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第十八章【間章】おいらが生まれるよりずっと前のことだって

第599話 その名前に願いを乗せて…

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 アカシアさんが見せてくれた映像には、おいらと同じ名前のお姉さんが映し出されたの。
 十七、八くらいの年齢に見えるのだけど、とても気だるそうな雰囲気で生気を感じさせなかったよ。
 目の下に隈なんて作っているし…。
 キャピキャピっとしたシフォン姉ちゃんと違い、同じ年頃なのにくたびれた感じだった。

「オリジンったら、また他のラボを覗きに行ったの?
 機密区画なのだから勝手に入っちゃダメよ。」

 この妖精さんの名前はオリジンと言うらしいね。
 そう言えば、この妖精さん、「恒星間航行船の方は開発が難航している。」とか言ってたね。

「堅いこと言わないの。
 機密区画なんて言っても、守衛の一人もいないじゃない。
 って言うか、今更機密を盗みに来る物好きも居ないわよ。」

「それもそうね。
 そもそも機密を盗みに来る敵対勢力もないものね。
 盗まれるとしたら、機密情報より食糧の方が可能性は高いか…。」

 マロンさんはそんなことを口にしてため息を吐いてたよ。

「そうそう、だから堅いことは言わないの。
 それに、私は情報の収集と蓄積のために生まれてきたのよ。
 星間航行船の情報を後世に残すためにも、開発段階から記録しておかないと。」

「またそんなことを言って…。
 あなたのは単なる興味本位でしょう。」

 『情報の収集と蓄積のために生まれてきた』って、いったいどう言うこと?
 それじゃ、まるでその目的のために産み出されたように聞こえるんだけど…。 

「そんなことより、マロン、あなた、大丈夫なの?
 昨夜、一睡もしてないでしょう。
 目の下に隈があるわよ。」

 マロンさん、疲れていると思ったら徹夜だったんだね。

「平気、平気。
 私、今、十八歳よ。
 体力が一番充実している年頃だもの。
 徹夜の一晩や二晩へっちゃらよ。」

 マロンさんはそう言って、右腕に力こぶを作って見せたよ。
 うん、凄く似合わないって言うか、ぷよぷよした感じで全然力こぶに見えなかった。

       **********

「やっぱりね、精一杯のことはしたいでしょう。
 人類の未来が託されているのだから…。」

 オリジンに心配されたマロンさんがそんなことを口にすると…。

「でも、マロンだけが頑張ってもどうなるものでもないでしょう。
 肝心の星間航行船が出来ないことには、新天地に送り出すことも出来ないわ。
 向こうの進捗が遅れているのですもの。
 少しは休んでも文句言われることは無いでしょう。」

「それとこれとは別問題よ。
 明日の朝を無事に迎えることが出来るかどうか分からない。
 私達はそこまで追い込まれているのよ。
 計画が完遂する前に、終末の日を迎えちゃったら嫌だもの。
 そんな事になったら、死ぬ前に凄く悔やむと思うんだ。」

 二人の会話が、とってもシリアスな展開になって来たよ。

「でもね、それでマロンが倒れたら本末転倒よ。
 あなたが居なければ、そもそもこの計画は成り立たないのよ。
 もう、このラボの研究者はあなた一人しかいなのだから。」

「心配してもらって有り難う。
 でも安心して、今日こそは眠れるから…。
 来て、やっと、一人完成したの。」

 一人完成? 『一人』と『完成』って、一緒に使う言葉なの?
 
 その後、壁に映し出された映像は場所が変わっていたよ。
 地下室みたいだけど、広いフロアに円筒形の透明な物が沢山並んでた。

「おお、あれ、ガラスじゃないか。
 アニメなんかだと、あれが培養槽になってて。
 キメラだとか、人工生命体とかを培養してるんだかな。」

 映像を見てタロウがそんな言葉を呟くと。
 アカシアさんは、感心したような表情で言ったの。

「あら、あなた、良く知っていたわね。
 あなた、よほど科学技術の進んだ場所からやって来たのね。」

 どうやら、タロウの言葉は間違いじゃないらしい。

 おいら達がそんな会話を交わすうちにも、映像の中の二人は歩みを進め。
 透明な筒のうちの一つの前で立ち止まったの。

     **********

「ほら、オリジン見てちょうだい、あなたの娘よ。
 この子が新たな大地で妖精族の始祖になるの。」

 マロンさんが指差した筒は水のようなもので満たされてていたの。
 そして、その中にはアルトがぷかぷかと浮かんでいたよ、丸裸で…。

「私の娘?」

「そうよ、ベースとなったのはあなたそのものよ。
 オリジンの遺伝子配列を元に改良を加えたの。
 ゴメンね、こういう言い方をすると気を悪くしたかもしれないわね。
 あなたが出来損ないだと言っている訳では無いから気を悪くしないで。」

