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第十五章 ウサギに乗った女王様

第387話 スマイルは無料だって

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 その日、トレントの森で日課の回収した後、森にあるタロウのギルドの買取所に寄ってみたの。
 そろそろ、タロウが言っていた銀貨の預りが始まっていたはずだから。

 そこで買取の様子を窺っていると…。

「今日もお疲れさまです。
 最近頑張っていますね、今日もお一人銀貨五百五十枚も稼いでいますよ。」

 ギルドのお姉さんが、カウンターに銀貨を詰めた布袋をドンと五つ並べてた。
 これならいつも通り、まだ、銀貨の預りは始めてないのかと思ったら。

「おうよ、最近、面白いくらいに稼げるんだよ。
 街中で強請り集りをするより、ずっと確実に稼げるぜ。
 過去の自分に説教したいくらいだ。
 カタギに迷惑かけてねえで、真面目に狩りでも行けってな。」

 五人組の一人が上機嫌で答えると。

「そうですか、やりがいがあるのなら何よりです。
 これからも頑張ってくださいね。
 ところで、稼ぎが多くなってくると、稼いだお金の保管に困りませんか?
 それと、この銀貨が詰まった大きな袋を持ち歩くのも。」

 おっ、何か、それらしい感じに話を誘導したよ。

「そうなんだよ、最近じゃ、家に稼ぎを置いておくのも気が気じゃねえぜ。
 狭い貸家暮らしだもんな、安心してしまって置けるところなんかありゃしない。」

「そうですか。
 そんな、皆さんに、耳寄りなお知らせが有るんですが。
 少々、お時間をお取り願いませんか。
 このほど、当ギルドは便利なサービスを始めたのです。」

「うん? 何か良い話があるんかい?
 役に立つことなら、幾らでも話は聞くぜ。」

 冒険者が受付のお姉さんの話に耳を傾けると、お姉さんは例の『銀貨引換券』を出したんだ。

「こちらが、このほど取り扱いを始めた『銀貨引換券』です。
 この買取所では、買取代金を銀貨に代えて『銀貨引換券』で受け取ることが出来ます。
 『銀貨引換券』は『十枚券』と『百枚券』で、ご希望の組み合わせで受け取れます。
 例えば、今日の代金ですと、百枚券五枚と十枚券五枚でも良いですし、百枚券四枚と十枚券十五枚でも構いません。
 勿論、五十枚は銀貨で受け取って、残りを『銀貨引換券』と言うのも可能です。
 また、銀貨に引き換える際も、一度に全て引き換えても構いませんし、一枚ずつ引き換えることも可能です。
 『銀貨引換券』でしたら持ち歩きに便利ですし、ご自宅に余分な銀貨を保管する必要が無いので安心です。
 お預かりした銀貨は当ギルドの金庫で厳重に保管させて頂きます。」

 受付のお姉さんは、営業スマイルを湛えて『銀貨引換券』のことを丁寧に説明してたよ。

「ほう、要は当面使わない金はギルドで預かってくれるってことだな。
 そりゃ、助かるぜ。
 このくらいの紙きれなら、持ち歩くこともできるしな。
 落としたり、掏られたりにさえ気を付けていれば良いんだものな。」

 すると、カウンターの前を通りかかった知り合いらしき冒険者が。

「おっ、おまえ、まだ、『銀貨引換券』を使ってなかったのか。
 俺は昨日から使い始めんたんだが、そいつは便利だぜ。
 なんたって、使う分だけ銀貨を手元に置いとけば良いんだもんな。
 俺達、冒険者は金蔵付きの屋敷なんて手が出ねえから有り難いぜ。」

 そう言って、今お姉さんの話を聞いている冒険者に『銀貨引換券』を勧めてたよ。
 まさか、仕込みじゃないよね…。

「おう、そうか。
 じゃあ、俺も『銀貨引換券』ってモノを使ってみるか。
 今日の稼ぎから、『銀貨引換券』にしてもらえるのか?」

「はい、ご希望でしたら、『銀貨引換券』に変更させて頂きます。」

「じゃあ、五十枚は銀貨でもらっといて、残りは『百枚券」で頼むわ。」

 通りすがりの冒険者の勧めがダメ押しになったようで、五人組は全員『銀貨引換券』を利用することになったよ。

       **********

 お姉さんは、カウンターの上に並べた銀貨五百五十枚入りの布袋を一旦引っ込めたよ。
 そして、銀貨の準備作業をしている係のお姉さんに、銀貨五十枚入りの袋を五つ用意するように指示してた。

