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第十九章 難儀な連中が現れたよ…

第636話 ノノウ一族、大活躍だった。…の?

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 二階に残っていた十五人全員を捕えてからしばらくしてからのこと。
 三階の扉が閉ざされて二時間くらい時間が経過して、そろそろ待ちくたびれていると。
 サカリの付いた猫の鳴き声みたいな声は静まり、辺りに静寂が戻って来たの。

 それから間もなく、二つの部屋の扉が開き。

「うっ、なにこの臭い。
 いったい誰よ、痛んだ生イカなんて部屋に持ち込んだのは。」

 おいら、思わず鼻を摘まんだよ。
 そのくらいの悪臭が二つの部屋から漏れ出して来たの。
 この臭い、港で嗅いだことがあるよ。
 売れ残って港に放置された腐りかけの生イカの臭いだ。

「マロンちゃん、大目に見てあげて。
 これは子孫繁栄に欠かすことが出来ない臭いなのよ。
 あと何年かしたら、マロンちゃんにも解る日が来るから。」

 鼻を摘まんでいると、マリアさんが耳元で呟いたよ。 
 腐りかけの生イカと子孫繁栄に、いったいどんな関係があるっての…。

 それはともかく、部屋から出て来た人達はと言うと。

「タロウ君、シュキ、シュキ。
 もう、教団とはきっぱり縁を切るわ。
 金輪際、他人を騙して稼ぐなんてことしないから…。
 私をタロウ君の側に居させて欲しいの。」

 真っ先にタロウをターゲットに定めたお姉さん。
 タロウの腕にしがみ付いて、捨てないでと懇願してたの。

「流石、シフォンさん仕込みのテクニックね。
 タロウ君、唯のヘタレに見えて。
 そのくせアッチはべらぼうに強いから。
 ねちっこく責める上に、何度でも復活するし。
 タロウ君で落ちない娘さんはいないと思う。
 かく言う私もそうだけど。」

 『歓び隊』のお姉さんにしがみ付かれたタロウを見て、マリアさんが感心してたよ。
 
 そして、もう一つの部屋からは。

「チラン様、私は悔い改めました。
 何で、あんな愚かな『教団』に心を囚われていたのか。
 自分でも理解できません。
 私にとってはチラン様が神です。」

「ええ、教団なんてペテンも良いところですわ。
 ありもしない来世のために禁欲するくらいなら。
 こうして今世を楽しく生きる方が良いに決まってます。
 女の歓びを気付かせてくれたチラン様こそ神です。」

 両腕にしがみ付いたお姉さん二人に神と奉られ、チランが出て来たよ。
 二人とも『教団』と縁を切る決心をしたみたい。

「あにぃ、素人娘をその気にさせる術に長けてますから。
 端的に言って女の敵なのですが…。
 相手が悪質な洗脳を用いてくる『教団』なら。
 あにぃを利用するのも仕方ないですね。」

 どうやら、ウレシノの予想通りになったみたい。

 まあ、他人様に迷惑を掛けないなら、誰を崇拝しても勝手だけど。
 腐りかけの生イカの臭いをプンプンさせている神って、おいらは嫌だな…。

      **********

 残る『美人局』グループは二組。
 カモが見つかっても見つからなくても、この宿へ戻って来るはず。
 そう考えたおいらは、宿の一階で待ち構えることにしたんだ。
 王都の住民が被害に遭ったら困し、ここで一網打尽にしちゃうの。

 一階の接客カウンターの奥に身を潜めていると…。
 ぱっと見冴えない四十男と腕を組んで、『歓び隊』のお姉さんが宿に入って来た。
 四人目のお姉さんも首尾よくカモを捕まえたみたいだね。

「おじさま、この宿です。
 少し汚いですけど、ここなら安心ですよ。
 人目がないですから、奥様にバレる心配はありません。」

「気にしてないよ。
 どうせ、やることやったらすぐに帰るのだし。
 お嬢さんとの火遊びが女房にさえバレなければ。
 野外だってかまわないし、ベッドがあるだけ上等だ。」

