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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第680話 まさか、こんな人まで連れて来てるとは…

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 公衆浴場の開業から五日目、おいらは再び様子を窺いに訪れたの。
 夕刻、多くの人が仕事を終える時間なので、脱衣場はかなり賑わってた。

「陛下、よろしいのですか? そのように民の前に素肌を晒して…。」

 拭き布と泡々の実を持って脱衣場から浴場へ入ろうとすると、ジェレ姉ちゃんがそんな事を尋ねて来たよ。

「良いの、良いの。
 ここは男湯と女湯を分けてあるから、女の人ばかりだよ。
 女同士で裸を見られてもどうってことは無いでしょう。」

 小っちゃかったとは言え、辺境の街では男女混浴の公衆浴場に通っていたんだからね。
 それに比べたら、男湯と女湯が分かれているだけ上等だと思うよ。

「いえ、そう言う意味ではなく…。
 一国の王が、市井の民にあられもない姿を晒すのは如何なものかと…。」

 おや、意外だね。ジェレ姉ちゃんはそう言うことに一番無頓着だと思ってた。

「そんなの今更じゃない。
 さんざん、広場の屋台で買い食いしているんだもの。
 街の人達と一緒のお風呂だって全然気にしにしないよ。
 そう言うジェレ姉ちゃんだって、貴族のご令嬢じゃない。
 良いの? すっぽんぽんでついて来て?」

「いえ、俺は普段から町娘の格好をして街を遊び歩いてましたから。
 別に身分がどうこう言うつもりは無いのですが…。
 マロン陛下が民と一緒に風呂に入ったと宰相に知れたら。
 何で止めなかったのかと、俺が大目玉食らいそうなんで…。
 ここで一言でも、お止めしたというアリバイを作っておかないと。」

 そんな事だと思った。おいらが制止を振り切ったと、宰相に報告したいだけなんだね。
 まっ、良いけど…。

 ということで、何時もの護衛達を伴なって浴室へ入ると。
 ペタペタと足音を立ててて顔馴染みのちびっ子が小走りに寄って来たよ。

「マロン様、一緒にお風呂入ろう!」

 ちびっ子はおいらの手を取って、湯船の方へ連れて行こうとするけど。

「お風呂の中では走ったらダメだよ。
 転んで頭でも打ったら大変だからね。」

 今は浴室もかなりお客さんが多いから、走って人にぶつかっても危ないからね。
 ちゃんと、注意しておかないと。
 お風呂では走ったらダメと指導しているはずなんだけど、このちびっ子は理解してなかったみたいだし。
 
「ゴメンなさい。 これから気を付ける!」

 返事は良いけど、全然反省した様子は見られなかったよ。多分、この子、全然わかってない。

「それと、お風呂に入る前に体を洗わないとね。
 ちゃんと体は洗ったかな?」

「?」

 ちびっ子、おいらの問い掛けが理解できないようでキョトンとしてたよ。
 多分、この子も浴室に入ってきたばかりで体を洗ってない。体が全然濡れてないもの。

「うんじゃ、おいらが洗ってあげる。
 一緒に体を洗おうね。」

 湯船に行こうとするちびっ子の手を引いて、おいらは洗い場に向かったよ。

        **********

 磨り潰した泡々の実を拭き布でたっぷり泡立てて、ちびっ子の体を洗ってあげると。

「あっわ、あわ~!」

 泡塗れになった自分の姿が面白いのか、布で洗われて気持ちが良いのかちびっ子は終始上機嫌だったよ。
 ちびっ子の体を洗っていると。

「あら、嫌だ。この子ったらマロン陛下に体を洗わせているわ。
 申し訳ございません。私の娘がとんだご無礼を。
 どうか、お赦しくださいませ。」

 ちびっ子のお母さんが慌ててやって来て頭を下げたの。
 何でも、脱衣場でご近所さんと話し込んでいる間に、ちびっ子だけとっとと浴室に行ってしまったらしい。
 しばらくして、ちびっ子が居ないのに気付いたそうで今まで探していたみたい。 

「気にしないで良いよ。別に知らない仲でもないし。
 はい、洗い終わったよ。
 じゃあ、湯船に浸かろうか。」

「うん、お風呂入る~!」

 恐縮するちびっ子のお母さんに気にしないで良いと伝えて、おいらはちびっ子と一緒にお風呂に浸かったの。
 妹のミンメイをお風呂に入れる時にしているように、抱きかかえるようにして湯船に浸かると。

「マロン様とお風呂、嬉しいな~!」

 ちびっ子はご機嫌な声を上げてはしゃいでたよ。

「おや、おや、陛下と一緒にお風呂に入れて良かったね、お嬢ちゃん。」

 気付くといつものオバチャンが、おいらの隣で浸かってたんだ。

「おばちゃん、このお風呂は気に入ってくれたみたいだね。」

「ああ、あれから毎日浸かりに来ているよ。
 昨日は亭主と一緒に家族風呂ってのに入ったんだ。
 一時間貸し切りでイチゴ牛乳が付いて銀貨二枚ってのは、悪くは無いね。
 うちの亭主が甲斐性なしだから、そうちょくちょくは使えないけど。」

