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第十五章 ウサギに乗った女王様

第431話 それは余りに情けないよ…

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 マイナイ伯爵家から除籍された二人を街道整備の現場作業員として預けに来たおいら達。
 街道整備の土木作業をさせようと考えてたのに、何故か研修は厨房ですると言うんだ。
 支局長も、料理長も考えがある様なので、おいらが口を出す筋合いではないのだけど。
 面白そうなので、預けた二人について回ってるんだ。

 それで、厨房へ預けた第一の理由が、生活習慣を正すためだと知ることが出来たの。
 
 次に、料理長は二人の歓迎会に使う食材を狩り行くと言うので、おいら達もついてくことにしたよ。
 支局の敷地を裏門から出ると、そこには表門同様空堀に橋が架かっていて、その先は平原だったの。

「ねえ、歓迎会のために魔物を狩るとか言ってるけど。
 狩りなんかしなくても、歓迎会くらいできる予算は取ってあるよね。
 作業員達がお腹を空かせること無く、栄養のある食事を十分取らせるように指示したはずだけど。」

 おいらが支局長に尋ねると。

「はい、食費の予算は潤沢に頂いておりますし。
 三食とも、パンも、主菜も、副菜も、スープも全てお替り自由です。
 ですが、ここは一番近い町でも荷馬車で二日かかりますから。
 生肉は運んでこれないのです。
 どうしても、肉と言えば腸詰めか燻製肉となりまして。
 ステーキやローストなどを出すことは無理なんですよ。
 一方で、作業員達はそんな料理を好む若者ですからね。
 生肉は、この草原で現地調達です。」

 ちなみに、新鮮野菜も現地調達らしいよ。
 芋みたいに保存の効く野菜は、近くの農村から買い上げるらしいけど。
 保存の効かない葉物野菜は、支局の敷地内に作った畑で栽培しているらしいの。

 それで、支局の裏に広がる草原だけど、適度に草が茂っていて如何にもウサギが好みそうな環境だったよ。
 二人に獲物を乗せる荷車を引かせて草原をしばらく進むと。

「よし、そこにウサギの巣穴があったから、最初は俺が狩って見せる。
 一度しかやらんから、よく見ているんだぞ。
 よそ見なんかしてたら、どたま勝ち割るからな。」

 二人に喝を入れた料理長は、足元の石を拾ってウサギの巣穴に放り投げたんだ。
 お決まりの狩り方だね。

 激怒して襲い掛かってきたウサギを軽く躱した料理長は、手慣れた様子で大きな肉切り包丁をウサギの首筋に打ち込んだの。
 包丁は寸分違わずウサギの首筋に吸い込まれ、血飛沫を上げてウサギは倒れ込んだよ。
 見事、一撃でウサギを仕留めて見せたんだ。

「ウサギってのは、魔物の中でも最弱だからな。
 こんな感しで対処すれば、かすり傷一つ負わないで倒せるぜ。
 そのくせ、食べられる肉が沢山採れるから、お得な魔物なんだぜ。
 ほれ、貴様らの歓迎会のメインディッシュだからな、気合いを入れて倒せよ。」

 二人にそんな指示を出した支局長は、間髪入れず二人の足元にあった巣穴に石を投げ込んだよ。
 直後、怒り狂ったウサギが巣穴から飛び出してきて…。

「ぎゃあ、怖えよ。
 こんなの倒せる訳が無いじゃないか。」

 長男が包丁を捨てて逃げ出すと、次男もそれに続いたの。
 そして、始まるウサギとの追いかけっこ。
 必死に逃げ回る兄弟を、怒りを露わに追い回すウサギ。
 しばらくして兄弟の息が上がり足取りが覚束なくなってきたの。
 すると、ウサギはここぞとばかりに前歯を剥いて飛び掛かったよ。

 その刹那。

「バカ者、ウサギ如きに何手間取っているんだ。」

 足音を忍ばせてウサギを追っていた料理長が、ウサギの首筋に斬り付けたよ。
 料理長はまた一撃でウサギを葬ってた。

 その様子を眺めていた支配人は。

「これが、料理長に二人を預けたもう一つの理由です。
 あの二人もそうですが、王都から来た連中は皆体力が無いんです。
 定職にも就かずにフラフラしていた奴らに共通するのは。
 王都では徒党を組んで、弱い者から金をせびり取って遊んでたようで。
 体を鍛えるどころじゃなく、全くの運動不足なのです。
 工事現場での肉体労働には、とても役に立ちません。
 そこで、最初の一月、このように厨房で狩りをさせて体を鍛えているのです。」

 この現場で働いている農家の二男、三男は小さな時から農作業を手伝い。
 畑を耕すことなど日常茶飯事になっていた人が多いそうで、体力的に申し分ないそうなの。
 更に、農作業は日の出と共に起き出して日没前に終えるので。
 農村出身者は、規則正しい生活習慣が身に付いているそうなんだ。
 だから、基本、近隣の農村から採用した人は、すぐに街道整備の現場に送るらしいの。
 即戦力として使えるからね。

 一方で、王都から採用してきた連中は強面な風貌でいて、その実、見掛け倒しも良いところで。
 いきなり街道整備の現場に配置したら、すぐに音を上げて足手まといになったらしいんだ。
 そこで、厨房での研修中、食材確保を兼ねて魔物(主にウサギ)狩りをさせて体を鍛えてえいるんだって。
 この日は歓迎会に使うって名目で狩りに出て来たけど。
 料理長は、何だかんだと理由をつけて、研修中ほぼ毎日狩りをさせているらしいよ。

