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第十六章 里帰り、あの人達は…

第486話 貴族が嫌いになるのも無理ないね

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 晩ごはんの後、おいらは妹のミンメイをお風呂に入れたんだ。

「ねえちゃと、おっふよ、うれしいな~♪
 あ~わ、あわ♪」

 洗い場で体を洗ってあげると、ご機嫌そうな声を上げるミンメイ。

「マロンちゃんとミンメイちゃんて、本当に仲がいいのね。
 ううん、ミンメイちゃんだけじゃなくて、家族みんな仲が良さそうで羨ましい。」

 嬉しそうにはしゃぐミンメイを見て、ウルシュラ姉ちゃんがそんな言葉を漏らしたんだ。
 せっかくだから、一緒にお風呂に入ろうと誘ったんだ。
 いつも一緒のオランには遠慮してもらったよ。
 あれでも一応男の子だからね、人によっては気にするから。
 
「うん、おいら、みんな大好きだよ。
 父ちゃんが沢山お嫁さんを貰って、家族を増やしてくれたんだ。
 おいら、ずっと一人ぼっちだったから、家が賑やかになって嬉しいの。」

「沢山、お嫁さんって…。
 確かに、マロンちゃんのお父さんって、奥さんが沢山いるのね。
 しかも、みんな、十代半ばの娘さんばかりだし驚いたわ。
 私、最初、みんな、マロンちゃんのお姉さんかと思ってた…。」

「うん? 十代半ばの娘さん?
 それ違うよ、父ちゃん、ロリコンじゃないもん。
 歳のことを言うと怒るけど、全員四十前だよ。
 父ちゃんから見れば、全員姉さん女房なの。」

「えっ、うそ!
 マロンちゃん、私を担ごうとしてない?」

「嘘じゃないよ。
 お嫁さん、全員、耳長族だもの。
 三百年くらい生きるらしくて、歳をとるのが遅いんだって。
 ほら、ミンメイも。」

 おいらが、長く伸ばしたミンメイの髪を手で梳いて特徴的な長い耳を露わにすると。

「あら、本当に耳が長い…。
 夕食をご馳走になった時、違和感を感じたのは耳のせいだったのね。
 耳長族ってお伽話の存在かと思ってた…。」

「まあ、何百年も前に絶滅した種族だと思われていたからね。
 でも、この町なら、耳長族のお姉ちゃん、そこそこ目にするはずだけど。
 『STD四十八』の興行で演奏しているし、買い物にも来てるらしいから。」

「それね、私、夜のお仕事でしょう。
 普段は夕方から朝までお仕事をして、昼間寝ているし。
 この町に流れて来て、まだ半年もたたないから…。
 今まで、耳長族の人なんて見たことなかった。」

 それなら、仕方がないね。
 まあ、『STD四十八』の興行も、買い物に来たお姉ちゃんも夕方には帰っちゃうからね。
 耳長族のお姉ちゃん達は、暗くなる前に里に帰る決まりにしているみたいだし。

 耳長族を知らないようなので、耳長族の過去や父ちゃんとお嫁さんの馴れ初めなんかを話したよ。
 昔、沢山の貴族が大金をはたいて耳長族を買おうとしたこと。
 金に目が眩んだ冒険者共が大規模な耳長族狩りを行ったために絶滅の危機に瀕したこと。
 そんなことを話した時に、ウルシュラ姉ちゃんがまた表情を曇らしたよ。

 そして、…。

「ホント、貴族ってロクでもない連中ばっかり。
 民を奴隷のように扱って、自分達は放蕩三昧…。
 貴族なんて、百害あって一利なしだわ。」

 ウルシュラ姉ちゃんのその言葉はとても憎しみが籠っていたの。

「うん、ロクでもない貴族が多いね。
 この国も、ウエニアール国も。
 この国の場合は、二百年前の愚王以来、王の権威が失墜して。
 貴族を甘やかし放題にしてきたみたいだからね。」

