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第十五章 ウサギに乗った女王様

第442話 怪我人の後始末をしてたら…

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 冒険者研修のウサギ狩り実習を見学に来たおいら達。
 多くの受講者は講師のアドバイスを良く聞いて、無難にウサギを狩っていたけど。
 中には、無法者もいて、お約束の悪さを仕出かしてくれたよ。
 そんな、不埒な受講者に、講師のお姉さんは容赦ないお仕置きをしたんだけど。
 その苛烈な仕打ちを目にして、ヴァイオレットお姉さんは少し引き気味だった。

 そんな中、おいらは血塗れになっている男三人の様子を見に行ったよ。

「兄ちゃん、その腕、大丈夫?
 凄く出血してるし…。
 何だか、ブラブラしてて、取れ掛けてるように見えるけど。」

 おいらがそう尋ねたのは、最初に怪我をしたニイチャン。
 実習が始まったと言うのにボウッとしてて、ウサギを躱せなかったんだ。
 腕に噛みつかれて、幸い千切れてはいないものの…。
 酷い重傷で、放っておけば片腕が使えなくなりそう。

「大丈夫じゃねえよ。
 俺が何をやったと言うんだ。
 利き腕がこんなことになっちまったら。
 堅気連中からカツアゲも出来ねえし…。
 若い娘を裏路地に引き込むことも、パンツを剥ぎ取ることも出来ねえじゃないか。」

 このニイチャンは何てことを言うんだ。
 そんな悪さをさせないように、冒険者研修を始めたんだよ。

「何をやったって…。
 ニイチャン、何もしなかったからそんな目に遭うんだよ。
 魔物を狩りに草原に出て来たんだもの、ボウッとしてたらダメだって。
 いつ魔物が襲い掛かってきても、対処できる態勢を整えておかないと。」

「うるせいやい。
 俺は魔物狩りみてえな危ねえことをして生きて行く気はねえんだ。
 堅気から金を巻き上げて、面白可笑しく暮らしたいと思って。
 わざわざ田舎から出て来たってのに。
 何で、俺がこんな目に遭わねえといけねえんだよ。」

 ニイチャンは痛そうに腕を押さえながら、おいらに八つ当たりするように吐き捨てたの。
 「堅気から金を巻き上げて」って…、本音を隠そうともしないんだね。
 今まで多少同情を込めて見ていた周囲の人が、あからさまに軽蔑したような目に変ったよ。

「ねえ、ニイチャン。
 これから心を入れ替えて堅気に働くと誓うなら。
 おいら、その怪我を治してあげるよ。
 痛みも感じなくなるし、腕もちゃんと動くようにしてあげるよ。」

 本来なら無条件で治してあげるんだけど、こんな悪党を治してあげるのは癪だからね。

「そりゃ、本当か。
 分かった、言うことを聞く。
 治ったら堅気に働くから、何とかしてくれよ。
 痛くてしょうがないんだ。」

 おいらが怪我を治してあげると伝えると、疑うことなく懇願してきたよ。
 おいらみたいな幼児が、そんな大怪我を治すなんて言ってのに、良く信じたものだね。
 普通はからかうなと怒りそうなものだけど、藁にでも縋る感じなのかな。

 おいらは、そんな事を思いつつ、『妖精の泉』の水を負傷してる腕に掛けたの。
 更に、泉の水をカップ一杯飲ませたよ。
 すると、ぱっくり開いた傷口がすぐに塞がり、血を失って青褪めていた顔に赤みが差してきたの。

「すげえ、あっと言う間に傷口が塞がったぜ。
 痛みだってすっかり消えやがった。
 嬢ちゃん、何モンか知らねえが助かった。
 恩に着るぜ。」

 すっかり回復したニイチャンが、そんな言葉を口にすると…。

「陛下、御自ら、そのようなことをなされるなど勿体のうございます。
 傷の手当は私共に任せて下されば良いのに。」

 講師のお姉さんが、徳利をぶら下げて来て、申し訳なさそうに言ったの。
 徳利に入っているのは、管理局に託してある『妖精の泉』の水だね。
 おそらく、お姉さんは徳利を荷車の荷台にでも置いてあったのだと思う。
 ウサギ狩りでこんな大怪我をする人は滅多にいないので、身に付けてはいなかったんだろうね。

