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第十五章 ウサギに乗った女王様

第429話 こんなのを押し付けてゴメンなさい…

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 支局長から採用した作業員に対する不満を聞いてしまったおいら。
 直後にこんな話をするのは申し訳ないなとは思ったんだけど。
 ここに来た目的の一つを果たさない訳にも行かないので、気まずさを感じながらも切り出したんだ。

「おいら、この現場で雇って欲しい人を連れて来たんだけど。
 二人いるんだけど、使ってもらえないかな?
 支局長の話を聞いた後だと、気が引けるんだけど…。
 ハッキリ言って性根が腐った連中なんで、性根を叩き直して欲しいの。」

 おいらのその言葉に合わせるように、アルトが『積載庫』から二人の男を放り出したよ。
 床に転がされて「イテテ…」なんて言葉を漏らしてる男二人。
 こいつら、廃嫡されて貴族籍を剥奪されたレクチェ姉ちゃんの兄貴達だよ。

 マイナイ伯爵領に置いておくと、レクチェ姉ちゃんの統治の妨げになりそうなので無理やり連れて来たの。
 そうしないと貴族籍を失った癖に館に居座ったまま、大きな顔しそうだもん。
 かと言って、王都へ連れて来ると、マイナイ伯爵家王都別邸に入り浸って伯爵家に寄生しそうだし。
 伯爵家の立ち入りを禁止すると、街中まちなかで悪さをするのが目に見えるようだからね。
 そもそも、おいらだってこの二人が真面目に働くような人物なら貴族籍の剥奪まではしないもん。

 と言う訳で、ロクでなし兄貴二人の性根を叩き直してもらおうと思ってここに連れて来たんだ。

「これはまた、絵に描いたような半端者ですな。
 陛下が直々にお連れになると言う事は、またぞろ勘違い貴族の愚息共ですか?
 何事か民に迷惑を掛けて陛下の勘気に触れましたかな。
 この二人は、平民と同じ待遇で現場作業員として最前線で使ってよろしいので?」

 床に胡坐をかいてブツブツを不貞腐れている二人を、蔑むような目で眺めながら支局長は尋ねてきたよ。

「うん、前マイナイ伯爵の息子二人。
 今は廃嫡して、貴族籍も剥奪したからただの平民だよ。
 繰り返すけど、曲がった根性を真っ直ぐに矯正して欲しいんだ。
 遠慮せずに最前線の現場で厳しく躾けてちょうだい。」

 おいらがそんな会話を支局長と交わしていると…。

「こら、お前ら、何を勝手なことを言ってるんだ。
 俺は由緒あるマイナイ伯爵家の長男だぞ。
 その俺に土木作業員をやれと言うのか。
 そんなのは下賤の生まれのモンにさせときゃ良いだろうが。」

 ぞんざいな扱いに腹を立てた長男が文句を付けて来たよ。
 いや、だから、あんた、もうマイナイ伯爵家と縁が切れてるし…。
 だいたい、血税を納めてくれる民に対してそんな見下した態度だから貴族籍を剥奪されるんだよ。
 領地、領民を護ると言う一番大事な義務も果たさないくせに…。
 そんな貴族、要らないって。

「確かに、陛下のおっしゃる通りですな。
 このような愚か者が貴族を名乗るようでは世も末です。
 貴族籍を剥奪して正解でしょう。
 では、陛下の御期待に沿えるよう、徹底的に性根を叩き直して見せましょう。」

 暴言を吐いた長男を冷ややかな目で睨んで、支局長はおいらのお願いを聞き入れてくれたよ。

       **********

 マイナイ伯爵家の廃嫡された男二人を受け入れてくれた支局長は、部屋にいた職員に誰かを呼びに行かせたの。
 少し待っていると、一人の中年男が現れたよ。
 おいらの予想の斜め上をいく、異様な姿の男がね。

「支局長、お呼びだそうで。
 何でも、俺に新人を預けたいそうだが。
 そこに座り込んでる二人かい。
 如何にも、使えそうにない面構えしてるが…。
 いつも通りに料理すれば良いんかい?」

 『山の民』もかくやと言うがっしりした筋肉質の中年男なんだけど。
 『山の民』と違って背丈も高くて、壁のような大男なんだ。
 なにが異様かって、真っ赤な血に染まった前掛けを付けてて、手にはでっかい肉切り包丁を下げてるの。

「おっ、料理長、夕食に使う肉を捌いている所だったか。
 悪いな、忙しいところを呼出してしまって。
 料理長が思っている通り、その二人を任せたいんだ。
 見た目通りの人間なんで、一月で使えるようにしてもらえないか。」

「ガッテンだぜ。
 いつも通りにやれば良いんだろう。
 一月後には、いっぱしの土木作業員に仕立ててやるよ。」

 料理長? 土木作業員に仕立てる?
 話しが噛み合ってないような…、おいらの聞き間違いかな…。
 おいらが、そんな疑問を感じていると。

「君達、これから一月は研修期間だ。
 料理長の指示に従ってしっかり学ぶように。
 料理長、後は任せた。
 寄宿舎に案内した後、すぐに研修に移ってもらえるか。」

「ガッテンだぜ。
 おい、お前らサッサと立て!
 もたもたしてると陽が暮れちまうぞ。」

 支局長の指示を受けて、料理長は二人を連れて行こうとするんだけど…。

「何だよ、このオッサンは、勝手に話を進めやがって。
 俺たちゃ、まだここで働くとは言ってねえぞ。」

 二人はここで働くことを承服していない様子だったの。
 すると…。

 ガツン! ガツン!

