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第十六章 里帰り、あの人達は…
第474話【閑話】いったいこの娘は何者なのだ…
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外出しようとする私に対し、護衛に就くと主張するハテノ領騎士団のエクレア団長。
私にとって、それはとても不都合な申し出だった。
何故なら、その時の私は、色街へ大人の遊びをしに行こうとしていたのだから。
護衛の女性騎士を側に置いて、泡姫と睦事をするなんて羞恥プレイはようやらんぞ。
私は護衛は不要と断るものの、騎士エクレアは中々引いてくれず。
恥を忍んで外出の目的を告げると顔を赤らめたものの。
それでも私一人での外出を認めようとしないのだ。
かと言って、シモの状況が切羽詰まっている私に風呂屋を諦めるという選択肢も無く…。
私がほとほと困っていると。
「ねえ、カズヤ殿下。
何処へ行くのか知らないけど。
エクレア姉ちゃんだと何か拙いなら、タロウに護衛を頼んだら。
タロウなら暴漢に後れを取ることは無いと思うよ。
一人じゃ心配なら、父ちゃんにも護衛を頼んであげるよ。」
偶々、向かいの屋敷から出て来たマロン陛下がそんな助け舟を出してくれたのだ。
タロウと言うのは、マロン陛下がいつも連れている少年のことのようだ。
紹介された事は無いが、この国では珍しい黒髪と言う事もあって彼には関心はあったのだ。
もっとも、男同士とは言え、やはり秘め事の最中に侍らるのは抵抗があるのだが…。
「そうか、今はタロウが居ましたね。
本来なら、至高の方の護衛を市井の者に任せる訳には参りませんが…。
殿下が色街で淫蕩に耽りたいと仰せなら。
確かに、女の私が御供をするのは差し障りがありましょう。
もし、タロウが護衛に就いてくれるのなら助かります。」
やはり、騎士エクレアも私の情事の側で護衛をするのは気まずいと感じていたようで。
マロン陛下の提案を受け入れても良さそうな様子だったのだ。
タロウと言う少年、頼りなさげな風貌だが、結構信頼されているらしい。
なので、私はマロン陛下の提案に乗ることにしたよ。
女性騎士が護衛に就くくらいなら、タロウ君の方が幾分マシだと思ったのでな。
さっそく、マロン陛下の案内で、タロウの屋敷を尋ねたのだが…。
「タロウいる?
カズヤ殿下が、なんか、切羽詰まってて。
女の人を連れてけない店に行きたいんだって。
それで、タロウに護衛を頼みたいんだ。
一人で、歓楽街に行かせる訳にはいかないから。」
応対に出て来たうら若い娘に、いきなり暴露したのだ。
いや、悪気が無いのは重々承知している。
マロン陛下はどんな店に行くかは気付いてないようであるし。
そもそも、そこへ何をしに行くかも分からない様子だから。
でも、それゆえに質が悪い、ご婦人には秘すべきことだと分かってないから。
すると、娘はニャリと笑い。
「あっ、ギルドの風呂屋に行きたいのね。
昨日の晩、ミント様、激しかったみたいだものね。
声にあてられちゃったかな?
それとも、夕食がまだ効いている?」
即座に目的地を言い当てたのだ。
しかも、私が悶々としている理由にも見当がついているようであった。
この娘、いったい…。
「あっ、ご挨拶がまだでしたね。
私、タロウ君のお嫁さんでシフォンと申します。
タロウ君まだ、寝てるんです。
今、起こして支度させますので、中でお待ち頂けますか?」
シフォン嬢は私達を部屋に通すと、そこにいた娘にタロウを起してくるように指示し。
自分は、私達にお茶を給仕してくれたのだ。
そして。
「ギルドのお風呂屋さん、この時間じゃ人気の娘はみんな指名がついちゃっているわね。
そもそも、最近は入店待ちみたいだし、お店に入れないかも。」
そんな困ったことを言ったのだ。
どうやら、エクレア嬢と押し問答をしている間に大分時間が遅くなってしまったらしい。
シフォン嬢の話では、この町の風呂屋は評判が良く、わざわざ遠方から出向いて来る好き者も多いそうだ。
そのため、評判の良い泡姫は開店と同時にその日の予約が埋まってしまうらしいし。
開店前から行列に並ばないと、開店と同時に満員御礼となり、最初の客が帰るまで待つことになるらしい。
しかし、この時の私は、本当に抜き差しならない状況で、明日まで我慢はできそうになかったのだ。
もしそうなると、今晩にでも屋敷に居る三人の娘の誰かを襲ってしまいそうで。
「あらら、殿下、大変なことになってますね。
昨日の夕食、ちょっと、頑張って作り過ぎたかも…。
タロウ君も昨夜は凄かったんですよ。
私とカヌレちゃん相手に、朝まで大暴れでしたから。」
「これは、あなたの仕業なのですか…。」
「はい、何か精が付く食べ物を作って欲しいとのご要望でしたので。
すっぽん料理のフルコース、お気に召さなかったですか?
