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アイイロモンペ

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第十六章 里帰り、あの人達は…

第472話【閑話】辺境でしっかり者の妹と出会った

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 その日、母上は唐突にハテノ男爵領へ行くと言い出した。
 表向きは、最近出産したはずの現ハテノ男爵ライム嬢へ出産のお祝いに行くとの建前だが。
 その実、長い間、懸想してきた男性に会いに行くのが目的らしい。

 その男性とは、非常識にもトアール国の王后である母上にタネを蒔いた人物であり。
 私、カズヤ・ド・トアールの実の父親であるらしい。

 私は公式には、トアール国の現王と王后の間に生まれた第一王子となっているが。
 王宮に仕える者で、それを信じる者はおよそ一人もいないであろう。

 と言うのも、王も后も共に鮮やかな金髪なのに、私は似ても似つかぬ黒髪なのだ。
 しかも、この黒髪、この大陸では殆ど見かけることのない極めて稀な髪色らしいのだ。

 私は母上が不義密通をして身籠った子供だと、宮廷内では公然の秘密となっている。
 にもかかわらず、従来から私はこの国の王子として一定の敬意を払われる存在ではあった。
 それは、母上が産んだ子供には間違いが無かったから。
 私は、先王の妹姫を母親に持つ母上が産んだ男児であり。
 例え現王の血を継いで無くとも、王位継承権第一位に変わりが無かったから。

 当然のことながら、国王は何処の馬の骨とも分からぬ男の種から生まれた私を快く思うはずがなく。
 建前上、実父となっている国王は、隙あらば私を亡き者としようと狙っていたそうなのだが。
 母方の祖父である公爵と王の側近である近衛騎士団長のモカが護ってくれたおかげで。
 私は、何とか無事に成人することができたのだ。

 だが、消し去ることが叶わぬなら、せめて王位だけは私に渡すまいと。
 第一王子の私を王太子に据えることはおろか、婚姻すらさせなかったのであるが。

 そんな状況も、一年程前に急転することになった。
 何の偶然か、南の大国シタニアール国の王女の目にとまり求婚されたのだ。
 やや歳の差がありまだ幼さは残るものの、とても愛らしい少女であり。
 何よりも、大国の王女が訳有りの王子の許に嫁いでも良いと言ってくれるのだ。
 私に断る選択肢など無く、ネーブル王女と婚約が結ばれ。
 それに伴い、私は公式の王太子と認められることになった。

 もとより王位継承権第一位で、大国の王女を妃に迎えるのだ。
 国王としても、私を王太子に据えないと対外的に拙いと考えるに至ったようだ。

 皇太子になってからは王に代わって執務を行うことも増え、半年後にはネーブル王女も嫁いで来るため。
 色々と多忙になっていたのだが、そこへ母上はハテノ男爵領へ行くと言い出したのだ。
 しかも、行くと決めたその日のうちに出発すると言う無茶振りだった。

 一体何をそんなに急いているかと思えば…。

「私は、今回の旅の最中に、あなたの本当の父親カズト様に会いに行きます。
 あなたのことも紹介するから付いて来なさい。」

 これだ…。
 正直、とうに四十を過ぎた年増女が何を色ボケしたこと言っているのかと思ったが。
 恋する乙女のように目を輝かせている母上を見て、何を言っても無駄だと諦めの境地に至ったよ。

      **********

 母上の意中の男性は、ハテノ男爵家のある領都よりも更に辺境、大きな山脈の山裾にある町に住んでいた。
 町の入り口で妖精の長が持つ不思議な空間から降ろされて徒歩で男性の家に向かったのだが。

 辺境のどん詰まりにある町とは思えないくらいの賑わいを見せており、正直驚いた。
 しかも、王都ではよく見かけるならず者の姿も見られず、とても治安のよい町だったよ。
 領地の騎士団がこまめに巡回したり、地元冒険者が不審人物の侵入を取り締っている賜物のようだ。
 マロン陛下が住み慣れたこの町を自慢するように言っていたよ。
 私も、この町の繁栄ぶりには興味を引かれたので、滞在中にゆっくり町を見て歩こうと心に決めたのだ。

 そして、辿り着いた母上の想い人の屋敷だが…。
 驚くほど立派な屋敷だった、王都に居を構える王宮貴族の邸宅もかくやと言うくらいに。

 その庭では、白髪でみすぼらしい服装の老人が、私と同世代に見える若い娘を相手にお茶をしているところであった。

 私達は敷地の中に招き入れられたのだが、老人は一目で私の母上が何者かに気付いた様子で。
 信じられないと言う表情でこちらに歩いて来ると。

「まさか…、あなた様はもしかして…。」

 恐る恐る尋ねる老人に、母上はは小走りに近付いていき…。

「カズト様、お目に掛かりとうございました。
 私のせいで、家族から離れて一人辺境に隠れ住むことになってしまい。
 申し訳ございませんでした。」

 そんな言葉を口にした母上は、感極まった表情で白髪の老人の胸に飛び込んだのだ。
 やはり、その老人が母上の想い人、そして私の実の父親らしい。

 そのまま、熱い抱擁を交わす二人。
 しかし、そのまま抱擁を続けられるのはいささか不都合だった。
 この屋敷、敷地を囲うのは鉄製のフェンスであり敷地沿いの道から素通しで見えるのだ。
 いかに広い敷地とは言え、王后が王以外の男性と抱擁していることに気付く者が居るかも知れない。

