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第十五章 ウサギに乗った女王様

第412話 新領主が決まったよ

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 酔牛に利き腕を奪われたマイナイ伯爵。
 魔物が襲撃してくるような領地は懲り懲りと言うので、おいらは隠居を勧めたんだ。
 伯爵は思いの外乗り気で、後継候補を集めたんだけど。

 これが揃いも揃ってダメな兄弟で、イナッカ辺境伯領で目にした光景を思い出したよ。
 二人共、魔物狩りに行くのは嫌だと言って、領主を継ぐのを拒否してるんだ。
 長男なんて、領主補佐で良いなんて言って甘い汁だけ吸おうという魂胆がミエミエだったの。

 こいつ等、分っているのかな。
 現伯爵が色々と不始末を起こしているから、おいらの胸一つでお家取り潰しにも出来るってこと。
 ちゃんと魔物の間引きをするなら、当主交代で穏便に済ませてあげるって言ってるのに。

 その後も見苦しい押し付け合いを続ける兄弟に呆れていると。

「お兄様、陛下の御前でお家の恥を晒すのはお慎みでください。
 お二人は爺やの説明を聞いていらしたのですか。
 陛下がこの領地にお越しになられたのは。
 新たに公布された法を、お父様がことごとく無視していたからなのですよ。
 本来なら、重い責任を問われても抗弁できないのです。
 それを陛下は、領主の責務を果たすのなら、不問に付しても良いと仰せでございます。
 分かりますか、定期的に魔物を間引くのも領主としての責務に含まれるのですよ。」

 一番末っ子のお姫さんだけは話の本筋を理解しているようで、兄二人を嗜めたんだ。

「レクチェ、今は次期当主を決める大事な話をしてるんだ。
 外野のお前が口出しするんじゃない。」

 長男がお姫さんを叱り付けたよ。お姫さん、レクチェって名前なんだね。
 しかし、大事な話って言っても、さっきから押し付け合いしかしてないじゃん。

「若、姫様のおっしゃる通りですぞ。
 魔物は差し迫った脅威なのです。
 お二人のどちらかが、明日から魔物狩りに行くと誓約しない場合。
 領地没収、お家取り潰しになってもおかしくないのですぞ。」

 すると、レクチェ姉ちゃんの言葉に耳を貸そうとしない長男に対し、執事のお爺ちゃんがレクチェ姉ちゃんを擁護したの。

「けっ、何が貴族の責任だよ。
 何で、領主が魔物狩りなんて危険な事をしないといけないんだ。
 貴族の義務だとか、時代錯誤なことを言いやがって。
 貴族は安全な場所でふんぞり返っていれば良いんだって。」

「おお、そればっかりは兄貴の言う事に賛成だ。
 魔物狩りなんて、町に住んでる連中でも徴兵してやらせとけばいいだろう。
 庶民なんて、放っておけば幾らでも増えるんだ。
 百人や二百人、魔物の餌になっても痛くも痒くもないぜ。」

 でも、お爺ちゃんの言葉も二人の心には響いてなかったみたい。
 相変わらず、勝手なことを言っているよ。

「もう良いや。
 宰相がなるべく穏便に済ませるようにって言ってたから。
 当主を隠居させて、少しはマシな領主になればと思ったけど。
 とんだ、見込み違いだったよ。
 領主の統治能力なしってことで、領地没収の上、お家取り潰しにするね。」

 おいらが、二人に見切りを付けてそう宣告すると。

「待ってくれ、それは困る。
 儂は王都で優雅な隠居生活を送りたいのだ。
 家が取り潰されたら、どうやって食って行けと言うのだ。
 おい、お前ら、どちらでも良い。
 明日から魔物狩りに行くと誓約し、家督を引き継ぐのだ。」

 マイナイ伯爵が泡を食って、二人の息子に魔物狩りに行くように命じてたよ。

「そんな勝手な言い分が通ると思っているのか。
 元はと言えば、親父が魔物狩りを十年もサボってたからいけないんだろう。
 俺達に尻拭いさせようなって冗談じゃねえよ。
 親父こそ、まだ元気なんだから先頭に立って魔物狩りに行けば良いじゃねえか。
 それで死んだら、俺が親父のレベルを引き継いで戦ってやるよ。」

「ふざけるな!
 儂は、この通り腕を失ったんだぞ。やるべきことはやったわ。
 お前達はまだ若くて、体力だって衰えてないんだから。
 儂よりはまともに戦えるだろうが。」