腕に撚りをかけて作ったのですが…。」
すっぽん、聞いたことがあるぞ、滋養強壮に良いらしい。
シフォン嬢はマロン陛下からすっぽん料理を作るように指示されたらしい。
ちなみに、シフォン嬢は母上とは顔見知りで、今回の目的を知っていた様子であった。
まさに、母上の目的に適う料理を作った訳だ。
「いえ、料理はとても美味しくいただいたのですが…。
その後が…。」
「ああ、大変なことになっていますね。
確かに、独り身であれを食べるのはキツかったかも。
私にも責任の一端はあるみたいだし。
じゃあ、支配人にお願いして非番の娘を特別に呼んでもらいますよ。」
どうやら、シフォン嬢はただ者ではないようだ。
風呂屋の支配人に無理を聞いてもらえる立場にあるようで。
今日非番の娘の中で一番人気のある娘を頼んでみると言っておったし。
今は使用していない従者控え室付きの特別室を用意させるとも言っておったぞ。
**********
そんな訳で寝起きのタロウ君を護衛に伴い、私は冒険者ギルドが経営する風呂屋に行ったのだ。
そこは、存外に立派な建物で、シフォンさんの言葉通り店の前に入店待ちの行列が出来ておったよ。
シフォンさんは、行列を横目に風呂屋の建物を回り込んで通用口から店に入り。
「おひさしぶり! 元気にしてた?
支配人を呼んでもらえるかしら。」
勝手知った様子で、通用口の守衛に声を掛けたのだ。
「あっ、シフォンの姐さん、ご無沙汰してます。
いつ帰ったんで?」
守衛の方も慣れた口調で返答し、一言二言会話すると支配人を呼びに行ったよ。
ほどなくしてやってきた支配人は、下にも置かない態度でシフォン嬢を奥に通したのだ。
本当に何者なのだ、この娘…。
「それで、シフォンの姐さん、今日はどのようなご用件で?」
「そうそう、今日は上客を連れて来たの。
こちら、さる大店の若旦那で、とても大切な方なの。
悪いのだけど、今日非番の娘で一番人気の娘を呼んでもらえないかな。
それと、私の旦那様のタロウ君を若旦那のお付きにしたいの。
従者控え室の付いた特別室を用意してもらえる。
もちろん、タロウ君のお相手してくれる娘もね。」
シフォン嬢は手短に用件を伝えると。
「これで足りるでしょう?」と言ってテーブルに布袋を置いたのだ。
どうやら、結構な数の銀貨が入っていた様子で。
布袋の中を覗いた支配人はニヤリと笑い。
「これは、これは。
余程大切なお客様とお見受けします。
ちょうど良いことに、一番人気のウララが月の休暇中でして。
明日から復帰することになっています。
一日早く出て来てもらう事に致しましょう。
タロウ様にはミヤビで如何ですか?
シフォン姐さんもご存じでしょう。」
「ウララちゃんって娘は知らないわね、新人さんかしら?