「「痛てぇ!」」

 料理長は手にした大きな肉切り包丁の柄の尻を、二人の脳天に叩きつけたの。 
 そして…。

「ゴチャゴチャ言うと、飯抜きにするぞ!
 それから、俺の指示に対する返答は『イエス、サー。』だけだ。
 それ以外の言葉を口にしてみろ、生まれて来たことを後悔させてやるからな。」

 ドスの利いた声で、二人を恫喝したよ。

「はっ、はい、イエス、サー。」

 驚いた、一発で言うことを聞いたよ。
 こいつらには、料理長に逆らう気概が無いみたい。
 領主の息子として今まで甘やかされてきたようだから、恫喝されたのは初めてなんだろうね。
 怯えた様子で恭順の言葉を吐くと、二人は床に尻をついたまま後ずさってたよ。 

「支局長、おいらも寄宿舎を見学したいので三人に付いて行っても良いかな?」

「どうぞ、せっかくいらしたのですから施設を隅々まで視察して行ってください。
 どれ、私も、ご一緒しましょうか。」

 それは有り難い。
 今見た場面だけでもツッコミどころ満載だから、色々尋ねたいことがあったんだ。

      **********

 支局長の執務室がある本館を出て、少し歩くと二階建の建物がずらっと並んでいたよ。

「こちらが、寄宿舎区画になります。
 全て同じ間取りの建物が十棟並んでいます。
 一つの寄宿舎は一階、二階にそれぞれ二十五部屋あり。
 全室二人部屋で一棟当たり百人の作業員を収容できます。」

 支部長のそんな説明を聞きながら寄宿舎の一つに入ったの。
 作業員たちの休息スペースとなっている吹き抜けの広いロビーを抜けて、ある扉の前で立ち止まると。

「これが、今日から貴様ら二人が暮らす部屋だ。
 掃除夫は雇ってないから、掃除は自分でするんだぞ。
 言っておくが、一月毎に部屋替えをするからな。
 後からこの部屋に入る奴に恨みをかいたくなければちゃんと掃除をしとけよ。」

 二人を案内した部屋は、ベッドが二つ置いてあっても圧迫感を覚えないだけの十分な広さがあったよ。
 ベッドは成人男性が使っても余裕がある大きさで。
 分厚いマットには純白のシーツが掛けられ、温かそうな毛布も用意されてた。

 広くて、清潔、そして窓からの採光も十分で、申し分ない部屋だと思ったよ。
 少なくとも、おいらが辺境で住んでた鉱山住宅よりよっぽど上等だった。

 おいらが、そんな感想をもらすと。

「はい、作業員の生活環境には十分な配慮をするようにとの指示でしたので。
 予算の許す限りで、寄宿舎の居住性には最大限の配慮を致しました。
 また、工事進捗に伴う現場の移動に対応して、この寄宿舎は分解組み立てが可能な造りにしてあります。」

 今は荷馬車に作業員を乗せて、工事現場まで移動しているそうだけど。
 現場が北上して荷馬車で通うに時間が掛かるようになったら、この支局そのものを北に移すんだって。
 そのために全ての建物は分解組み立てが容易に出来るような構造になっているみたい。
 建物を再利用可能な形にする事で予算を浮かせて、その分居住性の向上にお金を使っているそうだよ。
 後ろで話を聞いてたタロウが、「まるで、プレハブ住宅だな。」なんて呟いてた。

 おいらが支配人の説明に感心していると。

「何で、俺が掃除なんてしないといけねえんだ。
 掃除夫ぐらい雇えば良いだろうが。」

 料理長の説明を聞いた次男が不満を言ってたよ。…懲りないね。

 ガツン!

「痛てぇ!」

 すぐさま、料理長の包丁の柄が次男の頭に直撃してた。

「『イエス、サー。』以外しゃべるなと言ってるだろうが。
 いいか、よく覚えておけよ、貴様らはもう平民だ。
 平民の家じゃ、自分家は自分で掃除するもんなんだよ。
 サボりたければサボっても良いんだぜ。
 ただよ、ここの寄宿舎には荒くれ者が多いんだ。
 お前らの後にこの部屋に入る奴が、寛大な心の持ち主なら良いな。」

 料理長の話では、この寄宿舎が開設されて三ヶ月目に入り、既に二回部屋替えをしたそうなの。
 一回目の部屋替えの時、横着をして部屋を汚し放題にしていた愚か者二人組が居たそうだよ。
 部屋替えによって愚か者の部屋に入ることになった人が、キレイ好きな兄ちゃんだったらしいんだ。
 部屋を出て行く前にちゃんと掃除をしろと新しい住人が要求して、愚か者二人組と口論になり。

 結局、愚か者二人は半殺しにされたんだって、キレイ好きの兄ちゃんは相当な猛者だったらしいよ。
 それ以来、こまめに掃除をしないとヤバイという風潮になって、二回目の部屋替えは穏便に済んだみたい。
 元々、毎月部屋替えをするって、きちんと掃除させるのが目的らしいよ。
 部屋を汚していると後の人に恨みを買い、寄宿舎の中で立場を失うことになるもんね。
 さすがに半殺しにされるってのは想定外だったみたいだけど。

 この寄宿舎で実際に起こった事件の話を聞いて、二人は震え上がっていたよ。

        **********
 
 アルトが預かっていた二人の荷物を部屋に置くと、次は研修場所の厨房に行くことになったんだ。

 そこで、おいらは知ることになるの。
 何で、土木作業員の研修が厨房なのかと…。
 それは吃驚仰天びっくりぎょうてんの理由だったよ。
 
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