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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第669話 『試練の塔』の主が姿を現したよ…

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 『試練の塔』一階の閲覧室で、試練についての会話を交わしていると。

「あら、面白い話をしていますね。
 そちらの方はどなたでしょうか?
 随分とこの塔について詳しいようですが。」

 そんな、聞き慣れない女の人の声が聞こえて来たの。
 声のした方を振り向くと、ピタコ姉さんと一緒に見知らぬ女性が二人並んでいたよ。
 二人共ピタコ姉さんより少しだけ年上に見るけど…。
 分厚いメガネのために目が隠れていて、幾つくらいの歳なのか良く分からなかった。

「あっ、紹介しますね。
 二人共私の姉でミネルヴァ三姉妹の長女、次女です。
 今、声を掛けたのが二女のフーリエ姉さん。二階の司書をしています。
 もう一人が長女のポアソン姉さん。三階の司書、最終試練を担当してます。」

 唐突に声を掛けられてポカンとしているおいら達に、ピタコ姉さんが二人を紹介してくれると。

「ごめんなさいね。フーリエが突然話しに割り込んで。
 ピタコから女王陛下がお運びと耳にして。
 ご挨拶にと降りてきたのですが。
 興味深いお話をしていたものですから。
 つい聞き耳を立ててしまいました。」

 ポアソン姉さんが、唐突に声を掛けたことを詫びて来たの。

「別に気にしないで良いよ。
 聞かれて困るような話はしてないし。
 おいら、話し掛けられて怒るほど狭量じゃないつもりだから。」

「これは、これは、あなた様がマロン陛下で御座いましたか。
 噂に違わず、可愛らしい。
 寛大なお言葉に感謝致します。
 して、先程のフーリエが尋ねた件で御座いますが…。
 そちらのご婦人は何方でございましょうか?
 私達にも初耳なことをお話のようでしたが。」

 どうやら、おいら達の会話にポアソン姉さんの知らない話題があったみたい。
 惑星テルルに関する事かな? いったい、どの時点から聞き耳を立てていたんだろう。

 すると。

「私が誰なのかって?
 そうね、ちょっとした用もあるし…。
 ハリエンジュを呼んでもらえるかしら。 今、居るんでしょう。」

 マリアさんは名乗りもせずに、そんなことをお願いしたの。
 ハリエンジュ? 唐突に名前が出たけど誰なの、それ? 

「何故、その名を…。
 ライブラリーの主様の存在を知る人は、外部には居ないはずなのに…。」

 ライブラリーの主って、牢名主みたいなものかな? 若しくは沼の主ってナマズみたいな…。

「それも、ハリエンジュが来れば分かるわ。
 昔馴染みが訪ねて来たって伝えてちょうだい。」

 そんな返事をしたまま、黙ってしまったマリアさん。
 名乗りもしないマリアさんに対して、ポアソン姉さんは怪訝な顔を見せるけど。
 誰もその存在を知らないはずの人の名を出されて、そのことへの興味が勝った様子で。
 末っ子のピタコ姉さんに、ハリエンジュさんを呼びに行かせていたよ。

       ********

 それからほどなくして。

「誰かしら? 私を尋ねて来る人なんて珍しい。」

 ピタコ姉さんに付き添われて姿を現したのは、…またアルトのそっくりさんだった。

「ヤッホー、ハリエンジュ。 元気にしてた?」

 マリアさん、気さくな様子で片手をあげて、声を掛けてたよ。。
 ハリエンジュと呼ばれた妖精さんの方は、一瞬マリアさんが誰か分からなかったようだけど。
 束の間、マリさんの顔をマジマジと見詰めると…。

「って、えっ? あなた、マロン?
 まだ生きていたの?」

 四十万年分の記憶からマリアさんの顔を拾い上げたみたいだったよ。
 ハリエンジュは知らなかったみたい。
 マリアさんがアカシアさんの『積載庫』で時間を停めて眠っていたことを。 

「まっ、失礼ね。
 昔馴染みが訪ねて来たと言うのに、開口一番がそれなの?」 

「何言っているのよ。
 人間がそんなに長生きするなんて思わないじゃない。
 それにあなた、最後に会った時より大分若返っているし。
 直ぐに気付けと言う方が無茶よ。」

 二人がそんな会話を交わしていると。

「あのお話し中に申し訳ございませんが…。
 そちらのご婦人は、主様のお知り合いで間違いございませんか?
 いったい、どのような方なのでしょか?
 主様を訪ねて来た方は、私がここにお仕えしてから初めてなのですが…。」