「陛下?」

「そうですよ。
 こちらにおられるのは、女王マロン陛下でございます。
 もし、治療してもらうに当たり、何某かの誓いを立てたのであれば。
 必ず遵守してくださいね。
 陛下との誓いを違えることは万死に値しますから。」

 講師のお姉さんは、ニイチャンに釘を刺すように言ったの。
 このお姉さん、おいらの行動パターンをよく把握しているね。
 何の誓いもさせずに、おいらがロクでなし共を治療するはずないって。

「そう言う訳だから、堅気の仕事をするって誓いを忘れたらダメだよ。
 もし、誓いを破ったら、生まれて来たことを後悔することになると思う。」

 おいらが、そんな脅しを掛けるとニイチャンは顔面蒼白になってたよ。

        **********

 次のニイチャンは三人組の背中を蹴り飛ばされて、ウサギに突進していたニイチャンだね。
 こっちも、腕に噛みつかれて、もげる寸前になってた。

「ニイチャン、他人を呪わば穴二つって言うでしょう。
 ダメだよ、班の仲間の不幸を罵って、高みの見物をしてたら。
 幾ら顔見知りじゃなくても、一緒に研修を受ける仲間でしょう。
 研修の目的は、他の人と連携して魔物を倒すコツを覚える事だよ。
 仲間が危ないと思ったらすぐにカバーに入らないと。」

 今にも千切れそうな腕を反対の手で支えて苦しむニイチャンに説教をすると…。

「説教は良いから、早く治してくれ!
 この腕、放っておいたら取れちまうぜ。
 俺はまだ十六なんだぜ、この歳から片腕は嫌だよ。
 可愛い姉ちゃんを口説くことも出来なくなっちまう。」

 説教は後回しにして腕を治せとせがむニイチャン。
 そんなに焦らなくても平気なのに。
 少しぐらい時間が経っても、『妖精の泉』の水を使えばきれいに治るからね。

 それにしても、腕が無くなって困る理由がそれなのかい。
 まともな仕事が出来なくなるとかじゃないんだ…。

 このニイチャン、反省の色が無いもんだから、おいら、少し焦らしちゃうよ。

「そんなに悲観しなくても大丈夫だよ。
 おいらの知り合いで、隻眼隻腕でも立派に生きている人がいるよ。
 十五の若さで隻眼隻腕になったけど、採集中心で地道にで稼いで。
 隣国の王都に大きなお屋敷も手に入れたし、奥さんも三人もいたんだって。
 ニイチャンも、悪さなんてしてないでカタギの仕事をすれば片腕でも問題ないって。」

 おいらはにっぽん爺を引き合いに出して、地道に稼げと勧めてみたよ。
 もちろん、にっぽん爺が調子こいて夜逃げするハメになったことまでは言わないけど。
 後から考えると、隻腕でカタギの仕事をしている例なら、父ちゃんでも良かったと思ったよ。

「なんだよ! それ!
 治せるんだったら、早く治せよ。
 わざわざ、ハンディを負う必要は無いだろうが。
 利き腕が無くなっちゃ、色々と不便だろうが!」

 でも、ニイチャンの心においらの言葉は響かなかったみたい。
 声を荒げて、とにかく治せと要求してきたよ。
 治してもらう立場なのに態度が大きいね。
 せめて低姿勢で懇願する事は出来ないのかな。

「陛下、このような無礼者は放っておきましょう。
 傷口が化膿でもすれば、そのうち、大人しくなるでしょう。
 それから治療しても死にはしません。 
 真剣に研修を受講しなかったのですから、自業自得です。」

 講師のお姉さんは、ニイチャンを見捨てるように冷たく言い放ったの。
 もちろん、フリだよ。一応、どんな輩でもすぐに治す内規になってるから。
 余りに態度が悪いので、脅しているだけだよ。

「おい、それは無いぜ。
 その水を使えば、俺の腕もすぐに治るんだろう。
 頼むよ、何でも言う事を聞くから、治してくれよ。
 無礼な口を利いて悪かったよ。
 この通りだ。謝るから、腕が腐る前に治してくれよ。」

