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第十六章 里帰り、あの人達は…

第498話 相変わらずの昼行灯だった…

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 昨晩捕えた者達の処刑を終えて王宮へ戻るアルトの『積載庫』の中。

「おい、モカ。
 何故、今日処刑した者達の素性を事前に報告しなかったのだ。」

 王様が不機嫌そうに、モカさんを責めていたの。
 自分の取り巻きの多くを処刑するハメになったんで、王様はヘソを曲げているみたいなんだ。
 
「これは異なことを。
 私はご報告しようとしたのですよ。
 しかしながら、あ奴らの罪状まで報告した時点で。
 陛下が激怒なされて、即刻首を刎ねよと命じたのではございませんか。
 あの時、私は『本当によろしいのですか?』と確認しましたが、お忘れですか? 
 そもそも、あ奴ら、陛下が常々顔をあわせている者ではございませんか。
 顔を見てお分りになりませんでしたか?」

 うん、おいらも聞いてたよ。
 あの時、王様は「儂に二言は無いわ。」と言ってた。
 王様も自分の言葉を思い出したのか、気拙そうな顔をしてたよ。

 それでも、腹の虫がおさまらない様子で…。

「バカ者!
 全員、素っ裸だし。
 『薬』をキメて虚ろな目をしておったのだぞ。
 だらしなく緩んで、涎を垂らしている顔なんぞ見ても。
 あれが誰であるか分かる訳ないであろう。」

 八つ当たりのようにモカさんを非難してた。
 この王様、そんなところが迂闊だよね、ちゃんと確認すれば良かっただけなのに。

「そう申されましても。
 あ奴ら、ご禁制の薬草を常用しておった上に。
 王都に多数のワイバーンを呼び寄せたのですぞ。
 それだけの不始末を仕出かしたのですから。
 何者であっても極刑は免れないと思いますが。
 もし、陛下が情実を交えて軽い処罰で留めたとすれば。
 陛下のお立場を極めて悪くすると思料しますが。」

 モカさんは続けて言ったの。
 今回ワイバーンを無事に撃退できたものの、何故あんなに多く襲来したのかが分からないと不安に感じたはずだと。
 『ラリッパ草』がその原因だと公表しなければ、また襲来があるやもと民衆は不安を持ち続けることになっただろうと。
 昨日、それを公表したことにより、もう襲来はないと民衆は安心しただろうし。
 『ラリッパ草』に関わった者を処刑したことにより、民衆は『ラリッパ草』の栽培はご法度だと強く心に刻んだはずだと。

 モカさんの話が余りに正論だったので、王様は何も言い返せなかったよ。
 不満そうな表情で、だんまりになっちゃった。

         **********

 王宮へ戻ると、そこではミントさんと公爵、それに宰相が慌ただしく官吏に指示を飛ばしていたよ。

「ミント、お前、戻っておったのか?」

「あら、陛下、モカからカズヤの活躍は耳にしていませんでした?
 カズヤが戻っているのですもの、私も帰っているに決まっているではございませんか。」

 口煩い王后が返って来たとでも思ったのか、王様が露骨に渋い顔をして声を掛けると。
 ミントさんも、カズヤ殿下の活躍を強調し、王様が一番嫌がるであろう返しをしてたよ。
 この夫婦、ホント、仲が悪いんだね…。

「陛下、良くお戻りになられました。
 大変ですぞ、エロスキー子爵の顧客名簿を手掛かりに騎士団が摘発に入ったところ。
 八十九の貴族の屋敷から、『ラリッパ草』が出て参りました。
 押収された『ラリッパ草』は、全て併せると荷馬車数台になろうかと言う数量です。
 また、当主以外にも夫人や子息が『ラリッパ草』の服用の現行犯で取り押さえられており。
 捕縛された貴族は百五十人近い数となっております。」

 王様の帰りを待ちわびたように、宰相が捕縛者リストを差し出しながら言ってたの。
 エロスキー子爵の顧客名簿にあった貴族の屋敷の全てから『ラリッパ草』が発見されたって。
 一緒に、『クラクラ草』や『イケイケ草』も発見されたようだけど。
 一番ヤバい葉っぱが各所から大量に発見されたことが、宰相にとっては衝撃だったみたい。

 それに、追い打ちを掛けるように。

「それだけじゃございません。
 マロンちゃん、アルト様、あの水を分けて頂けませんか。
 摘発に入った屋敷の全てから、薬漬けにされた若い娘が見つかりました。
 一つの屋敷に一人か二人、多い所では五人も監禁されていましたよ。
 薬漬けにされて監禁されていた娘は二百人以上です。」

 エロスキー子爵の別宅をガサ入れしたのは連中のローテーションの一日目だったからね。
 薬で壊れちゃった娘さんは処分されちゃった後だから。
 貴族の屋敷に監禁されていた娘さんは、薬さえ抜けば正常に戻れそうだって。
 おいらは、ミントさんの要望に応えて、『妖精の泉』の水詰めた大樽を出してあげたよ。
 エロスキー子爵の別邸で保護した娘さんを加えれば、二百五十人くらいの娘さんの命を救えたのかな。
 
 大樽を床に置くと、ミントさんの指示を受けた官吏が、さっそく娘さんを保護している場所へ運んでいった。
 大樽を運び出す官吏と入れ違いになるように、今度は騎士が一人、紙束を持ってモカさんの所へやって来たの。

