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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第560話 ダージリン王は怒り心頭だったよ…

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 ヌル王国の後宮。
 ジャスミン姉ちゃんは、ヌル王国を出奔すべく母親カモミールさんを救い出しに来たの。
 状況説明を受けて、カモミールさんは故郷ティーポット島へ戻る決意をしたんだ。

「ねえ、マロンちゃん、何しているの?」

 おいらがカモミールさんの部屋にある調度品を『積載庫』に収めてたら、ジャスミン姉ちゃんが尋ねてきたの。

「カモミールさん、ティーポット島へ帰るなら家具とか着替えとか必要でしょう。
 見た感じ、ベッドも、ドレッサーも高級品みたいだから持ってけば良いと思って。
 ワードローブも中身の衣類ごと全部持って行くね。」

 その言葉で、調度品の消失がおいらの仕業だと、カモミールさんも気付いたみたい。

「あら、女王様、凄いことが出来るのですね。
 助かるわ。じゃあ、この部屋の物全部持って行っちゃいましょう。
 もう二部屋あるので、そこにある物もお願いできるかしら。」

 感心すると同時に、そんな要望をしてきたんだ。
 カモミールさんが後宮に与えられている部屋は三間続きで、リビングルームとジャスミン姉ちゃんが使っていたベッドルームがあったの。
 ご要望にお応えして、そこにあったリビングセットやベッド等も根こそぎ積載庫に押し込めたよ。

「マロン、すぐにここから立ち去るわよ。
 流石に、部屋がもぬけの殻になってたら大騒ぎになるわ。」

 幸い今はメイドさんが一人もいないけど、掃除にでもやって来たら拙いことになるものね。
 アルトの指示に従って、おいら達は早々にカモミールさんの部屋を後にしたの。

 そして、次に向かったのは…。

「おい、軍港にあった船の行方はまだわからんのか!
 一夜のうちに全ての船を奪い去られたうえに。
 半月経った今でも行方すら掴めんとは…。
 水軍の連中は、いったい何をやっておったのだ。」

 その執務室では、初老の厳ついオッサンが数人の男に罵声を浴びせていたよ。

「申し訳ございません。
 水軍を総動員して捜索しているのですが。
 海上での捜索作業に難航しておりまして。
 何せ、軍船が全て奪い去られているため。
 捜索に当たる船が足りず。
 商船を借り上げて探している有り様でして。」

 オッサンの叱責に、髪の薄い中年男性が言い訳がましい返答をしたけど。

「馬鹿者!
 船が足りなければ、北部船隊、南部船隊も動員すれば良かろうが!」

「はい、船の消失後直ちに両船団の提督に対して指示を出しております。
 ですが、両軍港とも快速船を使ってもその指示が届くのは半月を要します。
 今頃、やっと捜索の途に就いたところかと。」

「うむむ…。」

 髪の薄い中年男も無能ではない様子で、既に対応していると説明したの。
 それを聞いたオッサンは、苦虫を嚙み潰したような表情で黙り込んじゃった。

「あの海賊と見紛うばかりにガラの悪いオッサンが私の父よ。
 ヌル国王ダージリン三世ね。
 今、国王の矢面に立たされているハゲの中年が軍務卿。
 その横に居る温厚そうなお爺ちゃんが宰相で…。
 残りは、軍務省の役人と水軍の提督かしら。」

 おいらの隣で部屋の様子を眺めていたジャスミン姉ちゃんが、その場に居る人達を素性を教えてくれたよ。
 ダージリン王は、見た目ガラが悪いだけじゃなく、気性も荒くすぐに怒鳴り散らすそうで。
 それを上手く宥めながら何とか国の舵取りをしているのが、人の好い宰相なんだって。

       **********

 しばらく、そのやり取りを眺めていると、部屋の外をバタバタと慌ただしい足音が聞こえて来たよ。
 そして、王様の執務室の扉がノックされ…。

「大変です、たった今、北部船隊の提督から緊急の知らせが届きました。
 北部船隊に所属する武装船が全て姿を消したそうです。
 事件の発生は、王都の軍港から船が消失した事件と同日とのことです。」

 慌てて駆け込んできた役人が息を切らしながら報告をしたんだ。
 快速船で半月掛かると言ってたから、今頃報告が届いたみたい。

「何だってー! 北部船隊も消失しただと! 
 一体何が起こっていると言うのだ。
 ハッ…、南部船隊はどうなっておる?
 南部船隊は無事なのであろうな。」

「しっ、至急、確認を取らせます!」

 北部船隊消失の報に声を荒げたダージリン王だけど、直ぐに南部船隊のことが気になったみたい。
 報告に来た男は、王様の言葉を受けて、慌ただしく部屋を出て行ったよ。
 ここと北部船隊が無くなると、唯一残存する武装船隊は南部の軍港に所属する船だけだもの。
 それすら無くなったら国の存亡にかかわるから、慌てるのも無理はないよ。 
 まあ、慌てても後の祭りで、既にアルトの積載庫に納まっちゃったけどね。

 すると、またしても廊下を慌ただしく駆ける足音が近づいて来て…。

「陛下、一大事です!
 王都近郊にある兵器工廠で大規模な火災が発生した模様です。
 報告に寄りますと、火災の発生は二日前、工廠は全焼とのこと。」

 今度は、ノックすらせずに走り込んできた役人が、だらだらと汗を流しながら報告したの。
 
「なっ、なんだってー!
 あの兵器工廠は我が国最大の工廠なのだぞ。
 大砲と鉄砲の三分の二はあの工廠で造っておるのだぞ。
 そこで火事を出しただと。
 責任者はなにをしておった!
 責任者を連れてこい、この場で首を刎ねてやる!」

