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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第515話 えっ? 無いの?

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 『妖精の泉』の水の秘密を嗅ぎ付けた商人を捕えて、初めて知ったことだけど。
 海の彼方にあるオードゥラ大陸って場所では、この国で採れる『砂糖』が評判になっているらしい。
 おいらが留守にしている二ヶ月の間に、交易船が相当数訪れているみたいだった。

 『妖精の泉』の水の効用に気付いたのは、捕えた商人だけみたいだけど。
 『砂糖』の事や『トレントの木炭』の事をコソコソと嗅ぎ回っている連中が居るそうだよ。
 風呂屋の支配人を任せているノネット姉ちゃんが、お客さんからちょくちょく尋ねられると言ってた。

 まあ、でも、実害は無さそうなんで、その辺はあんまり気にしないことにしたよ。
 サトウキビや砂糖の精製所なんて、ありもしないものを探しているんだもん。
 トレントの苗木が欲しいなんて命知らずのことを言ってたりね。
 見当違いなことを言っている物知らずなんて相手をしてられないよ。

 何で、素直にギルドの直販所から仕入れて帰らないのだろう。
 せっかく、割安の値段で好きなだけ買えるようにしているのにね。

 ノネット姉ちゃんの話を聞いて、おいらはオードゥラ大陸の無知に呆れていたんだけど…。

「そうだよな、普通はそう考えるよな…。
 普通、あんなものが木に生るとは思わないもんな。
 だとすると…。」

 タロウはブツクサと独り言を呟きながら、何か考え込んでいたんだけど。
 おいらの方を向くと…。

「なあ、マロン、エチゴヤの幹部に指示しておけよ。
 『パンの木』の苗木の管理をしっかりしろと。
 苗木は絶対に、オードゥラ大陸の商人に売るな。
 盗まれないようにも気を付けろ。
 いや、国外への持ち出し禁止にした方が良いかもしれんぞ。」

 珍しく真面目な顔をして言ったんだ。
 でも、言ってることは意味不明だよ。
 
「なんで?
 確かに、『パンの実』は生活必需品だけど…。
 植えておくと勝手に増えるから、苗を買う人なんていないよ。
 何かのトラブルで枯れたら困るから、必ず予備の苗を保管してはあるけど…。
 何処にでもあるものだから、盗む人もいないだろうし。」

 パンの実は、何処の国でも安価に入手できるようになっているんだ。
 その国で暮らすの人々が飢えないようにとの配慮だね。
 また、一年中安定して収穫できるから、手間を考えると自分で植えるより買った方が安いの。
 だから、何処の町や村でも有力者が一手に栽培して、住民全員の分を賄っているの。

 ヒーナル治世下のこの国くらいだよ、『パンの実』にバカ高い税を課して民にひもじい思いをさせた国なんて。
 その分、今は『パンの実』を価格統制して、格安で民の手に届くようにしているけどね。
 ヒーナルに媚びて『パンの木』を独占していたエチゴヤをおいらが接収して、利益度外視で販売してるから。

 この国のパンの木は今でもエチゴヤが独占しているので、何処にも苗は売ってないと思う。

「俺、お前と初めて会った頃に言っただろう。
 俺の故郷じゃ、『パンの実』なんて便利なモノは無くて。
 小麦からパンを作っているって。
 もしかしたら、オードゥラ大陸もそうなんじゃないかと思ってな。」

「へっ? 『パンの木』が無いって?
 また、また。おいらをからかって面白いの?
 『パンの木』が無い場所なんて、ある訳ないじゃない。」

「いや、俺は『パンの木』なんてメルヘンチックなモノがある方が驚きだったぜ。
 焼き上がったパンそのものが生る木なんてな、何の冗談だと。」

 物心ついた頃から身近にあったパンの実が無いとか言われても、おいら、信じられなかったよ。
 でも、タロウは至って真面目な顔をしていて、おいらをからかっているようには見えないし…。

「マ、マジで?」

「マジも、マジ、大マジだって。それでよ。
 オードゥラ大陸ってのが、どんな文化水準にあるのかは知らんが。
 ことによるとパンは高級品かも知れないぞ。
 その場合、『パンの木』なんてお手軽便利なモノがあると知れたら。
 苗を根こそぎ持ってかれちまうかも知れない。」