 おっちゃん、心やましいんだろうね、少しビクついてたよ。
 如何にも小心者って雰囲気のおっちゃんなんだけど、何処かで見たような…。

「父さん…。
 あれでおとり捜査のつもりなんでしょうか。
 私には、本気で若い娘と一時の火遊びを楽しむつもりに見えるのですが…。」

 あっ、ウレシノの父ちゃんか。
 ノノウ一族を召し抱えた時に一度顔をあわせたはずだけど。
 影が薄いのか、すっかり忘れていたよ。

 二人が三階の部屋に姿を消すと、尾行して来た恫喝役も階段を上がって行ったよ。
 二人が入った部屋の扉に耳を寄せて、中の様子を窺ってた。

 すると今度は。

「お姉さん、ボク、こういうところ初めてなんですけど…。」

 不安気な呟きを漏らしたのは、大き目のカバンを手にした純真そうな男の子。
 五人目の『歓び隊』のお姉さんに手を引かれて、宿に入って来たんだ。
 サラサラ金髪の気弱そうな男の子は、タロウより少し年下に見えたよ。

「大丈夫、怖くないわ。
 全部、お姉さんに任せてちょうだい。
 天にも昇る素敵な時間を経験させてあげる。」

 お姉さんはそんな声を掛けると。
 不安で男の子が逃げないように、きつく腕を抱きしめて階段を上がって行ったよ。
 もちろん、その後を恫喝役の男が追ってった。

「あら、スルガの弟君じゃない。
 あの子、気弱そうに見えるからカモにされたのね。
 まあ、見た目も良家のボンボンだし。
 あのも災難ね、見た目に騙されるなんて…。」

 ウレシノは何故か、スルガの弟より『歓び隊』のお姉さんに同情的な呟きを漏らしてたの。

「ねえ、大丈夫なの?
 スルガの弟さんって荒事が得意に見えないよ。
 恫喝役に負けちゃうんじゃ?
 なんなら、今すぐ騎士に対処させるけど。」

 おいらがジェレ姉ちゃんを向かわせようとすると。

「そんな心配は不要です。
 あれでも、一族の男衆ですから。
 ならず者なんかに負けませんよ。
 それより、娘の方が壊れないか心配です。
 あの子、日頃見習いの娘にかなり鬼畜な躾をしてまして…。
 ぶっちゃけ、里で一番の外道とも言われているんです。」

 弟君、大人しそうに見えて寝所では鬼畜になるんだって。
 房中術の実習でも、極めてアブノーマルな嗜好を持つ人向けの指導をするんだって。
 詳しくは聞けなかったけど、弟君の指導した見習いはドМって性癖になるとか

       **********
 
 そして、お決まりのようにタイミングを見計らって部屋に押し入る恫喝役の男。

「テメエ、俺の女に手を出してタダで済むと…。」

「何かな、君は。これからお楽しみなんだから出て行ってくれないか。」

 脅し文句を最後まで言う間も与えず、ウレシノの父ちゃんは恫喝役を部屋から叩き出していたよ。
 勢い良く投げ飛ばされたんで、恫喝役は廊下の手摺りに体を強打して気絶してた。

 そして、その部屋から聞こえてきた声は。

「君は何かね、私を騙したのかな?
 これって、『美人局』でしょう。
 若いうちから、楽して稼ごうなんて感心しないな。」

 おや、ウレシノの父ちゃん、意外と常識派なのかな。お説教を始めたようだよ。

「ごめんなさい。
 もうしませんから。
 街の衛兵に突き出すのはどうかご勘弁を。」

 お姉さんは素直に謝ったんだけど。

「見逃したら、どうせまた別のカモを見つけるでしょう。
 ここは厳しくお仕置きさせて頂きますよ。
 『美人局』なんて二度とやろうなんて思わないように。
 楽して稼ぐすべは無いと体に教えて差し上げます。」

 そんなウレシノの父ちゃんの声が聞こえると、部屋の扉が閉ざされたよ。

 そして、別の部屋からは。

「へっ、へっ、坊ちゃん、まんまと騙されたな。
 世の中、美味い話しなんて無いんだぜ。
 子供の頃に親から教えられなかったかい。
 知らない人について行ったらダメだとな。
 甘い誘いに乗ってノコノコついて来ると人生棒に振るぜ。
 これから、精々授業料を搾り取らせてもらうから。
 覚悟しておくんだな。」

 スルガの弟君を恫喝する声が聞こえて来たの。
 弟君が気弱そうに見えるためか、恫喝役は騙したことを隠しもしなかったよ。

「何だ、テメエは?
 邪魔するんじゃねえよ。
 これから良いところなんだから。
 痛い目を見たくなければ、とっとと失せろ。」

 さっきの弟君からは想像もできない乱暴な言葉が聞こえて。

「何だ、随分と舐めた口利いてくれるじゃねえか。
 素直に俺らの下に就いたら手荒なことはしないつもりだったが。
 少し痛い目を見ないと解らないようだな。」

 弟君の態度に憤慨して、恫喝役が怒声を上げてたよ。
 でも…。

「ぐうっ…。」

「何だ、一撃かよ。口ほどにも無い。
 やっぱ、『教団』なんて見掛け倒しの半端モンの集まりだな。」

 部屋の中から恫喝役を引っ張ってきた弟君。
 今いる三階まで吹き抜けとなっているホール目掛けて、恫喝役を放り投げたの。
 弟君、華奢な見かけによらず思いの外力持ちのようで。
 恫喝役の体は廊下の手摺りを越えて一階まで落下していったよ。

