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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第547話 危なく食べられちゃうところだった…

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 アルト達を追って洞の外に出たおいら達、そこには見慣れた妖精の里の光景が広がっていたよ。
 そんな中にも、初めて目にするモノが一つ。
 
「ムルティ様、ご無事だったのですね。
 幾ら声を掛けても目を覚まさないと聞いて心配してたのですよ。」

 透き通るような銀髪のお姉さんが、安堵した様子でムルティに声を掛けていたんだ。
 何が初めて目にするって、お姉さんの銀髪、光の加減か薄い水色に見えるんだ。
 それと、身に纏う優美な意匠の薄衣、生地が薄いためか、そういう素材なのか素肌が透けて見えるの。
 それ服としての機能を果たしているのって、尋ねたくなるくらい素通しなんだ。
 タロウなんか、お姉さんの姿を見て顔を赤くしていたよ。

「ああ、シレーヌ、久し振りね。
 まだ、生きていたんだ。
 私、三百年くらい寝ていたらしいから。
 あなたの一族も皆代替わりしているかと思ってたわ。」

「何を仰います。
 まだそんな歳ではありませんよ。
 私なんて、一族の中ではひよっこです。」

 ムルティと顔見知りの時点で三百歳以上なのは確実だとして、…。
 ひよっこって、このシレーヌと呼ばれてるお姉さん、歳はいったい幾つなんだろう。
 見た目には二十歳前後にしか見えないけどけどね。

 おいらがシレーヌお姉さんを見ていると…。

「あら、男じゃない。しかも、私好みのお肉が柔らかそうな。」

 おいらの隣を歩くタロウを見つけると、こちらに向かって来たよ。
 そして、タロウに接近すると、唐突にその腕に抱き付いたんだ。

「私、この辺りを住処としているシレーヌよ。
 ねえ、坊や、私と良いことしない?
 この鍛えていない柔らかそうな体、とても私好みだわ。
 ねえ良いでしょう、私、坊やの子供が産みたいの。
 天国へ連れて行ってあげるわよ。」

 シレーヌお姉さんは、タロウの腕を抱きしめたまま、その二の腕の感触を確かめるようにぷにぷにと手を動かしながら言ったの。

「いやぁ、困っちゃうな、俺、妻帯者だし…。」

 顔を赤らめたタロウが、照れた様子で頭を掻きながらそんな言葉を口にした時のこと。

「しれ~ぬしゃ~ん、だめでしゅよ~。
 しょのかたは、あるとさまのおつれさまです~。
 たべたら、『めっ』されますよ~。」

 舌足らずな言葉でシレーヌに注意した妖精のフェティダ。
 フェティダは、必死にシレーヌを引っ張ってタロウから引き離そうとしていたよ。

「ええっ、この坊や、アルト様の下僕なの…。
 ちっ、残念。
 せっかく、美味しい肉にありつけるかと思ったのに。
 もう、海賊の筋張ったお肉は飽きたのよ。」

 フェティダに注意されて渋々腕を解いたシレーヌが残念そうに呟きを漏らしてたよ。
 えっ、このお姉さん、本当にタロウを食べるつもりだったの?

「その娘は、『歌声の一族』の族長の娘よ。
 『歌声の一族』は、繁殖の時期が来るとその歌声で人間の雄を引き寄せるの。
 そして番となって子作りをするのだけど…。
 子作りの過程を終えると、番になった雄を食べちゃうのよ。
 お腹にいる子供を育む糧としてしてね。」

 ムルティがおいら達に気付いて、そんな説明をしてくれたよ。
 『歌声の一族』は女ばかりで、男がいないそうなの。
 そのため、人間の男と番になって子供を儲けるらしい。
 その際、岩礁の上からその甘美な歌声で人間の男を惑わすそうだよ。
 大抵の男達は歌声に魅了されて操船を誤り、船を座礁させてしまうみたい。
 そして、座礁させた船に乗っている船乗りから番を見つけるんだって。
 なるべくお肉の柔らかそうな男が好まれるんだろうね、きっと。

