上 下
386 / 819
第十五章 ウサギに乗った女王様

第386話 珍しく冴えたことを言ってたよ

しおりを挟む
 おいらは、タロウに頼まれて一緒にチンの工房を訪ねたの。

「今日は、嬢ちゃんも一緒アルカ。良く来たね。
 勿論、頼まれたモノは出来てるアルヨ。
 納期厳守、信頼作りの第一歩アル。」

 工房を訪ねるとチンがおいら達を迎えてくれたよ。
 言葉の内容は至極まともなのに、チンが言うと胡散臭く感じるのが不思議…。

 チンの案内で工房の作業場に足を踏み入れると、人が十人以上余裕で入れる大きな金庫が置いてあったよ。
 タロウは、金庫の外観や中の構造をつぶさに観察すると。

「おおっ、これは凄いや。
 こんなでっかい鉄の塊を盗んでいくやつもいないだろう。
 鍵は頑丈で、簡単には破れないようにできてるんだろうな。」

 金庫の出来栄えには満足した様子で、盗難防止のための鍵について尋ねたの。

「もちろん、簡単に金庫破り出来ない鍵を付けたアルヨ。
 これ鍵あるよ。
 二本揃わないと扉開かないから無くさないようにするアルヨ。」

 チンは自信満々に二本の鍵を差し出して来たよ。

「おお、これが鍵か。
 でもよ、この鍵どうやって使うんだ?
 金庫の扉に鍵穴は無いし。
 外付けの錠前を取り付けるようにも出来てないぞ。」

「それが、ミソアルヨ。
 ここ見るヨロシ。
 二ヶ所、四桁数字があるの見えるネ。
 これをこうして回すアル。」

 金庫の二枚の扉の双方に刻まれた四桁の数字、何の意味があるかと思ってたら。
 チンはその数字に指を掛けクルクルと回したの、横一列に並んだ数字がある組み合わせになると…。

「おっ、鍵穴ができたぜ。
 その数字、ダイヤルになってたのか。
 決められた組み合わせになると閉じていた鍵穴が開くんだな。」

 タロウが驚いてたけど、ホント、凝った造りになっているよ。
 左右両の扉にある数字をあわせて鍵穴を露出させた後に、さっきの鍵を使って開錠するらしいね。

「それ、鍵穴を隠してあるだけヨ。
 時間稼ぎにしかならないアルネ。
 それでも、初見の泥棒にはそれなりの対策になる思うヨ。」

 夜陰に紛れて忍び込んだ泥棒が暗い部屋の中で、扉に刻まれた小さな数字に気付くのは難しいかもだね。 
 左右両方の扉に鍵を差さないと金庫の扉は開かないらしいし、結構良いと思う。

「上出来だぜ、これなら文句無しだ。」

「気に入ったようで安心したアル。
 それじゃ、追加の注文、待ってるアルヨ。」

 タロウが金庫の出来栄えを褒めると、チンはそんなことを言ってたよ。

「追加の注文?」

「おう、これが上手くいきそうなら。
 かなり、まとまった数の金庫がいるからな。
 まあ、王都で試してみて、その結果次第だな。」

「そうアルカ?
 なら、上手くいけばいいアルナ。
 追加の注文、期待してるアルヨ。」

 何やら、タロウは大きなことを考えているみたい。
 ギルドに戻って詳しい話を聞かせてくれると言ってたよ。

       **********

 タロウの依頼通り金庫を『積載庫』に積み込んで『ひまわり会』の本部を訪れると。
 一階の事務所の奥、外壁に面していない四方を壁に囲まれた部屋に通されたよ。
 そこで、タロウに金庫を設置するように言われたんだ。

 外壁に面した部屋に置くと、外壁を壊して侵入する剛の者がいるから防犯上拙いんだって。

「この部屋ならギルドの事務所からしか入れないから不審者が入り込む心配ないしな。
 業務時間が終ったらこの部屋自体も施錠するんで、一応二重の防御にはなってるんだ。
 もっとも、部屋の鍵はショボいし、扉も木製だからぶち破ることは出来るんだけどな。」

 この金庫は冒険者から預かったお金を保管するためのもので、部屋も施錠する事になってるって。
 これだけすれば、預かったお金を盗まれる心配は少ないだろうね。

 金庫を部屋に設置すると、おいらはタロウの執務室へ連れてかれたんだ。

「さっき、言ってた金庫の追加注文の件な。
 王都で冒険者から金を預かってみて。
 預かった金の管理や払い戻しが問題なく出来るようなら。
 全国の支部に広めようと思っているんだ。
 行く行くは、王都で預けた金をどこの支部でも引き出せるようにしたいんだ。
 もちろん、支部で預けた金も他の支部で引き出せるようにな。」

