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第十九章 難儀な連中が現れたよ…

第658話 いっそ、滅ぼしちゃおうかと思ったって…

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 今、トアール国がある辺りの大平原に、当初、マリア(マロン)さんは人々の集団を配置したそうだけど。
 それは、肥沃な大平原で農耕を営むことにより、食べ物に困ることが無いようにとの親心だったらしい。
 しかも、集団同士が争いを起こさないようにと集団と集団の間には魔物の領域まで創ったのだけど。

 ところが、各々の集団はマリアさんの予想を超えた速度で領域を拡大していったそうで。
 親の心、子知らずじゃないけど、争いをしないようにとのマリアさんの願いも叶わず…。
 大陸の中央に広がる大平原では、争いが多発したそうだよ。
 それがやがて、トアール国に統一されて行くことになるんだね。

 その間、マリアさんは人族の争いに介入する事を諦めて永い眠りに就いてしまったんだ。
 百年に一度くらいの頻度で目覚めて、眠っている間の状況変化をアカシアさんから聞いてはいたようだけどね。

「とは言え、移動手段は限られているし、統治機構も未発達ってこともあって。
 国の規模を一朝一夕に大きく出来る訳も無いから、争いもそうそう頻発してた訳でも無いの。
 中央平原には各所に魔物の生息域を設けてもいたからね。」

 当初、馬は大平原には生息しておらず平原の端、大山脈の麓付近にしかいなかったらしいの。
 人の生息域がそこまで拡がり、なおかつ馬の馴致に成功するまでは徒歩で移動せざるを得なかったそうなんだ。
 しかも、他の集団を従えたところで、遠隔地では目が届かず頻繁に反乱が起こったそうで。
 中央平原に建国された幾つもの国は、四十万年もの間集合離散を繰り返したそうだよ。

 流石に人族もそこまで馬鹿ではないらしく。
 経験則に基づき、一定の領域まで国土が広がると、国の拡大よりも内政の安定に力を注いだらしいの。
 争いばかりしていると、男手の不足や戦場となることによる農地の荒廃で食糧事情が悪化を招き。
 食糧事情の悪化は、しばしば国民の不満を高め内乱に繋がったらしくて。
 ある程度国土が広がると切の良いところで戦いを終えて、国の安定に舵を切ったそうなの。

 そんな訳でトアール国が、大陸中央に広がる大平原を統一したのはつい四、五百年前のことだし。
 四十万年の期間の中で、戦いに費やされた期間そのものはそう長いことではなかったらしい。
 まあ、魔物の領域を開墾するにも相当時間が必要だろうから、そう簡単に隣国に攻め入れる訳じゃないしね。

「そう、マロンちゃん、今日は妹ちゃんはいないの?
 今回、この町に来たのは『森の民』の元気な姿を見るためでもあるの。
 『森の民』は理不尽な目に遭って絶滅したと聞いてたから。
 生き残りが居たと知らされて、居ても立っても居られなかったわ。」

 人族を全て独り立ちさせた後、一人ぼっちになったマリアさん。
 寂しさを紛らすために耳長族を生み出したそうだけど。
 やがてマリアさんは『素敵な恋』をするという野望を抱き、眠りに就くことにしたから。
 その前に、大平原の周辺部にある森林地帯の何ヶ所かに里を作り、『森の民』を移住させたそうなの。
 まさか、深い森の中に押し入って、耳長族狩りをする愚か者が出てくるとは想像もしなかったって。

 マリアさん、『森の民』が滅ぼされたと聞いた時は、マジで人族を滅ぼしちゃおうかと思ったそうだよ。
 こんなことなら、テルルの民など惑星テルルと共に滅んでしまった方が良かったんじゃないかって。

 とは言え、中央平原に配置した集団を除けば、テルルの民の末裔達は平穏な暮らしをしていることもあり。
 マリアさんは自分の過ちを反省したそうだよ。
 良かれと思ってしたこととは言え、中央平原に集中的に人族の集団を配置したのは失敗だったって。
 人の闘争本能を甘く見過ぎた自分が悪いのに、今更人族を滅ぼすのもお門違いだと思い留まったらしいよ。

 因みに、妖精族を総動員すれば中央平原を灰燼に帰すことも可能みたい。
 冗談抜きで、耳長族狩りの話を聞いた時は妖精族を総動員しようかと思ったらしいし。
 まあ、アルト一人で何千人も一瞬にして消滅させるのだから、無理ではないかも知れないね。

「おお、怖…。それじゃまるで、ソドムとゴモラの火じゃねえか…。」

 そんな呟きを漏らしながら、身震いしたタロウ。
 マリアさんを怒らせたらマジでヤバいと怯えていたよ。

       **********

 それはともかく。

「ミンメイに会いたいの? ミンメイならおいらの私室に居ると思う。
 今日もミンミン姉ちゃんが、王宮でお勤めのはずだから。」

 寿命の長い耳長族にこの国の正史の編纂を任せたので、父ちゃんのお嫁さん四人が交代で王宮に詰めているの。
 ミンミン姉ちゃんが当番の時は、大抵ミンメイを連れてきているんだ。
 おいらの手透きの時間を見つけて、ミンメイと遊ばせようってことで。
 おいらの執務中は、ウレシノの妹、カラツが子守りをしてくれているの。