 ポアソン姉さんが恐る恐るといった様子で尋ねると。

「マロン、正直に言ってしまって良いのかしら?」

 ハリエンジュは、マリアさんの素性を明かしてしまって良いものかと尋ねたの。

「もちろん、かまわないわ。
 そのためにハリエンジュを呼んだのだもの。
 私が自分の口から言っても、多分、誰も信じないだろうから。」

 ああ、なるほど。 おいら達はアカシアさん経由でマリアさんのことを知ってたから。
 最初に会った時に、何の疑いも持たなかったけど。
 この塔を創った人だなんて言っても、普通は信じないだろうからね。

「この人は、マロン。
 この大陸の津々浦々にライブラリーを設置した人よ。
 私はマロンからこのライブラリーの管理を任されたの。」

「はっ? ライブラリーを創ったのは王祖様では?
 ミネルヴァ家の始祖は王祖様から主様を補佐するよう命じられたと、我が家には伝わっていますが。」

「ああ、この人、あなた達が王祖と呼んでいる人の母親よ。
 若作りしているけど、極めつけの大年寄りなの。
 この大陸の生き物の中で、一番古くから居るのだもの。
 まだ生きてたってことが、驚きよ。」

 ハリエンジュってサラって毒を吐くね。大年寄りだなんて…。

「まあ、ハリエンジュったら失礼ね。
 旦那様の前で、人を大年寄り扱いするなんて。
 プン、プンよ。」

 マリアさんは気分を害したかのような言葉を吐くと、ミネルヴァ三姉妹に向き直り。

「そんな訳で、このライブラリーの創始者、マロンです。
 今はマリアと名乗ってるから、マリアと呼んでね。
 女王様と同じ名前じゃ紛らわしいでしょう。
 こうして一緒に行動することもあるから。」

 隠すことなく、ライブラリーの創始者だと明かしたマリアさん。
 とは言え、聞いているミネルヴァ三姉妹は戸惑いを隠せない様子で…。

「はあ? ここの創始者ですか?
 でもいったい、どうやってそんな永い期間生きることが出来たので?
 一万年じゃきかないでしょう。」

 まあ、そこが気になるよね。

「それは、ヒミツよ。
 そうね、ハリエンジュちゃんの試練をクリアしたら教えてあげる。
 もっとも、アレをクリアできれば、聞く必要もないでしょうけど…。」

「主様の試練ですか? あの真の最終試練と呼ばれる。」

 なにそれ? 『真の最終試練』とか、何かカッコイイ響き…。
 そんなポアソン姉さんの言葉を耳にして。 

「えっ、真の最終試練を突破すると開かれると伝わる禁断書庫。
 そこには不老不死の秘密まで収まられているのですか。」 

 黙って話に聞き入っていたフーリエ姉さんが驚きの声を上げたの。

「禁断書庫? なんだそれ?
 ゲームの隠しダンジョンみたいなものか?」

 タロウがまた意味不明なことを口にすると…。

「生命化学とか、核物理学とか…。
 人の倫理観が確立してからじゃないと、危なくて渡せない知識に関わる書物を集めたの。
 『禁断書庫』とそれを解禁する試練については公にはされてないわ。
 各ライブラリーを任せた妖精の方が、これはと見込んだ人間に試練に挑むか持ち掛けるのよ。
 表の最終試練突破者の中で、知識欲旺盛で、高い倫理観を持つと判断した人にね。」

 それは悪用されるととても危ない知識を集めた書庫らしい。多分、妖精族が持つ『積載庫』の中にあるんだね。
 因みに、その危ない知識の中にはテルルのハイスクールやミドルスクールで基礎を学ぶものもあるそうで。
 この塔ではその辺りも『禁断』として外してしまってあることから、知識の水準が分野によってちぐはぐになっているみたい。
 
「ああ、それね。
 このライブラリーが設置されてから四十万年になるけど、一人も該当者が無いわ。
 まあ、あの辺の知識になると実験が必要だけど。
 実験設備が作れるほど機械技術が発展していないからね。
 先ずは、四階にある機械関係の書物を読みこなして。
 それを製品化できる人が現れないと話にならないの。」

 そんなハリエンジュの言葉を聞いたフーリエ姉さんが肩を落としていたよ。
 「そんな殺生な」とかボヤいてたし、どうやら真の最終試練とやらに挑むつもりだったらしい。
 そんなに興味あるのか、不老不死。

        ********

「ところで、ハリエンジュに出て来てもらったのは私の素性を明かすためだけじゃないのよ。
 蔵書の方は大丈夫かしら?
 本なんて、千年も二千年ももつものじゃないでしょう。
 もう予備の本も底を突いたのではないかしら?」