 水を差すのも無粋かと思ったものの、要らぬリスクを負う事も出来ないので。
 館の中に入れてもらえるようにお願いしたのだ。

 館の中に場所を移すと…。

「ああ、カズト様。
 やはり、あなたは私の欲しい言葉を掛けて下さるのですね。
 私にとっても、あの三日間は人生最良の時間で…。
 あなたの何気ない仕草の一つすら忘れる事ができない一番大切な思い出なのです。
 あれから、ずっと恋焦がれていました。
 カズト様に会いたい、抱きしめて欲しい、優しい言葉を掛けて欲しいと。
 そして、それが叶った今、私はとても幸せです。」

 母上は熱のこもった言葉を口にして、カズト氏を再びきつく抱きしめたのだ。
 それにしても、あの老人の名は『カズト』と言うのだな…。
 私の名はまんま、父親の名から取った訳だ。
 これでは、カズト氏を知っている者なら、私が誰の子なのかを教えているようなものではないか。

 老人と一緒にお茶を飲んでいた娘は、二人の熱い抱擁を目にして呆然としたいたのだが。
 やがて、正気に戻ると、私達の素性を尋ねて来たのだ。

 私がそれに答えると、娘は驚きの余り目を丸くしていたよ。
 その娘の名はカズミ、腹違いではあるが私の妹らしい。
 一つ年下でとてもチャーミングな娘なのだが。
 私と同じ黒髪をしており、誰もが私達を兄妹だと思うのではと感じたのだ。
 ましてや、名前がカズヤとカズミであるし。
 これでは兄妹だと公言しているようなものだろう。

 カズミは、最初、私達がこの館に滞在るすることを渋っていたのだが。
 警備上の理由を口にすると、騎士団長を務めるエクレア嬢から心配には及ばぬと諭され。
 仲睦まじい二人を引き離すのを忍びないとも思ってくれたのだろう。
 快くとは言わないまでも、私達の滞在を許可してくれたよ。

 ついでと言ってはなんではあるが。
 私もこの町にはお忍びで来ておるのだ、町中で王太子殿下などと呼ばれたら困るゆえ。
 この町に滞在中は、『お兄ちゃん』と呼ぶようにお願いしたよ。
 カズミは最初難色を示し、「そんな不敬は出来ません。」と言って「カズヤ様」と呼ぶとしていたのだが。
 一緒に暮らすうちに、『お兄様』と呼ぶまでには打ち解けてくれたよ。
 その響きは、一人っ子だった私にはとても新鮮に感じたのだ。

        **********

 そして、辺境の町滞在初日の晩のこと。
 夕食が済むと。

「カズヤ様、先にお風呂に入って頂けませんか。
 王族の方を差し置いて、私達が入浴する訳にも参りませんし。
 ミント様は就寝前に、お父さんと一緒にゆっくり入りたいと仰せですから。」

 カズミが風呂へ入れと勧めて来たのだ。
 案内すると言うのでついて行くと、私の知っている風呂とはかけ離れたものがあったよ。
 王宮で風呂と言えば、下働きの者が猫足のついた浴槽と沸かした湯を私の私室に運び入れるもの。
 なのに、この館には風呂のための部屋があり、そこには大人十人は余裕で入れる浴槽があるのだ。
 石造りの広い浴槽は建物の一部となっていて動かして使うような代物ではないし。

 しかも、浴槽からは豊富なお湯が常に溢れ出しているのだ。
 何でも、温泉と言って地中からお湯が滾々と湧き出しているらしい。

「え、えっと…、カズミさん。この風呂はどうやって入れば良いのだろうか?」

「お風呂をご存じありませんか?
 それも仕方がないですね、私もハテノ領に来るまでお風呂なんて知りませんでしたから。
 それでは、ご説明しますね。
 まずは、こちらの洗い場で体を洗って…。」

 私の問い掛けに、カズミはそう答えて入浴の仕方を説明してくれたのだが。

「いや、申し訳ない。
 実は私、生まれてこの方、自分の体を洗ったことが無いのだ。
 普段は、部屋付きの侍女が湯船に浸かっている私を洗ってくれるのでな。」

 そう、猫足の湯船に浸かっていると勝手に侍女が洗ってくれるので、体を洗うなどと考えたことも無いのだ。
 すると、カズミは呆れたと言う表情でため息を吐くと。

「まるで、大きな赤ちゃんですね…。
 分かりました、今日はお風呂の使い方の説明を兼ねて私が洗って差し上げます。
 でも、今日だけですよ。
 明日からは自分で洗ってくださいね。
 領主のライム様も、王族から婿入りされたレモン様もご自分で洗っているそうですよ。」

 小さな子供に諭すように言い、私にお風呂の入り方を教えてくれることになったのだ。
 その場で、服を脱ぐように言われたのだが、実は…。

「私は、これまで、自分で脱ぎ着をしたことも無いのだ。
 全て部屋付きの侍女に…。」

 服を脱ぐのにもたついてしまい、そんな言い訳がましいことを口にすると。

「呆れた…。
 本当に赤ちゃんみたいですね。
 王族って言うのは、身の回りのことは何もしないのですか。」

「いや、私は、他人にさせることにより、雇用を生み出していると聞いているぞ。
 私が、自分で脱ぎ着したり、体を洗ったりしたら、その侍女は要らなくなるではないか。」

「それって、おかしいのではございませんか。
 そんな簡単なことは、ご自分でなされて。
 侍女の方にはもっと高度な仕事をしてもらえば良いじゃないですか。
 そんなの人材の無駄遣いです。」

 『人の使い方』について、妹に説教されてしまったよ。
 王太子のこの私が…。
 
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