 ウサギとの追いかけっこだけでも、毎日やれば大分体力が付きそうだね。
 それに、毎日これだけ運動をさせられたなら、夜は早く眠くなるのも必然だよ。
 早寝早起きの習慣を付けるのに持って来いかも。
 
 結局この日、おいらが預けた二人は逃げ回るばかりで、ウサギ一匹倒すことが出来なかったよ。
 十回ウサギに追いかけ回されて、へとへとになるまで走らされてたの。
 その都度、料理長がウサギを仕留めていたので、歓迎会用の十匹は確保できたけどね。

 支局長の話では、研修で厨房に配置される輩はだいたいこんなもんだって。
 十日でウサギを狩れるようになれば、マシな方だと言ってたよ。

 でも、それじゃ、冒険者研修を受けているお姉さんの方がずっと上だよね。
 ホント、情けない…。

      **********

 研修生二人がへとへとになってしゃがみ込んでいると。

「貴様ら、何時までサボってへたり込んでいるんだ。
 まだ、仕事は終わりじゃないぞ。
 厨房へ帰ってこれを捌かないと、夕食の主菜に使えないじゃないか。
 さっさと、狩ったウサギを荷車に積み込まねえか。」

 灌木の枝にぶら下げて血抜きをしていたウサギを降ろしながら、料理長は二人に指示してたの。

「俺、さっきから気になっていたんだけどよ。
 あの料理長、狩ったウサギを一人で木にぶら下げてたぞ。
 ウサギって、普通は冒険者四、五人で担ぎ上げるもんだよな。」

 おいらの後ろいたタロウがそんな耳打ちをしてきたよ。

「うん、実はおいらも最初から思ってたんだ。
 あの料理長、徒者ただものじゃないって。」

 そもそも、ウサギを包丁の一振りで仕留める時点で相当な猛者なのに。
 ウサギの両足をロープで結んだかと思えば、あっと言う間に枝に吊り上げるんだもの。
 どんな力持ちなのかと思ったよ。

「ああ、料理長はあれでも男爵家の当主ですからな。
 古い家柄で、先祖から受け継いできたモノがありますから。
 元々は宮廷料理長だったのですよ。
 ヒーナルの勘気に触れて、職を追われていたのです。」

 おいらとタロウの会話が耳に届いたようで、支局長が教えてくれたの。
 受け継いできた『モノ』って、要はレベルだよね。
 実は、相当レベルが高い御仁らしい。

 何でも、代々宮廷料理人を務めて来た家柄の出身らしいよ。
 その時々に一番多く採れる食材を利用して、最高の料理を作るのが売りだったみたい。
 でも、華美を好むヒーナルには、それがお気に召さなかったらしいの。
 誰でも入手できる食材ではなく、普通の人では手の届かない高級食材を使えと指示したそうだよ。
 料理長としては、旬の素材の中で最高のモノを選んでいたつもりだったので憤慨したらしいよ。 
 「そんな成金趣味丸出しの料理なんか作れるか!」って啖呵をきったらクビになったんだって。

「ふーん、それじゃ、おいらが王位を継いだ時に戻って来ればよかったのに。」

「ああ、そんな誘いはあったそうですが。
 今更、過去の人間がしゃしゃり出るつもりは無いと断ったみたいですな。
 その代わり、今は宮廷の調理場の方に彼の息子が出仕してますよ。
 まだ、ペイペイだそうですが。」

 支局長と料理長は昔馴染みらしくて、家で燻ぶってるなら手伝ってくれないかと誘ったみたい。

 そんな話をしていると…。
 
「大の大人二人が雁首揃えて何やってんだ!
 ウサギ一匹持てねえのか!
 ほれ、もっと腰を入れろ!
 そんなへっぴり腰じゃ、力が入らないだろうが!」

 ハッパを掛けた料理長は、まだ一匹も荷車に載せられない二人の尻を蹴とばしてたよ。

「「イエス・サー」」

 その蹴りは相当強烈だったようで、二人は涙目で返事をしてウサギを持ち上げてた。 

 何度か料理長に蹴りを入れられながらも、何とかウサギ十匹を荷車に積み込んだ二人。
 もう完全に息が上がっていたけど、料理長は容赦なかったよ。
 休む間も与えずに、今度は寄宿舎に向かって荷車を引かせたんだ。

「ああやって、研修期間中、ほぼ毎日、ウサギの運搬や揚げ降ろしをするんです。
 更に、巨体のウサギを解体するにも体力が要りますので。
 一月も続ければ、鈍っていた体も鍛えられて、それなりに筋肉も付きます。
 それに加え、ああやって、上の者に絶対服従するように刷り込んでくれますので。
 研修が終わる頃には、工事現場で使い易い人材が出来上がるのです。
 現場で必要なのは、素直に指示に従う、体力のある作業員ですからね。」

 なるほど、厨房で研修させる目的は、生活習慣の矯正、体力作り、従順な人材の育成の三つなんだね。
 どれも出来ていない連中だから、工事現場に出す前にこれをやっておく訳なんだ。 
 
 それにしても、元宮廷料理長の作った料理を食べられるなんて、ここの作業員は幸せだね。
 みんな、鬼の料理長がそんなに凄い人だなんて、想像もしないだろうけど。
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