 この国の王は貴族に対して立場が弱いから、強く監督することも出来ないし。
 そもそも、当代の王からして民を軽んじている愚か者だから。
 貴族の義務も果たさずに、民を虐げている貴族がいても屁とも思わないだろうね。

      **********

 体を洗い終えて、ミンメイを抱きかかえてお湯に浸かっていると。

「ねえ、マロンちゃん、お父さんがお嫁さんを連れて来た時、嫌じゃなかった?
 お父さんが盗られちゃうとか、お母さんのことを忘れられちゃうんじゃないかとか。」

 ウルシュラ姉ちゃんがそんな事を尋ねてきたの。

「全然、そんなこと思わなかったよ。むしろ、家族が増えて嬉しかった。
 それに、おいら、父ちゃんが帰って来てくれただけで嬉しかったもん。
 血が繋がっていないおいらなんて、捨てられちゃっても文句言えないのに…。
 父ちゃん、命懸けでおいらのもとに帰って来てくれたんだから。
 こんなに可愛い妹も作ってくれたし。」

「えっ、血が繋がっていないの? あんなに仲が良いのに?」

「そうだよ、おいら、本当の父ちゃんの顔も母ちゃんの顔も知らないんだ。
 赤ん坊のおいらを、無理やり押し付けられたのに。
 とっても、大切に育ててくれたんだ。
 今だって、おいらの我が儘を色々と聞いてもらっているんだよ。
 買ったばかりのこの屋敷を放って、一緒に遠い場所に行ってもらってるの。」

「信じられない…。
 自分の子じゃないのに、そんなに献身的になれるなんて…。
 私も自分の父親は知らないんだけど。
 そいつは、血の繋がった私すら面倒見ようとしなかったのに。」

 自分の父親を『そいつ』と呼んだウルシュラ姉ちゃんは、ますます忌々し気に吐き捨てたんだ。

「ウルシュラ姉ちゃんもお父さんの顔を知らないんだ…。
 でも、顔も知らないお父さんの事を憎んでいるんだね。」

 ウルシュラ姉ちゃんの表情や言葉の端々からすると、相当憎しみを感じているように思えたんだ。

「当たり前よ、憎むに決まっているでしょう。
 まだ、年端のいかない私のお母さんを、無理やり両親のもとから連れ去って。
 私を身籠った途端に用済みだって放り出したのよ。
 ロクにお金も与えずに、着の身着のままで…。
 まるで私達母娘に死ねと言っているみたいじゃない。」

「そのお父さんが貴族だったの?」

「そうよ、貴族の当主が召し上げると言えば、嫌とは言えないでしょう。
 母は、訳も分からず連れて行かれたらしいの。
 それでも、愛妾としてきちんと処遇してもらえれば良かったのでしょうけど…。
 そいつは母を奴隷のように扱ったらしいの、シモの処理の道具として。
 母が身籠っても、面倒を見る気なんて端から無かったのでしょうね。」

 今のこの領地なら、文句なしにお縄だね。
 でも、この国は、貴族と平民の身分の差は絶対だし、更に女の人の立場は低く置かれているものね。
 ウルシュラ姉ちゃんの歳が幾つかは分からないけど、二十年も前じゃ貴族のお召しを断ることなんて絶対に無理だったろうね。

 でもそれで、納得だよ。
 ウルシュラ姉ちゃんの髪って、輝くような金髪なんだもん。
 平民には珍しいなと思っていたんだけど、貴族の血が混じっていたんだね。

       **********

「お母さん、何とか自分の生まれた家に帰れたんだけどね。
 腫れ物に触るように、扱われていたの。
 貴族のオモチャにされて捨てられた娘なんて、嫁の貰い手も無いし。
 そのうえ、私と言う厄介者付きですものね。」

