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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第575話 やっと諦めがついたみたい

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 トレントがどんなに厄介なものかをダージリン王に教えるため、実際に伐採させてみたんだ。
 ダージリン王の命で集められた銃騎士五人で伐採することになったのだけど。
 五人組、おいらの助言に耳を貸そうとしなかったの。
 結果、トレントを舐めて掛かって、のっけから痛い目に遭っていたよ。
 前の方を歩いていた三人が、トレントの攻撃枝に捕らわれちゃった。

 残りの二人はトレントの伐採を優先することを選択して、本体向かって急いだの。
 前を歩いてた三人が餌食になってくれたおかげで、二人は何とか幹まで辿り着いたけど。

「何だ、こりゃ! 木の分際で攻撃して来るぞ。
 こりゃ、ヤバい、早く伐り倒すんだ。」

「って、この木、ムチャクチャ堅いじゃないか。
 やばい、全然、倒れねえじゃないか。」

 その二人が懸命にまさかりを撃ち込むものの、堅いトレントの幹はびくともしなかったよ。

 そうこうする内に地面から根っこがウネウネと這い出てきて、攻撃枝が捕らえた三人を絡めとったんだ。

「何だ、この気持ち悪い根っこは…。
 やめろ、絡みつくんじゃねえ。」

「うっ、何か、力が入らねえ…。力が吸い取られて行くようだ…。」

 トレントは早速生命力を吸い取り始めた様子で、三人の抵抗が徐々に弱くなってきたの。

「マロン、そろそろ、助けてあげたら?
 あのままじゃ死んじゃうわよ。」

 そんなアルトの言葉を受けて、おいらは積載庫の中から錆びた包丁を取り出したよ。
 久々にトレント狩りをするためにね。
 この一月、トレント狩りはしてなかったから。

 先ずはトレントの枝と根により拘束されている三人を解放することにしたよ。
 攻撃枝は男達の腕と足の腱ににがっちり食い込んでいるので、トレントは全くの無防備だったの。
 相変わらず錆びた包丁とは思えぬ切れ味で、無抵抗な枝と根など容易く伐り払うことが出来たんだ。

 三人共、腕や足に怪我をしてたけど命に別状は無さそうだった。

「おお、娘、助かったぞ。 誰だか知らんが恩に着る。」

「ああ全くだ、体から力が抜けていき死ぬかと思った。
 娘よ、天晴だ、良くぞ助けてくれた。」

 この三人、助けてもらったのになんか偉そうだったよ。頭も下げようとしないし…。

 錆びた包丁で三人を拘束している根っこと攻撃枝を伐り払うと、おいらはトレント本体に駆け寄ったの。

 「よいっしょ!」

 トレントの傍らに辿り着くと、おいらは錆びた包丁を軽く叩きこんだんだ。
 期待に違わず、クリティカル関連の二つのスキルが良い仕事をしてくれて…。

 ズドン!

 地響きを立てながらトレントの巨木は一撃で地面に沈んだよ。

「信じられねえ、俺達二人掛かりでビクともしなかった大木を一撃だと…。」

「いや、それより、何でこんな堅い木があんな薄っぺらな包丁で伐り倒せるんだよ。
 しかも、赤錆びだらけじゃないか。」

 大きな音を響かせて倒れたトレントとおいらを交互に見ながら、二人の銃騎士が驚愕してた。
 うん、錆びた包丁でぶっといトレントを伐り倒すのには無理があるよね。おいらもそう思うもの。
 でも実際にトレントを伐り倒しているのは、『クリティカル』に関する二つのスキルだからね。
 この『クリティカル』関係の二つのスキルの重ね技、得物を選り好みしないみたいだよ。
 だって、重厚な鋼鉄製の金庫ですら、この錆びた包丁で真っ二つだもん…。

