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第十章 続・ハテノ男爵領再興記
第226話 イナッカ辺境伯領で後始末をしたの
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シタニアール国の王都トマリを出て四日目、おいら達はイナッカ辺境伯領に着いたんだ。
その頃には、オランも空から眺める風景に見慣れてソファーでのんびり寛ぐようになってたよ。
領主の屋敷に着いたおいら達が最初に向かったのは、離れになっている騎士団の本部。
新たにイナッカ辺境伯になった三男の兄ちゃんを先頭に、その建物に入ると…。
「こいつら本当に騎士?」と疑いたくなるようなガラの悪い連中がたむろっていたよ。
何か、こんな光景、ハテノ男爵領でも見た気がする…。
昼間から、酒をかっ食らって、カード博打してるの。
椅子の背もたれに思い切りもたれ掛かって、足なんかテーブルの上に投げ出してるよ。
部屋に入った三男の兄ちゃんは、
「みんな聞いてくれ。
父に代わって、私がイナッカ辺境伯を継承した。
今後は私に忠誠を誓えない者、職務に忠実でない者には騎士を辞めてもらうことになる。」
その場で飲んだくれている騎士達に向かった宣言したのだけど…。
「あん? なんだ?
妾腹の三男坊じゃないか。
てめえ、何寝ぼけたこと言ってんだ。
まだ、若い辺境伯がなんでてめえなんかに位を譲らにゃいかんのだ。
冗談も休み休み言いやがれ。」
誰も真面目に取り合おうとしないんだ。
まあ、前辺境伯はまだ四十代半ばだものね。
普通なら隠居する歳じゃないから、信じられないのも仕方がないけど。
「いいえ、辺境伯のおっしゃられることは紛れもない事実でございます。
既に家督相続に関する国王陛下の裁可も下されており。
五日前から、辺境伯は代替わりしております。」
「はぁ? 家宰の爺、おめえまで何を言っているんだ。
こいつが、既に辺境伯だと?
じゃあ、今までの辺境伯はどうしたんだ?
何で、急に代替わりするハメになったんだ。」
不良騎士共も、長年家宰を務めてきたお爺ちゃんの言葉は、流石に信じる気になったみたい。
騎士達の問い掛けに答えて、家宰のお爺ちゃんはこの十日ほどの出来事を説明したんだ。
「ちょっと待て。
耳長族を捕らえに行った騎士団長が負けただったって。
ハテノ男爵領のあの腰抜け騎士共に?
そんなバカな訳があるか!
第一、ハテノ男爵領の騎士共がここに攻め入った形跡など無いぞ。
留守を守っている副団長の俺が気付かないなんてある訳ないだろう。」
まあ、普通なら、正面の門を押し破って攻め込んでくるだろうから。
幾ら酔っぱらていても、眠り込んでない限り気付くはずだよね。
副団長という騎士がそんな言葉を吐いた次の瞬間…。
「もう面倒くさいわね。
こんなおバカにかまっている暇はないわ。
エクレア、ペンネ、やっちゃって。」
アルトはそう呟くと、騎士団の面々をこの場に出したんだ。
いつも通り、ペンネ姉ちゃんが副団長を椅子から引きずり降ろして、クッころさんが首に剣を充てたの。
他の騎士のお姉ちゃんは、カード博打にいそしむ騎士達を包囲したよ。
剣を構えていつでも斬り捨てられる体勢でね。
「てめえら、何者だ!」
泡を食った騎士達からそんな声が上がってたよ。
いきなり、抜き身の剣を構えた三十人近い騎士のお姉ちゃんに囲まれたら酔いも醒めるよね。
「私、隣国ハテノ男爵領の領主ライム・ド・ハテノと申します。
十日ほど前、このようにして前イナッカ辺境伯を捕らえさせて頂きました。
前辺境伯には息子さんがあとお二人いたようですが…。
私共に反抗的な態度を取られたので、処分させて頂きました。」
騎士のお姉ちゃんと一緒に出て来たライム姉ちゃんがそんな説明をしたの。
何処からともなく現れたライム姉ちゃん達に、騎士達は青い顔をして沈黙したよ。
「そんな訳で、ハテノ男爵の要求に従うことを条件にイナッカ辺境伯になりました。
ついては、一番大切な事から命じます。
耳長族には一切手出し無用にお願いします。
新たに出された勅令でも命じられていますが、耳長族に危害を加えた者は全て死罪です。
また、あなた方にはならず者共が耳長族に手を出さないように厳しく取り締まることを命じます。
もちろん、領内の治安維持や魔物狩り等騎士本来の職務も今後は真面目に行ってもらいます。
父の治世に行っていた領民の娘の拉致もこれからは厳禁とします。」
飲んだくれていた騎士達が静まり返ったのを見計らい、新辺境伯がそう命じたの。
「ふざけるな!
