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第十九章 難儀な連中が現れたよ…

第652話 いったい何のサンプルを採取しに行ったの?

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 約四十万年もの間、アカシアさんの『積載庫』の中で眠っていたと言うマリア(マロン)さん。
 若返っていることにも驚いたけど、もっと驚いたのは…。
 何と、この街を訪ねて来た理由が、タロウに会うためだと言うじゃない。
 確か、さっき言ってたよね。永い眠りに就いた理由が、素敵な恋をしたいからだと。
 それで、タロウに会うために来たって? 頼りない男性を絵に描いたらこうなるって感じのタロウだよ。

「蓼食う虫も好き好きなのじゃが…。
 わざわざ、ここまで会いに来るほどのものじゃろうか?
 このタロウにそこまでの価値が有るようには見えんのじゃが…。」

 オラン、正直すぎるのは美徳じゃないと思うよ。
 おいらだって口には出してないんだから、そこは空気を読んでスルーしないと。

「あっ、オランちゃん、酷い。
 ダーリンはとっても素敵な人よ。
 とは言え、さっきからの話の流れで誤解させちゃったかもね。
 最初から、ダーリンと恋をしようと思って来た訳じゃないの。」

「ふむ、なら何故タロウに会うためにここまで来たのじゃ。
 あの森からこの王都まで来るのは結構大変だろうと思うのじゃが。」

 オラン、何気にこだわるな…。
 そこまでタロウに会いに来たって理由に納得がいかなかったのかな。

「だって、初めて聞いたもの。異世界人なんって。
 異星人なら分かるけど異世界人よ。
 私は生物学者だもの、一度この目で見てみたいと思ったの。
 アルトちゃん達から話を聞いて即行で飛んで来たわ。」

 どうやら、タロウと素敵な恋をしたいとは露ほども思ってなかった様子だったよ。
 おいらには、異世界人と異星人がどう違うのか解らないけど。
 マリアさんにとっては居ても立っても居られないほどの情報だったらしいよ。

「ふむ、私には異世界と言うものが良く理解できんのじゃが。
 それは、マリア殿が真夜中に飛んでくる程のものなのか?」

 うん、おいらも、今、そう思ってたよ。

「それはそうよ。
 だって、異世界なんて誰も観測したこと無いのよ。
 私も存在を知らなかったしね…。
 そんなところからの訪問者が居て、この世界の人類と同じ姿をしている。
 のみならず、ダーリン、この大陸の女の子と交配可能らしいじゃない。
 これって、奇跡よ。
 だって、環境が違うのだから、生物が同じ組成とは限らないのよ。
 もしかしたら、主成分が有機化合物じゃないかも知れないの。
 それに、交配可能ってことは、生殖機能だって同じってことでしょう。
 こんなことがあり得るなんて、どれだけ低い確率だと思って。」

 マリアさんの言葉はムチャクチャ熱が籠っていたよ。
 おいら達は、普段、何気なくタロウと会話を交わしているけど、これはとても奇跡的なことらしいよ。
 少なくとも、専門家のマリアさんが目の色を変えて興奮するくらいに。

       **********

 とは言え、奇跡的なことだと言われても…。
 目の前のタロウは何処にでも居そうな冴えない兄ちゃんだし。  
 おいらには、マリアさんの興奮が理解できなかったよ。

「まあ、マロンさんがそう言うのなら、凄いことなんだろうけど…。
 それで、どうしてタロウのことをダーリンなんて呼ぶような関係になったの?」

 あんまり聞き慣れない言葉だけど、『最愛の人』って意味らしい。
 おいら、旦那さんをダーリンなんて呼んでいる人は初めて見たよ。

「ああ、それね。
 あの晩、ダーリンの屋敷に着いたらね。
 ダーリンったら、寝室に籠っていると聞いたから…。
 さっそく、サンプルを採らせて貰おうかと思ってね。
 都合が良いから、営みの最中にお邪魔したの。
 セーエ…」