「うん? 何かあったのか?
 お前には子爵別邸裏に広がる森の探索を命じたはずだぞ。」

「父上、いえ、騎士団長、何卒、応援をなるべく多く派遣してください。
 騎士である必要はございません、日雇い人夫でかまいません。
 遺体が多過ぎて、たった十五人では如何ともしようが無いのです。」

 子爵の別邸にはモカさんの息子さん達五人を残し、そこに十人の応援を送ったんだけど。
 森の奥には大きな穴が掘られていて、おびただしい数の遺体が投げ捨てられてたらしいの。
 性別等が確認できる新しい遺体は全て若い娘さんだったらしい。

 強烈な腐臭に耐えながら、穴から出した遺体は五百体分以上。
 『体分以上』って表現になっているのは、折り重なった下の方は白骨化しちゃっているかららしいよ。
 報告を聞いていたミントさんは顔面蒼白になってた。おいらも少し気持ち悪くなったよ。

 それで、モカさんの息子さんが応援を求めてきたのは何故かと言うと。
 森を探索した結果、不自然に木の生えていない空き地が多数見つかり。
 そこには決まって大きな穴を埋めたような形跡が見られたらしいの。
 多分、それも全部…。

「分かった、大至急、応援を手配する。
 お前達は、一旦休息を取れ、昨夜から働き詰めであろう。」

 モカさんは受け取った報告書に目を通しながら、息子さんに休息を命じてたよ。
 モカさんが受け取った報告書には、発見された遺体の状況や数が事細かに記されており。
 穴を埋めたような場所の簡易な地図なんかも記されてた。

 モカさんが呼んでいる報告書を覗き込んだ公爵は顔を青くし、「なんと、おぞましい」と呟くと。
 次の瞬間、王様をキッと睨み…。

「陛下、この不祥事をどう収めるつもりでございますか。
 貴族が大規模かつ組織的にご禁制の薬草を流通させ。
 その享楽的欲望を満たすために、無辜の民を大量に殺害したのですぞ。
 しかも、今まで知られてなかったこととは言え、ワイバーンまで呼び寄せてしまったのです。
 一歩間違えば、大惨事でしたのですぞ。」

 公爵は王様に詰め寄ったの。

 因みにアルトに尋ねてみたんだ。
 ワイバーンは『ラリッパ草』が大好物だと言うけど。
 敢えて食べさせて、酩酊状態になったところを討伐すれば楽勝じゃないかって。
 そしたら、アルトから返って来たのは、意外な答えだった。

「ああ、それね。ワイバーンは『ラリッパ草』に悪酔いするのよ。
 酩酊状態になると狂暴性が増して、動くモノは手当たり次第に攻撃するようになるわ。
 あんなところで、栽培していたら王都なんて格好の標的になるわよ。」

 アルトは言ってたよ、あの時、おいら達が居なければ本当に大惨事だったって。
 公爵は、モカさんからその話を聞いていたから、さっきの発言になったんだ。

       **********

「余にどうしろと言うのだ。
 あれだけの貴族を処刑したのだ。
 一番の子飼いだったエロスキー子爵まで処刑してしまった。
 余は断腸の思いだったのだぞ。
 後は、適当にお茶を濁しておけば良いであろうが。
 何なら娘達の殺害など揉み消したらどうなんだ。」

 公爵に詰め寄られた王様は逃げを打ったよ。
 さすが、アルトから昼行灯(役立たず)と呼ばれているだけの事はあるね。
 
「そんな訳には参りません。
 陛下は広場で、『ラリッパ草』に関わった者は全て極刑に処すると宣下したのですぞ。
 騎士団千人も動員して摘発に入ったことも知らせてあるのです。
 捕縛すべき者は一人もおらんかったで、通る訳が無いでございましょう。
 今回の一件で民の貴族に対する不信感は増大しているのです。
 ここでいい加減な対応をしたら民の怒りが噴出しますぞ。」

 モカさんがそう言って、王様の無責任な態度を諫めたんだけど。

「ええい、煩い。
 民に暴動が起こったら、鎮圧すれば良いであろう。
 これ以上、貴族を処断しようものなら余の立場が弱くなるではないか。」

 その日処刑した貴族は、ことごとく王様の取り巻き貴族だったから。
 残りの貴族も、王様を支持してくれる貴族だと当たりをつけたみたい。
 この王様、人望が無さそうだから、取り巻きが居なくなったら途端に立場が弱まるだろうね。

「誰が、暴徒と化した民衆を鎮圧するのですか?
 言っておきますが、騎士団はそんな命令には従いませんよ。
 貴族の不正を隠ぺいするために、民を弾圧するなど断固お断りです。」

 そんな王様に、モカさんは素気無くお断りを入れてたよ。

「陛下、ここは近衛騎士団長の申される通りです。
 これだけの不正をした貴族を庇い立てする事は出来ません。
 捕えた者、全て極刑に処すのが妥当かと。
 陛下が宣下したのなら、言を曲げることなく全うするのが筋でございましょう。」

 そんなモカさんに宰相も賛同して、王様に捕らえた貴族の処罰を具申したんだ。
 モカさんと宰相から諫められた王様は、苦虫を嚙み潰したような表情となってたよ。
 
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