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第十一章 小さな王子の冒険記

第265話 お久しぶりの若旦那

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 ダイヤモンド鉱山が操業再開してしばらく経った日のこと。

「マロンお嬢ちゃん、久しぶりだね、元気にしてたかい。
 この町はほぼ一月置きに買付けに来ているのだが。
 訪れる度に変わっているので、いつも驚かされるよ。」

「あっ、若旦那、久しぶり。
 イナッカからこの町まで、ちょくちょく来るのは大変でしょう。
 お疲れさま。」

 街を歩いていると声を掛けてきたのは、イナッカの町にある雑貨商の若旦那。
 一年近く前に、初めてこの町に『トレントの木炭』を買付けにやって来たんだけど。
 キワドイ服装で歌を披露するペンネ姉ちゃんを偶々目にして、すっかり魅せられちゃったんだ。
 その上、この町の冒険者ギルドが経営する『風呂屋』が甚くお気に召したようでね。

 本来はイナッカの本店を切り盛りする立場らしいのだけど。
 ペンネ姉ちゃんと風呂屋を目当てに、この町での買付けをかって出たそうなの。
 父親の大旦那に本店の切り盛りを全部押し付けて来たみたい。
 片道半月も掛かるのに、買い付けた商品を降ろしてはとんぼ返りでこの町に来ているらしいよ。
 滞在している日数は、イナッカよりこの町の方が多いくらいだと言ってた。
 この町では、毎回、ギルドの『風呂屋』を宿屋代わりに使っているみたい。

「まあ、可愛いペンネちゃんのパンツを見るためだと思えばそのくらい苦にもならないよ。
 それに、旅の疲れはこの町の泡姫さんがねっとりと癒してくれるからね。
 そうそう、イナッカからこの町まで最短距離で結ぶ街道が復活したんだよ。
 今までは片道半月掛かったけど、その街道を通れば十日かからないんだ。
 この町の騎士団が街道沿いの魔物を退治してくれたそうじゃないか。
 本当に助かるよ。」

 若旦那の言葉通り、ダイヤモンド鉱山のすぐ横を通ってイナッカへ抜ける街道が復活したんだ。
 おいらが試掘をするのに並行して、騎士団のお姉ちゃん達が街道沿いに残った魔物を退治して回ったの。
 その甲斐あって、鉱山の操業再開の頃には街道沿いに出没する魔物は無くなったんだ。
 そこで、ライム姉ちゃんは冒険者ギルドに依頼したんだ。
 閉鎖されていた街道が通行できるようになったことを、イナッカの人々に知らせるようにと。
 街道を安心して使えるように、騎士団のお姉ちゃん達が街道の巡回警備を怠ってないことも広めたらしいよ。

 若旦那がこの町へ買い付けに来て以来、イナッカの町からやってくる商人はぽつぽつと増えて来たけれど。
 西側をぐるっと迂回してくる街道は長旅になるので、そう多くはなかったそうなの。
 イナッカとこの町を最短で結ぶ街道が通行できるようになったとの知らせは、イナッカの商人には朗報だったみたい。
 街道の復活以降、イナッカから交易に訪れる商人は日に日に増えているらしいよ。

 往復に掛かる日数が減ったおかげで、イナッカでじっくり仕事をする時間が採れるようなったと若旦那も喜んでた。
 
「魔物に占拠されていたダイヤモンド鉱山を取り戻したようだね。
 イナッカの町でも噂になっているよ。
 シタニアール国からも宝石商がこの領地に買付けに来ているみたいだよ。
 あの街道は、宝石商が買付けに来るのに重宝しているようだね。」

 この町には、西側と南側に町の出入り口があるんだけど。
 ダイヤモンド鉱山に続く南側の門は、魔物の侵入防止のために固く閉ざされれていたの。
 鉱山再開に伴って南側の門も開放されて、そこから始まる道がイナッカへつながる街道なんだ。
 最近、南側の門から町に入ってくる人が増えたほどには、町に滞留している人が増えてないと思っていたんだ。
 きっと、宝石商の人達が、この町を通り過ぎて、領都までダイヤモンドを買付けに行っているからだね。

