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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第582話 子供の前でそんなことはしないで欲しい…

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 露店商二日目も夕闇が迫り、閉店の時間になったよ。
 でも、お客さんが途切れることは無かったの。

 串焼き肉の屋台は夕食の総菜として買って帰るお客さんがまだ居たけど。
 シフォン姉ちゃんの店は品切れ、こんな時間になって甘味料を買う人もいないって状態ではあるの。
 それでも人が集まっているのは、昨晩のお礼が言いに集まってくれた人達なんだ。

「タロウ、広場の管理事務所に行ってここの間借り時間を延長してきて。
 それと、ジェレ姉ちゃん、この広場に出ている屋台の商品を全部買い上げて欲しいの。」

 おいらは、小声で二人に指示して大きな布袋に入れた銀貨を手渡したよ。

「この広場に出ている全ての屋台を買い占めるのですか?
 いったい、何のために?
 それに、お酒の屋台もありますが、我々の中でお酒を嗜むものは居ないかと。」

「ここに集まっている人に振る舞うつもりなの。
 最初からこの露店で儲けるつもりは無かったからね。
 この二日間の稼ぎを、この街の人に還元するんだ。」

 元々、露店を開いたのはサル共とノノウ一族を晒し者にし、その所行を暴露するためだから。
 露店はそのための人寄せで、儲けることが目的じゃなかったもんね。

 おいらの意図を理解すると、ジェレ姉ちゃんは他の護衛騎士も動員して広場に出ている屋台に散ったよ。
 そして程なく、店主に頼み込んでおいら達の近くに屋台を集めてくれたの。

「うん、お嬢ちゃん、これは一体どうなっているんだ?」

「これからはお祭りの時間だよ。
 こんなに沢山の人が、お礼を言いに来てくれて嬉しかったから。
 この二日間の稼ぎで、みんなにご馳走しようと思って。
 ここに集めた屋台の食べ物、飲み物は、おいらの奢りだよ。
 もちろん、今、この時間からおいらの串焼き肉も無料にするよ。
 皆、心行くまで、飲んで食べて帰ってね。
 家族や友達を呼んでも良いよ。」

 おいらが、そう宣言すると…。

「流石、女王様! 気前が良いね!
 有り難くご馳走になるぜ!」

 広場に集まった人達からそんな声が上がり、早速お酒の屋台に群がってたよ。
 広場のあちらこちらで乾杯をする声が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん、新大陸にある国の女王様だと言ってたけど。
 お嬢ちゃんの国の民は幸せだね。
 それに引き換えこの国の王ときたら戦ばかりにかまけてて。
 やれ船を造ると言っては増税し、やれ大砲を造ると言っては増税しで。
 全然、民のことなんて顧みようとしないんだ。」

 上機嫌でお酒を飲んでいたオバチャンがおいらに話しかけてくると。

「そうよね。この国の王様ってのは本当にロクでもないね。
 こんな可愛い女王様の国に攻め入るなんて。」

「でも、この可愛い妖精さんに返り討ちに遭ったんだろう。
 いい気味さね。
 お嬢ちゃん、どうせならこんな国滅ぼしちまえば良いのに。
 私ら庶民には誰が王様でも関係ないからね。 
 お嬢ちゃんみたいな人が王様になれば万々歳だよ。」

 オバ友達が相槌を入れてたよ。
 今まで軍備を増強するために、大分増税をしていたみたいだね。
 オバチャン達は不満たらたらだった。

「そう、じゃあ、良いこと教えてあげる。
 王宮や銃騎士隊の詰め所から、武器を全部頂いたから。
 銃騎士が所持している武器は殆ど無いはずよ。
 今度、増税を言って来たら、王都の民がみんなで王宮に押し掛けてやれば良いわ。
 民の信認の無い王族なんて、百害あって一利なしだもの。」

 アルトったら、民衆を煽るような事を言って…。

「いや、ダメでしょう。
 まだ、軍閥貴族の一部には武器を残しているし。
 アルトが襲撃した時に、巡回に出ていた銃騎士とかが携行していた鉄砲だってあるんだから。
 王都の人に危ないことをけしかけないでよ。
 怪我人、死人が出たら困るじゃない。」

 おいら、一応、アルトに注意しておいたよ。

「お嬢ちゃん、本当に良い王様だね。
 民のことを気遣ってくれて。
 心配ご無用だよ、私達はそんな短気起こさないから。」

 オバチャンは慎重そうだけど…。

「何、王宮に鉄砲が無いだと。
 これはチャンスじゃないか。
 あいつら、俺達民を税を搾り取るゴマか何かと勘違いしてやがるし。
 少し痛い目を見せてやらないとな。」

 すっかりその気になっている血の気の多い人もいるし。

「きっと平気よ。
 今回武器を奪わなかった貴族は、善人とは言わないけど。 
 冷静な計算ができる連中らしいわよ。
 今後しばらくは、武器弾薬を作れないからね。
 民衆を相手に無駄弾は撃てないことを分かっているはずだもの。
 あの無能王から民の鎮圧命令が出たとしても、簡単には従わないと思うわ。
 他国から攻められることと、増税を諦めること。
 そのどちらを選ぶのかと、王に迫るはずよ。
 それでも民を鎮圧して増税する方を選ぶとしたら…。
 こんな国、滅んでしまった方が民のためよ。」