 今度は伯爵まで加わって、三つ巴で醜い言い争いになったんだ。

     **********

 お互いに自分の都合しか言わないものだから、話い合いは収拾がつかなくなっていたの。
 いや、お互いの主張ばかりぶつけるから、話し合いにすらなってなかったと言うのが正確かな。

「陛下、醜態を晒して申し訳ございません。
 今は亡き祖父が申しておりました、父の代で我が家はお終いだろうと。
 祖父は、ヒーナルが如き愚王に迎合し、貴族の義務を放棄してしまった父を見限っていたのです。
 祖父から常々聞かされておりました。
 この領地は常に魔物の脅威に晒されていると。
 この領地の繁栄は、我が一族と配下の騎士が適切に魔物を管理することで維持できるのだと。
 なのに代替わりしてから一度も、父は魔物狩りに行こうとしませんでした。
 祖父は亡くなるまで、そんな父の態度を不安に思っていたのです。」

 隣にやって来たレクチェ姉ちゃんはおいらに謝罪すると、先代から聞かされていたことを教えてくれたよ。
 先代は伯爵に家督を譲ってから、魔物狩りに行くように催促してたようなんだけど。
 その度、「ああ、そのうちな。」と言って、伯爵は取り合わなかったようなんだ。

 そんな調子なので、伯爵は魔物狩りの本来の目的を聞き流ししちゃったんじゃないかって。
 レクチェ姉ちゃんが聞かされてたのに、伯爵が聞かされてない訳がないよね。
 若い頃に魔物狩りに連れてかれて散々な目に遭ったと言ってたから。
 『嫌だ、嫌だ』って意識に捉われて、先代の話を聞き流しちゃったんかも知れないね。

「ねえ、モノは相談なんだけど。
 レクチェ姉ちゃんは、伯爵家を継ぐつもりはあるかな?
 これから、毎年、定期的に魔物の間引きをすると約束してくれるなら。
 レクチェ姉ちゃんを次期当主として、マイナイ伯爵家の存続を認めるよ。
 あの二人が継ぐより、ずっと良いと思うから。」

 おいらの提案に、レクチェ姉ちゃんは狐につままれたような顔になったよ。
 でも、おいら、レクチェ姉ちゃんの話を聞いてて三人の中で一番まともだと思ったから。

 先代から、代々の領主はこの領地を護るために先頭に立って魔物と戦ってきたと聞かされていたらしいの。
 兄貴二人が幼少の頃、先代は現役の領主で多忙だったため、孫にかまっている時間が無かったらしいの。
 レクチェ姉ちゃんが小さい頃に先代は伯爵に家督を譲り一線を退いたそうで。
 幼少の時のレクチェ姉ちゃんをあやしてくれたのは、もっぱら先代だったらしいよ。
 なので、三人のうち先代伯爵の薫陶を一番受けているのはレクチェ姉ちゃんらしいの。

「陛下、お言葉ではございますが。
 私は女子ゆえ、家督相続の権利がございません。
 更に申し上げれば、私も魔物狩りをした事がございませんので。
 ご下命であれば魔物狩りにも望む覚悟ですが、成果を上げる自信がございません。」

「ああ、家督の相続権なら心配しないで。
 おいらが、女王になった時に女子の相続を認めるように法を変えたから。
 ここにも通達は来ているはずなんだけど、伯爵はそれも握り潰しちゃったんだね。
 魔物狩りについても、あんまり心配しないで良いよ。
 伯爵家を継ぐつもりがあれば、おいらが魔物狩りの手解きをしてあげるから。
 取り敢えず、明日から魔物の領域に行くのに同行してくれれば良いから。」

 女子の相続権については、おいらが即位した時に即行で認めさせたよ。
 だって、父ちゃんの家、おそらく女の子しか生まれないから。
 何と言ってもお嫁さんは全員耳長族だからね、生まれてくる子供の殆どが女の子と言う不思議種族。
 女子の家督相続を認めないと、たった一代でお家断絶になっちゃうよ。
 父ちゃんの後継を妹のミンメイにするため、女子にも平等に相続権を認めるように法を変えたんだ。

「私が継ぐことで、この家が存続するのであれば謹んでお受けしますが…。
 兄二人がそれを認めるでしょうか。
 いえ、あの二人なら、私が魔物狩りに行くと言えば喜んで認めるでしょうけど。
 兄たちをこの家に残すと、好き勝手する未来が目に見えるようで不安なのですが。」