 ウルシュラ姉ちゃんの生家は、王都にほど近い農村で農家をしているそうなの。
 お母さんの長兄が農家を継いでいるそうで、お母さんは農作業を手伝っていたそうなんだけど。
 長兄には、お嫁さんも子供もいて、ウルシュラ姉ちゃん達は肩身の狭い思いをしていたそうなんだ。

 農家では、ウルシュラ姉ちゃんの生活まで賄えないと言うことで。
 独り立ちできる歳になったものだから、半年ほど前に村を出たらしいの。

 半年前に独り立ちできる歳になったって、…ウルシュラ姉ちゃん、いったい今幾つなの。
 もしかして、相当若いんじゃ…。

 それはともかく、王都へ行っても紹介状の一つも無いとロクな働き場所は無いと思っていたそうなの。
 ウルシュラ姉ちゃん、鮮やかな金髪で、なまじ美人なものだから悪い奴らに絡まれるのがオチだと。
 そんな時、ハテノ男爵領なら、女の人の待遇も良いと言う噂を耳にしたんだって。
 それに、ハテノ男爵領行の駅馬車は破格の乗車賃で乗れたので、渡りに船だっらしいの。
 但し、行く先は領都ではなく、この町だけどね。
 アルトがこの町に人を呼び込むため、冒険者ギルドにタダで馬を与えて格安の運賃で駅馬車をさせているから。 

「この町に着いたのは良いけど…。
 やっぱり、紹介状の一つも無いものね。
 野良仕事しかしたことないから特技も無いし。
 ちゃんとした仕事に就くのは難しかったの。
 お母さんが持たせてくれた路銀も尽きて困っていたら。
 目の前に風呂屋を見つけてね…。」

 風呂屋には、『泡姫さん募集』の看板が出ていたらしいよ。
 そこには、給金のことなどが細かく書いてあって。
 しかも、店の前にはお客さんが長蛇の列をなしていたそうなの。

 それを見て、ウルシュラ姉ちゃんは怪しい店だとは思わなかったそうなんだ。
 お金も無かったし、給金に釣られて風呂屋の暖簾を潜ったんだって。

 にっぽん爺から、仕事の内容を知らされて吃驚したって言ってたよ。

「結局、母さんと同じ道を歩むことになっちゃった…。
 でもね、指導役のお爺ちゃんが、優しく仕事の手解きをしてくれたから。
 お客さんを取るのに恐怖心は無かったし。
 あのお店、店の人は親切だし、お客さんも変な人は少ないわ。
 エロスキーの馬鹿息子は初めての大ハズレだったのよ。」

 泡姫さんの仕事に就いた時は、結局こういう仕事をするしかないのかと嘆いたそうだけど。
 お客さんがチヤホヤしてくれるし、給金も良いしで、最近は仕事が楽しくなってきたと言ってたよ。

 あの風呂屋、王都から流れて来た泡姫さんもいるそうで。
 その人が言うには、王都の風呂屋は店のピンハネが多くて、泡姫さんの取り分が少なかったそうなの。
 それに、王都は人が多いから、変な客も多かったらしいの。
 特に貴族のお客は、横柄だわ、金払いは悪いわで最悪らしいよ。
 王都には貴族が沢山住んでいるから、そんな貴族のお客が多いらしいの。
 ホント、この国の貴族ってしょうもないね…。
 王都の風呂屋に比べればこの町の風呂屋は天国のようだと、王都から来た泡姫さんは言ってたらしい。

 ウルシュラ姉ちゃんは風呂屋でお金を貯めて、小さな店でも持てればと思っているらしいの。
 それで、お母さんを呼び寄せることができたらって。

「そんな、ささやかな願いすら邪魔しようなんて…。
 ホント、貴族って最悪。」

 エロスキー子爵のどら息子を思い浮かべたのか、ウルシュラ姉ちゃんは忌々し気にそんな愚痴を零してたよ。
 それじゃ、そのどら息子を何とかしないといけないね。 
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