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第十六章 里帰り、あの人達は…

第479話【閑話】ハテノ男爵領の騎士団、恐るべし…

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 その日、私達は気分転換に出掛けることにしたのだ。
 屋敷に居ても母上の悩ましい声に悶々とするだけなのでな。
 
 目的地はダイヤモンド鉱山がある山中、とても風光明媚な場所らしい。
 カズミの騎乗するウサギに二人乗りをして行くことにしたのだが。
 途中、前に座るカズミのお尻が私の股間に擦れて『おっき』してしまい…。
 それがカズミにバレて、気拙い思いをしてしまった。

 そんな恥ずかしい思いはしたものの。
 出掛けに聞かされた通り、鉱山に向かう街道からの眺めはとても素晴らしいものだった。
 美しい渓谷、そそり立つ奇岩、そして開けたところから眺める辺境の町の景色。
 どれも、平坦な土地にある王都に居ては見られぬ景色ばかりであった。

 その後もしばらく歩みを進めて、対岸の眺めが良い場所まで来るとウサギから降りたのだ。
 目の前には、渓谷に掛かる橋があり。

「殿下、あれがハテノ男爵領を支えるダイヤモンド鉱山です。
 人は、渓谷を渡る橋を使わないと鉱山には入れませんが…。
 魔物は裏手に広がる深い山脈の方から襲って来たのです。
 五十年前は不意打ち的に襲撃されてなすすべも無かったそうです。」

 渓谷を挟んで対岸にそびえる山に築かれた擁壁を指差して、エクレア団長が説明してくれたよ。
 その時の私達は、鉱山へ渡る橋の対岸のたもとで、まるで要塞のようなダイヤモンド鉱山を眺めていたのだ。

 元々、ダイヤモンド鉱山は盗賊や敵対する領地の軍団に襲われることを念頭に防護を固めていたのことで。
 街道側には堅固な擁壁を築いて、大規模な敵襲があった時には橋を落して鉱山に立て籠もる段取りになっていたらしい。
 幸いにして、平和なこの大陸にあっては人の襲撃を受けることは無かったそうであるが。

 魔物は、人間には通ることすら困難な、深く険しい山脈側から襲って来たらしい。
 防御が手薄な山側から襲われて、あっと言う間に鉱山は魔物に蹂躙されたそうだ。

「鉱山を魔物から解放した後、私達がしたのは徹底的な山狩りでした。
 領地の警備に最低限必要な二十名を残して、騎士総出で魔物狩りをしたのです。」

 鉱山に巣食っていた魔物を全て退治した後も、一月ほどずっと山中に残った魔物を狩っていたとエクレア団長は説明していた。
 そして、現在は渓谷側だけではなく、山側にも空堀と擁壁を築いて魔物の襲撃に備えているらしい。
 カズミが入団したのは、その後なので山狩りは経験していないそうだ。

「団長達のおかげで、まとまった数の魔物を目にする事は無くなりました。
 ただ、先程の商人が襲われたように、散発的にはぐれの魔物が出没するのです。
 そう言った魔物の被害を無くすために、騎士が街道を毎日巡回しています。」

 カズミが補足を加えてくれたよ。
 それもそう多い訳では無いそうだが。
 元々、スタンピードが発生して半ば魔物の領域と化していた地域なので気を抜くことは出来ないそうだ。

「殿下は運が良いのか、悪いのか…。
 油断していると、あんな風に時々現れるのですよ。」

 エクレア団長が指差す先には翅が生えた大きな蛇がおり、こちらに向かって飛来して来るところだった。
 どうやら、私達を餌と認識したらしい…。

「ウキュ、ウキュ」

 その瞬間、ウサギが怯えるような鳴き声を上げ、三頭とも私達を盾にするように退いたのだ。
 そのまま、身を丸めるようにして怯えていたよ。

「ウサギは気が弱いので、いつもこうなのです。
 お兄様はご安心ください、ギーヴルごときに後れは取りませんから。
 団長、お兄様の護衛をお願いします。」

 カズミはエクレア団長に私を託すと、魔物が飛んでくる方角に進み出るように私達から離れたのだ。
 どうやら、カズミはあの魔物を一人で狩るつもりらしい。
 そして足元に落ちていたこぶし大の石ころを拾うと、渾身の力を込めて魔物に向かって投げつけたよ。
 女性が投げたとは思えないほど、目にも留まらぬ速さで石ころは飛んでいき…。