 報告を聞いて激昂するダージリン王。
 ホント、海賊みたいだね、首を刎ねてやるだなんて。

「気を鎮めてくだされ、陛下。
 伝令よ、全焼と申したが、もう少し詳しくは聞いておらんのか?
 溶鉱炉はどうなっておる。
 あれが無事なら復興作業も大した手間でもないが…。
 あれが全壊しておろうものなら一大事じゃ。
 なによりも、鉄砲鍛冶などの職人は無事に避難したのじゃろうな。
 溶鉱炉よりも職人たちの方が、何倍も大切じゃからな。」

 ジャスミン姉ちゃんの説明通り、憤るダージリン王を宥めたのは宰相のお爺ちゃんだったよ。
 宰相のお爺ちゃんは冷静に、被害の詳細を報告するように求めたの。
 宰相の中では替えの利かない職人が最も重要で、次が工廠の要の設備、溶鉱炉らしい。

「そっ、それが…。
 工廠は極僅かの間に業火に包まれたとのことで。
 逃げ出せた者はいないとのことです。
 それと、溶鉱炉ですが…。
 倒壊してきた建物に圧し潰された模様でして。
 全損の状態とのことで修繕は不可能との報告です。」

 伝令に来た役人はとても言い難そうに、所々言葉を途切れさせていたよ。
 役人の気持ちは分かるよ。最悪の内容だから言葉に出し難いよね。

「あれだけの職人が失われた…。
 鉄砲鍛冶を一人を一人前にするのに、あれだけの時間を掛けたと言うのに…。」

 よほどショックを受けたのだろうね、国王の前にも関わらず宰相はへなへなと座り込んでしまったよ。

「おい、宰相、どういう事だ!」

 ダージリン王は宰相が崩れ落ちた理由をイマイチ飲み込めていない様子だったの。

「陛下、職人が失われたと言うことは…。
 今まで通りに鉄砲や大砲を造ることは出来ないと言うことです。
 例え、設備を復旧してもです。」

 どうやら、脳筋のダージリン王には職人の重要さが理解できていなかったみたい。
 宰相は床にへたり込んだまま、懇切丁寧にダージリン王に説明していたよ。
 普通の鍛冶屋さんじゃ鉄砲を造ることが出来ないとか、一人の職人が一人前になるのに最低五年は掛かるとか。

「それじゃ、何か。
 我が国は、これまでのように鉄砲や大砲の運用が出来ないと言うのか?
 それでは領土争いで、他国の後塵を拝してしまうではないか。
 そんなのは断じて許さんぞ。
 全ての工廠に命じて、失われた工廠の埋め合わせをさせるのだ。
 職人達に鞭打ってでも、昼夜問わずに生産させるのだ。」

 宰相の説明を聞いて無茶なことを言い出したダージリン王。
 他の工廠も燃えちゃったなんて夢にも思っていないみたい。

 しかし、主力の工廠を失ったのに、領土争いを止めると言う選択肢は考えもしないんだね。
 ホント、困った王様だよ。

 今は、二日ほど前に襲撃した一番近い工廠の報告が着いたところだけど。
 これから毎日、他の工廠から同様の報告を受けることになるだろうし。
 極めつけは火薬の製造元の壊滅だからね。

 最早、鉄砲も、大砲も、それを運用するための火薬すら補充することが出来ない。
 それを知らされた時、ダージリン王はどんな顔するんだろう。 

      **********

 そこまで、様子を窺ったおいら達は一旦王宮から去ることにしたの。
 王様の目の前に姿を現すのは明日にするつもりなんだ。
 もう一つ、この国を虚仮にしてからにしようと思ってね。

 そして、おいらが訪れたのは…。

「ええっ! 全部借りたいって?」

 おいらが願い出ると受付のお兄ちゃんは困ってたよ。

「ダメ? お金なら幾らでも払うけど。」

「いや、ダメってことは無いけど…。
 前例が無いし…。
 第一、毎日のように借りてくれる人がいるんで。
 明日も当然借りられると思って来るだろうし。」

 おいらの願い出に渋るお兄ちゃん。
 ただ、普段借りている人に対する気遣いはとても偉いと思うな。

「じゃあ、こんなことでどうかな。
 周りの人に迷惑を掛けるといけないから、全部借りたいだけで。
 使うのは全部じゃなくて良いんだ。
 だから、明日の朝夜明け前においらが使う場所を確保するから。
 空いてる場所は、自由に使ってもらうと言うことで。
 もちろん、迷惑をかける分、無料で使ってもらうし。
 今、ここで全額、前金で払うよ。」

 おいらの提案を聞いて、お兄ちゃんは少し考えていたけど…。

「そういう事なら、貸しても良いかな…。
 でも、お嬢ちゃん、賃料を支払うことが出来るんかい。
 一括で借りるとなると結構な金額になるよ。
 全体で銀貨二千枚になるけど…。」

 お兄ちゃんは前向きな返答をしてくれたけど、おいらの支払い能力に疑問を持っているみたい。
 すると、…。

「はい、お嬢様、こちら、銀貨二千枚になります。」

 ジェレ姉ちゃん達護衛騎士が、銀貨千枚入りの布袋を二つカウンターに置いてくれたよ。
 初めての土地で『積載庫』を見せる訳にはいかないから、前もって渡しておいたんだ。
 勿論この国の銀貨だよ。ノノウ伯爵邸から失敬してきた銀貨。

 受付のお兄ちゃん、銀貨が詰まった大きな袋を目の前に置かれて目を丸くしてたよ。
 銀貨の枚数を確認しながら言ってたよ、「お嬢ちゃん、良い所の娘さんなんだね」って。

 無事に借りたいモノを借りることが出来たし、明日が楽しみだよ。 
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