ミヤビちゃんは覚えている。
最後に手解きした娘だもの、可愛い娘だったよね。」
「はい、ウララは今一番人気の新人です。
もちろん、カズト翁の合格をもらっていますので。
ご奉仕の面も自信を持ってお勧め出来ます。
ミヤビはあれから一年が経って益々ご奉仕に磨きが掛かってますよ。」
驚いたことに、シフォン嬢はこの店に在籍する泡姫のかなりの者を把握しているようだった。
ただ、支配人は気になることを言っておったぞ。『カズト翁の合格』とはいったい…。
「そうそう、若旦那はこういうお店は初めて見たいだから。
よろしく頼むわね。
手を抜いたサービスしたら赦さないから。」
「シフォン姐さんに恥をかかせるような事はしませんよ。
任せておいてください。
若旦那様には天にも昇る気分を味あわせて差し上げます。」
支配人の返事にシフォン嬢は満足そうに頷くと。
「そう言う訳だから、若旦那、存分に楽しんでくださいね。
殿方の遊びの場に、私がいるのは無粋ですのでこれで失礼します。
タロウ君も若旦那のことをよろしくね。
もちろん、タロウ君もミヤビちゃんと楽しんできてね。」
そう告げて、シフォン嬢は席を立ったのだ。
**********
休暇中の泡姫を呼ぶのには時間がかかるとのことで。
私達は、特別室で待つようにと案内されたのだ。
特別室は離れになっており、扉を潜ると広いリビングだった。
リビングの一画が仕切られており、そこにはベッドが置いてあった。
どうやら、お付きの者の仮眠スペースらしい。
その奥が浴室付きのプレイルームとなっており、とても大きなベッドが据えられていたよ。
泡姫の到着を待つ間、私はタロウ君を目にした時から気になっていたことを尋ねてみたのだ。
「なあ、タロウ君、君も私と同じ黒髪だが…。
もしかして、君も私の弟とか?」
この国では黒髪の人物を見かけることは殆ど無いのだ。
カズト殿の近くに同じ黒髪の少年が居るとなれば、血の繫がりがあると思うのが自然であろう。
カズト殿は王都に三人も妻が居ると聞くし、王都にいる時はかなりお盛んだったようである。
この辺境に流れて来てから、子供の一人や二人設けていても不思議ではないのでは。
「俺と爺さんが親子?
ない、ない。
俺は自慢じゃないが、非モテだからな。
爺さんみたいな、リア充の血は引いてないよ。
俺や爺さんの故郷じゃ、黒髪は珍しくないぜ。
と言うより、黒髪が普通だったんだ。」
そんな風に笑い飛ばしたタロウ君。
『非モテ』とか、『リア充』とか初めて耳にする言葉があったが、二人に血の繫がりは無いらしい。
どうやら、タロウ君はカズヤ殿と同郷で、黒髪が一番ポピュラーな髪色のようだ。
二人の故郷には興味があったが、その前に聞かねばならない、もっと大切なことがあったのだ。
「ところで、シフォンさんがここの代金を支払ったようだが。
市井の民に、色街で遊ぶ金を支払わせる訳にはいかない。
あれは、幾ら入っておったのだ。」
そう、あの場ではシフォン嬢と支配人の会話に口を挟めなかったので、金を出す機会を逸してしまったのだ。
仮にも王族が、初対面の民に風呂屋で遊ぶ金を出させるなどとは体裁の悪いことこの上ないからな。
「ああ、それは気にしないで良いぞ。
どうせ、シフォンがこの風呂屋から搾り取った金だから。
シフォンの奴、この風呂屋で大分稼がせてもらったんだよ。
少しは還元しようと思ったんだろう。
悪いと思うなら、ウララちゃんにチップを弾めば良いさ。」
風呂屋で大分稼がせてもらったと聞いた時、シフォン嬢も泡姫だったのかと一瞬思ったのだが。
そうではないらしい。
シフォン嬢は、この風呂屋の泡姫が着用する制服の作製を一手に引き受けたらしい。
また、新人泡姫に対する実技指導もしていたそうで…。
実技指導をするなどと聞くと、やはり過去に泡姫をしていたのでは思ったが。
「何と、カズト殿と組んで、この風呂屋に全く新しいサービスをもたらしたと?」
「そうだよ。
爺さん、俺達の故郷のそう言う店のことにやたら詳しくてな。
この世界には無かった色々なソープテクを広めようとしたんだ。
こう言っちゃなんだけど、シフォンは好き者だから興味津々でな。
それで、いち早く爺さんから手解きを受けていたんだよ。
もちろん、手解きを受ける時の相手は俺だけどな。
この町の風呂屋が爺さんの提案したサービスを取り入れる時によ。
爺さんも歳だろう、泡姫さん全員に指導する事は出来なくてな。
シフォンと分担して指導したんだ。
その時も、俺がお客役をさせられてえらい目に遭ったぜ。」
どうやら、風呂屋の制服も考案したのもカズト殿とのことで。
制服と実技指導、シフォン嬢はカズト殿と組んで荒稼ぎしたらしい。
その際に利益を二人で折半したようだ。
先ほど支配人が『カズト翁の合格』と言っておったが、そう言う事であったのか。
