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第十三章 女の子には何かと準備も必要だよ

第322話 辺境の町の匠のわざ

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 ライム姉ちゃんの懐妊を知り喜んだ王様達は、そのままライム姉ちゃんの館に泊ることにしたの。
 その日の夕食の席、領主一族だけじゃなく館に住む人達が一緒に食卓を囲んでいるのに王様は驚いてたよ。
 家宰のゼンベー爺ちゃんを筆頭に、騎士のお姉ちゃんや官吏のお爺ちゃん、果ては伴奏している耳長族のお姉ちゃんまでだものね。
 普通は雇い主と使用人が同じ食卓を囲むことは無いそうだよ。

 でも王様が一番驚いていたのは…。

「お義父とう様、お替りは如何ですか?」

 ライム姉ちゃんが、オーブンで焼いた大きな塊から厚切りにお肉を削ぎ落しながら、王様に勧めたんだ。
 今日のメインディッシュはウサギ(魔物)肉の香草焼き。
 大きなウサギ肉の塊に香草と塩をタップリまぶしてじっくりオーブンで焼いたんだって。

「うむ、頂こう。
 しかし、これは本当に驚いたな。
 領主自ら炊事をして、使用人に振る舞うとは…。
 しかも、どれもとても美味しいときている。
 レモンは、美人で料理上手な奥さんをもらい本当に幸せ者だな。」

「お褒めに与かり恐縮です。
 使用人と言っても、皆さん、この領地を支えて下さる幹部ですから。
 ここで一緒に食事をとっている方は、皆一人暮らしですし。
 満足な食事をとらずに健康を損ねたら困りますので。
 恥ずかしながら、一年程前までは食べるのがやっとの生活をしてたため。
 炊事の人を雇う余裕は無く、幼い頃から私が炊事当番だったのです。」

 そう、王様は領主のライム姉ちゃんが食事を作っていることにビックリ仰天したんだ。
 これだけの大きな屋敷に住んでいるのに、厨房の使用人がいないんだもね。
 ライム姉ちゃん一人じゃ大変だからと、最近は護衛当番の騎士が炊事の手伝いをしているみたい。

 ライム姉ちゃん、小さな頃から食事当番をしているだけじゃなくて、市井のオバチャンの井戸端会議に顔を出してたから。
 辺境ならではの豊富な自然の恵みを活かした、この町の郷土料理にすっごく詳しいの。
 貧乏で食材を買うお金が無くて、森に入って食材を確保していたって事情があるらしいけど。
 因みに、その日のメインディッシュのウサギ肉は、例によって騎士が訓練の一環で狩ったウサギ(魔物)の肉だよ。
 騎士が狩った魔物をライム姉ちゃんが調理して、館の食卓に供されるのはいつものことみたい。

 辺境ならではの珍しい食材が多くて、王様だけじゃなく、王妃様やネーブル姉ちゃんも喜んでたよ。

 ただ、領地の復興も大分進んで仕事が増えたことに加え、懐妊したことから調理人を雇うつもりなんだって。
 ライム姉ちゃんの手料理が味わえるのは、あと少しの間みたい。

        **********

 翌日、翌々日は、領都の見物の他、ダイヤモンドの加工作業や取引の様子を王様達に見聞してもらったの。
 その後、おいらの即位式の際に迎えに寄ると伝えて、ライム姉ちゃんの館を後にしたんだ。

 辺境の町に戻ってくると、王妃様にせがまれてにっぽん爺の家に案内したよ。
 王様をその気にさせる服を買いたいんだって。
 ライム姉ちゃんの館で公演を見た晩は久しぶりに燃えたって言ってたんだ、王妃様。
 ところで、その気って、どんな気なの?

「あなたのデザインした服って凄いわ。
 どれも斬新で刺激的、殿方をケダモノに豹変させるような服だわ。」

 にっぽん爺の手許に在庫がある服を見て、興奮気味の口調で話す王妃様。
 ペンネ姉ちゃんが着てたチューブトップと超ミニのステージ衣装とか、『きゃんぎゃる』の服を買おうとしてたけど。
 王様が必死になって止めてたよ、自分の歳を思い出せって言ってね。

 結局、もう少し落ち着きのあるしっとりした感じの服を買っていたよ。
 ライム姉ちゃんが着てた服みたいに、腰までスリットが入っているワンピースだけど。
 両肩で吊るす形のノースリーブで、背中が深い切れ込みになっていて腰の辺りまで露出していたの。

 何でも、この国の王都にある超高級な『風呂屋』で、泡姫さんの制服として採用されたドレスらしいよ。
 超高級店って、一晩で銀貨五百枚くらいとられるんだって。

 「その服を着たご婦人に誘われたら、どんな枯れた男でもケダモノになる。」

 にっぽん爺は、そんな太鼓判を押して、親指を立てていたよ。

 その時、王様もその服に目が釘付けだったの。

 翌朝、顔をテカテカにして、ご機嫌な様子で朝食の席に姿を現した王妃様。

「お母さん、王宮へ帰るまでにネーブルちゃんの弟か妹が出来ているかも。」

 そんなことをネーブル姉ちゃんに言ってたよ。

 そう言えば、ネーブル姉ちゃん、チューブトップと超ミニのステージ衣装を買ってたけど…。
 王様、それを見ても何も注意しなかったね。
 王女様は慎み深い服装をしないといけないんじゃなかったの?