 アルトはマジ顔で言ってたよ。
 まあ、問答無用で砲撃してくるなんて、アルトが一番嫌いそうなことしたものね。
 今まで、アルトが大人しくしていた方が珍しかったのかも。

 それはともかくとして、王都の人達は皆上機嫌で、宴は夜遅くまで続いたんだ。
 広場から人々が立ち去ったのは、良い子のおいらがもうお眠の時間だったよ…。

        **********

 翌日、約束した時間に王宮を訪ねると。

「昨夜は民に大盤振る舞いをしたそうですな。
 だいぶ遅い時間まで、中央広場は大賑わいだったそうで。」

 顔をあわせるなり、宰相は昨晩のことを言ってきたよ。

「あれ、街の巡回警備をしている銃騎士にでも聞いたの?」

 まさか、間者においらの後を付けさせて監視してたとか。
 
「いえ、うちの使用人がご相伴に与ったとのことで。
 朝、使用人の会話を耳にしたのですよ。
 何処かの小っちゃな女王様が、酒と食事を振る舞ってたと。 
 メイドが焼いていた肉が美味だったとか。」

 通いで宰相の家に仕えている使用人が仕事帰りにあの広場を通り、宴に参加していたらしい。

「あのお肉は、おいらの国でも滅多に口に出来ない高級品なんだ。
 それを料理上手なメイドに焼いてもらったからね。
 この街の人達にはとっても好評だったよ。」

 高級品なのは狩れる人がほとんどいないからだけどね。
 酔牛自体は魔物の領域に行けば幾らでもいるから。

「ほう、それは残念。
 そんなに貴重なものなら、私も宴に参加すれば良かったですな。
 時にマロン陛下は、普段から自国の民とあのように接しているのですか?
 一日露店を出していて、その稼ぎを宴に使ったそうですが。」

 宰相は興味深げに尋ねてきたの。
 露店商をしている女王とか、屋台を買い占めて民に振る舞う女王とか。
 そんな女王は、あんまりいないだろうからね。
 そもそも、この大陸では女性は王様になれないって言ってたっけ。

「ああやって、民にお酒や食事をご馳走したのは初めてかな。
 牛祭りと銘打って、あのお肉を領民に振る舞っている貴族がいてね。
 以前参加したことがあるんだけど、昨日はそれを真似てみたんだ。
 でも、普段から街をウロチョロしてるのは事実だよ。
 露店を広げたり、街の子供をウサギに乗せて上げたりね。」

 おいらが、宰相の問い掛けに答えていると…。

「おい、爺、何を無駄話をしているのだ。
 サッサとする事を済ませて、その疫病神を追い払うのだ。
 何が民に対して大盤振る舞いだ。
 そうやって甘い顔をするから、愚民共がつけ上がるのだ。
 まったく、愚民共を力で御することも出来ん小娘が余計なことをしくさりおって。」

 部屋の奥からダージリン王の不機嫌な声が聞こえて来たよ。
 その小娘に力でねじ伏せられた癖に、どの口がそんな言葉を吐くかな。

「陛下、まだ懲りないのですか。
 これからは言動を改めて頂かないと困りますよ。
 今までのように、民を力で抑圧するのは悪手だと申し上げたでしょう。
 もう、反乱が起きても従来のようには鎮圧できません。
 余分な弾丸も火薬もありませんし、作ることすら叶わないのです。
 今残っている弾薬は全て諸外国に対する護りに回さないとなりませんから。」

 宰相がダージリン王を戒めた言葉は、昨日アルトが説明してくれた通りの内容だった。

「爺、何を甘いことを言っておるのだ。
 こいつ等に奪われた戦力を速やかに回復せねばならんのだ。
 そのためには、愚民共からタップリと税を搾り取らねばならん。
 甘い顔をしてたら、税の取り立てが進まんじゃないか。
 税の支払いを拒むやつが居たら、数人見せしめに処刑してやれば良い。
 そしたら怖気づいて、逆らう者も居なくなる。」

 きっと、ダージリン王は今までもそうしてきたんだね。
 民の不満を力で抑え込んで、武装船や大砲を造って来たんだ。

「それは、やめた方が良いと思うよ。
 おいら、昨日広場でみんなに言っちゃったもん。
 王宮や銃騎士隊、それに軍閥貴族の武器庫から武器弾薬は根こそぎ奪ったって。
 火薬工房や大砲・鉄砲の工廠も破壊したこともね。
 今頃、王都に情報が広がっていると思うよ。
 王宮にはロクな武器は残されていないし、火薬も鉄砲もしばらくは作れないって。」

 実際に喋ったのはアルトだけど、まあ良いでしょう。

「貴様! 何てことをしてくれたのだ!
 国の内情を知られている状況で重税を課そうものなら、反乱が起きるではないか。
 何処までこの儂を貶めれば気が済むと言うのだ、この悪魔め。」