      **********

 トレントを倒してみんなの許に戻ろうとした時。

「おい、その木のバケモノ、もう襲って来ることは無いのだろうな。」

 そんな横柄な言葉を掛けられたので、声のした方を振り向くと。
 宰相を盾にしたダージリン王が、その背中に隠れるように恐る恐る近付いて来たんだ。

「もう大丈夫だよ、ちゃんと退治したから。」

 おいらの返答にダージリン王は安堵の表情を見せて、宰相の陰から出て来たよ。

「マロン陛下、トレントという木は一体何なのでしょうか?
 人を襲う木など、聞いたことも無いのですが…。」

「トレントは普通の樹木じゃないんだ。
 この大陸にはいないみたいだけど、魔物と呼ばれる生き物なの。
 とても獰猛な生き物で、普段は熊とか大型の動物を食べているんだけど。
 人間も近寄ったら容赦なく餌にするよ。
 今見た通り、普通の人じゃ五人掛かりでもトレントを倒すのは難しいの。」

 日頃から体を鍛えている人達が上手く連携を取れれば、普通の人でも狩れるけどね。
 頭領さんが率いる船乗りさん達みたいに。
 でも、それは教えてあげないよ。ダージリン王に諦めさせるのが目的だから。

「それで、このトレントという魔物、繁殖力の方は如何ほどで?」

 宰相はすぐにそこが大事だと気付いたみたい。

「トレントってもの凄く繁殖力が旺盛で、餌さえあればあっという間に増えるよ。
 近くに人里などあろうものなら、それこそ里に住む人を餌にしてあっと言う間にね。
 だから、おいら達の大陸では、人はトレントの森の近くに住まないようにしてるの。
 王様は鉄の増産をするためにこの大陸にトレントを植えようとしたみたいだけど。
 トレントを狩れる人がいない場所に、苗木なんか植えたら大惨事になるよ。
 王都に植えようものなら、王都の人は格好の餌になっちゃう。
 だから、トレントの苗木は持ち出し禁止にしたんだ。」

 まあ、餌が無尽蔵にある訳では無いから、ある一定程度までテリトリーを広げたらそこで止まるけどね。

「こんな、怖ろしい生き物があっという間に増えるのですか…。
 迂闊に植えようものなら、大変なことになりますね。」

「まあね、唯、苗木が手に入ることは絶対に無いから心配する必要は無いよ。
 さっき言ったけど。
 トレントを一撃で狩れるおいらでも、苗木を手に入れるのは不可能だから。」

「それはどういうことで?
 一撃で伐採したマロン陛下でも無理とのことであれば。
 確かに常人に入手は不可能かと思いますが…。」

 宰相も何気に失礼だな、その言い方じゃ、おいらが常人で無いみたいに聞こえるよ。

「トレントの習性でね。
 アルトから教えてもらった話によると。
 苗木は常に成木の森の中央部分に発生するそうなの。
 しかも、小さな林くらいでは苗木は発生しないそうだよ。
 何千本ものトレントが林立する大きな森じゃないと発生しないんだって。」

「何と、それでは苗木に辿り着くまでに、何百ものトレントを伐採しないとならないのですか?」

「そうだよ、おいら、十体や二十体のトレントは狩れるけど。
 それ以上は絶対無理、体力が尽きちゃうもの。
 手に入れられるのは、苗木の場所まで空を飛んでいける妖精族くらいだよ。
 しかも、何でも入れることが出来る不思議空間を持っている長老クラスだけ。」

「ああ、確かに、一体倒すのと百体倒すのでは必要な体力が違いますからな。
 それだと、マロン陛下と同程度の猛者が十人以上いないと無理ですな。」

 おいらの説明を聞いて宰相は納得してたのだけど。

        **********

「あの羽虫、苗木を持っているなら分けてくれんだろうか。
 人を餌にするのなら、人里離れたところに植えれば良いだけだ。
 近くの町に軍を駐屯させて、通いで伐採に行かせれば済む話ではないか。」