「きゃっ、居るの? それなら、是非会いたいわ。
 ここに連れて来てくれるかしら。」

 マリアさん、是が非でもミンメイに会いたいって感じで食いついて来たものだから。
 とてもダメだと言える雰囲気ではなかったよ。もっともダメだと言うつもりも無いけど。

「姉ちゃ、お仕事終わったの?」

 ウレシノに呼びに行かせると、ミンメイは嬉しそうに小走りで部屋に入って来たよ。
 そのまま、おいらのところまで走ってくると、ヒシっとおいらに抱き付いたの。
 ウレシノには、「仕事が終わったので遊んであげる。」と伝えるように言い付けたのだけど。
 ミンメイにはそれが余程待ち遠しいことだったみたい。

 おいらの脇腹辺りに顔を擦り付けるミンメイの頭をナデナデしてると。

「あら、あら、本当に仲が良いのね。
 そうしていると本当の姉妹みたい。」

 おいらとミンメイを見てマリアさんは破顔してたよ。

「だれ?」

 初めて目にしたマリアさんのことを尋ねてきたミンメイ。

「あのお姉さんは、マリアさん。
 タロウの新しいお嫁さんだよ。
 ミンメイのことを聞いて会いたがっていたんだ。
 ご挨拶して。」

 おいらの言うことは素直に聞いてくれるミンメイ。
 トテトテとマリアさんに近付くと…。

「はじめまして、ミンメイです。」

 初対面の人への挨拶だと教えた通りの言葉を口にすると、ミンメイはペコリと頭を下げたの。

「きゃっ、可愛い!
 ミンメイちゃん、私、マリアよ、よろしくね。
 そうだ、アメちゃん、舐める?
 これ、甘くておいしいわよ。
 残り少ないテルルのお菓子なの。」

 そう言って、ミンメイさんは『積載庫』からカラフルな紙に包まれた丸いものを取り出したよ。
 いや、残り少ないテルルのお菓子って…。
 それ、二十六億年前のものだよね。幾ら『積載庫』の中にあったとはいえ、食べてもお腹壊さないの?

「ほうら、こうやって食べるのよ。
 口の中で舐めてゆっくり溶かすの。
 飲み込んだり、噛んだりしたらダメよ。
 喉につかえたり、歯が折れたりするからね。」

 マリアさんは、一粒包装を解いて口に放り込んだの。
 いや、そんな危ないモノ、子供に食べさせないでよ。

「たべる!」

 美味しそうな顔をするマリアさんに釣られたんだろうね。
 ミンメイは、アメを差し出すマリアさんに飛びついたよ。
 そして、アメ玉を貰うとさっそく口に運ぼうとして…。

「あっ、こら!」

 そんな怪しいものを食べちゃダメと制止する間も無かったよ。

「あまい! おいしい!」

 アメ玉を口にしたミンメイは満面の笑顔を浮かべたの。
 おいらがマリアさんに非難の目を向けると。

「大丈夫よ、毒なものは何一つ入ってないわ。
 むしろ、ビタミンCとか、カルシュウムとか強化されてて。
 健康にも良いのよ。」

 何食わぬ顔で、そんな事を言ったマリアさん。
 いや、喉につかえたり、歯が折れたりするモノを幼児に与えたらダメでしょうが。

 おいらの心配をよそに無事にアメ玉を舐め終わったミンメイ。

「まりあ姉ちゃ、すき!」

 アメ玉一つで、マリアさんに餌付けされちゃった…。
 これ、美味しいものを上げると言われても、知らない人について行っちゃダメって言い聞かせないと危ないね。
 ミンメイ、可愛いから誘拐されちゃうよ。

        **********

 アメ玉一つで、マリアさんに餌付けされちゃったミンメイ。
 いつもなら、おいらの膝の上に座るのに。
 今日はマリアさんの膝の上に腰掛けてご機嫌な様子だったよ。

「本当に可愛い…。
 もう『森の民』を目にする事は出来ないと思っていたのに。
 こうして幼子を膝に乗せることが出来るなんて、感無量よ。
 この子のお父さんがマロンちゃんの育ての親でしたっけ。」

 ああ、そこまでアカシアさんから聞いているんだ。

「そう、血の繋がらないおいらを大切に育ててくれた父ちゃんだよ。
 山で魔物に襲われて遭難した時、ミンメイの母ちゃんに助けられたの。
 それまで、永いこと『森の民』の存在は確認されてなくて。
 誰もが滅んだものと思われていたんだって。」

「それも、アルトちゃんに聞いたわ。
 山奥にひっそりと隠れ里を造っていたそうね。
 今は、アルトちゃんの森で保護されているんでしょう。
 アルトちゃんが、お婿さんもお世話したって。」

 この町に来る前に、アルトから耳長族について色々と聞いているみたいだね。

「ええ、安心してちょうだい。
 私の森で平穏に暮らしているわ。
 外出する時も妖精族が目を光らせてるし。
 この数年で、赤ちゃんも大分増えたのよ。
 もし良かったら、今度案内するわ。」

「あら、アルトちゃん、それ素敵ね。
 是非、お願いしたいわ。
 今すぐにとは言わないから。
 時間のある時に連れて行ってね。」

 森を案内するとのアルトの提案に、マロンさんはとても嬉しそうだったよ。 
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