「シャーーーー!」

 眉間に石ころの直撃を食らった魔物は、そんな威嚇音を上げながらカズミに向かって来たのだ。
 如何にも毒蛇と言った雰囲気の鋭い二本の毒牙を露わにして。

 そして、毒蛇の咢がカズミを捉える瞬間、カズミは一歩横にズレて毒蛇の頭の付根に剣を叩きこんだのだ。
 すると、信じられないことに、毒蛇の頭がスパッと刎ね飛んだぞ。

 ドシンと言う衝突音と共に、私達がいる場所まで地面が微かに振動し…。
 カズミの横には魔物の巨体が横たわっていた。

「全く、首を刎ねられてもすぐにはこと切れないので油断が出来ません。」

 そんな呟きを漏らしがら、カズミは刎ねた魔物の頭に剣を突き立てたのだ。
 すると、カズミの足元に眩いばかりの金色の物体が山を成したぞ。

「お兄様、こちらにお越しになってくださいませんか。」

 カズミに言われて、おそるおそる魔物に近付くと。

「ハテノ男爵領騎士団では、魔物を倒した者が『生命の欠片』を自分の物に出来ます。
 これは私の物なので、お兄様に差し上げます。」

「いや、『生命の欠片』はとても貴重な物。
 カズミが命懸けで手にしたモノを貰うことなどできないぞ。
 私はそんなに卑しくも、強欲でも無いぞ。」

 流石に、あんな怖ろしい魔物を倒した報酬をかすめ取るなんて恥知らずな事は出来ない。
 私がハッキリと断ると…。

「知っていますよ、お兄様が現王から疎まれていることを。
 切羽詰まった現王が、お兄様のお命を狙うかも知れません。
 それに、もうすぐ可愛らしいお嫁さんを迎えるのでしょう。
 このくらいのレベルが無いと、自分の身もお嫁さんも護れませんよ。
 せっかく出会えた肉親が、くだらない逆恨みで命を落とすのは忍びないですから。」

 どうやら、カズミは私の立場を全て理解していて、私が王からレベルを与えられていないことにも気付いているようだ。
 実際、私は幼少の頃保護されていた公爵家で与えられたレベルしかなく、とても弱々なのだった。

「さあ、遠慮せずに取っておいてください。」

 カズミに促されて、私は好意に素直に甘えることにしたのだ。
 目の前の『生命の欠片』を取り込むと、体の芯から力が漲って来たよ。
  
 頭の中で煩い鐘の音が鳴り響き、それが収まると私の能力値にはレベル四十と記されていたよ。

「カズミ、幾ら何でも、これはもらい過ぎではないか?」

「気にしないでも良いですよ、お兄様。
 私、騎士団では新参者で一番レベルが低いのですが…。
 ギーヴル一匹ではレベルの足しにもならないので。」

 そんな、訳の分からないことを言いながら、カズミはギーヴルの巨体を森の奥に放り投げていたよ。
 
「おい、それ…。」

「ああ、ギーヴルの死体は猛毒なので、谷底に捨てる訳にはいかないのです。
 川の水が汚染されるといけないですから。
 だから、邪魔にならないようにするには、森の中に捨てるしか無くて。」

 いや、私が気にしているのはそういう事では無く…。
 牛数頭分の重さはあろうかと言う巨体の魔物を軽々と放り投げるとは、いったいどんな怪力をしているのだ。
 と言うより、カズミが騎士団で最弱って、この領地の騎士は化け物揃いなのか?      

 私がハテノ男爵領の騎士団に底知れぬ恐ろしさを感じていると、カズミは言ったのだ。

「それでは、お兄様、明日の朝から魔物狩り訓練にお付き合い頂きますね。
 レベルはただ上げただけでは、意味がないですから。
 それに、思い切り体を動かせば、お兄様の煩悩も振り払うことが出来ますよ。
 性欲の発散には、運動をするのが一番です。」

 カズミは、私が血の繋がった妹にも発情する節操なしだと、まだ思っていたらしい。 
 
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