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第十八章【間章】おいらが生まれるよりずっと前のことだって

第601話 お役人さんの無茶振りには慣れっこらしい…

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 アカシアさんが壁に映し出した映像はまだまだ続いたよ。
 画面が変わると、次に映し出されたマロンさんは少し大人びていたよ。
 どうやら、何年かの月日が経過しているみたい。

「おにーちゃん、部屋の中を走り回っちゃダメだよ。
 ママにメッてされちゃうよ。」

「ふーんだ、そんなこと言うなら捕まえて見ろって。」

「そうだ、そうだ、妹の癖に生意気なんだよ。」

 透明な筒が並ぶ部屋の中で三、四歳の男の子二人が追いかけっこをしていたの。
 同じ年頃の女の子がそれを止めようとしてたけど。
 やんちゃな男の子達は追いかけっこを止めようとしなかったよ。

「マロン、研究室の中で子供を走り回らせて良いの?
 転んで怪我でもしたら大変よ。
 それに機材を壊されたら困るんじゃない。」

 走り回る子供達を見て、オリジンが尋ねると。

「もう疲れたわ…。子育てがこんなに大変だったなんて…。」

 走り回る子供達を止めようともせず…。 
 マロンさんは投げやりな答えを返したんだ。
 その姿は、今までの映像より一段とやつれたように見えたよ。

「政府も無責任よね。研究の傍らで子育てまでしろなんて。
 あれだけ無茶振りをしてるんだから、子守りくらい寄こせば良いのに。」

「仕方ないわよ。
 お上に子守なんて派遣している余裕なんて無いのでしょう。
 素体の経過観察を兼ねて、自分で子育てして問題点を洗い出せって。」

 どうやら、マロンさんは一人で子育して疲れているらしいね。
 きっと映像の中の子供三人もあの筒の中で人工的に生み出されたんだね。
 周囲に男の人が見当たらないから。

「で、子育てに奮闘して問題点は洗い出せたの?」

「うん、それがね…。
 子供に責任がある訳じゃないけど…。
 アダムも、ノアも失敗作ね。
 イブはとても良い子よ、全く問題なし。」

 アダムとノアと呼ばれた子供は多分、ヤンチャな男の子だね。
 そして、さっき二人を注意していた女の子がイブだと思うよ。

「なあに、男の子二人の何処がお気に召さないの?
 子供はあのくらい元気な方が良いんじゃない?」

「違うのよ。
 人族に関しては、冷凍保存されていた卵と精子から人工授精で受精卵を作り。
 それに遺伝子操作を加えて培養したの。
 出来る限り人族の形質を残せとのお上からの指示だったからね。
 従来の人工授精児にほんの少しだけ手を加えただけなの。」

 役所はどんな環境でも生存できる体を作れと指示する一方で、出来るだけ人族の特徴を変えるなと命じたらしい。
 まあ、人類という種を残す計画なら、あんまり奇妙奇天烈な姿にする訳にはいかないものね。 手足が八本とか…。

「そう、それなら、手放しで喜んで良いんじゃない。
 政府の指示通りに作って、ああして五体満足に生まれてきたのですもの。
 培養槽で受精卵から正常な人族を生み出すなんて快挙じゃない。」

「だけど、加えた遺伝子操作の効果が出てないの。
 アカシアと同じ言語中枢の強化はちゃんと発現しててね。
 生まれて間もなく私の言葉を理解できている様子だったし。
 一歳を過ぎて声帯が成熟すると直ぐに言葉を話したの。
 でも、もう一つの重要な改変が…。」

 そう言うと、マロンさんはどんよりと表情を曇らせたよ。

「もう一つの改変ってなに? 一体何を狙ったの?」

「闘争本能の抑制よ。
 具体的には感情の昂りとか、攻撃衝動を引き起こすホルモンの分泌を抑えたの。
 アドレナリンとかね。
 私は密かに人類草食動物化プランと呼んでいるわ。
 もう戦争は懲り懲りだもの。
 『争いは話し合で解決する』、これを本能レベルで植え付けたくて。」

「そう、その結果がアレな訳ね…。」

 オリジンが指差した先では、男の子二人が殴り合いの喧嘩をしてたよ。
 さっきまで楽しそうに追いかけっこしてたのに、何があったんだろう。
 それを見たマロンさんは、大きなため息を吐いて…。

「そう、アレで困っているの。
 あの二人、気に入らないことがあると直ぐに手が出るのよ。
 ほんの些細なことでもね…。
 意思疎通出来るのに、何で話し合いで解決しないのかな。
 躾もちゃんとしているわよ。
 一歳になる前から言い聞かせてるの。
 殴っちゃダメ、喧嘩したらダメと。」

