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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第536話 先祖返りしちゃったよ…

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 ここは王宮内にある騎士団の訓練所、その広いスペースで。

「いったい、全体どうなっているんだ。
 檻の中からいきなり何にもない場所に移されたかと思えば…。
 今度は武装した騎士の真っ只中かよ。
 まさか、俺達、これから騎士に処刑されるんじゃないだろうな。」

 アルトの『積載庫』から降ろされたのは、ヌル王国水軍に雇われていた船乗りさん達。
 その中の一人が船乗りさん達の周りを囲む騎士を見て怯えた声を上げていたよ。

「はい、みんな、おいらの話しを聞いてちょうだい。
 これから、ここに居る船乗りさん達の沙汰を言い渡すよ。
 ここに居る人は全員、この国で強制労働に就いてもらうことにする。」

「うん? 俺ら、サニアール国って国に引き渡されるんじゃなかったのか?
 お嬢ちゃん、昨日はそんなことを言ってたよな。」

 おいらが強制労働刑を言い渡すと、そんな疑問を口にする人がいたよ。

「最初はそのつもりだったけどけど。
 サニアール国へ引き渡したら、オッチャン達全員縛り首になりそうなの。
 だから、おいらがオッチャン達を引き受けることにしたんだ。
 おいらが保護したサニアール国の王女様が言ってたけど。
 上陸したヌル王国の連中、王族の殺害の他、街の破壊や民の殺戮をしたでしょう。
 それで、あの港町の人々や王侯貴族から凄く恨まれているらしいよ。
 多分、オッチャン達も上陸した連中と一蓮托生になるだろうって。
 王女様が周りを思い留まらせる自信は無いって言ってたし。
 沖合に待機していただけで、縛り首は嫌でしょう。 」

 おいらは、悪事に加担していない船乗りさん達も同罪になるのは気の毒だと思ったと伝えたの。

「なあ、お嬢ちゃんよ。
 その強制労働ってのは何させられるんだい?
 まさか鉱山掘りみてえな、死んだ方がましって仕事じゃないだろうな。
 死ぬまでそんな苦役をさせられるなら、一思いに縛り首にして欲しいぜ。」
 
 トアール国でも似たような話を聞いたけど、他国の強制労働刑ってそんなに苛酷な仕事をさせるんだね。
 トアール国じゃ、五年の強制労働刑ってのは死刑と変わらないって言ってたっけ。

「人聞きの悪いことを言わないでよ。
 この国の強制労働はそんな非人道的なことはさせないよ。
 今は、辺境の街道整備をさせているんだ。
 ゴハンは三食お替わり自由で、お腹いっぱい食べられるし。
 寝床もちゃんと清潔なベッドを用意してあるよ。」

 街道整備では強制労働に付した罪人の他、別の現場で雇用した人も働いていることを話し。
 待遇の差は、給金が出ないことと個室が与えられないことくらいだと説明したよ。

「それは本当かい?
 俺達、死なずにまた娑婆に戻って来れるのか?」

 死ぬどころか、今より健康になって戻って来ると思うよ。
 お酒抜きで、栄養のある食事を摂って、規則正しい生活を送らされるのだからね。

「うん、信じてもらって良いよ。
 刑期は五年と考えているけど…。
 真面目に働けば、少し短くしても良いと思っているんだ。
 あと、拿捕したヌル王国の船を商船に改造して使おうと思っているから。
 真面目に刑期を務め上げたら、船乗りとして雇っても良いよ。」

「なに? 海に戻れるってか?
 そりゃ、良いや。
 お嬢ちゃん、気を使わせちまって悪かったな。
 俺は、さっさと道を完成させて海に戻るぜ。
 気張って働くから、期待しとってくれ。」

