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アイイロモンペ

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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第534話 民に慕われる王になりなさいって

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 騎士達が朝から何度も泥玉を補充し、王都の民衆による憂さ晴らしは続いたけど。
 夕食時が近付く頃には、みんなお腹を空かせて家に帰っていったよ。
 後に残されたのは、泥塗れになった檻の中の罪人たち千百三十六人。
 言わずと知れたヌル王国水軍の連中だよ。
 檻の中は右往左往する事も出来ないほどほど混み合っていることもあって。
 檻の内側の方にいた人達はさほど汚れていないけど、鉄格子の間近にいた人はドロドロだったよ。

 泥塗れで力なく立ち尽くす檻の中の連中を見て。

「これじゃ、食事も与えることは出来ないわね。
 泥塗れで食べ物を口にしようものなら、食中りしょくあたりしかねないわ。
 罪人がお腹を壊そうが気にはしないけど、街の広場に汚物を垂れ流されたら嫌ね。」

 そう呟いたアルトは、『積載庫』から出した水を檻の上から滝のように浴びせかけたんだ。

「何だ、何だ、晴天にスコールだってか!」

 雲一つない夕焼け空からいきなり降り注いだ大量の水に、檻の中は騒然としたよ。

「えっ、これ、何処から降って来たんだ?
 ボロ布なんて…。
 まあ良いか、助かったぜ濡れたままじゃ風邪を引いちまう。」

 連中の泥汚れが一通り落ちた頃合いを見て、アルトは大量の布地を檻の中に放り込んだの。
 アルトに尋ねたら、連中の船団の中にあった使い古しの布地らしい。
 アルトったら、ご丁寧に人数分かっきり千百三十六枚の布地を投げ込んだらしい。
 どんなことが起こるか見ものだと言ってたよ。

 それが濡れた体を拭くために投げ入れられたものだと、檻の中の男達はすぐに悟ったみたいで。
 布を手にした男達は、各々体を濡らした水を拭き取り始めたの。

 すると、…。

「こんな布でも無いよりはましであろう。
 おい、貴様ら、体など拭いておらんで吾に布を寄こすのだ。
 吾が布を繋ぎ合わせて、身に纏うことにする。
 吾が風邪など引いたら一大事であろうが。」

 そんな言葉を口にしたウーロン王子が、周りに居た男達から布をひったくったよ。

「テメエ、この野郎! 一体何様のつもりだ!
 誰だって、風邪を引くのは嫌に決まってるだろうが。
 人の物をひったくるなんてふてぇ野郎だ。
 とっとと返しやがれ!」

 ひったくられた男も負けてはおらず、奪い返すとウーロン王子を蹴とばしていたよ。

「この無礼者! 吾が誰か分からぬのか!」

「ああ、何だって?」

 無礼者と罵られた男は、ウーロン王子の顔をしばしジッと見詰めると…。

「うーん、オメエ、誰だって?
 俺はオメエみてえな軟弱そうなガキは知らんぞ。
 おい、誰か、このガキのことを知ってるやつは居るか?」

 思い当たる節が無い様子で、周りに居る男達に尋ねたよ。

「何だよ、どっかの跳ねっ返りがイキってんのか。
 見ねえ顔だな、こんなの俺の船にはいねえな。」

「おおかた、サル山のボスを気取ってた田舎もんだろうよ。
 お山の大将が、一獲千金を夢見て船に乗ったんだろう。」

「まあ、まあ、世間知らずの坊やなんだろうから赦してやれよ。
 なあ、ボウズ。お前の村じゃ、ちょっとは名が知れてたかも知らんが。
 世間ってもんは広いんだ、ちょっとやそっとじゃ名前を覚えちゃ貰えねえよ。
 名前を憶えて欲しけりゃ、船の中で下積み仕事を真面目にするんだな。」

 ウーロン王子って、人望が無いんだね。
 周りに居た船乗りさん達の中に、ウーロン王子を知る人は誰一人として居なかったみたい。
 中には、周囲に名前を知って欲しければ、先ずは自分の乗る船で評判を上げる事だなんて諭す人もいたよ。

「そいつの言う通りだぜ。
 海の男として名を上げたいのなら、地道に下積みを積むことだな。
 とは言え、その機会があるかどうかは分からんがな。
 功名心にはやったどっかのバカ王子のせいでよ。」

「おう、俺もあのバカ王子の首をへし折ってやりてえぜ。」

 誰も自分を王子だと気付いてくれないことに愕然としたウーロン王子。
 更に風向きが少し怪しくなると、ウーロン王子はそこからこっそりと距離を取っていたよ。
 おいら、その時思ったよ、顔が知られてなくて良かったねって。

          **********
         
 その日の日没後、監視のために篝火が焚かれ、何時になく夜の広場が明るかったの。
 そんな中、檻の中の連中に夕食が配られたの。大きめに切られたパンの実が一人に一つ。
 ケチっている訳じゃないよ、懲罰だから最低限命を維持するのに必要な食事にしたんだ。

 先ずは、混み合った檻の中を更に詰めさせて、檻の一画を空けさせたの。
 その一画で、檻の外から騎士が一人ずつ順番にパンを配ることにした。
 パンは正確に千百三十六個しか用意してないので、取りに来るのは一人一回だけと前もって注意したよ。

 パンを配り始めてしばらくすると。

「おい、そこのお前、ちょっとここに四つん這いになれ。
 儂の椅子変わりとなるのだ、立って食事なんぞ出来ぬわ。
 それと、そこ、そのパンを儂に寄こすのだ。
 朝から何も食べていないのだぞ。
 こんなパン一つでは腹の足しにもならんわ。」

