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第十五章 ウサギに乗った女王様

第435話 ヴァイオレットお姉さんを説得したら…

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 荒れ果てた畑で一人草刈りをしていたヴァイオレットお姉さん。
 話を聞いていると、かなり悲惨な目に遭っているようなんだ。
 なので、父親と縁を切って村を出ることを勧め、仕事の紹介もすると言ったのだけど。
 紹介すると言った仕事の内容を聞いて、目をパチクリさせていたんだ。
 何を言ってるのか理解できないって顔をしていたよ。

「タロウさんの言うギルドの職員は、まあ、ギリギリ、そうなのかと思いますが…。
 近衛騎士とか、役所の職員とか、お嬢さんは一体…。」

 言葉を濁したヴァイオレットお姉さんのセリフの後に続く言葉は、「何を言ってるの?」だろうか。
 それとも、「何者なの?」かな。

 どちらでも良いけど、おいらはお姉さんの疑問を払拭することにしたよ。

「おいらは、この国の女王マロン。
 お姉さん達をここへ送った張本人だよ。」

「女王陛下? お嬢ちゃんが?
 女王陛下が何で、こんな所に?」

 おいらが素性を明かすと俄かには信じられないみたいだった。

「辺境に街道整備の進捗状況を視察に来たの。
 ここに寄ったのは、そのついでかな。
 辺境の開拓を命じられた人達がちゃんとやっているか気になったからね。」

 おいらが、女王だと一応納得した様子のヴァイオレットお姉さん。
 荒れ放題の畑と足元に転がる悪ガキ達に目をやると、ため息を吐いて。

「それでは、この村は醜態を晒してしまいましたね。
 ご期待に沿えず申し訳ございません。」

 恥じ入るように、そう言ったんだ。
 開拓村の視察に来た女王に、この半年近く全く進捗していないことを晒すことになったんだものね。
 正常な感性なら、恥ずかしく思うのも当然だよね。
 もっとも、恥じ入るべきは大人達であって、ヴァイオレットお姉さんには何の咎も無いのだけど。

「ヴァイオレットお姉さんは理解しているみたいだけど。
 ここに送られた騎士は、かつてこの辺境で村人達を虐殺したの。
 本来は、全員死罪でも不思議じゃないんだけど。
 虐殺によって農村の民が減っちゃって、国の食糧生産が落ち込んでるんだ。
 だから、食糧増産に貢献することで罪を償ってもらおうと思ったんだけど…。
 この村の人達は自分達に課された役割を理解してないようで、失望したよ。」

「それを言われると、申し開きができません。
 この開拓村の人達は誰一人として、自分達の犯した罪を理解していません。
 農村の民を家畜か何かのように思っていて、自分と同じ人だとは思っていないのです。
 家畜を殺して何が悪いと言い張り…。
 高貴な血筋の自分達を家畜と同じ立場に追いやったと、陛下に対して不平不満を漏らしてばかりです。
 挙げ句、キーン一族派の貴族が救いに来るなどと妄言を吐いて…。
 食糧が日々、減っていくことすら、見て見ぬ振りをしているのですから。」

 そう答えたヴァイオレットお姉さんは、ますます情けなさそうな表情になってたよ。

「うん、それは、さっきから話を聞いてて分かったよ。
 でも、ヴァイオレットお姉さんは違うよね。
 自分の置かれた立場を理解しているし、実際に農地を復活させようとしてた。
 だから、おいらはヴァイオレットお姉さんを誘ったんだ。
 妹さんも一緒に保護するから、おいらと一緒に来れば良いよ。」

「ですが…。
 私は、王家に弑逆をしかけた逆賊ヒーナルに与した家の者です。
 陛下の温情に縋る訳には参りません。」

「それは気にしないで良いよ。
 おいら、キーン一族派の貴族でも、真面目に働くなら差別するつもりは無いもの。
 辺境の開拓を命じた者は民の虐殺という看過し難い大罪を犯したからであって。
 ヒーナルに与したからでは無いんだ。
 ヴァイオレットお姉さんもお父さんと縁切りさえしてくれれば、一向に差し支えないよ。
 だから、ここを出て行こうよ。
 その方が、妹さんのためにもなると思うよ。」

 ヴァイオレットお姉さんは、誘いに乗ることに気が引けている様子だったけど。
 おいらの「妹さんのために」って言葉を耳にした時に、ピクって小さく肩を揺らしたの。

「そうですね、妹はまだ五つですが…。
 この村に居ると、十年後には悲惨な目に遭いそうですね。
 姉妹二人して、ろくでなし共の奴隷になるのは願い下げです。
 ここは、陛下のお言葉に甘えさせて頂きます。」

 ヴァイオレットお姉さんは、おいら達と一緒に来る決意を固めてくれたみたいだよ。

        **********

 そうと決まれば、善は急げと言うことで。
 おいら達は、ヴァイオレットお姉さんと妹を連れて王都へ帰ることにしたの。
 こんな所に長居は無用だからね、バカには付き合ってられないから。

 ヴァイオレットお姉さんの妹ビオラちゃんを迎えに村に入ろうとすると。

「おい、チビ、お前が女王を僭称するマロンってのは本当か?
 こんな所へのこのこ出向いて来るなんて、良い度胸してるじゃないか。
 おい、野郎ども、このガキを殺っちまえ。
 こいつの首を取って、王都へ凱旋するぞ!」