 レクチェ姉ちゃんは、不毛な言い争いをする三人に視線を送りながら、不安そうにしてたの。
 その心配はもっともだと思う。
 兄貴二人をここに置いておくと、レクチェ姉ちゃんに面倒な仕事を押し付けて放蕩三昧かも知れないね。

         **********

「はーい、みんな、話を聞いて。
 マイナイ伯爵家はお取り潰しにしようかと思ったけど。
 レクチェ姉ちゃんが魔物狩りを定期的にすると誓約してくれたから。
 レクチェ姉ちゃんを次期当主として存続を認めることにしたよ。」

 おいらは、醜態を晒す三人に向けて宣言したの。
 すると。

「おお、そりゃ良いな。
 レクチェが面倒なことを全部引き受けてくれるなら助かるぜ。
 俺達は領主の兄として、ここで悠々自適の生活をさせてもらうことにするわ。」
 
 長男から、予想通りの下衆な言葉が返って来たよ。

「そう言うと思った。
 お兄ちゃん達二人が、レクチェ姉ちゃんの領地経営の妨げとなるといけないから。
 勅命をもって、二人の貴族身分をはく奪、この領地から永久追放処分とするよ。
 二人は、おいらが王都へ帰る時に連れて行って、そこで解放するから。
 後は、庶民として好きに生活してね。」

「ふざけるな!
 そんな勝手なことが許されると思っているのか。
 俺は絶対に認めねえぞ、誰が庶民としてなんか生きて行けるかって。」

「そうだぜ、俺はここで遊んで暮らしていくことに決めたんだ。
 今更、働けなんて言われても、はいそうですかなんて言えないぜ。」

 おいらの裁定に不満たらたらで抗議してきた兄二人。
 嫌だなあ、おいらの言葉をちゃんと聞いてたのかな。

「おいら、『勅命』だと言ったじゃない、国王の正式な命令だよ。
 一旦口に出した以上は覆らないからね。
 お兄ちゃん達はもう貴族じゃないんだ、ここから出て行ってもらうよ。」

 おいらが冷たく言い放つと…。

「このクソガキが、調子に乗りやがって!」

 長男がキレて掴みかかって来たよ。
 随分と甘やかされて育ったみたいで、自分の意に沿わないと力尽くで従わせようとするんだね。
 それは、立場の下の人には通じるかも知れないけど…。

 バキッ!

「陛下に対する無礼は赦さぬぞ!」

 おいらの前に躍り出たジェレ姉ちゃんが思いっ切り長男を殴り飛ばしていたよ。
 レベル四十以上あるジェレ姉ちゃんに殴られて、長男は文字通り飛ばされて行っちゃった。
 壁に打ち付けられて目を回しちゃったよ、しかも、あごの骨が砕けて口から血を流しているし…。

「さて、お前はどうする?
 陛下は『勅命』と仰せられているのだぞ。
 大人しく庶民として暮らしていくか?
 それとも、あの愚か者のように罪人として処罰されたいのか?」

 ジェレ姉ちゃんは眼光を鋭くして次男に問い掛けたんだ。

「ひっ、分った、分ったから勘弁してくれ。
 陛下の仰せに従ってここから出て行くから、そう凄むなよ。」

 臆した様子の次男は後ずさりしながら、ジェレ姉ちゃんに返答してたよ。

「分かってくれたようで何よりだよ。
 じゃあ、おいらがここを出るまで、アルトの『積載庫』で大人しくしていてもらおうか。」

 おいらが、気を失っている長男の口に『妖精の泉』の水を流し込みながら告げると。
 アルトがすぐさま二人を『積載庫』にしまってくれたよ。

「陛下、兄は何処へ行ってしまってのですか?」

「ああ、紹介してなかったね。
 おいらの保護者のアルト。妖精の森の長なんだ。
 アルトが持っている特殊能力、『妖精さんの不思議空間』に閉じ込めたの。
 何処にあるのかは分からないけど、隔離された空間なんだ。
 あの二人が、伯爵の宝物やお金を勝手に持ち出したら困るでしょう。
 おいら達が王都に帰るまでの間、二人にはそこにいてもらうよ。」

 明日から魔物狩りのため留守になるから、二人を放っておいたら何を盗んでいくから分からないもんね。
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