私は、この時、実父の人となりの一端を知ることとなったのだ。
**********
所要のため、26日(土)~28日(月)までの投稿をお休みさせて頂きます。
29日(火)に投稿を再開しますので、よろしくお願い致します。
私にとって、それはとても不都合な申し出だった。
何故なら、その時の私は、色街へ大人の遊びをしに行こうとしていたのだから。
護衛の女性騎士を側に置いて、泡姫と睦事をするなんて羞恥プレイはようやらんぞ。
私は護衛は不要と断るものの、騎士エクレアは中々引いてくれず。
恥を忍んで外出の目的を告げると顔を赤らめたものの。
それでも私一人での外出を認めようとしないのだ。
かと言って、シモの状況が切羽詰まっている私に風呂屋を諦めるという選択肢も無く…。
私がほとほと困っていると。
「ねえ、カズヤ殿下。
何処へ行くのか知らないけど。
エクレア姉ちゃんだと何か拙いなら、タロウに護衛を頼んだら。
タロウなら暴漢に後れを取ることは無いと思うよ。
一人じゃ心配なら、父ちゃんにも護衛を頼んであげるよ。」
偶々、向かいの屋敷から出て来たマロン陛下がそんな助け舟を出してくれたのだ。
タロウと言うのは、マロン陛下がいつも連れている少年のことのようだ。
紹介された事は無いが、この国では珍しい黒髪と言う事もあって彼には関心はあったのだ。
もっとも、男同士とは言え、やはり秘め事の最中に侍らるのは抵抗があるのだが…。
「そうか、今はタロウが居ましたね。
本来なら、至高の方の護衛を市井の者に任せる訳には参りませんが…。
殿下が色街で淫蕩に耽りたいと仰せなら。
確かに、女の私が御供をするのは差し障りがありましょう。
もし、タロウが護衛に就いてくれるのなら助かります。」
やはり、騎士エクレアも私の情事の側で護衛をするのは気まずいと感じていたようで。
マロン陛下の提案を受け入れても良さそうな様子だったのだ。
タロウと言う少年、頼りなさげな風貌だが、結構信頼されているらしい。
なので、私はマロン陛下の提案に乗ることにしたよ。
女性騎士が護衛に就くくらいなら、タロウ君の方が幾分マシだと思ったのでな。
さっそく、マロン陛下の案内で、タロウの屋敷を尋ねたのだが…。
「タロウいる?
カズヤ殿下が、なんか、切羽詰まってて。
女の人を連れてけない店に行きたいんだって。
それで、タロウに護衛を頼みたいんだ。
一人で、歓楽街に行かせる訳にはいかないから。」
応対に出て来たうら若い娘に、いきなり暴露したのだ。
いや、悪気が無いのは重々承知している。
マロン陛下はどんな店に行くかは気付いてないようであるし。
そもそも、そこへ何をしに行くかも分からない様子だから。
でも、それゆえに質が悪い、ご婦人には秘すべきことだと分かってないから。
すると、娘はニャリと笑い。
「あっ、ギルドの風呂屋に行きたいのね。
昨日の晩、ミント様、激しかったみたいだものね。
声にあてられちゃったかな?
それとも、夕食がまだ効いている?」
即座に目的地を言い当てたのだ。
しかも、私が悶々としている理由にも見当がついているようであった。
この娘、いったい…。
「あっ、ご挨拶がまだでしたね。
私、タロウ君のお嫁さんでシフォンと申します。
タロウ君まだ、寝てるんです。
今、起こして支度させますので、中でお待ち頂けますか?」
シフォン嬢は私達を部屋に通すと、そこにいた娘にタロウを起してくるように指示し。
自分は、私達にお茶を給仕してくれたのだ。
そして。
「ギルドのお風呂屋さん、この時間じゃ人気の娘はみんな指名がついちゃっているわね。
そもそも、最近は入店待ちみたいだし、お店に入れないかも。」
そんな困ったことを言ったのだ。
どうやら、エクレア嬢と押し問答をしている間に大分時間が遅くなってしまったらしい。
シフォン嬢の話では、この町の風呂屋は評判が良く、わざわざ遠方から出向いて来る好き者も多いそうだ。
そのため、評判の良い泡姫は開店と同時にその日の予約が埋まってしまうらしいし。
開店前から行列に並ばないと、開店と同時に満員御礼となり、最初の客が帰るまで待つことになるらしい。
しかし、この時の私は、本当に抜き差しならない状況で、明日まで我慢はできそうになかったのだ。
もしそうなると、今晩にでも屋敷に居る三人の娘の誰かを襲ってしまいそうで。
「あらら、殿下、大変なことになってますね。
昨日の夕食、ちょっと、頑張って作り過ぎたかも…。
タロウ君も昨夜は凄かったんですよ。
私とカヌレちゃん相手に、朝まで大暴れでしたから。」
「これは、あなたの仕業なのですか…。」
「はい、何か精が付く食べ物を作って欲しいとのご要望でしたので。
すっぽん料理のフルコース、お気に召さなかったですか?