 そして、五人組それぞれに一枚の紙きれと『銀貨百枚券』を五枚ずつと差し出すと。

「それでは、最初にこちらの利用申込書にご記入ください。
 記入が終りましたら、『銀貨百枚券』のそれぞれ、右側と左側の署名欄にご証明をお願いします。
 真ん中の署名欄は、絶対に記入しないでくださいね。
 『銀貨百枚券』は五枚ありますので、全てにご署名をお願いします。
 記入が終りましたら、冒険者登録証を添えて一旦こちらにお戻しください。」

「おっ、そうか、この申込書を書いて、『銀貨引換券』に署名だな。
 真ん中は書いちゃいけないんだっけ。」

 五人はお姉ちゃんから指示されると、筆記具が置いてあるテーブルで記入を始めたよ。

 そして、暫くして…。

「ほら、書けたぞ。
 しっかし、この申込書って紙きれ、変な事を書かせるんだな。
 生まれた町の名前とか、親父とお袋の名前とか。
 これ、何の意味があるんだ?」

「ああ、それは、他人がご本人様になりすまして『銀貨引換券』を換金するのを防ぐためです。
 拾ったり、盗んだりした『銀貨引換券』を換金しようとする不届き者が出て来ないとは限りませんので。
 ご本人様確認のために必要なモノですので、何と書いたか忘れないでくださいね。」

 盗まれたり、拾ったりした『銀貨引換券』が換金に持ち込まれた時はギルドは換金を拒否するらしいよ。
 その換金に持ち込んだ者は騎士に突き出すって言ってた。
 そして、そのことをギルド内の掲示板に告知して、『銀貨引換券』は本当の持ち主に返すそうだよ。

「おう、良く解からねえが、書いたことを覚えておけば良いんだな。
 自分の生まれ故郷や親の名前を忘れる訳ない無いじゃねえか。」

 受付のお姉さんは、記入された書類と冒険者登録証受け取ると、不備が無いかをチェックしてたよ。
 そして、不備が無いことを確認すると、『銀貨引換券』の二ヶ所ある発行日の欄に今日の日付を記入して。
 更に、右側三分の一くらいにある切り取り線にハサミを入れて二枚に切り分けてた。

 右側の小さい紙片は、細長い木箱の中に入れてたよ。
 紙片は箱の底から積み重ねられるのではなく、整然と箱の中に立てられてた。
 どうやら、木箱の中には仕切りが設けられているみたい。

「では、銀貨五十枚と『銀貨百枚券』五枚なります。
 『銀貨百枚券』は明日以降、銀貨に引き換えることが出来ます。
 有効期限はございませんので、明日以降であれば何時でも引換可能です。」

 カウンターのお姉さんは営業スマイル全開で、冒険者達に買取代金を渡してた。
 「営業スマイル」ってのは、タロウが言ってたんだ。
 笑顔を向けられて嫌な気分になる奴はいないから、積極的に振りまけって。
 カウンターでの接客は笑顔が基本だと言ってたよ。

        **********

 その帰り道、おいらは『ひまわり会』の本部を覗いてみたの。
 『銀貨引換券』は数日前から取り扱ってるんで、銀貨に引き換えに来てる人がいるかと思ったの。

「銀貨への引き換えですね。
 『銀貨十枚券』を五枚ですか。
 恐れ入りますが、こちらのご署名欄に記入をお願いします。
 それと、冒険者登録証をお預かり出来ますか?」