「アー! アー!、ダメだって!
 アルト姐さんの居る前でそんな言葉を口にしたら。」
 
 マリアさんの言葉を遮るように、いきなり大きな声を出したんだ。

「あら、マロンちゃんに聞かせてはダメな話だった?
 少し、早かったかしらね。」

「いや、見れば分かるだろう。
 あの小っこい姿じゃ、まだ早いって。」

 おいら、タロウにバカにされてるような気がするのは気のせいかな。

「まあ、何よ、ダーリンの生体サンプルを貰いに行ったのだけど。
 そこで、ダーリンとハゥフルちゃん、シレーヌちゃんの仲睦まじい姿を目にしたの。
 そしたら、ムラっと…。じゃない、羨ましくなっちゃってね。
 だってそうでしょう。ダーリンったら種族の垣根を越えて愛し合っているのだもん。
 それも、自分勝手では無く、常に相手に対する気遣いを忘れてないの。
 ハゥフルちゃんもシレーヌちゃんも、優しくされてとっても幸せそうだった。
 その上、ダーリンたら謙虚でね、すべてシフォンさんの指導の賜物だと言うの。」

 マリアさんは言ってたよ。
 タロウの性格はマリアさんの理想とするものなんだって。
 優柔不断で押しが弱くて、常に自信無さげなところがお気に入りらしいよ。
 アダムにしても、ノアにしても『俺様』な性格で、マリアさんの頭を悩ませてた訳だけど。
 マリアさんの育てた男の子は、多かれ少なかれ『俺様』な気質が見られたらしいの。
 誰一人としてタロウのような、温厚で草食な性格の子供には育たなかったみたい。

「いや、それ、一つも褒められていないぞ。」

 マリアさんの言葉を聞いてタロウがボヤいてた。

「何言ってるの、ダーリン。
 人としての一番の美徳は、他人と無駄な争いをしないことよ。
 常に協調性を第一に考えて行動することが大事なの。
 他人の意見に耳を傾け、それを容れられる人は立派な人だと思うわ。
 少なくとも自尊心の強い人間、自己顕示欲の強い人間よりはずっとまし。
 よく、人の先頭に立って引っ張っていく男性が好まれると言うけど。
 私にはそれの何処が良いのか理解できないわ。」

 テルルを滅ぼすことになった独裁者は、精神に障害があるっぽかったそうだけど。
 その癖、自尊心と自己顕示欲だけは、常人以上に強かったらしくて。
 国中、公共の場の至る所に自分の肖像画を掲げさせていたそうなんだ。
 もちろん、マリアさんの生まれる前にそいつも消滅しちゃったわけだけど。
 記録映像に残るその独裁者はそんなタイプだったらしいの。

「いや、それ、多分、環境だと思うぞ…。
 俺がいた日本ってのは、平和ボケを絵に描いたような国だったからな。
 空気を読んで行動するのが、波風立てない生き方だったんだよ。」

「やっぱり、そうなのかしら。
 社会が成熟して、平和にならないと草食動物じゃ生きていけないのかしらね。」

「それに、日本でも俺みたいな冴えない男はモテなかったぞ。
 俺が通ってた中学じゃ、運動部のエースが女子の憧れの的だったよ。
 人気があるのはスポーツマンタイプのイケメンで。
 そんな奴らはだいたいリーダーシップもあるんだ。
 やっぱり、『俺様』タイプの方がモテるんじゃないか。
 この大陸はまだまだ物騒だし、弱肉強食的なところがあるからな。
 尚更、強くて人の先頭に立てる男がモテるんじゃないのか。」

「あら、ダーリンは冴えなくなんて無いわよ。
 何時も、肩を落として、俯いているからそう見えるけど。
 目もクリッとしているし、鼻筋も通ってる。
 その黒髪もサラサラできれいだわ。
 それなりに身なりを整えて、姿勢を正せばそれなりに見られるわよ。」

 自嘲気味に話すタロウを、マリアさんは励ましていたよ。
 そう言われてみれば、タロウってばいつも俯き加減だから顔の印象が薄いけど。
 よくよく観察してみると、目鼻立ちは悪くないね。
 いつも猫背気味でそこはかとない哀愁を漂わせているから、姿勢が良くないのも確かだ。

 その辺を改めれば、タロウも『美人局』からカモ認定されることは無くなるかも。

「でも、そこが良いのよね。
 ダーリンは今のままで良いと思う。
 ダーリンのヘタレた雰囲気に胸がキュンとなるの。」

「日本にもマロンさんみたいな嗜好のお姉さんがいたぜ。
 『駄メンズウォーカー』って呼ばれてたよ。」

 タロウの話では、ダメな男にばかり惹かれちゃう男運の悪いお姉さん達が居るらしい。
 今のマリアさんの発言がそんな風に聞こえるって。
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