 いや、足元に転がされて、そんな事を言ってもさまにならないよ…。
 ヴァイオレットお姉さんに不埒を働こうとしていた悪ガキ達のリーダー格が号令を掛けたんだけど…。

「いや、親分、そいつの護衛のタロウって男、マジ強いですよ。
 俺達、そのガキに指一本触れる前に、また、のされちまいますぜ。」

 他の連中はタロウに怖れをなして、誰一人従おうとしなかったの。
 タロウは、その言葉にウンウンと頷くと…。

「おう、お前ら、良い判断だ。
 まだ若いんだから、死に急ぐことは無いぜ。
 俺はこの一行の中じゃ、最弱だからな。
 マロンは、お前らに怪我をさせないようにと考えて俺に対処させたんだ。
 あそこの背の高い姉さんが出て来た時には、この辺り血の海になるからな。」

 ジェレ姉ちゃんを指差しながら、悪ガキ共を脅してたよ。

「タロウ君は失礼ですね。
 私を血に飢えた狂犬みたいに言って、少しお仕置きが必要ですか?」

 そんな不満を漏らしてるけど、実際、ジェレ姉ちゃんが動くと血の海が出来るよね。…容赦ないから。
 二人の会話を耳にして悪ガキ達は震え上がってた。
 
「ちっ、腰抜け共が…。
 おい、誰か、親父達に知らせるんだ。
 偽女王が、少ない手勢でノコノコやって来たってな。
 親父達なら、こんな奴らに負ける訳ないぜ。
 みんな、レベル三十以上の精鋭揃いなんだからな。」

 今度は村に居る父親達に頼ろうと指示を出すリーダー格のニイチャン。
 でも、誰も指示に従おうとしなかったよ。
 みんな、地面に転がったままで起き上がれないんだもの
 このニイチャンも、虚勢を張るならせめて立ち上がって見せたらどうなの…。
 自分も地面に転がったままじゃ、誰も言う事を聞かないって。

 時間の無駄なので、悪ガキ達は放置して妹さんを引き取りに行くことにしたんだ。

 土塁の開口部を通って村の中に入ると、そこには本当に天幕しかなかったよ。
 土塁の際には、王宮から支給された建築資材が雨曝しで積み上げられたままだった。
 家を建てようとした努力の跡すら見当たらなかったの。

 そんな、天幕の一つに近付くと。

「ビオラ、お姉ちゃんだよ。出て来てちょうだい。」

 ヴァイオレットお姉さんは天幕に向かって声を掛けたの。
 すると。

「おねえちゃん、おかえりなさい。
 はやくかえってきて、うれしい。
 まだ、おひさまたかいよ。」

 父ちゃんと生き別れになる前のおいらくらいの背丈の女の子が、全身で喜びを表しながら天幕から出て来たの。
 ヴァイオレットお姉さんが帰って来たことが余程嬉しいのか、満面の笑みで走って来たよ。
 ビオラちゃんは、そのまま、ヒシっとヴァイオレットお姉さんに抱き付いたんだ。

 そんなビオラちゃんを前に、ヴァイオレットお姉さんはしゃがんで視線を合わせると。

「ビオラ、良く聞くのよ。
 私達、このお姉さん達についてこの村から出て行くの。
 これからすぐに出発するから。
 持っていきたいものがあれば、取って来なさい。」

 噛んで含めるように、そんな指示を出したの。

「ここからでていくの?
 おとうさんもいっしょに?」

「そう、ここから出て行くの。
 私とビオラの二人だけよ。
 お父さんは一緒じゃないわ。
 だから、お父さんにはナイショよ。
 絶対に話したらダメだからね。」
 
 ビオラちゃんは、不安そうにお父さんと一緒なのかと尋ねたの。
 ろくでもない父親みたいだけど、それでも一緒の方が良いのかなと思っていると。

「やったー! おねえちゃんとふたりだけ!
 うれしい! おかあさんからもらったねこさんをつれてくるね。」

 どうやら、心配だったのは父親が一緒に来る方だったみたい。
 ビオラちゃんは、ヴァイオレットお姉さんの返事を聞くと嬉しそうに天幕に走っていったよ。

「ビオラちゃん、お父さんと仲が良くないの?」

 気になったので、ヴァイオレットお姉さんに尋ねてみると。

「ビオラはまだ母親が恋しい年頃で…。
 時々、お母さんがいないと愚図るのです。
 父は、自分を捨てて一人実家に帰った母を快く思ってなくて。
 愚図る妹に厳しく当たるのです。
 そのせいで、妹は父に怯えてしまって…。
 このままでは、妹のためにもならないと悩んでいたのです。」

 母親が恋しいとビオラちゃんが泣くと、お父さんは殴る蹴るするらしいよ。
 ビオラちゃんが大切にしている猫の縫いぐるみの手を引きちぎったりとかも…。

「うわっ、近親相姦狙いの上に、DVかよ…。
 絵に描いたようなクズ男だな。マジ、引くわー。」

 お姉さんの返答を耳にしたタロウがまた意味不明の言葉を吐いてたよ。
 でも、タロウの「マジ、引くわー」って気持ちは何となくわかる気がする。
 
 おいらも、そんなダメ男にはお近付きになりたくないよ。 
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