領内の治安維持だ? 魔物退治だ?
そんな面倒なことやってらんねえよ。
そんなのは領民の自警団にでもやらせておきゃいいだろうが。
俺達ゃ、毎日、こうして飲んで楽しくやらせてもらうよ。」
新辺境伯、見るからに気が弱そうだから、反発する輩もいたんだ。
しかし、それで良く騎士の看板しょってると思うよ。
今までは、領主が気に入った領民の娘を拉致すること以外はやってなかったのかい…。
すると…。
バリ!バリ!バリ!
無言でアルトがビリビリを放ったの、しかも、容赦ない一撃を…。
新領主に罵詈雑言を吐いた騎士が床に倒れ込み、そこに『生命の欠片』の山が現れたよ。
「あんた、その『生命の欠片』もらっておきなさい。
それを取り込めば、少しは舐められなくなるでしょう。」
アルトが指示すると、新辺境伯は素直に従って『生命の欠片』をその身に取り込んでいたよ。
『生命の欠片』が積み上がった山の高さから察するに、レベル三十はいっていると思う。
流石、歴史ある辺境伯に、代々仕えてきた騎士の家の人間だね。
貴族同様に先祖からレベルを受け継いで来たみたい。
「さて、あなた達に選ばせてあげるわ。
新しい辺境伯に忠誠を誓って真面目に働くか。
新しい辺境伯のレベルを上げるための肥やしになるかをね。
心を入れ替えて真面目に働くと言うのであれば。
今までの悪事は見逃してあげるわ。」
アルトったら、不良騎士とか、冒険者とか、世の中の害悪となる者には容赦が無いね。
「わっ…、分った。
新辺境伯に忠誠を誓う、真面目に働くから勘弁してくれ。」
クッころさんが首に剣を突き付けている副団長が、一番最初に忠誠を誓ったよ。
それに続くように、騎士団員が忠誠を誓って行ったの。
さすがに、レベルの肥やしになりたいという『勇者』はいなかった。
**********
「それじゃ、あんたらに最初の仕事を言いつけるわ。
この町にいる冒険者と冒険者ギルドの連中を町の広場に集めなさい。
今すぐによ。
特に冒険者ギルドの親玉、首に輪っかを付けてでも連れて来るのよ。」
何で、アルトが指示しているのかと突っ込みたいけど…。
イナッカ辺境伯領騎士団の連中も、アルトに逆らったらヤバいと思ったようで慌てて出て行ったよ。
騎士達を見送ると、おいら達も町の中央広場に向かったんだ。
「おおぅ…、高いのじゃ。
あれが山と言うモノなのか、初めて見るのじゃ。」
「あれが、シタニアール国とトアール国の国境になっている山脈だよ。
あの山を越えれば、すぐにハテノ男爵領なんだ。
もっとも、山は凄く広くてアルトでも二日かかるけどね。」
領主の屋敷の外に出ると、目の前には高い山脈が峰を連ねていたの。
おいらには珍しくない光景だけど。
海沿いの平坦なトマリに生まれ育ったオランには、初めて目にする光景だったみたい。
雄大な山々に見惚れているオランが逸れないように、おいらは手をつないでみんなの後を追ったよ。
広場に着くとすぐ、アルトは一画に巨大な舞台を出したの。
『STD四十八』の興行に使っている舞台を。
突如として広場に現れた巨大な舞台に、広場にいる人達の視線が集まったよ。
みんな、ビックリした表情でこっちを見ていた。
そうこうしているうちに、騎士団の連中がやって来たよ。
ちゃんと言い付けを守ったみたいで、ガラの悪い連中をぞろぞろ引き連れてきたんだ。
「おいおい、なんだ、こんな所に連れて来やがって。
おまえら、何の権限があって、俺達をここに集めたんだ。」
連れて来られた冒険者の中からそんな不平不満が漏れてたよ。
すると、舞台の上から。
「先日、国王陛下より私が新たなイナッカ辺境伯に任じられました。
今日は、皆さんに最も大事な勅令についてお知らせします。
先日、国王陛下が発せられた勅令により、耳長族に危害を加えることは一切禁止されました。
耳長族を誘拐したり、奴隷として売買したりすることなどは以ての外です。
勅令に反した者は、例外なく全て死罪に処せられます。
この領地でも厳しく取り締まるので心しておいてください。」
新領主がそう告げると同時に。
横に並んでいる耳長族のお姉ちゃんを正室に迎えたことを披露したんだ。
そして、イナッカ辺境伯は末代まで耳長族の庇護者となる事を宣言したの。
「すげえベッピンじゃねえか。
耳長族って本当に居やがったのか。
くそっ、何処に隠れていがったんだ。
