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第十五章 ウサギに乗った女王様

第383話 タロウが相談に来たよ、『風呂屋』のことで…

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 アルトが帰って来た数日後、タロウが相談したいことがあるって尋ねて来た。
 ギルドの幹部として雇い入れたお姉さんを一人伴なって。

「アルト姐さん、折り入って相談したいことがあるんですけど。」

 そう切り出したタロウは、珍しくマジな顔をしてたよ。

「あんたがそんな真剣な顔をするのは初めて見たわ。
 何か、面倒な事を頼みたいのかしら。
 言って見なさい、出来る事なら協力して上げても良いわ。」

 人族の世界には干渉しないと言いつつ、何気にアルトって優しいよね。
 お願いすると、端からダメとは言わないしね。

「実は、俺のギルドで『風呂屋』の全面改装を考えていて。
 アルト姐さんに協力して欲しいんだ。」

「『風呂屋』? 
 あんた、少し偉くなったからって調子に乗っているんじゃない?
 もう、ギルドの悪い習慣が染みついちゃったのかしら。
 私は、女を食い物にするような商売に協力するつもりは無いわよ。
 カタギの娘さんを騙して泡姫にしようもんなら、死ぬほどキツイお仕置きするからね。」

 アルトは『風呂屋』と聞き、即座にタロウのお願いを却下したよ。
 辺境の町でも、おいらの前で『風呂屋』の話をするとアルトは烈火の如く怒っていたけど。
 アルトは、ギルドの『風呂屋』が大嫌いみたいだね。
 『風呂屋』って泡姫のお姉ちゃんが、お客さんの体を洗ってくれるだけの場所じゃないのかな。

 アルトはタロウを威嚇してたよ、目の前にパチパチと火花を放つ蒼白い光の玉を出してね。

「待った、待った、そんな物騒なモノしまってくれ、怖えよ。
 ギルドが、拉致やら、高利貸のカタやら、悪どい手を使って素人娘を風呂に沈めて来たのは知ってるよ。
 俺が、マロンからギルドを任された時、無理やり泡姫にされたお姉さん達は十分な慰謝料を払って解放したって。
 今『風呂屋』に残っている泡姫さんは、みんな自分から望んで『風呂屋』に残ったお姉さんだけだよ。
 俺は、『風呂屋』で働く泡姫さんの労働環境を改善しようと思ってアルト姐さんに相談に来たんだ。」

 タロウは禍々しい光の玉に泡を食ってそんな抗弁をしたたよ。

「どういうこと?」

「それは、私の方からご説明させていたきます。」

 アルトがその言葉の趣旨を尋ねると、タロウが連れてたギルドのお姉さんが会話に加わったんだ。

「誰?」

「ああ、この姉さん、ギルドの幹部、ノネット姉さん。
 うちに下宿しているんだけど…。
 シフォンに感化されちゃって。
 すっかり、そっちにハマっちまってな。
 ノネット姉さんが、『風呂屋』の経営をしたいって言うんだ。
 プレイイングマネージャーとして…。」

 元々、タロウは『風呂屋』を廃業するつもりだったらしいの。
 でも、引き続き『風呂屋』で泡姫を続けたいというお姉さんが結構いたものだから困っちゃったそうなんだ。
 泡姫を続けたいお姉さんには十分な退職金を払って、自分の判断で他の店に移ってもらおうかと考えたらしいけど。
 そこへ、ノネット姉ちゃんが手を上げたそうなんだ。
 自分が支配人をするから、泡姫さんの待遇を改善した上で『風呂屋』の経営を続けようと。

「プレイングマネージャ?
 聞きなれない言葉ね。
 それも、タロウの国の言葉なの?」

 アルトが問い掛けると…。

「まっ、そんなところ。元々が俺の国の言葉がどうかは怪しいけど…。
 現役と管理職を兼ねるみたいな意味だけど。
 要するにノネット姉さんは、自分でも泡姫をしながら支配人をやりたいんだって。
 それこそ、趣味と実益を兼ねて。」

「ギルド長、その言い方ですと私が慎みがない娘のように聞こえますよ。
 私は、シフォン姉様から手解きを受けた技を世間一般に広めたいだけではないですか。
 あの技を屋敷の中だけで秘匿するのは世の中の損失です。
 確かに、ギルド長の粗末なモノ、一本だけでは物足りないと言うのもありますが…。」

「粗末なモノで悪かったな。
 まあ、『風呂屋』は姉さんに任せるから好きにやってくれ。」

 会話の内容は良く解からないけど、…。
 ノネット姉ちゃんが泡姫をやりたいと希望したものだから、『風呂屋』の存続を決めたみたいだね。

        **********

「あんたら…。
 十歳の子供がいる前で何て話しをするのよ。
 まあ、良いわ。
 カタギの娘さんを無理やり働かせるような事が無ければ、うるさい事は言わない。
 それで、私に頼みってのはどんなことなの。」

 アルトは、タロウとノネット姉ちゃんの会話に嘆息してたけど、取り敢えず先を促したの。

「そう、そう、話が逸れちまったな。
 アルト姐さんにお願いする前に、一つマロンにも頼みたいことがあるんだ。
 お前、『トレントの木炭』を独占してるだろう?
 あれ、俺が倒した分だけでも、タダで譲って貰えないか。
 うちの冒険者が狩ったトレントの本体、全部、マロンがせしめているんだから。
 そのくらいは、かまわないだろう。」

