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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第555話 潜入! メイド養成の島

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 ティーポット島の中央にある丘の麓で隠遁生活を送るローズマリー婆ちゃんを訪ねた時のこと。
 港で出会ったおじさんが、ヌル王国駐留部隊の処刑を終えて提督の生首を持って来たよ。
 おじさん、島の独立に当たってローズマリー婆ちゃんに女王となるように要請に来たの。

 自身が高齢であることと後継者の不在を理由に、ローズマリー婆ちゃんは女王就任を断るけど。
 おじさん、目敏くおいらの隣に居たジャスミン姉ちゃんに目を付けたんだ。
 ジャスミン姉ちゃんを後継者とすれば良いというおじさんと、孫娘に火中の栗を拾わせる訳にはいかないとするローズマリー婆ちゃん。

 果たして、ジャスミン姉ちゃんの決断は如何に…。

「その話は少し待ってはくださいませんか。
 これから私は、マロンちゃんを案内するためにヌル王国へ向かいます。
 マロンちゃんがヌル王子に対する報復を終えたら。
 私は母と共に、ヌル王国を出奔するつもりです。
 決めるのはそれからでも、遅くは無いのでは。」

 ジャスミン姉ちゃんは、母親であるカモミールさんの意向も聞いてみたいと言い。
 おいらがヌル王国をどんな状態まで追い込むのかも見届けたいと言ったんだ。

「そうさね、今、独立、独立と騒ぎ立てて。
 ヌル王国から討伐隊を差し向けられると拙いからね。
 独立を表明するのは、ヌル王国が国力を失ったのを確認してからの方が良かろうね。」

「そんなぁ、奥方様。
 街の連中は、島が海賊の支配を脱するのを心待ちにしてますぜ。
 一刻も早く、独立を宣言した方が良いんじゃないですかい。」

 慎重な姿勢を見せるローズマリー婆ちゃんに、おじさんは落胆した様子で。
 街の人達は、今すぐにでも独立を取り戻すことを望んでいると強調したの。
 『街の連中は』と言ってるけど、その実、目の前のおじさんが一番逸っているように見えたよ。

 ローズマリー婆ちゃんもそれを感じた様子で。

「あんたも、もう四十だろうが。
 少しは年相応の落ち着きってものをみせな。
 急いては事を仕損じると言うだろう。」

 そんな風に戒めると、おじさんは渋々ローズマリー婆ちゃんの意向に従っていたよ。

       **********

 そして、アルトが十分に体を休めた二日後、おいら達はオードゥラ大陸に向けて出発したんだ。
 休息の二日間、おいら達は今後の行動を検討したの。
 まずは、ジャスミン姉ちゃんとメイドのウレシノからヌル王国の事情や地理を教えてもらったよ。
 その結果、ヌル王国の王都に乗り込む前に一ヶ所寄り道することにしたんだ。
 ティーポット島から大陸までの途中に在るから、アルトの休息を兼ねることが出来て好都合だったの。

 ティーポット島を発って三日目の早朝。

「マロン様、あれです。
 あの島が、私達工作メイドの故郷ノノウ島です。」

 窓の外を指差してメイドのウレシノが教えてくれたんだ。
 ウレシノの指差す先には、ティーポット島よりもかなり大きな島が見えてた。
 見渡す限り周囲に島は無く、まさに絶海の孤島という表現が適切だった。
  
 上空から見ると、大きな島なのに集落らしきものは見当たらず、鬱蒼とした森が島の大部分を占めていた。
 その中に巨大な屋敷がポツンとあり、周囲には練兵場のような広場と屋敷のものらしき畑が広がってたよ。

 ウレシノから事前に島の特徴を聞いていたので、アルトもすぐに目的地だと分かったようで。
 ノノウ島を視界にとらえると、真っ直ぐ島に向かって飛んで行ったの。

 あっという間に屋敷の敷地に到達したアルト。
 アルトは敷地の上空で一旦停止すると、おいら達の部屋に入って来たの。

「それで、この敷地にある建物の用途はどうなっているの?
 お目当ての娘達は何処にいるのかしら。」

 入って来るなりウレシノに問い掛けたアルト。

「屋敷で一番大きな建物がノノウ伯爵とその一族が住まう館。
 伯爵の館から腕を伸ばすように左右に建つ建物が使用人の住まい。
 そこから離れて、三棟並んでいる二階建の細長い建物は工作メイド見習いの宿舎です。」