腕に撚りをかけて作ったのですが…。」
すっぽん、聞いたことがあるぞ、滋養強壮に良いらしい。
シフォン嬢はマロン陛下からすっぽん料理を作るように指示されたらしい。
ちなみに、シフォン嬢は母上とは顔見知りで、今回の目的を知っていた様子であった。
まさに、母上の目的に適う料理を作った訳だ。
「いえ、料理はとても美味しくいただいたのですが…。
その後が…。」
「ああ、大変なことになっていますね。
確かに、独り身であれを食べるのはキツかったかも。
私にも責任の一端はあるみたいだし。
じゃあ、支配人にお願いして非番の娘を特別に呼んでもらいますよ。」
どうやら、シフォン嬢はただ者ではないようだ。
風呂屋の支配人に無理を聞いてもらえる立場にあるようで。
今日非番の娘の中で一番人気のある娘を頼んでみると言っておったし。
今は使用していない従者控え室付きの特別室を用意させるとも言っておったぞ。
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そんな訳で寝起きのタロウ君を護衛に伴い、私は冒険者ギルドが経営する風呂屋に行ったのだ。
そこは、存外に立派な建物で、シフォンさんの言葉通り店の前に入店待ちの行列が出来ておったよ。
シフォンさんは、行列を横目に風呂屋の建物を回り込んで通用口から店に入り。
「おひさしぶり! 元気にしてた?
支配人を呼んでもらえるかしら。」
勝手知った様子で、通用口の守衛に声を掛けたのだ。
「あっ、シフォンの姐さん、ご無沙汰してます。
いつ帰ったんで?」
守衛の方も慣れた口調で返答し、一言二言会話すると支配人を呼びに行ったよ。
ほどなくしてやってきた支配人は、下にも置かない態度でシフォン嬢を奥に通したのだ。
本当に何者なのだ、この娘…。
「それで、シフォンの姐さん、今日はどのようなご用件で?」
「そうそう、今日は上客を連れて来たの。
こちら、さる大店の若旦那で、とても大切な方なの。
悪いのだけど、今日非番の娘で一番人気の娘を呼んでもらえないかな。
それと、私の旦那様のタロウ君を若旦那のお付きにしたいの。
従者控え室の付いた特別室を用意してもらえる。
もちろん、タロウ君のお相手してくれる娘もね。」
シフォン嬢は手短に用件を伝えると。
「これで足りるでしょう?」と言ってテーブルに布袋を置いたのだ。
どうやら、結構な数の銀貨が入っていた様子で。
布袋の中を覗いた支配人はニヤリと笑い。
「これは、これは。
余程大切なお客様とお見受けします。
ちょうど良いことに、一番人気のウララが月の休暇中でして。
明日から復帰することになっています。
一日早く出て来てもらう事に致しましょう。
タロウ様にはミヤビで如何ですか?
シフォン姐さんもご存じでしょう。」
「ウララちゃんって娘は知らないわね、新人さんかしら?
