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第十二章 北へ行こう! 北へ!

第311話 すれ違いじゃ、寂し過ぎるから…

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 パターツさんの話を聞いた翌朝、おいらはラビに乗って王都のお屋敷街を走っていたの。

 フェンス越しに色彩豊かな花々が咲き乱れるお屋敷の横を通り掛かると。

「お姉ちゃん、お花さん綺麗に咲いたね。」

「ええ、ロロンがお手伝いしてくれたおかげよ。
 有り難うね。」

 そんな会話を交わしながら、姉弟で仲良く水やりをしている姿を見かけたの。
 おいらと同じ年頃のお姉ちゃんは、五、六歳に見える弟を褒めると。
 空いている手で、弟の頭をナデナデしてたよ。

「えへへ、褒められちゃた。」

 弟君は、そんな言葉を漏らしながら気持ち良さそうに頭を撫でられていたの。

「綺麗な花壇だね。
 色々な花が咲いていて素敵だね。」

 おいらが、フェンスの外から二人に話しかけると。

「有り難うございます。
 今、チューリップが見頃なので。
 キレイだって声を掛けて下さる方が多いの…。」

 お姉さんの方が、おいらの方を振り向きながら、そう言いかけて言葉を詰まらせたんだ。

 そして。

「あなた、何に乗ってらっしゃるの。
 見間違いでなければ、ウサギに乗っているようの見えるのですが…。」

 貴族のお嬢様は魔物のウサギなど見たこともない様子で、ラビを見て驚いたみたいだよ。

「うあ!大きなウサギさんだ!」

 一方の弟ロロン君は、ラビを見て大はしゃぎ。
 モフモフで可愛いいラビは小さい子には人気があるね。

「可愛いでしょう、ラビって言うんだ。
 馬の代わりに乗り物にしているの。
 大人しいし、けっこう乗り心地も良いんだよ。」

 おいらが、頭を撫でながらラビを紹介すると。
 頭を撫でられて『ウキュッ!」と気持ちよさそうな鳴き声を上げるラビ。
 それを見て、ロロン君は顔を綻ばせ。 

「いいなー、ボクも乗りたい!
 ねえ、お姉ちゃん、ダメ?」

「乗りたければ、幾らでも乗せてあげるよ。
 普段から、小さな子にせがまれたら乗せてあげることにしてるんだ。
 庭に入って良いかな?」

 ロロン君にせがまれたんで、そう返答すると。

「知らない人を庭に入れたら叱られちゃうけど。
 あなたくらいの子供なら大丈夫でしょうね。
 私はプティーニ、プティと呼んで。
 あなた、お名前は?」

「おいら、マロン。
 プティだね、よろしく。
 じゃあ、チョットだけお邪魔するよ。」

 プティのお許しが出たんで、お邪魔させてもらったの。

      **********

「わっ、モフモフ、気持ちいい!」

 おいらが庭に入るとさっそくラビに飛びついたロロン君。頬ずりをしながらそんな感想を漏らしてた。
 ロロン君がモフモフに気が済むと、今度はおいらの前に乗せて一緒にラビに跨って庭を走ったの。
 しばらくの間二人乗りをしていると、ロロン君も乗り方の要領が掴めたみたいで。
 今度はお姉ちゃんと一緒に乗りたいと言ってきたの。本当に仲の良い姉弟だね。

 そして。

「お姉ちゃん、ウサギさん、楽しいね。」

「そうね、思ったより乗り心地が良いのね。
 それに、とっても大人しいから、初めて乗っても怖くないわ。」

 普段から小さな子を乗せ慣れているラビなら、二人だけで乗せても平気だと思ったけど。
 ちゃんと、ラビはお役目を果たしてくれたよ。

「あら、あの子達にお客さんとは珍しい。
 あのウサギさんはあなたのかしら。」

 声を掛けられて振り返ると、パターツさんより少し若そうなご婦人が立っていたの。

「あっ、ママ、見て!
 ウサギさん、乗っけてくれたんだよ!」

 ロロン君がご婦人に手を振ってご機嫌そうな声を掛けていたの。

「あら、良かったわね。
 お茶を淹れてあげるから、気が済んだら戻ってらっしゃい。
 お客さんと一緒に、お茶にしなさい。」

「お母さん、有り難う。
 ロロン、そろそろ終わりにしてお茶にしましょう。」

 今度はプティが答えると、おいらの方へ戻って来たの。

「マロン、ラビを貸してくれて有り難う。
 お茶にしましょう。
 お母さんが作ったお菓子、美味しいのよ。」

「うん、ママのお菓子、美味しいよ。」

 おいらを、お茶に誘ってくれた姉弟。
 パターツさんの言葉通りプティは義理のお母さんと仲良くしているみたい。
 パターツさんと別れたのが一歳になったばかりだから。
 もしかしたら、今のお母さんを本当の母親だと思っているのかも。