 今は、銀貨と銅貨しかないから旅に出る時は特に大変なんだ。
 旅に出ると宿代や食費、それに諸々必要な物があって、何かとお金が掛かるからね。
 重いわ、嵩張るわで、長旅だとお金だけでも凄い荷物になっちゃう。

「それ良いね、タロウにしては冴えてるじゃない。
 隣り町に住んでる冒険者が、王都のトレントの森に稼ぎに来て。
 トレント狩りの対価を自分の町で受け取れるなら便利だもんね。
 それ、早く出来るようになれば良いね。」

 おいら、タロウからそんな良い案が出るとは思わなかったよ。
 出会った頃のタロウは、『チューニ病』を患って変な事ばっかり口走っていたのに。
 やっぱり、シフォン姉ちゃんというキレイなお嫁さんを貰ったのが良かったのかね。

「そんな簡単じゃないんだよ。
 王都で金を預かって管理するのだって。
 やってみないと上手くいくかどうか分かんねえんだ。
 この世界にはATMなんて便利なモノは無いんだからな。
 ラノベなんかじゃ、ギルドカードに金を貯めるとか。
 ご都合主義の謎技術が良くあるけど。
 この世界は妙にリアルだからな。
 ファンタジーなのはアルト姐さんくらいだし…。」

 タロウがまた訳の分からないことをブツクサ言ってたけど。
 タロウの国では銀行というお金を預かってくれる場所があって。
 全国何処でもお金を引き出すことが出来るんだって。

 でも、そのためにはとっても進んだ技術が必要で、タロウには真似できないみたい。

「何が、そんなに問題なのかな?」

「預かった金を管理するのは、金庫にきっちり保管して。
 金庫からの出し入れを、漏れなく帳簿に記入する事。
 あとは、着服みたいな不正を防ぐことで何とかなるんだ。
 問題は、個人の管理。
 通帳一つとっても、幾らでも改ざん可能だものな。
 この世界じゃ、印字機なんて夢のまた夢のだし。
 適当に書き加えられても、詐欺だと分んねえって。
 それで、当面の間はこれを使ってみようと思ってるんだ。
 これなら、個人の残高を管理する必要がないからな。」

 そんな話をしながら、タロウは二種類の紙きれを差し出してきたの。
 それは、木版刷りの短冊状の紙きれで、『銀貨引換券』と書かれていた。
 それぞれの中央部分に大きな文字で、銀貨十枚券、銀貨百枚と書かれていて。

 その下に小さな文字で、

『冒険者登録証を呈示の上、本券を『ひまわり会』本部の窓口にご提出ください。
 券面に表示された枚数の銀貨とお引き換え致します。』

 と使い方が書かれてたよ。
 他にも発効日と発行者という欄もあった。何故か発行日の欄は二ヶ所あったよ。

「本当は紙幣みたいに、持参人の素性を確認しないで支払っても良いだけど。
 不届き者が、盗んだ引換券や偽造した引換券を換金しようとするかも知れないからな。
 当初は、お金を預けた本人だけが換金できる仕組みで開始しようと思っているんだ。」

 『銀貨引換券』をもう少しよく観察すると、名前を書く欄が三ヶ所もあったよ。
 それと、一番右側の名前を書く欄の上には、再度銀貨〇枚券って書かれてた。
 
 それぞれがどんな意味があるのか良く解からなかったんだけど。

「まっ、トラベラーズチェックみたいなもんだ。
 と言っても想像つかないだろうから、実際に使い始めたら一度見に来れば良いさ。」

 トラベラーズチェックなんて言われても…。何それ、おいしいの?  
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,151pt お気に入り:3,644

転生鍛冶師は異世界で幸せを掴みます! 〜物作りチートで楽々異世界生活〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,371pt お気に入り:2,135

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,750pt お気に入り:142

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:19,526pt お気に入り:2,406

【完結】婚約破棄をした後に気づいた思い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:972pt お気に入り:43

喫茶店に入るまでのプロセス。

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

化物侍女の業務報告書〜猫になれるのは“普通”ですよね?〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:133

私のスキルが、クエストってどういうこと?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:618pt お気に入り:182

処理中です...