ミヤビちゃんは覚えている。
最後に手解きした娘だもの、可愛い娘だったよね。」
「はい、ウララは今一番人気の新人です。
もちろん、カズト翁の合格をもらっていますので。
ご奉仕の面も自信を持ってお勧め出来ます。
ミヤビはあれから一年が経って益々ご奉仕に磨きが掛かってますよ。」
驚いたことに、シフォン嬢はこの店に在籍する泡姫のかなりの者を把握しているようだった。
ただ、支配人は気になることを言っておったぞ。『カズト翁の合格』とはいったい…。
「そうそう、若旦那はこういうお店は初めて見たいだから。
よろしく頼むわね。
手を抜いたサービスしたら赦さないから。」
「シフォン姐さんに恥をかかせるような事はしませんよ。
任せておいてください。
若旦那様には天にも昇る気分を味あわせて差し上げます。」
支配人の返事にシフォン嬢は満足そうに頷くと。
「そう言う訳だから、若旦那、存分に楽しんでくださいね。
殿方の遊びの場に、私がいるのは無粋ですのでこれで失礼します。
タロウ君も若旦那のことをよろしくね。
もちろん、タロウ君もミヤビちゃんと楽しんできてね。」
そう告げて、シフォン嬢は席を立ったのだ。
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休暇中の泡姫を呼ぶのには時間がかかるとのことで。
私達は、特別室で待つようにと案内されたのだ。
特別室は離れになっており、扉を潜ると広いリビングだった。
リビングの一画が仕切られており、そこにはベッドが置いてあった。
どうやら、お付きの者の仮眠スペースらしい。
その奥が浴室付きのプレイルームとなっており、とても大きなベッドが据えられていたよ。
泡姫の到着を待つ間、私はタロウ君を目にした時から気になっていたことを尋ねてみたのだ。
「なあ、タロウ君、君も私と同じ黒髪だが…。
もしかして、君も私の弟とか?」
この国では黒髪の人物を見かけることは殆ど無いのだ。
カズト殿の近くに同じ黒髪の少年が居るとなれば、血の繫がりがあると思うのが自然であろう。
カズト殿は王都に三人も妻が居ると聞くし、王都にいる時はかなりお盛んだったようである。
この辺境に流れて来てから、子供の一人や二人設けていても不思議ではないのでは。
「俺と爺さんが親子?
ない、ない。
俺は自慢じゃないが、非モテだからな。
爺さんみたいな、リア充の血は引いてないよ。
俺や爺さんの故郷じゃ、黒髪は珍しくないぜ。
と言うより、黒髪が普通だったんだ。」
そんな風に笑い飛ばしたタロウ君。
『非モテ』とか、『リア充』とか初めて耳にする言葉があったが、二人に血の繫がりは無いらしい。
どうやら、タロウ君はカズヤ殿と同郷で、黒髪が一番ポピュラーな髪色のようだ。
二人の故郷には興味があったが、その前に聞かねばならない、もっと大切なことがあったのだ。
「ところで、シフォンさんがここの代金を支払ったようだが。
市井の民に、色街で遊ぶ金を支払わせる訳にはいかない。
あれは、幾ら入っておったのだ。」
そう、あの場ではシフォン嬢と支配人の会話に口を挟めなかったので、金を出す機会を逸してしまったのだ。
仮にも王族が、初対面の民に風呂屋で遊ぶ金を出させるなどとは体裁の悪いことこの上ないからな。
「ああ、それは気にしないで良いぞ。
どうせ、シフォンがこの風呂屋から搾り取った金だから。
シフォンの奴、この風呂屋で大分稼がせてもらったんだよ。
少しは還元しようと思ったんだろう。
悪いと思うなら、ウララちゃんにチップを弾めば良いさ。」
風呂屋で大分稼がせてもらったと聞いた時、シフォン嬢も泡姫だったのかと一瞬思ったのだが。
そうではないらしい。
シフォン嬢は、この風呂屋の泡姫が着用する制服の作製を一手に引き受けたらしい。
また、新人泡姫に対する実技指導もしていたそうで…。
実技指導をするなどと聞くと、やはり過去に泡姫をしていたのでは思ったが。
「何と、カズト殿と組んで、この風呂屋に全く新しいサービスをもたらしたと?」
「そうだよ。
爺さん、俺達の故郷のそう言う店のことにやたら詳しくてな。
この世界には無かった色々なソープテクを広めようとしたんだ。
こう言っちゃなんだけど、シフォンは好き者だから興味津々でな。
それで、いち早く爺さんから手解きを受けていたんだよ。
もちろん、手解きを受ける時の相手は俺だけどな。
この町の風呂屋が爺さんの提案したサービスを取り入れる時によ。
爺さんも歳だろう、泡姫さん全員に指導する事は出来なくてな。
シフォンと分担して指導したんだ。
その時も、俺がお客役をさせられてえらい目に遭ったぜ。」
どうやら、風呂屋の制服も考案したのもカズト殿とのことで。
制服と実技指導、シフォン嬢はカズト殿と組んで荒稼ぎしたらしい。
その際に利益を二人で折半したようだ。
先ほど支配人が『カズト翁の合格』と言っておったが、そう言う事であったのか。
私は、この時、実父の人となりの一端を知ることとなったのだ。
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所要のため、26日(土)~28日(月)までの投稿をお休みさせて頂きます。
29日(火)に投稿を再開しますので、よろしくお願い致します。
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嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
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異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
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そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
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