 問い掛けに答えて、ウレシノは屋敷の中の建物を指差しながら用途を説明してくれたよ。
 ノノウ伯爵自身は王の側近として王都に居て、この島に居ることは殆ど無いみたい。
 ノノウ伯爵家の分家筋に当たるウレシノは、中央の館で生まれ育ったらしい。

「見習いの娘達は、この時間なら皆宿舎に居ると思います。
 昼間だと実習や講習で、館か訓練場にいるのですが。
 まだ、朝食前なので全員、宿舎で就寝中のはずです。」

 もう少し時間が遅くなると朝食の準備のため、朝食当番が館へ移動するそうなのでタイミングが良かったよ。
 ウレシノの返答を聞いたアルトは、部屋を出て寄宿舎に向かって飛び始めたの。

 そして、寄宿舎へ入ると一部屋、一部屋回ってメイド見習いを『積載庫』に収納し始めたよ。
 『積載庫』の窓から見ていると、寄宿舎は二人部屋のようで少し年長の見習いと幼い見習いが同室になっていたよ。

「ここの見習いは下は五歳くらいから、上は十二歳くらいまでで。
 連れて来られたばかりの幼い見習いは、なるべく年長の見習いと同室にしています。
 習熟度に寄りますが、十八までには見習いを修了しますが。
 とある事情から、一定年齢より上の見習いは個室が与えられています。」

 ここに住んでいるメイド見習いは、孤児、買われて来られた娘、そして、誘拐された娘なんだって。
 この島でメイド達に仕込んでいるのは、礼儀作法、暗殺術、侵入術、房中術など多岐にわたることから。
 なるべく早いうちから仕込む必要性に迫られ、五歳くらいを目途に連れて来られるそうなんだ。
 でも、五歳児じゃまだ、親が恋しい歳なので年長の見習いが姉代わりに世話をしているそうなの。

 三棟ある寄宿舎の内、最初の二つの棟は全て二人部屋だったよ。
 アルトは、全ての部屋にいた見習い達を『積載庫』に納めると最後の寄宿舎に回ったの。
 三棟目に入って最初の部屋には大き目のベッドが一つ置いてあり、一人部屋だと分かったよ。

 ただね…。

「あれ、何で、この部屋の見習いは男の人と一緒に寝ているの?
 しかも、布団からはみ出してる体を見る限り寝間着を着てないように見えるけど…。」

 ベッドの上には十五、六歳の娘さんと四十前後の男の人が一緒に寝ていたんだ。
 おいらが、ウレシノにそんな問い掛けとした時だったよ。
 アルトが視界を遮ったようで、窓の外が真っ暗になったの。
 何かおいらには見せられない光景だったらしいよ。

「先ほど申し上げた、とある事情というモノです。
 一定年齢になると、房中術という技が仕込まれまして…。
 あの娘、昨夜は房中術の実習だったようですね。」

「房中術って、どんなことをするの?」

「あっ、いや、マロン様のお耳に入れるのは時期尚早と…。
 アルト様もまだ早いと考えたから視界を遮断したのだと思いますし。
 殿方に取り入って、情報を得る時に役立つ術だと思っておいてください。」

 ウレシノはそれ以上詳しくは教えてくれなかったけど。
 ただ、房中術の実習は、数日に一度と頻繁にあるとのことで。
 その行為は『秘め事』とも言われていて、他人に見せるモノじゃないそうだよ。
 だから、二人部屋じゃなくて個室が与えられているそうなの。
 因みに、さっき一緒に寝ていた男の人はウレシノの伯父さんだと言ってよ。
 ウレシノと同じ分家の人らしい。

       **********

 アルトは三棟目にいた見習いの娘さん達も全員保護したんだ。
 その間おいらには見せられない光景が続いたようで、ずっと視界は遮られたままだった。

 それが終わると、今度は島の大部分を占める深い森の中に入っていったの。

 森の中を飛び回ることしばし、切り立った崖の下に足に手を当て蹲る娘さんを発見したよ。
 年の頃は十七、八。ウレシノの話に従えば、そろそろ見習いを卒業する年頃の娘さんだった。