居所を知っていれば、冒険者共を総動員して狩ったのに。」
騎士団が引っ張ってきた冒険者ギルドの連中からそんな声が上がっていたよ。
まあ、禁止すると口で命じても、ならず者の集まりの冒険者は言うことを聞く訳が無いよね。
「わが父、先代イナッカ辺境伯は、恥知らずにも色欲に任せて耳長族を捕らえようとしました。
無法にも騎士団を耳長族の住む隣国ハテノ男爵領に攻め込ませたのです。
その結果、騎士団は返り討ちに遭い、我が領地はハテノ男爵の騎士団に攻め込まれました。
そればかりか、王宮にまで攻め込まれ我が国は無条件降伏に追い込まれてしまったのです。
わが父、前辺境伯は命をもってその責任をとることになりました。
これより、国を滅亡の危機に追い込んだ前辺境伯と騎士団員の公開処刑を行います。
これは耳長族に手出しした愚か者の末路なので、その目に良く刻んでおくように。」
イナッカ辺境伯は、見せしめのために公開処刑を行うと宣言したの。
と同時に、女子供を広場から立ち去らせるように指示してた。
女子供には見せられない残忍な処刑になるからと。
おいらとオランもアルトの『積載庫』に戻されたよ。
それから間も無く。
「私は、山脈の向こう、ハテノ男爵領の近くにある『妖精の森』の長、アルトローゼン。
耳長族を庇護下に置いている者よ。
この愚か者共は、私の庇護下にある耳長族を捕まえようと侵攻して来たわ。
私は耳長族に手出しする者を赦しはしない。
耳長族に手出しする愚か者はどんな目に遭うかを見せてあげるから。
その目にとくと焼き付けて、忘れるんじゃないわよ。」
アルトの良く通る声が聞こえてきたんだ。
「あれは、辺境伯様ではないか。本当に縄を打たれているぞ。」
「あっちは、騎士団長だ。なんか、手足をへし折られているじゃねえか。」
どうやら、アルトが前辺境伯と捕らえた騎士団の連中を広場に放り出したみたい。
広場に集まった人達がざわめいていたよ。
そして、例によってしばらく音も遮断されたんだ。
音が戻ってきたと思ったら、すぐに広場の光景が目の前に広がったの。
広場には顔面を蒼白にした人々の姿が…、中にはしゃがみ込んでえずいている人の姿も。
そして、前辺境伯がいたと思われる場所には堆く積み上がった『生命の欠片』が。
「ライム、辺境伯との約定に基づき、その『生命の欠片』はあなたのものよ。
今、この場でその身に取り込みなさい。」
アルトはライム姉ちゃんに指示したんだ。
元々、そう言う取り決めにはなっていたんだけど。
勝者で誰かを周知するため、あえて衆目のある中で辺境伯家に伝わるレベルをライム姉ちゃんに引き継がせたの。
ライム姉ちゃんが前辺境伯が身の内に持っていた『生命の欠片』を取り込んだ時、民衆にどよめきが起こったよ。
つまらない欲を出したばっかりに、何百年にも渡って辺境伯一族に引き継がれてきたものが失われたのだから。
きっと、うちの国の愚王と同様、後世に稀代の愚か者として語り継がれるね。
そして、耳長族に手を出したら本当にヤバいって誰もが理解したみたい。
その後、アルトはさっき不穏な事を呟いていた冒険者どもの前に飛んで行って尋ねたの。
「まだ、耳長族狩りなんてことをしたいと思うかしら?」と。
連中、青い顔をして首を横に振っていたよ、…一言も発せずに。
新辺境伯のお披露目と、耳長族への手出し無用の周知を終えて。
おいら達はすぐに辺境伯領を後にしたんだ、住み慣れた町に帰るためにね。
その頃には、オランも空から眺める風景に見慣れてソファーでのんびり寛ぐようになってたよ。
領主の屋敷に着いたおいら達が最初に向かったのは、離れになっている騎士団の本部。
新たにイナッカ辺境伯になった三男の兄ちゃんを先頭に、その建物に入ると…。
「こいつら本当に騎士?」と疑いたくなるようなガラの悪い連中がたむろっていたよ。
何か、こんな光景、ハテノ男爵領でも見た気がする…。
昼間から、酒をかっ食らって、カード博打してるの。
椅子の背もたれに思い切りもたれ掛かって、足なんかテーブルの上に投げ出してるよ。
部屋に入った三男の兄ちゃんは、
「みんな聞いてくれ。
父に代わって、私がイナッカ辺境伯を継承した。
今後は私に忠誠を誓えない者、職務に忠実でない者には騎士を辞めてもらうことになる。」
その場で飲んだくれている騎士達に向かった宣言したのだけど…。
「あん? なんだ?