 冒険者に稼がせるために造ったトレントの森。
 冒険者研修を終えた者が増えて来て、森は連日冒険者で賑わっているの。
 でも、冒険者の稼ぎとなるのは『トレントの実』と『スキルの実』だけ。
 トレント本体は大きくて重いので持ち帰らずに放置されているの。
 おいらは放置された本体を毎日回収して、『トレントの木炭』に加工しているんだ。
 それを市場に流して、王都の特産品にしているの。

 タロウは毎日十本のトレントを狩る日課を今でも続けているんだけど。
 やっぱり、それも本体はおいらが譲って貰っているんだ。
 まあ、そのくらいのお願いなら聞いてあげるよ。
 元々タロウが倒したトレントだし、木炭に加工する手間もかかってないから。

 最近、トレントを狩る冒険者が増えてるんで、回収できる本体も増えて数としては十分だしね。

「タロウには色々無理を言ってるから、そのくらいは融通するよ。
 毎日十本分のトレントの木炭をタダであげれば良いんだね。
 それで、タロウは木炭を何に使うつもりなの?」

 タロウの希望を承諾するついでに用途を尋ねてみたら…。

「おう、『風呂屋』に風呂が無かったから、風呂を造ろうと思ってな。
 湯を沸かす薪の代わりにするつもりなんだ。」

 いったい何処からツッコめば良いことやら。おいらの聞き間違いかな?

「ねえ、タロウ、今、『風呂を造る』と言った?
 今まで風呂が無かったって? 『風呂屋』でしょう?」

 風呂が無いのに『風呂屋』って、それ、詐欺でしょうが…。

「おっ、マロン、説明し難いとこを突いて来るな…。
 マロンに詳しい事を説明すると、アルト姐さんに殺されそうだぜ。
 ざっくり言うと、ギルドの『風呂屋』には本来風呂は必要無いんだ。
 勿論、あればあったで、風呂を使ったサービスもあるんだがな。
 元々は『娼館』とか別の名前で呼ばれていたんだけど。
 トアール国もそうだが、水の豊富な地域の同業者じゃ風呂が備わっていたもんでな。
 『娼館』じゃ体裁が悪いから、隠語で『風呂屋』になったらしい。
 知り合いから『何処へ行くんだ?』と尋ねられた男が、『風呂屋』と誤魔化したのが始まりだとか。
 それが、いつの間にか一般化したようだな。」

 タロウは、アルトの顔色を窺いながらおいらに説明してくれたよ。
 禍々しい光の玉が出てないから、この程度の説明はセーフみたい。
 なんか、また知らない言葉が出て来てイマイチ話が分からないけど。
 お客さんがギルドの『風呂屋』に求めるサービスは、どうやら風呂とは別にあるという事は分かったよ。
 それが、余り体裁の良くないことで、誤魔化すために『風呂屋』と呼んでいる事もね。

「私、ギルド長とシフォン姉さまの話を聞いていて『風呂屋』に関心を持ったのですが…。
 『ひまわり会』の経営する風呂屋を視察して驚いたのです。
 トアール国にあると聞いていたモノとは、似ても似つかぬ不衛生極まりない店だったもので。
 あれでは、病気が蔓延するのも頷けるって思い、ギルド長に改善を求めたんです。」
 
「おお、それは一緒に視察に行って俺も思ったよ。
 お世辞にも清潔とは言えない狭い部屋がズラっと並んでいてな。
 『風呂屋』を続けるにしても、どうにかしないといかんなと思ったんだよ。」

 それで、各部屋をお風呂付きの広々とした清潔な部屋に改装することにしたんだって。 

「でも、お風呂を付けると言っても水をどうするの?
 この王都にお風呂の習慣が無いのは、真水が貴重だからでしょう。
 お風呂に海の水を使うつもり?」

 おいらが疑問をぶつけると。

「おう、それな。
 海水を風呂にしても良いんだが、塩分を拭き取るのに結構水がいるからな。
 それに、大量の海水を沸かすんじゃ、薪も幾らあっても足りねえぜ。
 風呂と言っても今考えてるのは、蒸し風呂なんだ。
 屋外で海水を沸かした蒸気を各部屋の蒸し風呂スペースに引こうと思ってる。
 それなら、海水を使えるし、薪も風呂に張る水を沸かすのに比べれば少なくて済むからな。」

 タロウの話では、風呂は風呂でもお湯に浸かる形ではなく、小部屋を蒸気で満たす形らしいよ。
 タロウの故郷ではそういうタイプのお風呂もあるみたい。
 蒸気で体を蒸した後に汚れを落とし、最後に水でサッと流すみたい。
 
 蒸し風呂なら、使うのは蒸気なので海水でも利用できるし。
 沸かす水の量も普通のお風呂ほどじゃないから、タロウが狩ったトレントの木炭だけで燃料は賄えるだろうって。
 海沿いに『風呂屋』を移転する計画で、新たに買い取る建物も目星が付いているらしいの。

 ただ、『風呂屋』の件は、この後、アルトに相談したことの方が凄く大事な話だった。
 それは、何も『風呂屋』に留まらない話だったから。
 
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