 朝食が済むと、おいらは目の下にクマを作った王様をノーム爺の工房に案内したの。
 顔をテカらした王妃様とは対照的に、元気が無かった王様だけどノーム爺の工房を見たら目を輝かせたよ。

「おおっ、ここが『山の民』の工房か。
 山深き所に工房を構え、製作風景は拝めないと聞いていたのに。
 こうして目にする事が出来るとは感激だな。」

 まあ、作っているところを見せてくれるかどうかは分からないけどね。
 感激している王様を連れて工房の扉を潜ると。

「おう、マロン嬢ちゃん、来たか。
 約束通り、チンの奴が嬢ちゃんから受けた品は仕上がっているぜ。」

 ノーム爺がおいら達に気付いて声を掛けて来たよ。
 今日は、注文しておいた王冠と王笏を受け取りに来たんの。 

 ノームが工房の奥へ声を掛けると、化粧箱を二つ抱えたチンが出て来たよ。

「嬢ちゃん、待っていたアルヨ。
 これ注文の品あるアル。
 出来栄えには自信アルネ、確かめるヨロシ。」

 例によって胡散臭い言葉と共に、チンは化粧箱を差し出してきたの。

 化粧箱の蓋を取ると、最初に出て来たのは金色に輝く王冠だった。
 とっても希少だと言われている金をふんだんに使った王冠は、おいらに合わせて小振りになってたよ。
 ゴテゴテとした装飾を排し、細く伸ばした金で蔓バラが絡み合うように形作られた王冠。
 所々に配されたバラの花、そのうち前面にあるバラの花芯には、それぞれ大振りのダイヤモンドが散りばめられてた。

 ぱっと見には金を豪勢に使っているように見えるけど、実際には細長く伸ばされた金の細工物になっているのでとても軽かったよ。

「何か、細っこくて頼りない王冠だよな。
 それじゃ、謀反人に斬り掛かられても頭を護れねえじゃねえかって言ったんだけどよ。
 チンが、マロン嬢ちゃんに合わせて軽くかつ優美に作るのが優先だなんてぬかしやがって。
 頑丈さを全く無視しやがったんだ。」

 おいらはチンの作った王冠を凄く気に入ったんだけど、ノーム爺は不満だったみたい。
 ノーム爺は頑丈さが正義だと思っているみたいだからね。

「師匠、まだ言うアルカ。
 嬢ちゃんは、頑丈さなんて求めてないアルヨ。
 師匠の言葉通り作ったらならば、重さで嬢ちゃんの首が折れるアル。
 だいたい、王冠を被る席で謀反人が斬り掛かって来るなんて、どんな蛮族の国アルカ。」

 チンがおいらの心の内を代弁してくれたよ。

 おいらが試しに王冠を頭に乗せて見ると。

「まあ、素敵な王冠。
 それに、散りばめられたダイヤモンドが素晴らしいわ。
 マロンちゃん、良く似合っているわよ。」

 王妃様が称賛してくれたよ。
 おいらの頭の大きさにピッタリだし、王妃様の太鼓判もあるので合格だね。

 次の箱から出て来たのは勿論、王笏。

「けっ、金みたいなやわな素材を使うなら無垢にしないとダメだろうが。
 そんな、細っこい金の針金を中空にして編み上げたもんじゃ。
 殴ったら簡単に曲がっちまうじゃねえか。
 おまけに重量もねえから、敵にダメージを与えられねえぜ。」

 いや、だから、最初に言ったじゃない。王笏に武器の要素は不要だって…。

 ノーム爺は不満みたいだけど、その言葉通り王笏は細く伸ばした金と銀で出来ているの。
 一本一本を蔓バラに見立てた金と銀の線材が、持ち手から先端に向かって交互に絡みあうように螺旋を描いて伸びているの。
 それも、所々に金銀で作られた小さなバラの葉の装飾が施されとても凝った作りなんだ。
 そして圧巻なのは王笏の先端部分。
 金と銀の小さなバラの花が取り囲む中央には、今まさに花開こうとする大輪のバラの蕾が置かれているの。
 金の線材で花弁が透かし彫りのように細工され蕾の中には、特大のダイヤモンドが燦然と輝いてたよ。 

 王笏を手に取って最初に思ったのが、『スゲー手が込んでる』だったよ。
 そして次に思ったのが、見た目に反して『軽い』だった。
 線材を編み上げる形で中空にしているから、金や銀みたいな重い素材で作った割に軽いんだね。

「師匠…、師匠は得意の武具を作っていれば良いアル。
 装飾品には向いてないアルネ。
 誰も王笏に棍棒の役割、求めてないアルヨ。」

 ノーム爺は『山の民』の里でも有数の刀匠だとのことで、チンも慕ってこの町に出て来たんだけど。
 名工なのは武具限定みたいで、戦闘脳なのかなのか、何にでも攻撃力と防御力を求めるみたい。
 流石に、弟子のチンも呆れていたよ。

「その王笏も素敵ですわ。
 まるで、一級の芸術品のようです。
 さすが、名工揃いと名高い『山の民』ですわね。」 
 
 王笏に関しても、王妃様は大絶賛だったよ。
 おいらも気に入ったし、目の肥えた王妃様が褒めているから問題ないね。

 そんな訳で、王冠も、王笏も文句なしで受け取ったよ。
 胡散臭い話し方をするチンだけど、腕は確かだと分かったよ。
 なので、約束通り、ウエニアール国へ連れて行くことにしたんだ。

 二つの代金として銀貨百万枚請求されたんで、その場で支払おうと思ったら拒否されたよ。
 そんなモノを今もらっても、この工房には保管する場所も無いし、ウエニアール国まで運べないって。
 
 チンからの要求は、王冠と王笏の代金で、ウエニアール国の王都に工房を買って欲しいって。
 王都でも工房一軒で銀貨百万枚はしないだろうから、差額だけ銀貨で支払えって。 
 チンって、ノーム爺よりしっかりしているみたい。

 そうこうするうちに、時間は過ぎて…。
 シフォン姉ちゃんに頼んでいた即位式に着るドレスも完成して、いよいよ辺境の町を去る日がやって来たんだ。
 
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