 お姉さんの迫真の演技に、身の危険を感じた様子でニイチャンは態度を一変させたよ。
 頭を地面に擦り付けんばかりに平身低頭して、腕の治療をして欲しいと懇願してきた。

「そうですか。
 それでは、陛下の御前で誓いなさい。
 残りの研修を真剣に受け、講師の指導には素直に従うこと。
 研修を終えたら堅気に働き、他人に迷惑を掛けないこと。
 もし、何か悪さをしてお縄になろうものなら、その首を差し出すと。」

 いや、首を差し出すは拙いよ。一応、罪過によって刑罰は決まってるんだから。

「いやっ、それは…。」
 
 ニイチャンは不満そうに何かを言い返そうとしたけど。
 その時、お姉さんがぎろりと睨み付けるたら、言葉を詰まらせたよ。

 そして…。

「分かりました、心を入れ替えて堅気になります。
 これから、研修も真面目に受けますし、指導に従います。
 ここを出てからも、堅気に一切迷惑は掛けません。
 ですから、早く腕を治してください。」

 ニイチャンは完全降伏だったよ。
 終いにはマジ泣きして、治して欲しいって懇願してた。

        **********

 そして、最後はウサギの穴に放り込まれたニイチャン。
 狭い巣穴の中だったのが幸いしたようで、こいつはそれほど大きな怪我はしてなかった。
 その代わり、他の二人のように腕を集中して狙われた訳ではなく、全身あちこちを噛まれていて。
 服はボロボロ、全身血塗れだったの。

「こいつは、まともな言葉すら話せないし…。
 真面目に働けと言うのも酷だよね。
 とっとと、治しちゃおう。
 ウサギの唾液塗れで汚らしいもんね。」

 おいらは、講師のお姉さんにそう告げると。
 幼児退行したニイチャンの頭上から、泉の水を大量に降らせたよ。
 たっぷりの水で良く洗わないと、ウサギの唾液とニイチャンの血が混じって凄く汚いんだもの。

「おみず、ちめたい。
 あーん! びしょびしょできもちわるいよ!」

 せっかくキレイに洗ってあげて怪我も治してあげたと言うのに何を贅沢を言ってるかな…。

「ほら、怪我は治ったから、もう大丈夫だよ。
 ただ、如何に万病に効くと言っても、壊れた頭は治らないからね。
 さっき、誓った言葉を忘れないでよ。
 あんたら二人が責任もってこのニイチャンを養うの。
 それが、二人に対する罰だよ。
 何処かに不法投棄したり、殺処分したら絶対に赦さないからね。」

 おいらが無事な二人に向かってそう告げると。
 指示した訳でもないのに、ジェレ姉ちゃんとルッコラ姉ちゃんが二人の後ろに回り込んだの。
 そして、やおら剣を抜くと二人の後ろから二人の喉元に剣の刃を添えたんだ。
 抵抗したら、首をかっ切るぞって感じでね。 
 
「陛下はあのようにおっしゃられておる。
 返事はどうした。
 よもや、嫌とは言うまいな。」

 ジェレ姉ちゃんがドスの利いた声で、愚か者二人を恫喝したの。
 どうやら、仲間の背中に蹴りを入れてウサギの方へ突き飛ばした卑劣な行いに腹を据えかねていたようで。
 思いっ切り脅してやろうという思惑みたい。

「はっ、はい。
 誓います、こいつのことは俺達が一生面倒見ます。
 ですから、勘弁してください。」

 愚か者二人に否は無かったよ。
 ジェレ姉ちゃん、逆らおうと言うものなら、その場で首を刎ねんばかりの剣幕だったからね。
 それ、『演技』だよね。まさか、本気で首を刎ねようなんて思ってないよね…。

「凄いですね。
 何時もああやって無法者共を改心させているのですか。
 あれなら、王都の治安が急速に改善しているのも頷けます。」

 おいら達の一連の対応を目にして、ヴァイオレットお姉さんは感心してたよ。
 でも、その一方でますます腰が引けた感じになっちゃったよ。
 やっぱり、荒事は苦手みたいだね。

 
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