「全く、考え無しなんだから…。
 あの高さから落ちたら、貴重な餌が台無しじゃない。」

 アルトがそんな不満を漏らしながら、落下の途中で恫喝役を『積載庫』に回収してた。
 屍は単なる粗大ゴミだけど、生きてれば『海の民』の貴重な栄養源だもね。

 そして、弟君の居る部屋では…。

「何、それ?
 それをいったい何に使おうって言うの?」

 『歓び隊』のお姉さんの怯えも露わな声が聞こえたと思うと。

 パチン! パチン!

 動物の調教に使う革製の鞭を床に叩きつけるような音がしたんだ。

「癖の悪い牝犬を躾けるには。
 体に覚え込ませるのが一番だとは思わないかい。
 お姉さん、純な少年の心を弄んだんだもの。
 そんな悪い娘は厳しく躾けないとね。
 二度と悪いことは出来ないように念入りに調教してあげる。」

 純な少年って…、とても純な少年の口にするセリフとは思えないよ。
 それじゃまるで、劇中の悪役のセリフだもの。

「ひっ…。」

 『歓び隊』のお姉さんの声にならない悲鳴が聞こえ、部屋の扉が閉ざされたよ。

「あーあ、悪い癖が出た…。
 弟君、調教道具入りのカバンを肌身離さず持ってるから。
 あの娘も部屋を出て来る時には、立派なMっ娘ね。」

 ウレシノは弟君の日頃の行いを知っている様子で、軽蔑の眼を扉に向けてた。

     **********

 それから暫くの間、さっき同様にサカリの付いた猫の鳴き声みたいな声が聞こえて来たの。
 ただ、さっきと違うのは…。

「あっ、ダメやって、そんな大きいの無茶や…。
 やめて、壊れちゃう。」

 とか

「そっちはアカン。入れるとこちゃうから…。
 ホント、無理やって。
 そんなん入れたら、切れちまうやろ。」

 とか

「もう赦してぇや…。
 うち、生娘やったんよ。
 のっけから、こんなん殺生や。」

 とか。

 弟君の居る部屋からは、やめてと懇願するお姉さんの声が何度も聞こえた来たんだ。
 いったい、あの部屋で何が起こっているんだろう?
 おいら、気になって何度か見に行こうと思ったけど、その度にみんなに止められたよ。

 やがて三階の喧騒は収まり、二つの部屋の扉が開かれたの。

 ウレシノの父ちゃんと一緒に出て来たのは、すっかりしおらしくなったお姉さん。
 頬を赤らめて、ウレシノ父にしな垂れ掛かってた。

「父さん、年甲斐も無く若い娘誑し込んで…。
 母さんにはキッチリ報告させて頂きますので。
 言い訳を考えといてくださいね。
 その方の処遇も。」

「あっ、いや、これは違うんだ。
 私は王都の人達に被害が出るのを防ぐために…。
 それにまだ若いこの娘に更生の機会を与えようと…。
 ほら、私だって活躍して陛下に良いところを見せたいじゃないか。」

 軽蔑の眼を向けるウレシノに、ウレシノ父は必死になって言い訳をしてた。

 そして、スルガの弟君の方はと言えば…。

「ほら、キビキビ歩け!」

「キャン!」

 何故か、弟君はお姉さんを四つん這いで歩かせていたんだ。
 しかもお姉さんは首輪を嵌められて、首輪から伸びる紐で引っ張られていたの。
 何より謎なのは…。

「ねえ、ウレシノ。
 あのお姉さん、いつの間にか尻尾が生えているけど…。
 あれ、いったいどうやって生やしているの?」

 お姉さんのスカートからは毛並みの良い尻尾が垂れていたんだ。

「それを聞いてはなりません。
 そこはツッコまないのがお約束なんです。」

 ウレシノは赤面しながら、聞くなって言ってたの。
 乙女が口にしてはいけないことらしいよ。

 まっ、色々と謎なところはあったけど。
 ノノウ一族の活躍で『教団』の被害を未然に防ぐことが出来たし、今日のところは良しとしよう。
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