「あなた、大丈夫? 
 酷い怪我をしているようだけど、気をしっかり持つのよ。」

 アルトが娘さんに近付いて声を掛けると…。

「私も、ここまでか…。
 随分と早いお迎えね、まだ一七年しか生きてないのに…。
 まあ、これから館へ帰っても抵抗勢力への自爆攻撃に使われるだけだし。
 この綺麗な天使さんに、連れて行ってもらった方が楽に逝けそうね。」

 アルトを目にしてそんなことを呟いていたよ。

「馬鹿言ってんじゃないよ。
 私は天使なんて、聞いたことも無い生き物じゃないし。 
 そんな足の怪我くらいで死ぬわけ無いでしょう。」

 アルトはそう言うと、『妖精の泉』の水を娘さんの足に振りかけたの。

「ふあぁ…、痛みが消えて行く…。
 てかっ、あんなに大きな裂傷が治ってる?」

 娘さんは見る見るうちに傷が治っていく様子に目を丸くしていたよ。

「そうよ、傷跡一つ残らずに治ったでしょう。
 もう、死ぬ心配をしないで良いわね。
 ところで、あなた、森に入って何日目か覚えているかしら?」

「はい、二日目にこの崖を登ろうとして落ちゃって…。
 あれから、まだ一日経っていないので三日目かと。」

「じゃあ、あと四人、この森の中に居ると思って良いのかしら?」

「はい、最短記録は三日と半日と聞いてますので。
 恐らく、課題を修了した人はまだ誰もいないかと。」

「そう、あなた、昨日から何も食べていないでしょう。
 これ上げるから、中で食べていなさい。」

 アルトがパンを一つ差し出すと、娘さんの顔がパッと明るくなり嬉しそうに受け取っていたよ。
 
 この娘さんは何者かというと、工作メイドの見習い修了試験を受けている娘さんなんだ。
 ウレシノから聞かされていた話で、三棟の寄宿舎を不在にしている娘が五人いる可能性があると聞いてたの。

 それが修了試験の最中の娘さんで、見習いの全過程を終えた娘さんが五人揃った時に行われるそうなんだ。
 最初、五人は小船でそれぞれ別々の場所に連れて行かれるそうで。
 そこをスタートに決められたチェック地点を回って屋敷に戻ってくるのが課題らしいよ。
 期限は五日間で期限内に到着できなければ即不合格、期限内に帰って来れても最下位は不合格なんだって。
 但し、試験の開始時点で持っているのはチェックポイントの記された地図のみ。
 食べ物も水も森の中で調達しないといけないらしい。
 更に、森の中には毒蛇や毒虫、更には熊や猪といった危険動物までいるそうだよ。

 それだけでも相当きついのに、不合格者にはさらに苛酷な運命が待ち構えているらしいよ。
 ヌル王国は武力で他の国や地域を征服しているから、各地で抵抗運動が起こっているそうで。
 不合格になった娘さんは、その鎮圧のために使われるそうなの。
 服の下、爆薬と管に入って何重にもなった導火線をお腹に巻きつけ。
 導火線に火をつけて、娘さんを抵抗勢力が集まる中に飛び込ませるんだって。
 抵抗勢力の人達は、まさか娘さんが爆薬を背負ってるなんて思いもしないから…。
 さっき、娘さんが言ってた自爆攻撃だね。

 こうして数多の試練を乗り越えて、ヌル王国が誇る暗殺者、工作メイドが輩出されるんだって。

 ノノウ伯爵は人の命を何だと思っているんだろうね。
 ジャスミン姉ちゃんから、最初に工作メイドの話を聞いた時、無茶苦茶腹が立ったんだ。
 アルトがヌル王国へ報復に行くと言った時、おいら、思ったよ。
 それじゃ、ついでに工作メイドを壊滅させようと。
 もちろん、殺しちゃう訳じゃないよ。人殺しは出来る限りしないつもりだから。

 先ずは工作メイドがこれ以上増えないように、見習いを全て保護することにして行動を開始したの。
 この後、アルトは森の中を飛び回って、残り四人も全て『積載庫』に保護したよ。
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