       **********

「さあ、みんな、召し上がれ。
 ごゆっくりね。」

 庭に設えたお洒落な丸テーブルに。
 三人分のお茶と焼き菓子の入ったバスケットを置いて立ち去るお母さん。

「さあ、お茶にしましょう。
 マロンも遠慮しないで、お菓子も摘まんでね。」

 勧めてくれるプティのお言葉に甘えて、ティーカップに口を付けたおいら。
 遠慮せずに、焼き菓子も一つ手に取り齧ってから。

「お茶もお菓子も美味しいね。
 これ、お母さんの手作りなの?
 お菓子作り上手なんだね。
 それに、優しそうだし、良いお母さんだね。」

 お菓子の感想と一緒に、プティに話を振ってみると。

「ふふん、自慢のお母様なの。
 血の繋がらない私にもとっても良くしてくれるし。
 こんなに可愛い弟まで作ってくれたんだもの。」

「血が繋がらないって…。」

 どうやら、プティは今のお母さんは実の母親じゃないって知っている様子だった。

「私の本当のお母様は、反逆者ヒーナルに殺されちゃったんだって。
 お父さんも、お母様も言ってたの。
 私の本当のお母様は、王族を護って命を落とした英雄だって。
 だから、私には絶対辛い思いはさせないから。
 実の母親のことを誇りに思いなさいって。
 でも、…。
 私、本当のお母様って覚えてないのよね。
 いなくなっちゃったのはまだ一歳の時だったし…。
 お父様は、その頃、私が毎晩大泣きしてたと言うけど…。」

 どうやら、プティにはパターツさんは殺されてしまったと教えているみたい。
 新しいお母さんも旧王族派の貴族の家の出身らしくて。
 国のために犠牲になったパターツさんに同情的で、その忘れ形見のプティを大切にしてくれてるらしい。

「プティ、ゴメンね。
 プティのお母さんがいなくなちゃったのは。
 おいらを逃がしてくれたからなんだ。
 おいらが今、こうして生きてられるのはプティのお母さんのおかげなの。
 おいら、実はプティにお願いがあって会いに来たの。」

「マロン、あなた、何を言っているの?」

 おいらの言葉が理解できなかった様子のプティ。
 おいらは、パターツさんがプティの前から消えてからのことを話したの。
 そして、今、パターツさんがこの王都に戻っていることも。

「お母様が生きている…。
 でも、私、お母様の記憶は無いし…。
 正直、会いたいかと問われると、どうなのでしょう。」

 うん、それの気持ちはわかるよ。
 おいらも記憶にない実の両親に会いたいかと問われると微妙だもの。

     **********

 それから、約半月後。

 急ぎでしないといけないことが終ったんで、一旦ハテノ男爵領に戻ることにしたんだ。
 父ちゃんの家族を連れて来ないといけないし、グラッセ爺ちゃん父娘をライム姉ちゃんに返さないといけないからね。
 それに、一番大事な仕事をしないといけないもの。
 シタニアール国へ行って、オランを旦那さんにする事を認めてもらわないと。

 そのために、おいら頑張ったよ。
 一番大変な思いをしたのは。
 騎士の身分をはく奪した者達約二千五百人に、開拓する土地を割り振りして、アルトと一緒にそこに置いて来たこと。
 鍬や鋤みたいな農機具や農作物の苗や種、それに当面の保存食と天幕、木材に大工道具、あとは最低限の生活必需品。
 それだけを渡して辺境の荒野に放置して来たんだ。
 実際、最低限とはいえ二千五百人分の資材を揃えるのは結構大変だったよ。
 没収した私財がかなり多かったんで助かったって、クロケット宰相は言ってたよ。