妾腹の三男坊じゃないか。
てめえ、何寝ぼけたこと言ってんだ。
まだ、若い辺境伯がなんでてめえなんかに位を譲らにゃいかんのだ。
冗談も休み休み言いやがれ。」
誰も真面目に取り合おうとしないんだ。
まあ、前辺境伯はまだ四十代半ばだものね。
普通なら隠居する歳じゃないから、信じられないのも仕方がないけど。
「いいえ、辺境伯のおっしゃられることは紛れもない事実でございます。
既に家督相続に関する国王陛下の裁可も下されており。
五日前から、辺境伯は代替わりしております。」
「はぁ? 家宰の爺、おめえまで何を言っているんだ。
こいつが、既に辺境伯だと?
じゃあ、今までの辺境伯はどうしたんだ?
何で、急に代替わりするハメになったんだ。」
不良騎士共も、長年家宰を務めてきたお爺ちゃんの言葉は、流石に信じる気になったみたい。
騎士達の問い掛けに答えて、家宰のお爺ちゃんはこの十日ほどの出来事を説明したんだ。
「ちょっと待て。
耳長族を捕らえに行った騎士団長が負けただったって。
ハテノ男爵領のあの腰抜け騎士共に?
そんなバカな訳があるか!
第一、ハテノ男爵領の騎士共がここに攻め入った形跡など無いぞ。
留守を守っている副団長の俺が気付かないなんてある訳ないだろう。」
まあ、普通なら、正面の門を押し破って攻め込んでくるだろうから。
幾ら酔っぱらていても、眠り込んでない限り気付くはずだよね。
副団長という騎士がそんな言葉を吐いた次の瞬間…。
「もう面倒くさいわね。
こんなおバカにかまっている暇はないわ。
エクレア、ペンネ、やっちゃって。」
アルトはそう呟くと、騎士団の面々をこの場に出したんだ。
いつも通り、ペンネ姉ちゃんが副団長を椅子から引きずり降ろして、クッころさんが首に剣を充てたの。
他の騎士のお姉ちゃんは、カード博打にいそしむ騎士達を包囲したよ。
剣を構えていつでも斬り捨てられる体勢でね。
「てめえら、何者だ!」
泡を食った騎士達からそんな声が上がってたよ。
いきなり、抜き身の剣を構えた三十人近い騎士のお姉ちゃんに囲まれたら酔いも醒めるよね。
「私、隣国ハテノ男爵領の領主ライム・ド・ハテノと申します。
十日ほど前、このようにして前イナッカ辺境伯を捕らえさせて頂きました。
前辺境伯には息子さんがあとお二人いたようですが…。
私共に反抗的な態度を取られたので、処分させて頂きました。」
騎士のお姉ちゃんと一緒に出て来たライム姉ちゃんがそんな説明をしたの。
何処からともなく現れたライム姉ちゃん達に、騎士達は青い顔をして沈黙したよ。
「そんな訳で、ハテノ男爵の要求に従うことを条件にイナッカ辺境伯になりました。
ついては、一番大切な事から命じます。
耳長族には一切手出し無用にお願いします。
新たに出された勅令でも命じられていますが、耳長族に危害を加えた者は全て死罪です。
また、あなた方にはならず者共が耳長族に手を出さないように厳しく取り締まることを命じます。
もちろん、領内の治安維持や魔物狩り等騎士本来の職務も今後は真面目に行ってもらいます。
父の治世に行っていた領民の娘の拉致もこれからは厳禁とします。」
飲んだくれていた騎士達が静まり返ったのを見計らい、新辺境伯がそう命じたの。
「ふざけるな!