 そんな言葉を返してくれたのは、前日檻の中で若い船乗りからお頭と呼ばれていた船乗りさんだった。
 お頭さん、他の船乗りさんから慕われているようで、…。

「お頭がやるなら、俺も気張るぜ!」

 なんて声が船乗りさんの中から次々と上がり、みんな、強制労働に就くことを受け入れてくれたみたいだった。

        **********

 その翌日、騎士団に護送されて、船乗りさん達は街道整備の現場に送られて行ったよ。
 一方、王都の広場に置かれた檻だけど…。

「うーん、こんな状況になることを想定しておかないといけなかったわね。
 まったく、躾のなっていないサル共は困ったものだわ。
 汚らわしい…。」

 アルトが檻の中を直視しないように目を背けて、苦い顔をしていたよ。

「ねえ、ねえ、女王さま。
 この檻、臭いし、汚いし、もう片付けて良いんじゃないかい。
 二日も泥玉をぶつけたから、この街を攻撃された怒りも収まったよ。」

 いつものオバチャンがおいらに寄って来て、汚いから早く片付けろと訴えたんだ。
 広場に晒した初日、軍属と船乗りの間で殴り合いの喧嘩が発生し、一方的に打ちのめされた軍属達だけど。
 船乗りさんも人殺しは気が引けたようで、軍属達に致命的な怪我を負った者は居なかったよ。
 翌日には大部分の軍属が起き上がれるようになり、ちゃんと食事をとっていたんだ。

 この『ちゃんと食事をとっている』のが曲者だったの。
 人間生きている以上は、食べたら出すものなんだよね。
 おいら、檻に入れて晒し者にすると決めた時、それを考えもしなかったんだ。

 初日、ウーロン王子を除く王侯貴族が殴り合いで全員気を失って、翌朝まで目を覚まさなかったの。
 二日目、一応貴族のプライドがあるから民衆の前で粗相をする事を憚ったんだと思う。日中、連中は我慢をし続けたみたいなの。
 そのため、民衆からぶつけられた泥団子で汚れはしたけど、二日目の日中の段階では異臭は放ってなかったんだ。
 でも、我慢するにも限界があったようで、日没後人目が無くなると…。
 一晩のうちに五百人以上の者が決壊したら、悲惨な状態になるのは想像に難くないよね。

 と言う訳で、三日目の今朝様子を見に来てみれば、檻の中は汚物塗れとなってたんだ。
 おいら、遠巻きにしてたんだけど、風下になった途端に窒息しそうになったよ。
 王都のみんなに大迷惑な事をしちゃったみたい。

「これ泥の汚れじゃないし。
 初日にやったみたいに上から水を落として流す訳にはいかないよね。
 汚物がこの広場に残っちゃうもん。
 汚物を街中に放置すると疫病の素だと、にっぽん爺が言ってたし。」

 その昔、にっぽん爺やタロウの住んでいた場所での話。
 人馬の汚物を街中に放置して、疫病の大流行を引き起こした地域があったらしいの。
 この大陸ではスライムが汚物をキレイに食べてくれるので、その点は安心だとにっぽん爺が教えてくれたよ。
 
 あっ、そうか、トイレが無くてもその手があったか。

「ねえ、アルト、檻の中にスライムを放せば良いんじゃない。
 そうすれば、汚物を一つ残さず食べてくれるよ。」

「そうね、王都に住んでいる人に迷惑は掛けたくないし…。
 とは言え、二日で晒し者を止めちゃうのも癪だしね。
 こいつ等には死罪になるまで、とことん屈辱を味わって欲しいもの。
 スライムを入れとけば、この酷い臭いと汚れが無くなるかしら。」

 アルトは、おいらの提案に賛成し、スライムを捕獲しに行ってくれたよ。
 そして、ほんの少しだけ時間が経って…。

「あら、凄いね。こんな数のスライムを見たのは初めてだよ。
 檻の中が見る見るうちに綺麗になっていくじゃない。
 悪臭もしなくなったわ。
 さすがスライム頼りになるね。」