 次に辺境の警備をする騎士の担当区域の割り振りとか駐屯用の物資の調達とかも大変だった。
 これも、アルトに頼んで駐屯地まできっちり連れて行ったよ。
 勝手に行かせると、辺境に行くのが嫌で何処かで逃げ出すかもしれないからね。

 もちろん、辺境送りにした騎士達には、任務も徹底したし、やっちゃいけないことも徹底したけど。
 ヒーナルの下でロクな事をしてこなかった騎士達だものね。
 駐屯する町ごとに、広場で騎士の紹介をして。
 街の人から金品をせびらないこと、女の人を拉致監禁しないこと、みかじめ料と取らないこと、民に対して迷惑行為をしないこと。
 全員にそれを誓約させたよ、誓約に背いたら即死罪だと宣告してね。
 でも、こうやって並べると騎士にさせる誓約じゃないよね。ならず者に釘を刺すみたいだよ。

 そんなことを済ませて、やっとハテノ男爵領に戻ることができるの。

「いやあ、拙者、ペンネちゃんに会えるのが楽しみでござるよ。
 これから、ハテノ男爵領に住むことが出来るなんて夢のようでござるよ。
 マロン陛下には色々とお世話になったでござるな。
 拙者とお袋に多額の賠償金を下賜して頂き感謝するでござる。
 おかげで、住む所の心配も、仕事が軌道に乗るまでの生活の心配もしないで済むでござるよ。」

 おいらの隣では、お母さんと叔母さんを連れたセーナン兄ちゃんがウキウキした表情で出立を待っているよ。
 セーナン兄ちゃん母子には、キーン一族の被害者として生涯衣食住に不自由しない賠償金を支払ったよ。
 セーナン兄ちゃんのお母さんは、セーヒに旦那さんと息子を殺されたんだもの。
 賠償金を払うことには、誰も異議を唱えなかった。

 そして、出立の時間が近付いて来て。
 待ち人が現れず、おいらがヤキモキしていると…。

「お母様!」

 そんな声と共に、おいらと同じくらいの年頃の女の子が走ってきたんだ。
 そして、パターツさんのもとまで走り寄ると。

「お母様!」

 もう一度、パターツさんをそう呼ぶとおもむろに抱き付いたんだ。

「プティーニ、なんで、ここに…。」

「陛下に教えてもらったの。
 お母様が王都にいらしていると。
 そして、遠くへ行ってしまって、もう帰ってこないと。」

 そう、あの時、おいらは一度でいいからパターツさんに会って欲しい。
 「お母さん」と呼んであげて欲しいとお願いしたんだ。
 パターツさんがどれほど、プティのことを想っているかを伝えて。

「あなたがお母さんだったのですね。
 先日は、私の顔を見に来てくださったのですね。
 ごめんなさい、全然気付かないで。
 きっと、寂しい想いをさせてしまいましたね。」

 プティはパターツさんの顔を見て、フェンス越しに話した人だとすぐ気付いたみたい。
 そして、自分の姿を見にやって来たことにも。

「私の方こそ、九年間も放っておいてごめんなさい。
 寂しい想いをさせて、私って、ダメな母親ね。
 新しいお母さんに大切にしてもらっているようで安心したわ。」

「いいえ、陛下から伺いました。
 謀反人ヒーナルの目から陛下をお護りするため。
 連絡すら取ることが出来なかったと。
 お母様、長い間のお務め、お疲れさまでした。」

 プティから労いの言葉を受けたパターツさんの目からは涙が零れていたよ。

「プティ、大きくなったわね。
 生きて再び抱きしめることが出来るとは思わなかったわ。
 「お母様」と呼んでもらえただけで、私は幸せよ。
 私は遠くへ行くけど、何時でもあなたの幸せを願っているわ。
 今のお母さんや弟さんとこれからも仲良くね。」

「私もお母様に会うことが出来て嬉しかったです。
 お父様も、今のお母様も言ってました。
 陛下を無事、お護りしたお母様は国の英雄だと。
 私はお母様の娘であることを誇りに思います。
 どうか、遠くへ行かれてもお元気で。」

 プティはそう言うともう一度パターツさんをギュッと抱きしめたの。
 もちろん、パターツさんも。

 こうして、九年振りの母子の邂逅は実現したんだ。

 さあ、ハテノ男爵領に戻らないとね。 
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