領内の治安維持だ? 魔物退治だ?
そんな面倒なことやってらんねえよ。
そんなのは領民の自警団にでもやらせておきゃいいだろうが。
俺達ゃ、毎日、こうして飲んで楽しくやらせてもらうよ。」
新辺境伯、見るからに気が弱そうだから、反発する輩もいたんだ。
しかし、それで良く騎士の看板しょってると思うよ。
今までは、領主が気に入った領民の娘を拉致すること以外はやってなかったのかい…。
すると…。
バリ!バリ!バリ!
無言でアルトがビリビリを放ったの、しかも、容赦ない一撃を…。
新領主に罵詈雑言を吐いた騎士が床に倒れ込み、そこに『生命の欠片』の山が現れたよ。
「あんた、その『生命の欠片』もらっておきなさい。
それを取り込めば、少しは舐められなくなるでしょう。」
アルトが指示すると、新辺境伯は素直に従って『生命の欠片』をその身に取り込んでいたよ。
『生命の欠片』が積み上がった山の高さから察するに、レベル三十はいっていると思う。
流石、歴史ある辺境伯に、代々仕えてきた騎士の家の人間だね。
貴族同様に先祖からレベルを受け継いで来たみたい。
「さて、あなた達に選ばせてあげるわ。
新しい辺境伯に忠誠を誓って真面目に働くか。
新しい辺境伯のレベルを上げるための肥やしになるかをね。
心を入れ替えて真面目に働くと言うのであれば。
今までの悪事は見逃してあげるわ。」
アルトったら、不良騎士とか、冒険者とか、世の中の害悪となる者には容赦が無いね。
「わっ…、分った。
新辺境伯に忠誠を誓う、真面目に働くから勘弁してくれ。」
クッころさんが首に剣を突き付けている副団長が、一番最初に忠誠を誓ったよ。
それに続くように、騎士団員が忠誠を誓って行ったの。
さすがに、レベルの肥やしになりたいという『勇者』はいなかった。
**********
「それじゃ、あんたらに最初の仕事を言いつけるわ。
この町にいる冒険者と冒険者ギルドの連中を町の広場に集めなさい。
今すぐによ。
特に冒険者ギルドの親玉、首に輪っかを付けてでも連れて来るのよ。」
何で、アルトが指示しているのかと突っ込みたいけど…。
イナッカ辺境伯領騎士団の連中も、アルトに逆らったらヤバいと思ったようで慌てて出て行ったよ。
騎士達を見送ると、おいら達も町の中央広場に向かったんだ。
「おおぅ…、高いのじゃ。
あれが山と言うモノなのか、初めて見るのじゃ。」
「あれが、シタニアール国とトアール国の国境になっている山脈だよ。
あの山を越えれば、すぐにハテノ男爵領なんだ。
もっとも、山は凄く広くてアルトでも二日かかるけどね。」
領主の屋敷の外に出ると、目の前には高い山脈が峰を連ねていたの。
おいらには珍しくない光景だけど。
海沿いの平坦なトマリに生まれ育ったオランには、初めて目にする光景だったみたい。
雄大な山々に見惚れているオランが逸れないように、おいらは手をつないでみんなの後を追ったよ。
広場に着くとすぐ、アルトは一画に巨大な舞台を出したの。
『STD四十八』の興行に使っている舞台を。
突如として広場に現れた巨大な舞台に、広場にいる人達の視線が集まったよ。
みんな、ビックリした表情でこっちを見ていた。
そうこうしているうちに、騎士団の連中がやって来たよ。
ちゃんと言い付けを守ったみたいで、ガラの悪い連中をぞろぞろ引き連れてきたんだ。
「おいおい、なんだ、こんな所に連れて来やがって。
おまえら、何の権限があって、俺達をここに集めたんだ。」
連れて来られた冒険者の中からそんな不平不満が漏れてたよ。
すると、舞台の上から。
「先日、国王陛下より私が新たなイナッカ辺境伯に任じられました。
今日は、皆さんに最も大事な勅令についてお知らせします。
先日、国王陛下が発せられた勅令により、耳長族に危害を加えることは一切禁止されました。
耳長族を誘拐したり、奴隷として売買したりすることなどは以ての外です。
勅令に反した者は、例外なく全て死罪に処せられます。
この領地でも厳しく取り締まるので心しておいてください。」
新領主がそう告げると同時に。
横に並んでいる耳長族のお姉ちゃんを正室に迎えたことを披露したんだ。
そして、イナッカ辺境伯は末代まで耳長族の庇護者となる事を宣言したの。
「すげえベッピンじゃねえか。
耳長族って本当に居やがったのか。
くそっ、何処に隠れていがったんだ。
居所を知っていれば、冒険者共を総動員して狩ったのに。」