 マロンさんは申し訳なさそうな顔で話してたけど。

「別に気を悪くしたりして無いわ。
 私は、この世界で初めて作られた人工生命体ですもの。
 改良すべき点は多々あることを理解しているわ。
 私が叩き台になって、より良いもの出来るなら歓迎よ。
 それで、何処に改良を加えたの?」

 オリジンの表情はむしろ喜しそうだった。
 後継者のパフォーマンスが向上していることを素直に喜んでいるみたいに見えたよ。

「一番の改良点はテルメア短縮の完全防止による寿命の延長。
 理屈の上では不死性の獲得に近いはずだけど…。
 こればかりはどの程度実現できているかは確認できないわ。
 二番目の目玉が、生殖機能、いえ、増殖機能かな…。
 とにかく、この子からは他の生物同様に子孫を残せるわ。
 他には脳の記憶領域の確保のために記憶を圧縮できるようにもしたし…。
 そうそう、自己防衛のために少し改良を加えてみたわ。」

「自己防衛? また、何でそんな能力を?」

「だって、情報の収集と蓄積に能力を全振りしたものだから。
 妖精族って、肉体的に弱々になってしまったの。
 でも、この子には星間航行船の管理をしてもらわないといけないし。
 人類の英知を後世に伝えて欲しいから。
 簡単に殺されるようでは困るの。」

「ふーん。で、その自己防衛能力って具体的にはどんなものなの?」

「デンキウナギの遺伝子を組み込んだの。
 それも、デンキウナギの一億倍くらいに出力をアップして。
 もちろん、本人の意思で出力は加減できるわよ。」

「……。」

 その答えに、オリジンは絶句してたよ。ジト目でマロンさんを見詰めてた。
 そっか、アルトの使うビリビリって、ウナギが持ってた能力なんだ…。
 ウナギって、あの滑っとした魚のことだよね。

「まあ、良いわ。
 ところでさっきから気になっていたのだけど…。
 何時から、私達の種族が妖精族になったの?
 私、初耳だけど、その名前は何処から来たのよ。」

 そう言えば、妖精さんの語源って聞いたことが無かった。

「あら、いけない。
 オリジンにその辺の記憶を全く植え付けてなかったわ。
 妖精ってのは童話に出て来る架空の存在よ。
 イタズラ好きで、好奇心が旺盛で、賑やかな場所が好き。
 伝承にある妖精って、そんなキャラクターなの。
 新天地で妖精が楽しめるような世界を作って欲しい。
 私の些細な願いを込めてその姿にしたのよ。」

 マロンさんの周りには同世代の人が一人も居なくて、楽しく騒いだことなんて無いんだって。
 楽しく賑やかに日々の暮らしを送ることを、マロンさんは夢見ていたらしいよ。
 その想いを形にしたのが妖精族らしいの。

 透明な筒に設けられたボタンをパチパチと押しながら。

「それじゃ、新たなる生命の誕生よ。
 名前はもう決めてあるの。」

 マロンさんはそんなことを口にしたの。

「どんな名前かしら?」

「アカシア。
 かつてこの星に在った花の名前よ。」

「それなら知っているわ。
 大地にとても深く根を張る植物でしょう。
 それで不毛の大地でも花を咲かせることが出来たらしいわ。
 良い名前ね。
 新天地で深く根を張れるようにと願いを込めているのね。」

「それだけじゃないの。
 『アカシアの記録』、古い伝承にある世界記憶の概念よ。
 元始からのすべての事象が記録されているそうなの。
 人類の英知を、後世に伝える役割に相応しい名前でしょう。」

「そうね、この子が新天地に根ざし。
 新天地でこの世界の知識を伝える語り部となるのね。
 そんな未来が実現できると素敵ね。」

 そして、筒の中から水が抜けていき、新たな生命が生まれた時のこと。

「こうして生まれたのが私よ。
 私達、妖精族はマロンと言う一人の少女によって生み出されたの。」   

 そこでいったん映像を消し、アカシアさんがそう告げたんだ。
 なるほど、全ての妖精族の始祖だと言うことが良く分かったよ。
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