「小麦からパンを作るの?
 小麦って、あのクッキーとか焼くのに使う粉の素だよね。
 『パンの実』のパンみたいに膨れるもんなの?」

 この国で小麦から作った粉は、もっぱらお菓子の材料だよ。
 パンケーキなんてのもあるけどペッタンコで、パンの実みたいにふっくらしてないの。

「だから、あの時言っただろう。
 俺は一応、パンをふっくら焼く知識を持っているって。
 俺たちの世界じゃ、二百年くらい前まではふっくら膨らんだパンは高級品だったらしい。
 いや、それ以前に、小麦で作ったパン自体が高級品だったか。
 昔は、ライ麦パンなんて言う酸っぱくて堅いパンが主流だったとか聞くからな。」

 タロウの故郷では、手軽に安価でパンが手に入るそうだけど。
 二百年くらい前までは、小麦の大量栽培技術が未熟でパンそのものが高級品だったみたい。
 貧しい人は、ジャガイモや豆を主食にしていたらしいって。

 もし、オードゥラ大陸の小麦栽培技術が遅れていれば、パンが高級品かも知れず。
 お手軽に美味しいパンが手に入る『パンの木』は、喉から手が出るほど欲しいものかも知れないって。

 確かに、この王都周辺でも、トアール国の辺境の町でも、小麦畑なんて少ししか無いし。
 それで、住民全員のパンを賄うなんて到底無理だね。
 もし、『パンの木』が無かったら、飢える人が続出すると思う。

 ここはタロウの助言に従って、エチゴヤに『パンの木』の苗木を外部に出すなと指示することにしたよ。
 宰相にも、『パンの木』を国外持ち出し禁止にするよう相談してみることにした。
 タロウの言う事を全て鵜呑みにする事は出来ないけど、一応用心しておこうかと。

     **********

「ねえ、タロウ。
 それじゃ、もしかして、オードゥラ大陸には『シュガートレント』も居ないのかな?
 そのサトウキビってものを加工して砂糖を作っているの?」

 この大陸に当たり前に存在する『パンの木』が無いのなら。
『シュガートレント』が無くても不思議じゃないからね。

「ああ、確信は無いが、多分そんなところじゃないかと思っているよ。
 俺の故郷では、砂糖はサトウキビか、テンサイから作ってるからな。
 奴らがサトウキビ畑や砂糖の精製所を探してたのなら、『シュガートレント』が居ないんだろう。」

 タロウは、サトウキビって植物を知っていたよ。
 サトウキビから白くてサラサラな砂糖を作るのは結構手間が掛かるみたい。
 タロウの故郷では、砂糖も二百年くらい昔はとても貴重品だったらしいの。
 海の彼方の大陸からわざわざ砂糖を求めて来るのだから、オードゥラ大陸でも相当な貴重品なんだろうって。

「そっか、タロウの故郷じゃ、『シュガートレント』も無いんだ。
 変なところだね。」

「へんてこなのは、この大陸の方だろうが。
 何処の世界に、ご丁寧に壺に入った『砂糖』が生る木があるって言うんだ。
 俺は初めて見た時、何の冗談かと思ったぞ。」

 何処の世界にあるって、現にここにあるじゃない。
 でも…。
 そう言えば、以前、にっぽん爺が『所変われば品変わる』なんて言葉を教えてくれたっけ。
 土地が変われば、自分では当たり前だと思っていたことが違ってくることがあるって。
 まさか、『パンの木』や『シュガートレント』が無い場所があるなんて…。

 そこで、おいら、気付いたよ。

「ねえ、トレントの苗木を探しているって。
 もしかして、『シュガートレント』だけじゃなくて…。
 オードゥラ大陸には、トレントそのものが居ないんじゃない。
 トレントが魔物だってことを知らなくて、苗木を欲しがっているんじゃ。」

 連中、砂糖がトレントから採集できると知らないみたいだから。
 砂糖が目当てで、苗木が欲しいと考えている訳じゃなさそうだよね。

「だろうな。
 トレントがどんなものか知ってるなら。
 あんなヤバイ魔物の苗を欲しいなんて思わねえだろうが。
 きっと、奴ら、トレントを良質な燃料炭の原料くらいにしか思ってないぜ。」

 タロウもおいらの予想に同意してくれたよ。
 迂闊にトレントの苗を持ち帰って、狩れる人が居ない所に植えたら大惨事になるだろうって。
 いや、それ以前に、苗木を採集しようと迂闊にトレントの森に入ったら大惨事だよ。
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