 オバチャンが感心しているように、おびただしい数のスライムが凄い勢いで汚物を処理していたよ。
 アルトが『妖精の泉』に生息していたスライムを大量に檻の中に放したんだ。
 辺境の町で『マロンスライム』と呼ばれている水色のスライムを。

 ただ…。

「何だ、このブヨブヨとした気持ち悪い物体は!
 こら、張り付くんじゃない。
 ギャーーー、誰か吾を助けるのだ!」

 スライムを放して間もなく、ウーロン王子の悲鳴が聞こえたよ。
 オードゥラ大陸にはスライムも生息していないようで、突然天から降って来たスライムに檻の中がパニックになったんだ。
 汚物を処理してくれるのは良いけど。
 数が余りに多いもんだから、中には汚物にありつけず、人に集って汚れを食べ始めたスライムもいたの。

 体が見えないほど沢山のスライムにたかられたウーロン王子だけど。
 スライムが散った後には、とってもさっぱりした雰囲気になっていたよ。
 どうやら、半年を越える航海で溜まった垢までスライムが食べてくれたみたい。

 オバチャンの言葉じゃないけど、スライムって本当に頼りになるね。

       **********

 それ以降、檻の中には変化が見られたの。

「ホント、サルに退化しちゃったわね。
 汚物は垂れ流すわ、その中で平気で寝ているわ…。
 サル山のボスまで出現しているしね。」

 サニアール国への出発を明日に控えた九日目。
 アルトが檻の中を眺めて、そんな感想を口にしていたよ。

 アルトの言葉通り。
 スライムが汚物処理をしてくれると分かると、連中は羞恥心もプライドも無くして垂れ流すようになったんだ。
 更に、他人が側で垂れ流しても気にせずに昼寝をしている者も現れたの。

 ボス猿ってのは、ウーロン王子のことじゃないよ。
 空腹に耐えかねたのか、三日目から檻の中でパンの取り合いが始まったんだ。
 腕っ節で弱い者からパンを巻き上げて、常に一番多く食べ物にありついてるのがボス猿。
 ジャスミン姉ちゃんの話では、陸戦隊の部隊長の一人らしい。
 やはり海賊の末裔で、ヌル王国でも武闘派の貴族の息子らしいよ。
 ひ弱な感じのウーロン王子とは対照的に、体を鍛えてるって感じに見えるよ。
 まっ、それでも、船乗りさんには勝てなかったんだけどね。

「キャン!、キャン!」

「よち、よち、ほら、お食べ。
 誰も取らないから。」

「キャウン、キャウン。」

 おいらがパンを差し出すと、尻尾を振る飼い犬のようにパンに食い付く一人の男。

「あら、あら、お兄様は、サルではなくワンちゃんになってしまいましたね。
 でも、その方が負け犬のお兄様にはお似合いですわ。」

 パンを貰って嬉しそうに頬張るウーロン王子を見て、ジャスミン姉ちゃんが笑ってたよ。
 三日目、パンの争奪戦が始まってから一食もパンにありつけなかったウーロン王子。
 誰も王子に忖度してくれなかったし、それどころかひ弱な王子は略奪の対象だったの。
 もう身分なんて関係ない、弱肉強食の世界だったよ。

 流石に、サニアール国へ引き渡す前に衰弱死させる訳にはいかないし。
 四日目からは、おいらが手渡しでウーロン王子にパンを与えているの。
 奪おうとしてやって来た連中は、檻の外からおいらがデコピンで撃退したよ。

 それから毎日、三食ともおいらがパンを手渡していたら。
 おいらの側で食べればパンを奪われることが無いと、王子は理解したみたい。
 それからわずか五日で、すっかり懐いちゃった。

 そして、ヌル王国の水軍の攻撃を受けてから十日目。
 シナモン王女とカルダモン王女もすっかり元気になったし、当面のおいらの仕事も片付いた。
 いよいよ、サニアール国へ向けて出発だよ。
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