騎士団が引っ張ってきた冒険者ギルドの連中からそんな声が上がっていたよ。
まあ、禁止すると口で命じても、ならず者の集まりの冒険者は言うことを聞く訳が無いよね。
「わが父、先代イナッカ辺境伯は、恥知らずにも色欲に任せて耳長族を捕らえようとしました。
無法にも騎士団を耳長族の住む隣国ハテノ男爵領に攻め込ませたのです。
その結果、騎士団は返り討ちに遭い、我が領地はハテノ男爵の騎士団に攻め込まれました。
そればかりか、王宮にまで攻め込まれ我が国は無条件降伏に追い込まれてしまったのです。
わが父、前辺境伯は命をもってその責任をとることになりました。
これより、国を滅亡の危機に追い込んだ前辺境伯と騎士団員の公開処刑を行います。
これは耳長族に手出しした愚か者の末路なので、その目に良く刻んでおくように。」
イナッカ辺境伯は、見せしめのために公開処刑を行うと宣言したの。
と同時に、女子供を広場から立ち去らせるように指示してた。
女子供には見せられない残忍な処刑になるからと。
おいらとオランもアルトの『積載庫』に戻されたよ。
それから間も無く。
「私は、山脈の向こう、ハテノ男爵領の近くにある『妖精の森』の長、アルトローゼン。
耳長族を庇護下に置いている者よ。
この愚か者共は、私の庇護下にある耳長族を捕まえようと侵攻して来たわ。
私は耳長族に手出しする者を赦しはしない。
耳長族に手出しする愚か者はどんな目に遭うかを見せてあげるから。
その目にとくと焼き付けて、忘れるんじゃないわよ。」
アルトの良く通る声が聞こえてきたんだ。
「あれは、辺境伯様ではないか。本当に縄を打たれているぞ。」
「あっちは、騎士団長だ。なんか、手足をへし折られているじゃねえか。」
どうやら、アルトが前辺境伯と捕らえた騎士団の連中を広場に放り出したみたい。
広場に集まった人達がざわめいていたよ。
そして、例によってしばらく音も遮断されたんだ。
音が戻ってきたと思ったら、すぐに広場の光景が目の前に広がったの。
広場には顔面を蒼白にした人々の姿が…、中にはしゃがみ込んでえずいている人の姿も。
そして、前辺境伯がいたと思われる場所には堆く積み上がった『生命の欠片』が。
「ライム、辺境伯との約定に基づき、その『生命の欠片』はあなたのものよ。
今、この場でその身に取り込みなさい。」
アルトはライム姉ちゃんに指示したんだ。
元々、そう言う取り決めにはなっていたんだけど。
勝者で誰かを周知するため、あえて衆目のある中で辺境伯家に伝わるレベルをライム姉ちゃんに引き継がせたの。
ライム姉ちゃんが前辺境伯が身の内に持っていた『生命の欠片』を取り込んだ時、民衆にどよめきが起こったよ。
つまらない欲を出したばっかりに、何百年にも渡って辺境伯一族に引き継がれてきたものが失われたのだから。
きっと、うちの国の愚王と同様、後世に稀代の愚か者として語り継がれるね。
そして、耳長族に手を出したら本当にヤバいって誰もが理解したみたい。
その後、アルトはさっき不穏な事を呟いていた冒険者どもの前に飛んで行って尋ねたの。
「まだ、耳長族狩りなんてことをしたいと思うかしら?」と。
連中、青い顔をして首を横に振っていたよ、…一言も発せずに。
新辺境伯のお披露目と、耳長族への手出し無用の周知を終えて。
おいら達はすぐに辺境伯領を後にしたんだ、住み慣れた町に帰るためにね。
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はぁ?とりあえず寝てていい?
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嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
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侯爵令嬢に生まれた私。
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下菊みこと
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小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
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