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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第553話 ジャスミン姉ちゃんのお祖母ちゃん

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 ティーポット島の港町を歩いていたら、ジャスミン姉ちゃんに声を掛けてきたご婦人がいたんだ。
 ご婦人の名はタイムさん、どうやらジャスミン姉ちゃんの母親の乳母をしていた人らしい。
 ところが、ジャスミン姉ちゃんはこの島が母親の故郷だと知らなかったようなの。

「申し訳ございません。
 母は故郷には帰れないものと諦めていて。
 自分にそれを言い聞かせるためか。
 はたまた、帰れぬ故郷を思い出すのが辛いのか。
 私の前で故郷のことを口にしたことが無いのです。」

 自分を母親と勘違いしたタイムさんに申し訳なさそうに告げるジャスミン姉ちゃん。

「まあ、カモミール様、辛い思いをなされたのですね。
 心中をお察しいたします。
 ジャスミン様、もしお時間があればお付き合い頂けませんか。
 あなたのお祖母様に当たるローズマリー様を紹介したく存じます。」

 タイムさんは、年老いたローズマリーさんに娘の話を聞かせてあげたいと言ってたの。
 ジャスミン姉ちゃんは、勝手に予定を決める訳にはいかないと思ったんだろうね。
 おいらに視線で問い掛けて来たよ、ついて行っても良いかって。
 
「ジャスミン姉ちゃんの好きにして良いよ。
 しないといけないことは終ったし。
 後は別にすることも無いからね。」

 おいらはジャスミン姉ちゃんの希望を優先することにしたよ。

「それでは、お祖母様おばあさまにご挨拶させて頂いてよろしいですか。
 お祖母様は私を歓迎しないかも知れませんが。
 母を強引に奪っていった国の王が産ませた娘ですから。」

「そんなことは御座いませんよ。
 ローズマリー様も、ジャスミン様を見ればきっとお喜びになります。
 だって、こんなにもカモミール様と瓜二つなのですから。」

 歓迎されないかもと懸念するジャスミン姉ちゃんに、心配ないと声を掛けたタイムさん。
 ジャスミン姉ちゃんの手を取ると、タイムさんは嬉しそうに歩き始めたよ。

        **********

 ジャスミン姉ちゃんを引き摺るようにズンズンと歩を進めたタイムさん。
 小さな港町を出て、おいら達が最初に降りた小高い丘の方角に向かったの。
 何処まで行くのかと思ったら、丘の麓、森の中に隠れるように建つ質素な草庵の前で立ち止まったよ。
 それは、おいらが辺境の町で住んでいた鉱山住宅とどっこいの小さな庵だった。

「ローズマリー様、ちゃんとまだ生きてますか?
 今日は珍しいお客さんをお連れしましたよ。」 

 鍵も掛かっていない引き戸をおもむろに開くと、タイムさんが家の中に向かって大きな声で呼び掛けたの。
 いや、そんな呼び掛けってあり? まだ生きてますかって…。

「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ。
 まだ、そこまで耳は衰えていないさね。
 だいたい、昨日の今日でポックリ逝く訳ないだろう。」

 薄暗い小屋の中から杖をついて出て来たのは、にっぽん爺より少しだけ若く見えるお婆さんだった。
 その老夫人は、みすぼらしい建物とは裏腹にとてもきちんとした身形をしていたよ。

「その元気があるなら、庵に引き籠ってないで少しは外へ出て下さいな。
 私は心配ですよ、ある朝訪ねたら息をしてないんじゃないかと。」

「引き籠っているなんて失礼なことをお言いでないよ。
 毎日、ちゃんと畑の手入れはしているさね。
 そうしないと、食べる物も無いからね。」

「いえ、そういうことでは無く。
 たまには、街へでも出て、昔馴染みに顔でも見せたらどうですか。
 みんな、ローズマリー様のことを心配してますよ。」

「それこそ、余計なお世話だよ。
 だいたい、どの面下げて街を歩けと言うんだい。
 国を護ることが出来なかった王族の生き残りなんかが。」

 どうやら、ローズマリー婆ちゃんは国を護れなかったのを恥じて隠遁生活を送っているらしいね。
 今更だけど、ジャスミン姉ちゃんの祖母ということは、ここにあった小国の王族だったんだ。

「そんなことを気にすること無いですよ。
 向こうは鉄砲なんて飛び道具を持っていたのですから。
 漁の銛と狩りの弓矢じゃ、どう足搔いても太刀打ちできませんて。
 それでも、亡き王は民を護るために身を挺して戦ったのです。
 誰も、王族の皆さんを恨んでなんかいませんよ。」

 タイムさんはローズマリー婆ちゃんに労りの言葉を掛けると、再度、たまには外に出るようにと勧めていたよ。

「そうさねぇ、まあ、気が向いたら考えてみるよ。
 ところで、私に客だって?
 こんな老いぼれに客なんて珍しいね。
 いったい、何処の何方だい?」

 気が向くことなど金輪際ないって雰囲気で返答したローズマリー婆ちゃん。
 話の矛先を変えようとしてか、来客について尋ねたの。

「そうそう、ローズマリー様。
 今日はとても珍しいお客さんをお連れしましたよ。
 こちらのお嬢さんです。」

 ローズマリー婆ちゃんを驚かせようというイタズラ心なのかな。
 タイムさんは、詳しい紹介抜きでジャスミン姉ちゃんを目の前に立たせたの。

 すると、カランと、手にした杖を地面に取り落とす音がして…。

「カモミール…、カモミールなのかい…。」

 ローズマリー婆ちゃんはとても驚いた様子で、絞り出すようにそれだけ言うと言葉に詰まってたよ。

「初めまして、お祖母様。
 カモミールが一女ジャスミンと申します。
 お目に掛かれて幸いです。」

 ジャスミン姉ちゃんが名乗って軽く一礼すると。
 ローズマリー婆ちゃんは、心を落ち着かせるように、胸に手を当て軽く深呼吸してたよ。
 
「そうよね、カモミールも今は三十五歳を過ぎているはずだもの。
 あの頃の姿のままの訳が無いよね…。
 ようこそ、良く来てくれたね。
 狭い家だけど、良かったら中で話を聞かせてもらえるかい。」