     **********

「ほう、そなたはイナッカの町から買付けに来ているのじゃな。
 イナッカでは最近領主が代替わりしたろう、新しい領主の評判はどうなのじゃ。」

 若旦那とおいらの会話を聞いていたオランが尋ねたの。
 どうやら、急遽領主になった三男さんが上手く務めているか心配だったみたい。

「おや、マロンお嬢ちゃんのお友達かい? 可愛いお嬢ちゃんだね。
 しかし、マロンお嬢ちゃんといい、そちらのお嬢ちゃんといい、小さいのに博識だ。
 この町に住んでいて、良くイナッカの領主が代替わりした事を知ってたね。」

 オランの問い掛けに、若旦那は目を丸くして感心していたよ。
 オランは王族として、新しいイナッカ辺境伯の評判が気になったから尋ねた訳だけど。
 まさか、オランがシタニアール国の王族だとは、若旦那には思いも寄らないだろうからね。

「ああ、すまぬのじゃ。まだ名乗っておらんかったのじゃ。
 私は、オランジュ・ド・トマリと申すのじゃ。
 シタニアール国には、ちと縁があるのじゃ。」

 名乗ったオランだけど、王子であることは明かさないつもりなんだね。

「トマリって…、お嬢ちゃん、まさか、私が住む国の王族ですか?」

 流石、大店を切り盛りする若旦那だね、トマリと言う家名を耳にしてオランが王族だと気付いたみたい。

「これこれ、余り大きな声を上げるのではないのじゃ。
 今はお忍びで、この町に滞在しておるのじゃ。
 いかにも、そなたの想像通り、私はシタニアール国第四王子のオランジュなのじゃ。」

「えっ、王子? お嬢ちゃん、男の子なので?」

 えっ、驚くところはそこ?

「王子だと言っておるのじゃ。
 いくらお忍びとはいえ、流石にそれは無礼じゃろう。」

 しばしば女の子と勘違いされてて、あまり気に留めていないオランではあるけど。
 自己紹介で王子だと言っているのに、男かと聞き返されたのには流石に憮然としたみたいだよ。

「これは大変ご無礼を申し上げました。
 謝罪いたします、殿下。」

「まあ良い、それで新しい辺境伯の評判はどうなのじゃ。」

 オランも酷く機嫌を損ねていた訳じゃないみたいで、若旦那の謝罪を聞いて話を元に戻したの。

「ははっ。
 辺境伯が代替わりして、若い娘を持つ領民たちは皆安堵した様子です。
 先代の辺境は稀代の色好みで、気に入った娘がいると無理やりに召し上げていたのですが。
 今の辺境伯は、至って真面目な人柄でそのような悪事は働かない様子ですので。」

 若旦那が真っ先に上げたのは、先代辺境伯の女癖の悪さだったよ。
 若い娘の拉致が無くなっただけで新辺境伯の評価が上がっているみたい。それってどうなのよ…。

 若旦那の話では、先代辺境伯の正妻の息子二人も父親に輪をかけたような女好きで。
 しかも、二人とも乱暴者で素行が悪いものだから。
 次代の領主も望み薄だと、領民の多くは暗い気持ちでいたみたいなの。

 そんな中で、突然、領主の代替わりがあって新たに領主になったのは、妾腹の三男さん。
 正直、三男さんはそれまで人前に姿を現したことも無く、領民の多くは顔も見たこと無かったそうだよ。

「それから、先代辺境伯の手足になって悪事を働いていた騎士団長が処刑されてから。
 残った騎士団の連中は、人が変わったように真面目に働くようなりました。
 それまでのように領民に狼藉を働くことは無くなりましたし。
 真面目に領地の巡回もするようになったので、領内の治安もかなり良くなって助かってます。
 我々領民にとって何より有り難いのは、、冒険者共を厳しく取り締まるようなった事ですね。
 冒険者が大人しくなっただけで、町が見違えるように住み易くなりました。」
  
 うん、うん、あの騎士達、アルトの言い付けをちゃんと守っているみたいだね。
 領民に馴染みの薄かった新領主だけど、代替わりしてから領内の治安がグンと良くなったから評判がうなぎ上りらしいよ。

 どうやら、あの三男さん、領主の仕事をそつなくこなしているみたい。
 若旦那の話しを聞いて、オランも安心したようでホッとした顔をしていたよ。
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