 同時期に生まれてきて、同じように躾けているそうだけど。
 イブちゃんは、ちゃんと言い付けを守るそうで、絶対に喧嘩しないんだって。

 因みに、この三人を生み出すのに使った卵と精子は全て戦争以前に採取して冷凍保存されたものだって。
 なので有害な放射線被曝による遺伝子の異常は生じていないはずなんだって。
 それと、全て学者さんから採取されたモノを使ったらしいよ。
 犯罪者とか、格闘家とか、軍人さんとか、暴力に関係する人は避けたんだって。

 異常行動を起こしたり攻撃衝動が強そうな人は避けたのにって、マロンさんはボヤいていたよ。
 
「うーん?
 それって、人族の本能そのものなんじゃない。
 男って、太古の昔から戦いに明け暮れていたんでしょう。
 今更、それを取り除くのは難しいのでは。
 きっと、ゲノムの何処かに刻まれているのよ。」

「闘争本能が? それって、有り得ないんじゃない。
 基本は神経伝達系のホルモンの作用だと思うし…。
 後天的には、意思疎通さえできれば躾で何とかなりそうだけど。」

 オリジンがいい加減なことを言うと、マロンさんは反論してたよ。
 感情の昂りさえ抑えれば、後は躾によるモラルの醸成で攻撃衝動は封じ込めるんじゃないかって。

 マロンさんがもう諦めたって雰囲気で男の子二人の喧嘩を放置してたら。

「ねえ、まま、ぼうっと見てないで。
 はやく、おにいちゃんたちをとめて。
 おにいちゃんてば、言っても聞かないんだもん。
 ホント、ふたりとも野蛮人なんだから。」

 マロンさんのもとにやって来たイブちゃんが、喧嘩を止めるように訴えたの。
 うん、本当に良く出来た娘さんだね。まだ、三、四歳くらいだろうに。

       **********

 そして、また映像が切り替わり…。

「ねえ、マロン、私考えたんだけど。
 今からまた人族の遺伝子配列を検討するには、もう時間が無いでしょう。
 これ以上徹夜したら、マロンが倒れちゃう。
 もう、人族の闘争本能は所与のものと割り切りましょうよ。
 その代わりと言ったらなんだけど、。
 猛獣みたいな人類共通の敵を作ったらどうかしら。
 人族同士で争っている場合じゃ無くなるように。」

 闘争本能を抑えられないのなら、人を襲うような適度に強い猛獣を放せばとオリジンは言ったの。
 そうすれば人同士で争ってはいられなくなるし、人々が協力して猛獣に立ち向かうことになるのではと。
 それによってコミュニティーの結束を固めることにもなるし、闘争本能を昇華させることも出来るだろうって。
 ついでに倒した猛獣のお肉が食べられれば、食糧にもなって万々歳だって、オリジンは言ってたよ。

「ねえ、オリジン、それも相当な無茶振りだと思うわ。
 今から、そんな生物を創り出せっての?
 そんな時間は無いわ。
 今、お上がまた無茶なことを言ってきてね。
 もう、闘争本能の抑制は諦めたわ。」

 マロンさんは、頭が痛いって表情をしてたよ。
 何か、相当面倒な指示を与えられたみたいだね。

「あの役人ども、今度は何を要求してきたのよ。」

「あの子達三人の映像と生体データを送ったのよ。
 そしたら、ひ弱すぎるのではないかって。
 そんなこと無いのよ。
 戦前の子供の生体データと比較して全く劣ってないもの。
 だいたい、なるべく手を加えるなって指示したくせして。
 今更、強化しろなんて言われてもね。」

 マロンさんはそんな不満を零していたんだけど。

「じゃあ、マロン、指示は無視するつもりなの?」

 そんなマロンさんを見たオリジンの問い掛けに。

「まさか、少しでも生存可能性は高めておかないとね。
 環境による人体への負荷がこの星と同等とは限らないから。」

 マロンさんは言ったんだ。
 海の中とか、地中とか極端な環境ではないにしても。
 人類が生息するのには過酷な環境は幾らでもあるって。
 星全体が熱帯みたいな環境とか、逆に極地みたいな環境とかね。

 そんな環境でも適応できるようにする必要があると。

「じゃあ、どうするの? これから遺伝子配列を見直す?」

「やらないわ、行き着く先がどんな環境か分からないんだもの。
 海の中や地中と違い、地上環境を色々想定して数パターン造るなんてできないわ。
 後付けで、その環境に応じて必要な部位を必要なだけ補強できるようにするの。
 これよ、これ、ナノマシン。」

 マロンさんは何か細長い透明の管を揺らしながら、オリジンに見せたの。

「あっ、ナノマシンで必要な部位を強化させるつもりなのね。」

「そう、これなら、強度も数段階で調整できるでしょう。
 重力で例えるなら、一Gの環境ならデフォルトで良いけど。
 その星の重力が二Gなら、ナノマシンを一単位分投与して筋力を強化するとか。
 三Gなら、二単位投与するとかね。」

 マロンさんは言ってたよ。
 色々なシチュエーションに応じたナノマシンを用意しておけば良いと。

 それって、もしかして…。
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