 歓迎してもらえないかもと、ジャスミン姉ちゃんは心配していたけど。
 ローズマリー婆ちゃんは、思いの外快く迎え入れてくれたよ。

        **********

 狭い草庵なので、当然、その場にいるみんなが入れる訳も無く。
 そもそも、プライベートな話を、赤の他人のおいら達が聞くのもどうかと思ったので。
 おいら達はその辺を散歩でもしていようと考えていたら。
 ジャスミン姉ちゃんはおいらとオランには一緒に居て欲しいと望んだんだ。
 おいら達がいた方が色々と事情の説明をし易いからって。

「それで、カモミールは元気なのかい?
 体を壊したり、不自由な思いをしたりはしてないかい。」

 やはり自分の娘の身の上が心配なようで、真っ先にそれを尋ねてきたよ。

「はい、母は息災にしております。
 囚われの身ゆえ、自由に出歩くことは出来ませんが。
 後宮の一画に部屋を与えられ、それなりの待遇は受けております。
 私も末席ではございますが、王女としての待遇を受けておりますし。」

「そうかい、海賊の親玉への貢物として連れ去られたから。
 さぞかし酷い辱めを受けているんじゃないかと心配してたんだ。
 まあ、奴隷として扱われてないのが分かっただけでも安心したよ。」

 娘の無事を聞いて一応は安心したようで、ローズマリー婆ちゃんは表情を和らげていたよ。
 連れ去られた時、カモミールさんはまだ十五歳だったそうで。
 年若い娘がどんな辱めを受けているかと考えると、お婆ちゃんは夜も眠れなかったんだって。

「それで、あんたは何でこんな所に居るんだい。
 まさか海賊の親玉の回し者じゃあるまいね。 
 この島には、もう差し出すモノは何も無いよ。
 精々がこの老いぼれの首くらいのものさね。」

 まあ、ジャスミン姉ちゃんが国王の許可なく遠出できるとは思って無いだろうから。
 国王から何らかの指示を受けてやって来たのかと勘繰られても仕方がないね。

「いえ実は、兄に当たる王子が功名心から新大陸の征服に乗り出したのです。
 私は政略結婚の駒として、支配下に置いた国の王妃となるべく連れて来られました。
 ですが、遠征は失敗、遠征隊はことごとく捕らわれたのです。
 今は、こちらにおられるウエニアール国のマロン陛下に帯同して参りました。
 ヌル王国に対する報復攻撃の案内役として。」

 ジャスミン姉ちゃんは事情を説明し。
 自分は父王のやり方に嫌気がさして、おいらに協力することになったと打ち明けたの。

「あれまあ、お嬢ちゃん、女王様だったのかい。
 こんな汚い家に入れて、何のもてなしも出来ないで悪いね。
 わたしゃ、落ちぶれちまって、隠遁生活をする身なものでね。」

 ローズマリー婆ちゃんはカラカラと笑って、形ばかりの謝罪をしてたよ。

「気にしてないよ。
 おいらもつい最近までここと同じような家で暮らしていたから。
 おいら、飢えて死にかけたことがあるから、大抵のことは気にならないよ。」

 おいらの返答を聞いて、ローズマリー婆ちゃんは面食らった顔をしていたよ。

「おや、おや、まだ小さいのに随分と苦労してるんだね。
 まあ、若い頃の苦労は買ってでもしろというし。
 煩いことを言わないのなら有り難いよ。」

「おいら、これからヌル王国の王様にお仕置きしに行くんだ。
 ジャスミン姉ちゃん、お母さんと一緒においらの国に移住を希望してるから。
 カモミールさんも連れて来る予定なんだ。
 お婆ちゃんも二人と一緒においらの国に移住すれば良いんじゃない?」 

 おいら、二人が生活に困らないように、金銀財宝をヌル王国から分捕るつもりだとも説明したよ。
 もし、一緒に来るなら分捕って来る金品を三人分に増やすって。

「面白いことを言う娘だよ。
 この辺りで敵無しのヌル王国を屁とも思っていないとは。
 まあ、実際に撃退したなら勝算はあるんだろうね。
 お誘いは有り難いけど、私は遠慮しておくよ。
 私の居場所はこの島だけさね。
 連れ合いが眠るこの島に骨を埋めると決めているんだ。」

 今は亡き旦那さんを思い出してか、ローズマリー婆ちゃんは少し寂しそうに返答してくれたんだ。
 でも婆ちゃんの瞳からは、梃子でもここから動かないって固い決意を感じたの。

 これじゃ無理強いは出来ないなと思った時のことだよ。
 見覚えのあるおじさんが草庵に駆け込んできたんだ。

 とっても晴れ晴れとした顔をして、血塗れの格好で…。
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