 ダージリン王は烈火の如く怒ってたけど、宰相は青褪めた顔になり…。

「陛下、これは拙いですよ。
 この街には交易商が沢山おります。
 もちろん、他国から交易に来ている者も。
 武器弾薬を奪われたこと、鉄や火薬の生産能力を失ったこと。
 その情報が想定以上に早く伝わる恐れがあります。」

 宰相はそう言うと、大至急で植民地から武装船を呼び戻すことを進言したよ。
 加えて他国の侵攻に備えるため、残存する武器弾薬は全て国境付近及び主要な港町に移動させるって。

「そんなことをしたら、王宮の護りが留守になるではないか。
 もし、民の反乱があったらどうするつもりなのだ。」

 いや、だから、反乱が起きないように民の不興を買うことは慎めば良いじゃない。

「簡単な事ですよ。
 ここ十年で増税した税を元の水準まで戻せば良いです。
 昨日の宴に偶々参加した使用人が言ってましたよ。
 重税に対する民の不満が相当溜まっている様子だと。
 ねえ、マロン陛下、大分愚痴を聞かされたそうじゃないですか。」

 宰相は昨日の宴の様子について大分詳しく報告を受けているみたい。
 それ報告した人は本当に使用人なのかな、間者じゃないの?

「大馬鹿者! それでは船も、大砲も造れんではないか!
 破壊された工廠を再建するだけでも幾ら掛かると思っておるのだ。
 今この国に残された戦力では、今交戦中の国との戦に勝てぬではないか。」

 うーん、おいらにはダージリン王の方が大馬鹿に見えるんだけど…。
 脳筋の戦バカから見れば、まともな人が馬鹿に見えるのか。

「それこそ、簡単なことで御座います。
 陛下の首を差し出し、今まで他国から奪った領土を返せば良いだけです。
 その条件でなら、講和を呑んでもらえると思いますよ。
 幸いにして、今まで我が国の軍事力は突出しておりましたので。
 残存戦力でも、植民地から武装船を呼び戻しさえすれば。
 戦力は拮抗して、他国とて迂闊に攻めて来ることは出来ません。
 もう、戦は終わりにしましょう。」

 宰相がそう告げると。

「爺、貴様、何を言う。儂に詰め腹を切れと言うのか!」

 ダージリン王は激昂したんだ。
 すると宰相は王の苦言を無視して、おいらの随行文官役として隣に座るトルテに書簡を手渡したの。

「どうぞ、マロン陛下よりご要望のあった誓約書です。
 一昨日に打ち合わせした内容に間違いないかご確認ください。
 誓約書の末尾に、ダージリン王の御名御璽も認めて御座いますので。
 そちらの方もご確認を。」

 宰相に促されて、トルテは書簡の確認をし始めたの。

 その間にも…。

「爺、貴様、儂を無視して何を勝手なことを。」

 ダージリン王は無視されたのが気に入らない様子で宰相に噛み付いていたよ。

「いえ、陛下の仰せの通りにしたまでですが。
 サッサとする事を済ませよとの命でありましたが。」

 でも、宰相はダージリン王の態度など意に介した様子も無かったんだ。
 そして、トルテは誓約書の確認を終えて、おいらに記載された内容に齟齬は無いと報告してくれたの。

「有り難う、確かに誓約書は受け取ったよ。
 今後、おいらの住む大陸とハーブ諸島には手出し無用だからね。
 手出ししたら、次はこんなものじゃ済まないからね。」

 おいらが最後に念押しすると。

「はい、そのことは重々承知しております。
 この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。」

 宰相が詫びの言葉を口にしている横で、ダージリン王は憮然としていたよ。
 すると、宰相は意外な言葉を口にしたんだ。

「陛下、最後のお勤めご苦労様でした。
 陛下の御存命中に有効な外交文書を、ウエニアール国へ手渡すことが出来ました。」

「へっ?」
 
 おいらは宰相が何を言っているのか理解できなくて、思わずマヌケな声を上げちゃったよ。
 それは、ダージリン王はも同様で…。

「こら、爺、貴様、何を言っておるのだ。」

 ダージリン王がそんな言葉を口にした瞬間のことだった。
 後ろに控えていた護衛らしき人が物音も立てずに動いたの。
 そして目にも留まらぬ素早さで、ダージリン王の後頭部に細い釘のような物を突き刺したよ。

「うっ・・・。」

 それがダージリン王の最期の言葉だった。
 力なく机に突っ伏したダージリン王。

「誰か! 誰かおらぬか!
 陛下が突然、お倒れになられた!」

 廊下に向かって大きな声を掛けた宰相。
 いや、突然倒れたって、明らかにその人が何かしたでしょう…。

 このことを話したら、アルトが教えてくれたよ。
 国を滅ぼしかねない愚王が病死と言うことで葬られるのは、古今東西何処も一緒だって。

 うん、でも、そう言うことはおいらの見てないところでやって欲しかったな。
 今夜あたり、うなされそうだよ…。
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