五日連続でご観覧されたお客様は、お気に入りの出演者と握手ができます。
 観覧五日を達成されたお客様は、私の前に一列にお並びください。
 スタンプカードを確認しますので、予め準備をお願いします。」

 舞台へ上がるために設置された階段の前で、シフォン姉ちゃんがお客さんに呼び掛けたの。
 スタンプカードってのは、初回観覧の際に渡しているカードで。
 一回観覧するごとに、入場する時に一つスタンプを押してくれるの。
 ご褒美タイムの時はスタンプカードを確認して、ちゃんと観覧回数を満たしているかを確認するんだって。

 そして…。

「なに、これ…。
 全観客の半分以上、いや、三分の二以上が五日連続で観に来たって…。」

 おいら、驚愕したよ。
 席を立ってシフォン姉ちゃんの前に並んだ人の方が、席に座っている人より断然多いんだもの。
 何と百五十人以上の人が、コンサートチケットだけで銀貨百枚以上落としているって…。
 列に並んだ人達、当然のように親衛隊法被を着てるし、いったいどんだけお金を落としてくれたやら。

「本当に凄げえな。
 オタク魂ってのは、異世界でも同じだってか。
 これなら、何とか、この施設を維持していけそうだぜ。」

 タロウは色々とプランを持っているみたいだけど、列に並んだ『オタク』と呼ばれる人達を目にして自信を深めたみたいだったよ。
 まあ無料の公衆浴場を維持するためだから、儲かるに越したことはないけど…。
 くれぐれもやり過ぎないようにと注意しておいたよ。

 お金の使い過ぎで身を持ち崩す人達が続出したら、目も当てられないからね。
 
  
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