 受付のお姉さんは、筆記具を銀貨引換に来た男に渡すと、空白だった署名欄に記入するように指示したんだ。
 あれが、何の意味があるんだろうと思っていたら。

「筆跡というのは、かなり癖があるんだ。
 特に書き慣れてる自分の名前なんかだと、気負わずに書く分だけ癖が出易いからな。
 左側は発行した時に記入してもらい、真ん中は銀貨を引き換える時に目の前で記入してもらえば。
 かなりの確度で、偽者がなりすまして銀貨を引き換えようとするのを防げると思うんだ。
 ただ、ギルドの職員は筆跡鑑定のプロじゃないからな。
 自信が持てない時は…。」

 タロウが空白の署名欄の説明をしていると…。

 『銀貨引換券』に記された二つの署名を眺めて首を傾げていたお姉さん。
 カウンターの後ろに置かれたキャビネットから分厚い台帳みたいなモノを引き摺り出したの。
 お姉さんは提示された冒険者登録証を見ながら、手許に広げた台帳を捲ってた。
 
 そして、銀貨引換にやって来た男に尋ねたの。

「恐れ入ります、お生まれはどちらでしょうか?」

「俺か? 俺は○○の生まれだが。」

「有り難うございます、もう一つ窺ってよろしいですか。
 お好きな食べ物は何でしょう?」

「何だ、姉ちゃん、俺に気があるのか?
 俺の大好物と言えば△△だぜ。」

 お姉さんは、男の答えを聞くと台帳に目を落して…。

「はい、××様、本人確認にご協力有り難うございました。
 今、銀貨五十枚、ご用意いたしますのでお待ちください。」

 お姉さんが木製のトレイに乗せた『銀貨十枚券』を後ろの列にいる職員に渡すと、すぐに銀貨五十枚が用意されたよ。

 男は銀貨五十枚を受け取ると…。

「おっ、こりゃ、本当に便利だ。
 トレントの森から、重い銀貨をぶら下げて帰ってくる手間も掛からないし。
 当面、必要の無い銀貨は預けておけば、盗まれる心配も無いしな。」

 銀貨の入った布袋を手にして、ホクホク顔で言ってたよ。

「ああやって、事前に申込書に記入してもらった質問で本人を確認するんだ。
 実は、あの申込書な、五つ簡単な問いが書かれてるんだけど。
 問いに五種類ほどバリエーションがあってな、全員が同じ問いじゃないんだ。
 全部同じだと、狡賢い奴が問いの答えを聞き出すかもしれないからな。
 冒険者登録証の提示、筆跡鑑定、そして問いの答えで三重に本人確認をしてるんで。
 何とか、なりすましは防げると思うんだけどな。」

 タロウが、意味不明な設問の使い道を教えてくれたよ。
 本人なら間違えなく答えられるけど、本人以外ではとっさには出て来ない設問でなりすましを見破るらしい。

 最初に記入してもらった申込書は、冒険者登録証に刻まれた登録番号順に台帳に閉じられてるそうだけど。
 必ず、その後に、当該冒険者に発行された『銀貨引換券』を記録する紙が付けられているそうなの。
 そこには、発行日、券面、引換日なんかを記入されているみたい。
 それから、細長い木箱に立てられてた右側の紙片だけど、換金が済むと回収した左側の紙片と綴じて『換金済み』の木箱に移して保管するらしい。
 それが偽造対策にもなっているそうなんだ。

「『銀貨引換券』を始めてまだ数日だけど。
 利用した冒険者の評判は上々でな。
 買取所で狩りの収穫物の新規買取代金から始めた訳だが。
 最近、真面目に狩りに取り組んでる連中は結構貯め込んでるだろう。
 早速、今、家にある銀貨も預かって欲しいという要望があってな。
 今日から、ギルド本部に銀貨の預り窓口を設けたよ。」

 そう言ってタロウが指差す先には、どうやって持って来たんだろうと疑問に思うくらい大きな布袋を足元に置いた男達が並んでた。

「はい、こちら銀貨三万枚ございますね。
 『銀貨引換券』はどのような券面でご用意しましょうか?」

 カウンターでは、ギルドのお姉さんが忙しそうに冒険者に対応していたよ。
 その横では別のお姉さんが、一所懸命に銀貨を数えていて、営業スマイルも引き攣ってた。

 まあ、滑り出し好調そうで良かったね。

 
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