 どうやら、マリアさんは塔の蔵書の心配をしていたらしい。

「まだ、一セットくらいなら、予備が残っているわ。
 痛んだ本は、私が予備を出す前に出来る限り写本で済ませるようにしてきたから。
 ミネルバ一族が代々写本を手掛けてくれたのよ。
 代々当主の奥方は、挿絵を正確に写し取れることが嫁入りの条件になっているくらいなの。」

 塔の司書はもっぱら娘さんの仕事で、当主と後継ぎは写本に勤しんでいるらしい。
 そして、当主のお嫁さんが挿絵描きなんだって。
 ミネルバ家の当主夫妻は、いっぱい子供を作らないといけなくて大変だね…。最低四人必要だもの。

 ただ、写真と呼ばれるものまでは、複製する事が出来ないそうで。
 挿絵ではなく、写真が使われている書物は本がダメになると予備から出さないといけないとのことで。
 ハリエンジュの『積載庫』に在る予備の部数には大分バラツキがあるみたい。
 上階層へ行けば行くほど写真が多用された本が多いらしいの。
 幸い四階とかは、試練突破者が少ないこともあって、利用者が少ないので。
 フロアには蔵書目録だけがあり、利用者は目録の中から読みたい本を選んでポアソン姉さんに伝えるそうなの。
 オーダーを受けたポアソン姉さんは、ハリエンジュから指定の本を出して貰うらしいよ。
 ハリエンジュの『積載庫』に保管することで、本の劣化を抑えているんだって。

「あら、そうなの。
 ミネルバ家の皆さん、頑張ってくれてるのね。
 とは言え、蔵書の劣化は抗しがたいでしょう。
 せっかくだから、何セットか補充しておくわね。」

 そう伝えたマリアさん、ハリエンジュの前に本を積み上げたよ。
 惑星テルルの人類の英知の遺産として、四十万年前、この地に持ち込んだ膨大なデータ。
 まだ研究所の機械が健在な間に、それをプリントアウトして大量に本を作ったそうで。
 まだ、その余部がマリアさんの積載庫に眠っていたらしいよ。

「まあ、真新しい本ばかり。
 こんなに譲って頂けるのですか?」

 積み上げられた新品の書籍を見て、嬉しそうな声を上げるポアソン姉さん。

「勿論差し上げるけど。
 これ、全てこの塔にある本ばかりよ。
 目新らしい本が無くてゴメンね。」

 まあ、四十万年の殆どを寝ていたんだから、その間に出来た本のことなんて知らないよね。
 もっとも、今ここの知識レベルはマリアさんの居たテルルの千年くらい前の水準らしいから。
 この四十万年に出来た本と言っても、物語本くらいしか無いとは思うけどね。
 ハテノ男爵領騎士団のペンネ姉ちゃんが創作してたいかがわしい本みたいなやつ。
  
          **********

 次々と床に積まれる書籍を全て積載庫に収めたハリエンジュが尋ねたの。

「それで、マロン、その男と番になってこの町に骨を埋めるって?」

「ええ、そうよ。
 そろそろ、テルルの末裔を見守る役目を降りても良いかなって。
 ちょうど理想の旦那様も見つかったし。
 ここで子供を産み育てて、平凡な人生を謳歌しようかと思っているの。」

 マリアさんはタロウの腕を取りながら、ハリエンジュの問い掛けに答えていたよ。

「まあ、蓼食う虫も好き好きですもね。
 マロンがその男が良いと言うのなら、何も言わないわ。
 じゃあ、たまには顔を見せてね。
 これから寿命が尽きるまで何十年もあるのだから。」

「もちろんよ、まだ、本の予備もあるからまた補充に来るつもりだし。
 マロンちゃんの側には、あなたの妹にあたるアルトちゃんもいるのよ。
 それと、旦那様の所にもムルティフローラちゃんが訪ねて来るし。
 そのうち、二人も連れて来るわ。」

 マリアさんはしばしそんな会話をハリエンジュと交わし、『試練の塔』訪問は終わったんだ。
 そうそう、マリアさんの話を聞いてたミネルヴァ三姉妹だけど。
 マリアさんから教えを請いたいと懇願してたよ。 

 これから自堕落な専業主婦になるのだと言って、マリアさんは最初拒んでいたんだ。
 だけど、三人が引かないものだから、根負けして渋々頷いていたよ。
 タロウの屋敷に尋ねて来れば、色々な知識を教授してもかまわないって。
  
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