 『家族風呂』ってのは、タロウの提案で設計に加えたものなんだ。
 個室の中に据えられた小さなお風呂を貸し切りに出来るの。
 小さいと言っても、大人二人と子供二人がゆったりと浸かれる湯船になっているよ。
 一時間で銀貨二枚から借りることが出来て、イチゴ牛乳が四本サービスで付いてるの。
 この建物は堅固な石造りで、簡単には増改築することが出来ないからね。
 いつでも満室ってことが無いように、家族風呂は思い切って二十室造ったよ。
 カウンターへ行って、空いていれば予約なしで借りることが出来るの。
 銀貨二枚払えば家族水入らずでお風呂が使えるんだから、高くは無いと思っているんだけどね。

「そう、家族風呂も気に入ってもらえて良かったよ。
 ところで、コンサートは観に行った?」

「ああ、あれかい…。
 もう年だからね、若いイケメンに騒ぐ元気も無いよ。
 耳長族の演奏は悪くないけど、イケメンとパンツ丸出し娘はねぇ…。
 それに銀貨二十枚も出すなんてとんでもないよ。」

 オバチャン、初日のデモンストレーションを見て、ペンネ姉ちゃん達を娼婦みたいだと言ってたけど。
 流石に、あの手の出し物に食い付く歳では無かったか。

「耳長族のみんなの演奏だけ聴きたいの?
 それなら、期待してて良いと思う。
 今の開業記念イベントが終わったら、耳長族のお姉さん達の演奏会を催す計画なの。
 ここを任せているタロウから聞いた話では、演奏会だけなら銀貨五枚で聴けるらしいよ。」

「ほお、銀貨五枚かい…、結構するんだね。
 まあ、そうちょくちょく出せるお金じゃないけど。
 たまになら聴きに行けそうな値段だよ。
 始まったら一度聴きに行ってみようかしら。
 ところで、演奏会だけならって、他にも何か計画しているのかい?」

 オバチャンは、おいらの話に関心を示してくれたよ。
 ちなみに、このオバチャン、一々声が大きいから会話の内容は周囲に筒抜けなんだ。
 現に興味有り気に聞き耳を立てているご婦人もいるし。
 おいら達の会話を聞いて、演奏会に関心を持ってくれたら良いね。

「うん、定期的にディナーショーってのをするんだって。
 演奏会を聴きながら、豪華な食事を食べるの。
 秘伝のレシピを使ったとっておきの料理を出すらしいよ。
 これは高くて、一人当たり銀貨五十枚くらいを予定しているみたい。」

 秘伝の料理とは、惑星テルルの一流レストランで出していた料理らしいの。
 何でも、マリアさんが保存していた記録の中に、そのレシピがあったらしい。
 後世に伝えたかったテルルの英知の中にはそんなものまで含まれていたんだね。

 もっとも、マリアさん、料理なんてからっきし出来ないから。
 今、料理上手なシフォン姉ちゃんが必死になって復元作業をしているらしいけど…。 

「へえ、銀貨五十枚かい…。
 私みたいな貧乏人には縁が無い値段だね。
 秘伝のレシピってのは気になるけど。
 銀貨五十枚はちょっとね…。
 私は普通の演奏会を聴きに行くことにするよ。」

 オバチャン、流石に銀貨五十枚の出費は身の丈を越えているとため息を吐いてたよ。
 そうだよね、おいらもそう思うもの。
 でも、タロウってばもっと高額なサービスも用意しているんだ…。

      **********

 体を洗い終えて湯船に入ってきたお母さんにちびっ子を預けると、おいらはお風呂を上がることにしたよ。
 服を着てロビーに出てくると、ロビーには新たなカウンターが幾つも置かれてた。
 臨時の売店らしいけど、どれも見覚えのある品物ばかりだったよ。
 物だけでなく、見覚えのある顔もあったの。忘れもしない小太りの愛嬌のある顔…。

「久しぶりだね、里帰りかな?」

「やや、マロン嬢ではござらぬか。
 本当に久しぶりで御座る。
 拙者、里帰りをするほどこの街に愛着は無いで御座るよ。
 アルト殿から出店要請があって連れてこられたで御座る。
 まあ、良い商売をさせてもらってるで御座るし。
 文句は無いで御座るが。」

 そう答えたセーオン兄ちゃん、簒奪者ヒーナルの孫に当たるんだけど。
 母親が無理やり皇太子セーヒに手籠めにされて、王族とは扱われずに日陰の生活をしてたの。
 キーン一族は根絶やしにしたんだけど、セーオン兄ちゃんもいわば被害者だからね。
 何ら罰することなく、慰謝料を支払ってこの街からご退去願ったんだ。
 
 今はおいらが育った辺境の街で、人形を中心としたお店を構えているの。
 タロウが『オタク』と呼んでいる人種向けのマニアックな人形。
 今もカウンターの上には、セーオン兄ちゃんお手製の人形が沢山並べてあるよ。

 タロウったら、セーオン兄ちゃんまで連れて来るようアルトにお願いしてたんだ…。

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