「やべー、本当に天国に送られちまうところだったぜ。
 怖えぇな、食べちゃうって、二重の意味があるんかよ。
 まるでカマキリみたいだ。」

 シレーヌお姉さんに腕を抱きしめられて鼻の下を伸ばしていたタロウだけど。
 自分が危うく餌になるところだったと知り、青褪めていたよ。

「ああ、そのことで少し相談があるのよ。
 先に結界を直してきちゃうから。
 あんた、ここで待っていてくれないかしら。」

 アルトはシレーヌお姉さんにここで待つように告げると、結界を直しに飛んで行ったよ。

         **********

 それからしばらくフェティダの案内で島の中を散策しているとアルトとマルティが戻って来たよ。
 どうやら、無事に結界の補修が終わったみたい。
  
 おいら達はアルトの指示で、妖精の森の広場に集められたの。

「さて、無事に結界の補修が終わった訳だけど。
 ムルティ、一つお願いがあるのよ。
 それと、『歌声の一族』のみんなにも。」

「お願いですか? どんな事でしょう?」

「この男とこの男が従える船団に、ムルティの結界の中に入る許可をして欲しいの。
 船団に属する船の数は三隻。増やす時は私がまた相談に来るわ。」

「あら、珍しいですわ。
 アルトお姉さまが人間に肩入れするのも珍しいですけど。
 よりによって、こんなガサツそうな男共の進入を許せなんて。」

 アルトが商船団の頭領さんを『積載庫』から降ろすと、ムルティはそんな感想を漏らしたの。
 
「別に肩入れしようと言う訳でも無いのよ。
 今回、マロンの国が襲撃されたことで思ったの。
 これだけ広大な結界だもの、幾ら念入りに張っても綻びはあるでしょう。
 また何時か海の向こうから無法者がやってるかも知れないからからね。
 絶えず情報だけは掴んでおいた方が、マロンのためだと思ったのよ。
 その役として、私の目に留まったのがこの頭領なの。
 不義理はしない人柄だと見たわ。」

 アルトは冷静に対処してたけど、その実、ヌル王国の連中が持っていた大砲の破壊力に驚いたらしいの。
 そして、アルトは思ったんだって。
 今回は偶々自分が居合わせたから事無きを得たけど、もしあの場に居なかったらどうなったか分からないと。 
 それで、オードゥラ大陸の情報収集の必要性を痛感したんだって。
 争いの絶えない大陸のようなので、また何か強力な武器が発明されるかも知れないとか。
 それでアルトは、人柄を見込んだ頭領さんに独占的な交易権を与えて、オードゥラ大陸の情報を提供してもらおうと考えたらしい。
 独占的な交易権って、要は『霧の海』を越えられるのを頭領さんの船団だけにするってことだよね。

「他ならぬアルトお姉さまのお願いですし。
 そのくらいのことであれば、許可しますが。
 それだけでよろしいのですか?」

「出来れば、飲み水と新鮮な食べ物を補給して上げて。
 長い航海で水の補給もままならないだろうし。
 新鮮な食べ物なんて望むべくも無いでしょうから。」

 アルトって、優しいね。商船団のために水と食料の補給を頼んでくれたよ。

「アルトお嬢さん、そいつは助かる。
 俺からもお願いしやす。
 この島で悪さはしないと約束するから、水と食い物の補給をさせてくだせぇ。」

 アルトの気配りを受けて、頭領さんもムルティに頭を下げてお願いしたんだ。
 すると、ムルティは少し思案する素振りを見せると。

「そうですか、この島には真水が湧く泉が幾つかありますから水を汲むのはかまいません。
 ただ、この島には人が居りませんから、食糧は森の木に生る果物だけになりますが。
 それでも構わなければ、自分達の食べる分だけ採取することを許可します。
 とは言え、タダでと言う訳には参りませんが…。」

 水と食料を提供するのに当たって条件を出すつもりみたいなの。
 珍しいね、妖精って、お金は要らないし、物欲も少ないもの。
 食べる物は、森の果物や魔物がドロップする『スキルの実』くらいだしね。

 アルトが今まで欲しがったのは、耳長族の生活に必要な物くらいだもん。

「ええっと、確かに航海をする上で、水や食料は貴重品ですので。
 タダで欲しいとは申しませんが、一体何をお支払いすればよろしいので。
 お金でしょうか? 金銀財宝とか?」

 条件があると言われて頭領が恐る恐る尋ねると。

「そんなもの要らないわよ。
 私が欲しいのは子種よ。
 あなた達、船乗りはみんな男なのでしょう。」

 ムルティが出した条件に、頭領は目を丸くして。

「俺達の子種ですかい? 妖精さんに?
 幾ら何でもサイズが合わないでしょうが。」

「何を馬鹿なことを言っているの! 妖精族と人間が番える訳ないでしょう!
 私が庇護している種族、『水底の一族』に子種を分けて欲しいのよ。
 本当は、アルト様の従者のその男に頼みたいと思っていたのだけど。」

 そう言えば、最初にタロウの顔を見た時、ムルティは何か呟いていたね。
 男を餌にしちゃうくらい気の強い『歌声の一族』と違って、『水底の一族』は内気で気が弱い人が多いみたい。
 粗野な男は苦手だし、手荒なことをして男を連れて来ることも出来ないそうで。
 中々自分でお相手を見つけることが出来なくて、個体数を減らしてしまっているんだって。

 なんでも、『水底の一族』はウミガメを使役しているとのことで。
 数少ない出会いの手段が、ウミガメに心優しい男を連れて来てもらうことらしいよ。

 タロウも気弱そうに見えるので、お相手に丁度良いのではないかとムルティは思ったんだって。
 
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