 そんな無茶を言う男がいたの。
 その言葉は偉そうなヒゲを生やした中年男の口から発せられていたよ。

「はあ? オッサン、寝ぼけているのか?
 何で、俺が背中にてめえの汚ねえケツを乗っけないといけないんだ。
 みんな、立ってメシを食ってんだぞ、テメエも大人しく立って食えよ。」

「そうだぜ、テメエが何処の誰か知らねえが。
 腹が減っているのは誰だって一緒なんだ。
 一人一個と決まっているだから、つべこべ言わずに自分の分だけで我慢しとけ。」

 この状況で椅子代わりになれとか、パンを寄こせなんて言われて頷く人は居ないよね。

「この無礼者めが!
 貴様ら、儂の命に従わぬと申すか。
 儂は伯爵にして、今回の陸戦隊の総指揮官であるぞ。
 命に従わぬと申すのであれば、後日査問に付してやるぞ。」

 オッチャンは自分の身分を盾に、周りを従わせようとするんだけど。
 誰一人として従おうとする者は居なかったよ。 

「何が、総指揮官様だ。 
 テメエ等指揮官がだらしないから、こんな目に遭ってんだろうが。
 後日査問だと? そんな機会があれば良いな。」

 なんて、嫌味を吐かれる始末だった。

「貴様、儂を愚弄するか! 船乗りの分際で赦してはおかぬぞ!」

 そう言って自称総指揮官は、腰に手を当てたんだ。
 多分、普段はそこに武器を携行しているんだろうね。それが剣か、鉄砲かは知らないけど。

「何だ、テメエ、やろうって言うのか?」

 うん、怒るのも無理ないと思うよ。
 周りはみんな船乗りさんなのに、『船乗りの分際で』なんて見下した言い方をするんだもの。

 船乗りの一人が、自称総指揮官に殴りかかると。

「総司令官殿! 
 こら、総司令官殿に手を挙げるなど、赦してはおけぬぞ。」

 近くに居た軍属がそれに気付き、自称総指揮官を助けに入ったんだ。
 そして、見る見るうちに騒ぎが大きくなり…。
 やがて、貴族が中心の軍属達と平民ばかりの船乗りさん達の間で殴り合いの喧嘩が始まったよ。
 窮屈な檻の中でよく喧嘩なんて出来ると感心したけど、船乗りさん達は喧嘩が上手だった。

 平素から航海の中で体を鍛えている船乗りさんと武器を取り上げられた貴族達。
 普段なら武器にものを言わせてるんだろうけど、丸腰では貴族連中は全く歯が立たなかった。
 ものの一時間もしないうちに、窮屈だった檻が広くなったよ。
 船乗りさん達が、気を失った軍属共を檻の隅っこに次々と積み上げて行ったからね。 

 喧嘩が始まる前に首をへし折ると言われたから、臆していたんだろうね。
 ルーカス王子は、喧嘩に加わらずに隅っこで小さくなっていたよ。
 気絶した貴族達の無残な姿を目にし、足元に水溜りを作って震えていた。
 …ばっちいなぁ。

        **********

 おいらが檻の中の惨状を見て呆れていると。

「あら、随分と早く王族貴族のメッキが剥げちゃったわね。
 と言うより、連中、記号以外は王族貴族の威厳なんて一つも持ち合わせていなかったのね。
 マロン、私が出した問題は解けたかしら?」

「うーん、言葉にするのは難しいけど。
 何となく分かった。
 アルトの言う記号って、王侯貴族らしい服装とか、剣とか、そんな物でしょう。
 一目でそれと分かる記号を身に着けているから、普段は敬われているけど。
 それが無くなった時に敬われるか否かは、平素の行い次第だということ。
 アルトは、それをおいらに教えたかったのでしょう。」

 王侯貴族って、身分制度の下で優遇されていて。
 歯向かったり、不敬を働いたりすると厳しく罰せられるからね。
 それに王侯貴族は武器を携行したり、武装した護衛を付けてたりしているもの。

 王侯貴族らしい記号があれば、周囲の人は罰を恐れて一応敬っている姿勢を見せる訳だ。

 でも、今みたいに王侯貴族だと分かるものを一つも身に着けてない場合だと。
 平素から周囲の人々と親交を持ち、慕われてないと、王侯貴族だと認識すらしてもらえないんだね。
 
 ウーロン王子の場合、第十三王子だとか言ってたし、同じ船団の船乗りにさえ顔すら知られてなかったみたい。
 船に乗っている時は、特別な服を着て、護衛が付いていたので、誰もが王子だと認識したのだろうけど。
 パンツ一丁で放り出されたから、誰も気付いてくれなかったんだね。

「そうね。
 マロン、国の民から慕われる王になりなさい。
 みすぼらしい格好をしていても、民がマロンの言葉に耳を貸すくらいに。
 平時なら、王様らしい身なりを整えていれば、民は従う振りをしているわ。
 でも、何か問題が生じた時、慕ってもいない王などに民は協力してくれない。 
 あんな風に蹴り飛ばされるのがオチよ。」

 そうだね、少なくとも非常時に民から食べ物を奪う為政者なんて、誰も言う事を聞いてくれないよね。
 アルトはおいらに言ったんだ。
 常に民の方を向いて政をしていれば、国は良く治まるものだと。
 普段から民衆に交わり、民衆が何を望むのかを良く聞き、それを政に活かしておきなさいって。
 そうすれば、国難にぶつかった時に民は必ず力を貸してくれると。  
  
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