 ダージリン王はまだそんなことを呟いてて、諦めきれない様子なの。  
 全く、こいつ、面倒くさい奴だな…。

 仕方ないので、その案が容易でないことも教えることにしたよ。

「実は、問題はそれだけじゃないんだ。
 アルト、ここに転がっている三人の怪我を治してあげて。」

「ええ、良いわよ。
 実験台をやらされて、手足が不自由になるのは気の毒だものね。」

 おいらの願いを聞いて、アルトは三人に『妖精の泉』の水を掛けてくれた。

「おおっ、怪我が治っていく…。」

「凄い、傷跡一つ残ってないし、痛みも完全に消えている。」

「それどころか、俺、切れ痔まで治ってるぜ…。」

 たちどころに体の不調が癒されて、三人とも目を丸くしてたよ。

「マロン陛下、これはいったいどうしたことでしょうか?」

「ああ、これ? これも妖精族の長老クラスのみが使える不思議な力だよ。
 体の不調を癒すことが出来るの。」

 妖精の森に湧く『泉の水』だということは教えないよ。
 今度はこの水を狙って、悪い奴が押し寄せたら嫌だからね。
 あくまでも、長老クラスの妖精だけが使える不思議な力と言うことで誤魔化しとく。

「で、怪我が治って早々で悪いけど。
 五人でこの倒れてるトレントを動かしてみて。」

 おいらが頼むと、助けてもらった恩を感じてたのか素直に従ってくれたよ。
 そして…。

「何だ、この重い木は、五人が掛かりでも持ち上がらないじゃないか。」

 一人がそんな声を上げると、五人共早々に音を上げちゃったんだ。

「トレントって普通の樹木の何倍も重くて、男五人じゃとても動かせないの。
 人里離れたところに植えて、どうやって運ぶつもり?
 そりゃ、軍人は沢山居るだろうし、人海戦術が出来るかも知れないけど。
 無茶苦茶、高く付くよ。
 鉄の大量生産に使ったら割に合わないと思うけど。違う?」

 併せて普通の鋸じゃ歯が立たないことや炭焼きにも熟練の技が要ることも教えてあげたよ。

「だから、トレントの木炭は希少でとても高価なんだ。
 トレントの木炭は、名匠と呼ばれる刀鍛冶が渾身の一振りを打つ時に使うもので。
 安物の鉄を大量生産するために使うような代物じゃないんだよ。」

 そもそもおいらの知る限り、トレントの木炭を大量生産できる人間はおいらとスフレ姉ちゃんだけだし。
 トアール国ハテノ領とウエニアール国王都の特産品として、凄く持て囃されてるんだもの。

 ついでに、王命を受けた商人がおいらの国で色々と問題を起こしていることも伝えておいたよ。
 商人が厄介な問題を引き起こさないように、王命を取り消してもらわないと困るとね。

「どうりで王宮へ持ち込んできた商人が、木炭一袋に銀貨五千枚も要求した訳ですな。
 私は桁が二桁間違っているのかと、耳を疑いましたよ。
 苗木さえ手に入れば良質の木炭を大量生産できると、陛下は目論んだ訳ですが…。
 とんだ見込み違いだったのですな。
 陛下、もう苗木は諦めて商人に王命取り消しを伝えてくだされ。」

 宰相はおいらの説明に納得し、ダージリン王に王命取り消しを促していたよ。

「もう良い、その小娘の要求は全て呑む。
 いかな儂でも、そんなバケモノとことを構える気はせんわ。
 鉄砲弾を避けるとか、大木を包丁で伐採するとか。
 そんなバケモノ相手では、命が幾つあっても足りんわ。
 まったく、新大陸に関わって大損してしまったわい。」

 おいらが錆びた包丁の一撃でトレントを倒したことに相当衝撃を受けたようだね。
 元々脳筋で力圧し一辺倒の人みたいだから、力で敵わないと教えるのが一番効果的だったみたい。
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